珍説 浦島考

 浦島伝説において、広く流布している概要は次のとおりである。

 一人の男が子供たちからいじめられている亀を助ける(もしくは買い取る)。亀はその返礼に男を竜宮城に連れてゆき、『乙姫』なる人物の歓待を受ける。
 しかし三日ほどたって男が帰郷を望むと、乙姫は絶対に開けてはいけないという『玉手箱』なるアイテムを持たせて見送る。
 浜にたどり着いてみれば海底での三日は地上の300年に相当し、男はすでに自分を見知るものすらいないことに悲嘆する。そして玉手箱を開ける。
 玉手箱からは白い煙が立ち上り、男はたちまちのうちに老人となった。

 この物語には実に多くの矛盾が含まれていることにお気づきだろうか。
 そもそもが昔話の定石で言えば、善行を行った見返りに贈られるのは富と幸せであるはずだ。なのに浦島は着のみ着のまま浜へ戻され、両親もすでに他界したという残酷な事実を突きつけられることとなる。
 子供に勧善懲悪を説く昔話としては、そもそもの根幹が破綻しているのだ。
 それもそのはず。この物語が子供たちに伝えようとしているのは善き者は報われ、悪は滅されるという平坦な人生訓ではなく、もっとめくるめく、未知の新世界の素晴らしさをであったのだから。
 私はこの物語をある特殊な視点をもって解した。すると、ここに驚くべき歴史の闇を見出すこととなったのである。

 日本書紀には浦島太郎のモデルである浦島子についてこう記されている。
『浦島子なる人物が、釣り上げた大亀の変化した女人と恋に落ち、蓬莱山へ行った。』
 蓬莱山とは神仙の住む山であり、日本の昔話においては理想郷とも位置づけられている。
 この一文だけをとるなら、助けた亀によって理想郷に至ったという、昔話的な構図が見事になされているではないか。
 しかし、この物語はおそらく複数人の手によって二次創作されたもののひとつに過ぎない。その証拠に丹波国風土記がこの物語の原典であるとも言われ、万葉集にも浦島子の物語が記されている。 
 つまりはこうだ。丹波国風土記に『浦島子』なるキャラクターが描かれた。
 この物語は出会いが釣り上げた亀であったこと、行き先が仙界であったほかはほぼ現存の浦島太郎の物語と共通である。玉手箱(玉くしげ)も出てくるし、浦島子が帰されたのは、やはり300年後の世界なのだ。
 しかし、日本書紀にこれを記した人物はハッピーエンド至上主義者だったに違いない。
 「ウラリンの不幸なんて書けないっ!」といったところだろうか。文末に「別巻を読んでね、テヘッ」と書き記してバッドエンドを回避した。
 つまりウラリンは今日で言うところの萌えキャラだったのだ。当時は二次創作に対する規制もユルユル。二次創作好きの格好の餌食となり、女体化させられ、亀姦の餌食となり、それはもう、さぞかしオイシイ物語が流布したに違いない。
 それが現在の形に編まれたのは実に『腐心』によるものだった。
 
 よく見ればこの物語、無駄にエロい。
 まずは太郎が出会うのが亀であるということ。『亀』とは長寿の縁起物であると同時に、男性器の隠語でもある。つまり浦島は浜辺で男性器をからかわれている男を救った、もしくは買ったのである。買われた男に、浦島はその対価として無体を強いたに違いない。しかし、アンチヘイトすれすれの、エロエロな描写は子供にはいささか刺激が強すぎる。
 そこで編者は「亀を助けた」の一文にその全てをこめた。腐の心を持つ同士には通じると信じて。
 さて、太郎に一通りのことをされてしまった亀は、さらに行為を求める彼に対して『ならば竜宮城に連れて行きましょう』と提案した。
 ここで彼を迎えたのが『乙姫(おとひめ)』だ。この語感でお分かりだろうか。『おとひめ』は『男姫』を暗示している。そうと気づかせぬために敢えて『乙』の字を選んだのはオツなやりかたといわざるを得ないだろう。字面から受ける印象だけで、一般の者は可憐な乙女の姫を思い浮かべる。
 しかし、腐にはその意味が正しく通じたはずだ。「ktkr、男の娘っ!」である。
 おそらく、乙姫と浦島を引き合わせたのは亀の知略だ。乙姫の愛人であり、その精力に疲れ果てていた彼は、浦島を自分の代わりにしようとしたのだろう。
 こうして二人は肉欲にまみれた三日間を過ごす。このことが「タイやヒラメの舞い踊り」に隠されていることにお気づきであろうか。タイのように跳ね、ヒラメのように返り、つまりは、リバりリバられの激しい情宴を繰り広げたのである。
 
 なぜ浦島がそんな日々にピリオドを打とうとしたのか、諸説はあるが仮に竜宮城を蓬莱山とするなら理由は明らかだ。仙界で生まれ育った乙姫とは違い、人間である浦島は仙格を得なければそこに留まることを許されない。
 昔話における異界訪問譚で主人公が人界に帰ろうと思い立つのは、異界=仙界に留まる仙格を持たぬがゆえである。
 ならば仙格とは何か。俗を捨てることである。
つまり浦島は、俗のしがらみである人間関係を切り捨てることが出来るかの、試練を課せられたのだ。唐突な里心は物語をドラマチックに盛り上げる。
乙姫は浦島に玉手箱を渡す際、言い添えている。「ここに戻るつもりがあるのなら、決して開けないでください」と。
 実用を考えればおかしな土産だ。開けてはいけない箱などもらって、何に使えというのか。しかし、箱というのは子供にもわかるように視覚化しただけで、これが乙姫からの試練だったとすれば説明はつく。
「あんた、僕とこっちで暮らすか、それとも僕を捨てて人間に戻るか選びなよ」と、そういうことである。
 実は3日と思っていた時間が300年であったこともこれで説明がつくであろう。浦島は家族や友人といった俗を忘れるほどの行為にふけっていたため、一時的な仙格を得ていたのである。
 こうして自分が人界と切り離されたことを知り、浦島は混乱する。手元にある玉手箱は仙界と自分をつなぐマジックアイテムだ。但しそれは『開けなければ』という限定条件がついている。
 なのに、なぜ彼はそれを開いたのか。それはこの物語の命題でもある『人間の業』だろう。人界に生まれたものはそうた易く仙界へは至れない。
 かくして彼は玉手箱をあけ、乙姫が仕込んだ「僕のものにならないなら、不能になっちゃいなよ、ばかぁ」の呪いを受けることとなったのである。そう、老人とは不能者の具現だ。
 これこそがまごう事なき、浦島伝説の真実なのだ。

 

 ウラリンの人気は半端なく、この話にはハッピーエンドが用意されている。不能を嘆いて海に入った浦島は亀となり、乙姫は鶴となってそれを迎えに来る。つる×亀という、人外CPの誕生だ! 
 こうして二人は、末永く幸せに暮らしましたとさ。
 
 つるかめつるかめ

珍説 浦島考

珍説 浦島考

  • 小説
  • 掌編
  • コメディ
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2013-06-08

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