幻想冒件譚
嵐は必ず外からやってくる。じゃあ俺にとっての嵐は?
皇紀1865年四月十五日 夕方 京
私は自宅兼事務所のベッドの上で煙草をふかしながら天井を見ていた。
特段意味はない。じゃあ何故見ていたか?別に幽霊や妖怪の類が見えた訳でもない。
単に暇だったからだ。依頼も無いのに椅子に座ったって何も面白くもないし、何よりも意味も無く疲れてしまう。
それならベッドの上で何も考えずに横になっていたいと思い最近じゃこんな自堕落な日々を過ごしていた。
「さてどうするかな?」意味も無く呟いた。職業柄必す仕事は向こうからやって来る。
外に出て、遊女と遊ぶのも良い。情報収集という名目なら尚行き易いし、酒場も同様だ。
さてどちらにしようか?選択に悩みながらも私は仕事着に着替え始めた。
「よし、遊郭に行こう。」そう心の中で呟きネクタイを結び私は玄関へと向かった。
頭の中には遊女のことしか無かった。当然だ、まず楽しみ、そして情報の収集、これぞ私のやり方だ。
そんなことを考えながら玄関のから出ようとした瞬間。嵐はやってきた。
「すいません!誰かいませんか!?仕事を頼みたいんです!くそ!お願いだから居てくれよ...」
焦った声がドアの向こうから聞こえる。正直に言って仕事を選ぶ余裕など私には無い。だが、俺はこの声の主の依頼は引き受けたくなかった。
理由?いろいろあるが、一番の理由としては相手に余裕が無いように聞こえたから。というのが大きな所だ。
焦り声の主は尚も大きな声で言う。いや、叫んだ。
「頼む、あなただけが頼りなんだ!居るなら出てくれ!」
男の声がさらに大きくなった。面倒だ。実に面倒だ。だが、私は悩んでいた。もし引き受けるなら....
ドン!ドン!ドン!ドン!「報酬なら言い値で良い!いくらでも出す!居るんだろ!?出てきてくれ!」
やるしかない。私の中で意見は纏まった。後はまぁ..依頼の内容次第だろうか。
ドン!ドン!ド「それ以上叩くな。ドアが壊れたらどうする?、それとも修理費も報酬の中に入れてもいいのか?」
私はドアを開け、嵐を迎え入れる事にした。
「あちらのソファーに座って話しましょう」
男は酷く焦っていた。あまりにも焦っているようなので私は演技なのでは無いかと邪推してしまいそうだった。
「あなたが何でも屋の影山響次さんですか?」男は私の目を殆ど見ずに質問した。
「如何にも。だが...貴方の名は?」私は少し丁寧に男の目を見て聞き返した。
「ああ..失礼いたしました。私は一条公孝と申します。」一条は目を私の目をみて答えた。
「俺の専門は判っていますよね?妖怪の問題に関しての.......」私がはなしている最中に一条が割り込み、言った。
「判ってます!ですが無理を承知でお願いしたいのです....」
(嫌な匂いだ)
「依頼したいことは...」
(今なら引き返せる.....)
「私の...」
(聞くべきじゃない)
「家族を亡き者にしてほしいのです。」
(やっぱりな)私は心の中で皮肉な笑いをした。
「すまないがそういう依頼は受け付けてないんだ。よそへ行くべきだ」私は面談用のソファーから立ち上がりながら言った。
「頼みます!貴方しかいないんだ。報酬なら幾らでも...」
「金の問題じゃない!」私は一条の声を遮り怒鳴った。
「いいか?お前がどんな事を誰に聞いて俺のところに来たのかなんて知りはしない。だがな、そういう依頼を受けると俺が思ってるのならすぐに変えるべきだ!」俺は呆れ半分に自分の椅子に座り直しながら言った。
「そんな...私はどうすれば良いのです!?」一条は顔面を蒼白にしてかすれた声で言った。
「少なくとも俺以外の何でも屋に頼みな。俺はそういうのはやらないんだ、コイツと一緒で「百害あって一利無し」だからな。」俺は煙草に目をやり、そう言った。
「判りました....なら...」一条が眉間に皺を寄せながら言った。
(険しい顔だ、今ならどんな妖怪も圧倒されそうだな。)私は心中で皮肉った。
「私を....いえ、私たちを東の第二帝都まで逃げるのを手伝ってください!!」一条は大きな声で怒鳴るようにして言った。
「おいおい、一条さん。お前さんの頭はどうかしちまったのか?ここに居るのはあんた一人だろ?」私は笑いながら言った。
「雪、入ってきてくれ。君を紹介したい!」一条がどこか誇らしげに玄関に言い放った。
「失礼いたします.....」雪?と呼ばれた女性はゆっくりと入ってきた。
(今思うとこの雪という女性の素性は言うまでも無く高貴な身分にある女性の雰囲気だった。ただ不思議だったのは何故、優男の一条と行動を共にし一条は家族を亡き者にしたいなどという大それた依頼を私に依頼したのか。このときの私はそこまで考えられなかった。なにせこの雪という女性は「美しかった」のだ。)
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