サルビア
ほら、狂ったように踊りましょう?
壊れてしまえば痛くなどないのだから…
私の家庭は幸せなものだった。
よく笑う父
父の隣で微笑む母
そして娘の私
毎日が楽しかった。
でも、ある時 時計の針が止まった。
父が病で倒れてあの世へ行った。
そして母も悲しみのあまり、それを追うように…
私は一人になった。
悲しい、寂しい、なのに涙が出てこない
痛い痛い、壊れてしまう!
私は家を飛び出した。
あの家は必要ない、いらない。「おかえり」を言ってくれる者のいない家なんて…!
雨が体を激しく打つ。頬を伝うのは涙なのか雨なのか分からない。
深い深い森の奥 夜の館に辿りついた。
「ようこそ、お嬢さん」
真っ黒な兎が笑った。タキシードを着た長身のウサギだ。
「悲しいのでしょう? 辛いのでしょう?? なら……」
――狂ってしまえばいい
私は踊る。くるくるくるくる
狂ったように踊り続ける。
踊る足は止まらない 手に握ったナイフは離れない
私はきっと、もう、壊れてしまった。
ただ踊るだけのカラクリ人形。
なのに……
なぜなの……?
涙が眼から零れ落ちる。
気持ちも壊れてしまったはずなのになぜ?
「お嬢さん?」
真っ黒な兎は首をかしげて手を伸ばしてきた。
その手も黒くて、するどくとがっていて――
「嫌っ!!」
私はその手から逃げるように体を傾けた。
しかし踊る足は止まらなくて、バランスが崩れる。
壁に強く打ちつけられるのを感じて、ぎゅっと目を閉じた。
「サルビア!」
闇に包まれた館の中に一筋の光が射す。
あの青年のシルエットは……ああ、神様は私に輝きをくれた。
彼は私の方に手を伸ばす。
私もとっさに手を伸ばした。
二人の手が重なり合った瞬間、倒れこむように彼の胸へ抱き寄せられた。
「サルビア、大丈夫かい?」
優しくて、切なくて、甘い声
さらさらとした輝かんばかりの金髪に、私の心は溶けた
「うっ、ふぅえ……ひとり、ひとりぼっちは…嫌だよぉおお…」
抱きついて泣きじゃくる私を彼は優しく包み込む。
まるで壊れ物を扱うように。
彼はかすかに、私の顎をとらえて上を向けさせた。
視界が開くと、そこには館も兎も消えていた。
「サルビア、君はひとりなんかじゃないよ」
そう笑って、彼は私の髪に
鮮やかな赤の可愛らしいサルビアの花を挿した。
「僕がいるから」
彼は太陽みたいな笑顔で笑った。
私はついこの前、家族全てを失った。
そして……
――家族ができた。
「おかえり」
今度は私が彼に向かって言う番だ。
<サルビアの花言葉>
家族愛
恋の情熱、思い
サルビア