吸血鬼だって恋に落ちるらしい
気まぐれに1話、1話更新。
世にも奇妙な運命の出会い 1話
私は吸血鬼
今の世じゃ、ヴァンパイアとも言うらしい。
人間の血を吸って生きながらえる吸血鬼
「わたくしに血を捧げなさい」
って言ったら、そこらの男なんて転がるように逃げていく
まあ、逃げても無駄だけど
いくら吸っても、『足りない』 お腹は空っぽ。 いつも空腹。
だから毎日のように血を吸わなくちゃ生きてけない
はあ、いじわるな神様
私だって一度くらい満腹感を味わいたいわ
一日に何百人と食らったりしてみた。
一週間血を吸うのを我慢してみたりもした
だけど、どれも全部ダメ
一カ月我慢してた時なんて、気が狂いそうだった。
実際に狂ってしまったけど
町の人間を全て食らってしまうのはやっぱりだめだったかしら?
そんなこんなで三百年。私は空腹。 いくら食らっても『足りない』
食らって、食らって、変わらない日々。
でもここ最近 ちょっぴり変わったことがある
それは五年に一度、私に人間が一人よこされるようになったこと
「生贄」 そんな言葉がぴったりね。
生贄を捧げるからもう、他の者は食らうなということ。
私だって今まで罪悪感なく食らってきたわけじゃないのよ?
だから、そんな人間の考えにのってあげた
三百年生きてきたからか、一日一人単位の食事量が一日鳥一羽で済むようになった。
それからさらに百年。私は空腹。 いくら食らっても『足りない』
私のもとへ来たのは19人。性別も年も容姿もみんなバラバラだったけど
たった一つだけ共通点があった。
それは、背中にコウモリの焼き印があるということ。
「どういう意味なのかしら」
いまだにその理由は分からないまま
聞こうとしてみたことはあったけれども、みーんなおびえて死んでいった。
だから、今日は絶対に聞いてやる!
そう、今日は20人目の生贄が来る日。
歳は四百歳。私は空腹。 いくら食らっ……ああ、もうこのくだりはいらないって?
ついにやってきた。記念すべき20人目の『生贄』が。
どんな目で私を見るのかしら
憎悪の目?恐怖の目?それとももう壊れてしまってたり……
でも20人目の生贄は予想していたのとはどれも違っていた。
真っ黒いストレートな髪に黒い瞳。何もかも飲み込むようなその眼は
今までないような美しい瞳だった。
私の心の中の何かがコトリッと音をたてた。
人間の世じゃ『恋』と呼ぶらしい
私は吸血鬼 私は空腹。 いくら食らっても『足りない』……でも、もしかしたら
満腹になる日が来るかもしれない。
世にも奇妙な運命の出会い 2話
彼は笑わなかった。
そりゃもちろん、生贄として捧げられたのだから笑顔なんて作れないけど。
ちょっとそれとは違ったの。
暗黒の瞳は暗く深く、なにもうつしてはいなかった。
なーんだ、この青年も今まで19人の生贄と同じ?20人目なんて特別じゃないのかしら。
「ご機嫌あそばせ」
私は不敵に笑った。人間なんてこの笑みでいちころ……
「こんにちは、と返していいのか」
でも、なかったみたい。
それにちゃんと会話が成立してる!
今までは悲鳴を上げられることしかなかったからか新鮮だった。
「私が怖くはないの?」
「別に……」
「そう!」
「なんで喜んでいるんだ……?」
不思議そうに青年は首をかしげる。
ああ、なんだか食べてしまいたい。
でも今食いついたら百年間聞きたかった事が聞けない。
我慢我慢だわ……
「あの、一つ聞いてよろしい?」
「別によろしいけど」
「では……あなたにもあるのかしら、コウモリの焼き印?」
「ああ、あるさ。生まれたときからある生贄となった者の印」
「生贄の印……?」
じゃあなんだ、今まで来た人間たちはみんな幼いころから『生贄専用』だとでも?この、青年も……?
「そう……そうなの」
何年間も前から生贄と言い聞かされてきた者と、その原因となる食らう吸血鬼。最初から会話すら無理な関係だったんだ。
「はあ、私って本当に鬼ね。『吸血鬼』血を吸う鬼、そのまんまじゃない」
今までにないほど憂鬱な気分だ。指一本動かすのもめんどくさい。本当ならこの、空っぽのお腹に早く何か入れたいがそれすらもやる気が湧かない。
「貴方、名前はなんておっしゃるの」
「名はない。元から生贄の身、そんなものは必要ないからな」
「そんなものって……ま、いいわ。私はもう食さないから村へ帰って頂戴」
話すほど憂鬱になっていく。こんな自分もおびえた目で見られるのも、もうたくさんだ。
はあ、いじわるな神様。結局私は満腹になれないのね。
重い足取りで自分の寝所、棺桶へと向かう。
「待て。食べろ。早く血を吸え」
「……はい?」
なんと言ったのかしら。空耳?聞き違い?
「食べてくれないと困るんだ。帰る場所なんてない」
「え?えぇぇええええ!?」
あらやだ、はしたなく大声を上げてしまったわ。でも……彼は食べろといった?自分から……?
やはり彼は特別な20人目の生贄だったらしい。
私は一人ぼっち。私は空腹。いくら食らっても『足りない』
でも、面白い物を見つけた。
「貴方に名前をあげるわ」
もう一生眠っていてもかまわないと思っていた心に風が吹く。
おきろ、おきろと言うように
「そう、名前は……」
この『恋』と呼ぶかもしれないものを信じてみようか。
青年の黒い瞳を。
「ナイト。私の『騎士』となり『夜』となってもらいましょうか」
そう、考えを変えたら……
この黒く美しい少年はきっともう私のものよね?
幸せと命を賭けた契約 3話
「ナイト、のどが渇いたわ。何か飲みたくてよ」
「ほら、トマトジュース。それとも赤ワインの方がいいか」
「……いいえ、これで結構。ナイト、お腹がすいたわ。何か食べたくてよ」
「ほら、カナリアの子鳥。それとも雀の方がいいか」
「…………こ、これで大丈夫よ。ナイト、なんだか寒いわ……」
「ほら、ひざ掛け。それと暖炉に薪もくべといた」
「ううううっ、ナイト……」
「なんだ」
「貴方……完璧ね……」
脱力したように吸血鬼は肩を下ろした。
あれから数日。
名前を付け自分の騎士となり夜となってもらうことを約束したもののこれからどうしようかと悩み、結局自分の館にナイトをおいていた。
本当にナイトって何でもできるのよね……。
食料調達、掃除から薪割まで彼は涼しい顔でこなしてしまった。
しかも些細なことまでに気を遣う。館にはホコリひとつ落ちてなく、自分に身の回りのことは全部彼が引き受けていた。
まあ、普通に考えたら万々歳よね。でも、なんだか腹立つわ……!
なんでもできてしまう彼に対し少しの対抗心が生まれる。
彼にできないことはなんだろうか?
そんなことを考えているとナイトが近づいてきて「質問がある」と口を開いた。
「な、なによ……?」
黒い瞳に心を見透かされた気分だ。なんだかばつが悪くなり目をそらした。
「いつになったら俺を食らうんだ」
「そのうちよ。気が向いたら」
「どうやったら気が向くんだ」
「知らないわよ、そんなの」
あーもう、疲れた。この会話が何回繰り返されたかしら?
確か……54回目のような気がする。
「それじゃあ次は私の方から質問してもよろしくて?」
「……? よろしいが」
「貴方はなぜ何でもできるの!?」
い、言ったわ。ぜえぜえと息を荒くはきナイトを見据える。
今まで馬鹿にされるかもしれないと自分のプライドが邪魔をしてなかなか聞けなかったが、やっと聞けた。
自分はやればできる子だ!
「俺は親も兄弟もいない。天涯孤独って言うのか? だから一般的な物事はだいたいできる」
「……そうなの」
私と同じ?
自分にも家族はいない。
親戚はいるとかいないとかはっきりしないが、生きてきた中で血のつながった者、いや、同類の吸血鬼さえ会ったことも見たこともなかった。
「苦手なものはないの?」
「ない」
「これぽっちも?」
「これぽっちも」
この世は本当に理不尽だわ。
そう、彼のような完璧人間を作ってしまったり、そんな彼を生贄にしてしまったり。
神様というのは相当の気分屋らしいわね。
どんどん下がっていく気持ちを払うように玄関へと足を向けた。
「どこに行くんだ?」
「秘密よ。ついてきたければついてくればいいわ」
そういい残し外へと足を踏み出した。
外は明るかった。お日様の光が降りそそぎ、木が風に吹かれさらさらとゆれる。
「こんな明るいところに出ていいのか。あんた吸血鬼だろ、灰とかになるんじゃないか」
「あんたって……なめてもらっちゃ困るわ。この私に日の光なんて効かないんだから。もちろんニンニクも十字架もね」
ナイトは感心したように彼女を見つめた。
「ああ、それと私のことはルリィとでも呼んでおいて頂戴。もちろん偽名だから降伏の力はないけれど」
「降伏の力ってなんだ?」
「あーもうっ! 質問が多すぎよ!」
先ほどから質問ばかりのナイトに対し、吸血鬼ルリィの頭の中はこんがらがっていた。
「質問は三つだけ。これからは三つだけ質問をしていいわ。それ以上は答えなくてよ。分かった? いい子は守るお約束!」
「分かった」
あっさりとナイトは頷いた。そして「行くなら行こう」と彼も足を踏み出した。
このころ、ルリィは気づいていなかったのだ。重大なことに。そう、質問は三つだけの意味をひっくり返すと……
質問される三つは必ず答えなければならないということに。
春の暖かな風が頬をなでる。
甘く漂う香りが鼻をくすぐる。
なんだかいい気分、久しぶりの安楽ね。
今まで起きた事がすべて夢だったかのよう。
――そう、すべてが夢。20人目の生贄も夢で、私が吸血鬼だっていうことも夢で……。
なんてことにはいきそうにもない。
隣にナイトがいることで、今、自分が空腹なことでそれが証明される。
ここは花園。一万本のバラが顔を並べる秘密のバラ園。
この場所を知っているのは吸血鬼のルリィただ一人。
しかし今日、四百年間秘密だったバラ園がたった一人だけに教えられた。それは生贄の青年ナイト。
なぜ教えられたか?
そんなの簡単、ただの気まぐれ。
それとちょっとの好奇心。黒い瞳の彼への好奇心。
(彼になら、私の秘密を話してもいいかもしれない)
そう、それもただの好奇心からの考えだった。
だが、この世は理不尽だ。
何が起きるか分かりやしない……。
幸せと命を賭けた契約 4話
「私の愛おしいバラ達、今日も変わらず美しいわね」
ルリィはバラに向かって愛の言葉をささやくようにうっとりと語りかける。
「お前……おかしいのか」
ちょっと、いや、かなりひくようにナイトは後ろに下がった。
その様子に
「このバラ達の素晴らしさ分からないんて、まだまだがきね」と首をすくめた。
バラ園には一本道が敷かれており、その奥へ進むとバラに覆われたように一つのテーブルと2脚のイスが並んでいる。
そのイスに腰掛け、バラの花びらを浮かべたダージリンの紅茶を楽しむのがルリィの日課だ。
今日も相変わらず、いつも通りに紅茶をすすっていた。
一つ、いつもと違うのは向かい側にナイトが座っているということだ。
「……うまいな」
「そうでしょ! 私のお気に入りなのっ!!」
ポツリとこぼしたナイトの言葉にすかさず、がたっと音を立てイスから立ち上がった。
その様子にびっくりしたように、でもどこか面白そうにナイトが頬を緩めた。
「本当にバラ馬鹿だな」
「バラ馬鹿? それってほめ言葉なの?」
「ああ、もちろん」
「そ、そう。その言葉、ありがたくいただくわ」
なんだか不可解な違和感を覚えつつもルリィはお礼を述べた。
馬鹿ってどうゆう意味かしら? 現代の言葉は分からないわ……。
四百年もたっていればそうとう世の中も変わったことだろう。
分からないことの一つや二つ出てくる。
「くっ、お前って世間知らずな奴だな」
こらえきれないようにナイトが噴き出す。その様子に眉をひそめ
「どういうこと?」
と聞き返した。だが、そんなルリィを無視するようにナイトはまた紅茶を口に運ぶ。
「ちょっと聞いてらっしゃるの?」
「らっしゃる、らっしゃる」
「もうっ!」
ナイトは遠くを見つめ、ルリィをてきとうにあしらう。
そんな様子にルリィは何か言い返そうとしたが、ふと心の中に今まで感じたことがないものを見つけ口を閉じた。
この気持ちは何かしら?
初めて感じるもの。温かくふんわりとしていて何とも言えない気分になる。
彼は私のなんなのかしら?
最初は『恋』だと思っていた物は少し形を変えていた。
昔、何かの本で読んだことがある。
『恋』とは相手の瞳を見た瞬間、心に何かがグサッと刺さるものらしい。
彼に初めて会ったとき、確かに心に何かが刺さった。黒い瞳に吸い寄せられるようだった。
あれは、『恋』ではないの?
そんなことを考えていると、最初から惹かれっぱなしの黒曜石のようなナイトの瞳が近くにあった。
「きゃっ!な、なな、なにをなさるつもりっ!?」
「いや、ボーっとしてたからどうしたのかと」
し、心配してくれたの……? それにしても近すぎるわよ、この距離!
自分の額とナイトの額がくっつきそうなほど近くにあった。
顔が真っ赤になっているのを自分でも感じ、隠すようにそっぽを向いて無駄なほどあるバラ知識を披露する。
「バ、バラっていうのはね、いろいろな花言葉があって……」
そういいながら手の届く距離にあった赤いバラを手に取る。
「たとえばこの真っ赤なバラなら『情熱』とか『愛情』、『あなたを愛してます』っていう花言葉がっ……」
自分が恥ずかしすぎる言葉を口に出しているのに気づき、先ほどよりもますます赤く顔を染める。
「いや、その、違うのよっ!? あなたを愛してるとか言いたいわけじゃなくて……か、勘違いしないでよね!」
目を回しながら顔をゆでたタコのように染めているルリィに対し、ナイトは困惑したように「お、おう。そうか」とぎこちなくうなづいた。
「……ルリィ、大丈夫か」
いまだにふらふらしているルリィを見つめ、ナイトは心配そうに近づいた。
「え、ええ。大丈夫に決まってるじゃないっ!大丈夫よっ……きゃあっ!」
視界がぐらんとゆがんだ。と同時に後ろ側へ倒れていく。どうやら道のタイルと草の間にできたみぞにはまってバランスを崩したようだ。
「……ったく、やっぱりお前馬鹿だろ」
手が伸びてきて……そう思った時には腰がたくましい腕につかまれて
ナイトの方へ引き寄せられていた。
そのまま胸に飛び込むように抱きしめられる。
「……!!」
「大丈夫か?」
「…………大丈夫よ。ありがとう」
小さな声でそうつぶやくとするりとナイトから離れる。
「帰るわよ。もうそろそろ日が沈むわ」
「……分かった」
今まで片時も空腹を忘れたときはなかった。
四百年間ずっと空腹だった。
しかしここ数日、気づいたら心がつまっていて空腹なんてどこかへ行っていた。
私はどうやらおかしくなってしまったらしい。
幸せと命を賭けた契約 5話
最近、俺に名前を付けてくれた吸血鬼はどこか目が座っている。
いったい、何があったんだ?
バラ園に行った日を境に、詳しくはルリィが転びそうになったのを助けたときからだ。
しかし生活リズムは変わらず、朝起きて朝食に紅茶を一杯。
その後読書にはげみ、昼食にまた紅茶を一杯。
暖かな太陽が顔を出す午後にはバラ園へと足を向け、3時にティータイムとなる。それは決まってダージリンにバラの花びらを浮かべた紅茶。
そして夜の晩餐となるのが小鳥だ。
小鳥と言っても種類に制限はなく今日イチオシの小鳥を一羽、新鮮なまま彼女へと捧げる。
もう決まった日常だ。のどかで何事もない日々。しかし、確実に前より目が座っていた。
そんな日々の中、もう一つ気になっていることがあった。
それは
「いや、私はそんなつもりはなくてっ……! だから違うのよ!? でも違くない……いや違う、違くない? あれどっち? あーもう、なんなのよー!!」
と、まあ意味不明な言葉を日に日に一人でつぶやいていることだ。
結果的にはぬぉおおおおと唸った末、「寝るわ」と一言言い残し棺桶へと入っていく。
ったく、本当に分からない奴だ。村の人間はもっと心が透けていたぞ。
生贄専用としてルリィのところへ行く前、村から外れた小さな家で一人住んでいた。たまに村の者が食料を届けに来たり、自分の外見を一目見ようと娘たちが見に来ることもあった。
しかし決まって恐怖の色が浮かんでいた。
俺が生贄専用とされた理由。それは……
「ナイト。あの本はどこかしら?」
ルリィが背後から声をかけてきた。どうやら朝食の紅茶を飲み終わったようだ。
「あのってなんだよ」
「吸血鬼と人間が恋に落ちるやつよ。この前本棚の奥から見つけて……ち、違うのよ!? 別に私とナイトを連想しているわけじゃなくて……!」
「……何言ってるんだ? ああ、あったぞ。これか」
「え、ええそうよ。これ」
ルリィは共同不審気味にぎこちなく本を受け取ると、素早く身をひるがえして庭に出る。愛用のロッキングチェアで本を読むためだ。
嵐のように過ぎ去ったルリィへと「本当に馬鹿になったんじゃないか……?」と失礼なことを考えつつ、掃除道具のおいてある部屋へ足を向けた。
今日はどこを掃除しようか。あらかたこの館は掃除しつくしたからな……。裏庭でも掃除するか。
と、同時に今日の晩餐の小鳥を頭の中で考えていた。
ルリィはナイトが行ったのを確認すると胸に手を当てた。
まだ心臓が鳴りやまない。
おさまれ、おさまれ。
呪文のように繰り返すこの言葉。昔からやっているおまじないの一つだ。
こうすることでだんだん胸が静かになっていく。
心を落ちる付けるおまじない。
「ふー」
一つ息を吐き、今日も青い空へと目を向けた。
考えれば考えるほどわからなくなってくる。自分の気持ちも、ナイトへの気持ちも。
『好き』という感情がわからない。
四百年一人ぼっちだったのがだめだったらしい。ここ数日、ふと振り返ればいつもナイトがいた。
そのたびに胸が温かくなった。自分はもう一人ではないのだと、柄にもなく考えてしまう。
「なのに……」
ナイトに抱きしめられたとき頭が爆発しそうだった。
それからナイトの顔を直視できない。そんな気持ちを隠すように無表情を決め込んでいるが、ナイトにはなんだか感づかれていそうだ。意識して無表情を作るようになったころから時々、いぶかしげな顔でこちらを見てくる。単に自分の演技が下手なのか、ナイトが鋭いのか……。
好きなんてありえない……!
どこかで否定している自分がいる。
じゃあどうしてドキドキするんだ?
どこかで質問する自分がいる。自問自答を繰り返す毎日。
「疲れた…………」
頭の中がこんがらがって簡単にはほどけそうにない。
緑のにおいと古い本のにおいが体を包み込む。だんだん瞼が重たくなってきた。
ナイトは掃除に行ったようだし、少しだけなら……
ルリィは眠りの世界へと誘われていった。
ピチピチッ、鳥の声が鳴り響く。
裏庭の掃除が思ったよりも早く終了し、この後どうしようかと悩みながらルリィのもとへと向かった。
「おい、ルリィ…………」
そこには安らかな寝息をたてて眠るルリィの姿があった。
寝てるのか……? めずらしい……。
ルリィはいつも無表情だ。最近はとくに。
たまに口元をほころばせたり、顔を真っ赤に染めたりなどの色彩豊かな表情をするがそれもどことなく硬かった。
きっと彼女はまだ自分へは心を開いていないのだろう。
まあ、それは俺も同じだが……
自分もまだ隠してることがある。
そんな中こんなにも表情を、心をくずしたルリィを見るのめずらしかった。
そういえばバラ園にいる時もこんな顔をしているな。
きっとバラ園はルリィの心の置き所なのだろう。
そんなこと思いながらふと、あたりを見渡すと開いた形のままの本が目に入った。
こいつ、本開きっぱなしで寝やがったな。
しょうがないと本に手を伸ばし閉じようとすると、ふわりと甘ったるいローズの香りが鼻をつついた。真横にルリィの顔がある。こんな近くで顔を見れる機会めったにないので黙視することにした。
よく見てみればルリィの顔はとても整っていた。
透き通るほど白い肌に木苺のように赤い唇。瞳はレッドダイヤモンドのように煌めき腰まである長く癖のある髪は妖艶さをかもしだしている。
眠っているルリィの髪を一ふさ手に取ってみた。
しかし紫色のその髪はさらさらと手からこぼれていく。
その美しさに魅入られ、ナイトは顔を近づけた。そしてルリィの髪にそっと優しく口づけた。風がかすめるようなほどそっと。
その時、ルリィがごそりと動いた。
「ん……今日の紅茶は、アールグレイが飲み……たい……わ」
はっとしてナイトは顔を上げ数歩後ろへ下がる。
しかしルリィはまた安らかな息をたてむにゃむにゃと口を閉じた。
どうやら寝言だったようだ。
よかった……。
ほっと息をつくがそんな安堵(あんど)もつかの間、今度は口に手を当てた。
あれ……? 今、俺、なにやった? 確か、ルリィに口づけを……
「っ!!」
なんてことをやってるんだ俺っ!
自分を叱咤(しった)するよう近くにあった木に頭をガツンとぶつけた。
「いってー……」
ぶつけたところがじんじんする。しかしそのおかげで少し頭がすっきりした。すっきりしたが自分がしたことをやはり認められず
「嘘だろ……」
とふらふらしながらその場から去ったのだった。
吸血鬼だって恋に落ちるらしい