これは、私の、はなし

磯山凛子、26歳。
現在プーたろう。激しく求職中。
誰か、私に仕事をお与えください。


飛行機雲を久しぶりに見た。長々と、割と柔らかそうに続いてらっしゃる。

商店街で足を止め見入っていると、突然、

「あーー!脳足りんのりんこだー!足りんのりんこー!」

と、大絶叫で子供が叫んだ。

私は磯山凛子。26歳。
ロングのストレートに、ベージュのカーディガンにサーモンピンクのシャツを着て、ボトムはユニクロで買った黄緑の花柄を履いている。
決して、私は頭が足りないだとか、そういうわけではない。
ただ、少しおっとりしているというか、天然というのか。自分では否定したいが、この近所に住む悪がきにどういうわけだか、目をつけられている。

悪がきの名は、亮太君、五歳児だ。
いつも保育園に行く行かないで、泣きながらお母さんと喧嘩している。

「やーい、足りんのりんこ、足りんのりんこー!」

足元にまとわりついてくる彼を、私は穏やかーに回避しようと、今日も無言で通り過ぎる。

「彼氏もできない、足りんのりんこー!」

思わずきっと睨むと、わーっと駆けていくクソガキ、亮太。

「・・・チッ」

らしくない舌打ちをして、母から頼まれた買い物を済ませようと、今日もスーパーへ行く。


私はここ最近、プーたろうになった。
働く意欲もあって、仕事も探しているんだけど、どういうわけだか、合格の通知が来ない。
面接した時は、かなり良い感じで話していたのに、後日届く手紙には、「残念ですが、ほかをお探しください」なる意味のことが書かかれ、高い切手が貼られている。

「まあ、そんなときもあるってー、気にしない気にしない!」

そう言う友達1は、高校を卒業してからずっと大手の会社で働いている。同僚にも恵まれ、かなり楽しい日常を送っている富裕層の一人だ。
彼女と旅行に行くと、必ず一回は鼻を明かされるというか、例えば電車に乗るとき、

「あたし酔っちゃうから窓際に座らせてー」

と頼むので、慣れない電車の中通路側に座っていたら、ひどく目のやり場に困った。そんな思い出ばかりがある。

「凛子はさあー、絶対正社員向いてないんだよ。なんかショップの店員さんとか似合いそう」

私がその職業にだけは向いてないことを知ってか知らずか、彼女はいつもそう言う。その口車に乗せられ、過去に一回、就職に失敗した経験がある。
別に文句は言わないけど。私の自業自得だし。

とりあえず、今日の買い物を済ませ、長ネギを生れてはじめて買ったなーと思いながらスーパーを出ると、前を歩いている女の人が私の袋から漫画のように突き出てる長ネギを見て、「フン」と鼻で笑ってすたすたと車へと向かっていった。
私はその後ろ姿を見ながら、「小尻だなあ」と思い、今日は夕飯の後近所の公園へウォーキングに行こう、などと考えていた。



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朝、いつものごとく改正だ。おっと快晴だ(笑)。

今日は外出よっかなあーと考え、伸びをしていると、父が食卓で、「チッ」と舌打ちをした。
私はびっくりして、
「お父さんどうしたの?!」
と聞いた。

父は、

「いやな、今日、部長と飲みに行くんだけど、この部長が最低な奴でさ。仕事は出来るし人柄も普通だけど、前の奥さんも子供も捨てて、お前みたいな年齢の女の子と再婚するんだってさ」

「ふーん」
と、私は言った。
フィリピーナと結婚する奴に多いよね、と言いたかったけど、今の舌打ちって、部長にだろうか、それとも。
働くことも放棄して、金を握る生活を選んだその女と、私をだぶらせての舌打ちでは無いだろうか。

父には、こういう変に怒る時がある。
町内会のベースボールで、母が「いやー、負けっちゃったー」と笑いながら帰ってきたとき、車の中で。
赤信号を待っていたら、突然、

「はあ?あんなふざけたやり方で、勝てると思ってたの?」

と、いきなり言い放ち、母も私も、「お父さんどうしたのー?」状態で緊張して帰ったのだが、後で聞くと、父はおじさん達との野球大会で、ストライク三振のピッチャー側になったことを近所のおじさんにからかわれ、かなり恥ずかしく思ったらしい。
文科系の父と、体育会系のおじさま達。
みんなが軽やかに動く中、父一人野球のルールも分からず、かなり苦しい時間だったらしいのだ。

ただ一言プチ切れで済むのが父の良いところで、その日も後でソフトクリームを奢ってくれた。
子供心に、「お父さん嫌いになれないな」と思ったのだけど、まさか不倫女と私をだぶらせるなんて!!

むきーっとなり、私は荒々しく洗い物を済ませ、着替えを済ませると外に出た。

歩きながら、今日はやけに人の視線が気になると思ったら、私の今のファッションは、髪は昨日あてたパーマでロングウェーブの茶髪、顔は勢いで口紅とチークまで付け、まつ毛にアイラインもくっきりだ。ちゃんと目じりを跳ねておいた。ピンクのポンチョカーデに、ライムのタンクトップ、ボトムは黒のスキニーだ。

こんな昼間から出歩いて、出会い系とかで稼いでる自称家事手伝いの女に見えてるんだろう。

いらいらーっとして、私はずんずん歩いた。歩いて歩いて、どこか遠くで、「足りんのりんこー、りんこやーい!」と聞こえたのにも気づかなかった。気づかず、そちらの方へどんどん歩いていたことにも。

道路の真ん中に立つ男の子に、「あ、この子見覚えがある。亮太君?」と思ったとき、突然「ブブー!!」と大きなクラクションが鳴り、すごい勢いで白の高そうな車が突っ込んできた。

「危ない!」

私は思わず、道路に出て亮太君をわきに抱え(小さいから軽かった)、向こう側の道路まで一気に走り抜けた。
白いスポーツカーにはグラサンをかけたおばさんが乗っていて、むかっと来た私は、片足を歩道の欄干に乗せ、

「どらーー!!どこ見て運転しとんじゃい!!」

と、叫んでいた。叫んだ後で恥ずかしくなって、あわあわと急いで走って逃げた。
「りんこー」と呼んだ亮太君を振り返ると、小さな手でばいばいをしている彼が見え、思わずにっこり笑いかけ、また慌てて走り去った。


後日、その信号には「ひき逃げ犯の情報求む」と赤い字で力強く書かれた看板が立ち、亮太君のお母さんが家に何度もお礼に来た。亮太君はもう「足りんのりんこ」などとは言わない。「りんこお姉ちゃん」だそうだ。可愛らしい。

私は子供に向かって全力疾走する女と、奥さんを追い出した部長を、マジで許さない。

これは、私の、はなし

なんだか落ち着いた話なのか喜劇的な話なのか、どちらかというと喜劇でしょうが、うまく書けたか不安です。
自分の中にあるむらむらを文章にした、という感じですね。

私は結構、凛子が好きです。
案外普通の子なんですが、そうでもないかもしれない、磯山凛子ちゃん。彼女に安寧な日々は訪れるのか(笑)。

これは、私の、はなし

凛子は、現在ぷー。 真面目に仕事を探しているし、家庭内の平和を願っているし、子供にも優しく接さなければと思っている真面目ちゃんだけど、見た目のせいかそうは見えないらしくて、結構内心葛藤してる。 はあ、今日もなんかお父さんが怒ってるよ。

  • 小説
  • 掌編
  • ファンタジー
  • コメディ
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2013-06-04

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