櫻守

『櫻守』

「暑い。」
校舎に入って、そのまま教室まで走る。
「二秒前」
そんな先生のカウントと共に中に入った。
「危なかった・・・。」
最近はずっとこんな感じだな、と思う。
とある気まぐれな誰かさんの所為で。

街を少しはずれた小高い丘の上に古い神社がある。
古びてはいるが、見事な枝垂桜が美しく儚く咲き誇る様は絶景だ。
周りに景観を壊すものが何もないし。
『櫻守』
それはうちの家の娘が代々受け継いできた、この神社の桜の樹に住む精霊の話し相手のような役割だ。
何故か知らないが彼女「櫻姫」が此処に住み着いて桜の樹を、この街の平和を見守って少なくとも一世紀が経つと言われている。
これは祖母がその祖母から口承された話で辻褄があわないような部分もあるが、そんなものだ。
そして当代が私。ちなみに先代は伯母だ。
大した仕事ではない。毎日の境内の掃除がメインだ。
そうそう、私の家は神社ではあるが、父は普通のサラリーマンだし、祖父も退職してから神主になったくらいの副業感覚という残念さだ。
正月すら片手で数えられるほどしか参拝に来ないし。
で、そんな当代『櫻守』な私は言えば・・・まだまだ慣れていない。
今朝も掃除に手間取った。お陰で遅刻ダッシュだ。
まだまだ寒いというのに全身汗だく、ついでに冷や汗も掻いたしそれに教室は暖房がきいている。
(あー、気持ち悪い・・・)
そんなことを思いつつ終業式を終え、家に帰った。

夕方は神社に行き、掃除をして櫻姫の相手をする。
『居たら迷惑?』
そう聞かれ、首を横に振る。多少のことなら仕方ない。きっと寂しいのだろう。花見の時期にも誰もやってこなくなった、この神社に彼女はずっと一人で居るのだから。
「今朝のは流石に殺意わいたけどね。」
そう言うと彼女はくすくすと笑いながら隣に座る。

早朝、けれど六時にもなればもう大分辺りは明るい。
『藤、ご機嫌斜めだねぇ・・・』
そんな少女の声がしたので桜の樹を見上げると太い枝に少女が腰掛けていた。
「・・・櫻姫、他人事みたいに言わないでよ。」
桜の樹の精霊(だと言い伝えられている)少女は昔話に出てくる天女の様な装束姿をしていて、見た目は中学生ほど。
『だって、他人事ですもの。』
そう言われてがっくりと項垂れた。その隙を見て彼女は集めていたゴミを風を使って散らかした。すっかり元通りで、三十分の苦労が水の泡だ。溜息が出てくる。
「櫻姫が住みやすいように、って気を配ってるわけなんですよ?」
そう言うと彼女は飛び降りてきた。何故か少しばかり焦った様子で。しかし、彼女の場合は飛び降りると表現すれば語弊が生じる。彼女は人ではないからか宙に漂っているからだ。
『困ったね。』
ケラケラと笑いながら少女はトングに手を伸ばした。
「え・・・?」
驚いて彼女を見ると少女はトングを引っ手繰るように奪った。
『手伝ってあげる。』
珍しいこともあるものだと思っていると少女は悪戯っ子のように笑った。
『だって、藤が遅刻しちゃうもの。』
そう言われて腕時計を慌てて見ると時刻は七時五十分を過ぎていた。
「早く言ってよ、櫻姫っ!」
学校には八時には出ていないと間に合わない。


そうして話は冒頭に戻る。
*****
追憶の彼方。幼い頃に祖父の家に遊びに行ったことがある。
その家には祖父と祖母。そして近所には叔父さん一家が暮らしていて、中でも印象に残っているのは長女の藤という従姉妹だった。
「初めまして、歩夢くん。」
自分と一番年が近くて、活発な少女。
「初めまして、藤ちゃん。」
ほんの三日くらいの短期間では有ったけれど友達になれたと思っていた。それからは帰省もしなかったので会うことはなかったけれど。
ほんの数日前、両親と喧嘩したときにふと思い立ってこの地に来た。
「ちょっと、歩夢。あんた何処にいくつもり?」
そう母親に詰め寄られて「じいちゃんに会ってくる」と言うと色々と手土産を渡された。
その所為で荷物が重たかったのは言うまでも無い。
(見事に覚えてないもんだな。)
そうして実家に行くと祖父の部屋に通されて、そしてそのまま泊めてもらい、八時頃に目が覚めた。そして外を見てみると懐かしの少女がゴミ袋をトングを手にして走っている姿が見えた。
それから朝食をとり、昼食をとり、今に至る。
「歩夢くん?」
何か思い出せないような顔をした彼女と再会した。
「覚えてないかな・・・?」
まぁ互いに小さかったし。
一応祖父から聞いていたが彼女は記憶力がよろしくないらしい。
「ううん。名前は覚えてる。」
そんな話をしつつ彼女と一緒に神社にやってきた。
「そういやさ、桜の精霊って本当にいるの?」
母からファンタジーなお話を聞いたのを思い出したのだ。
「え、うん。いるよ。」

歴代『櫻守』
彼女たちにしか見えないと言うその精霊の話を昔母から聞いたのだ。
「いるんだよ。掃除の邪魔とかするけどね。」
楽しそうに笑う彼女を見て何か現実味の無い話なのに納得してしまった。
「昔は櫻祭っていうお祭りがあったって聞いたけど?」
自分のその一言が始まりだった。
「いいね、それ。」
藤はキラキラとした目で見つめてきた。
「やってみようよ。」

*****

こんな廃れた神社にも活気溢れる時期はあった。
今は櫻守の少女と自分くらいしかいないけれど、昔はちょっと違った。
桜が咲くたびに老若男女問わず色んな人がきていたものだ。
『藤にあたっちゃったかな。』
あまりにも一人が寂しすぎて。
『これじゃタチの悪い妖怪と一緒じゃない。』
そんな彼女は其れを見抜かれていたことを知らない。

「櫻姫、ちょっと相談だけど。」
夕刻、やってきた藤はそう言ってチラシをみせた。
『なぁに、それ。』
チラシには「さくらまつり」の文字。
「ここでやってみようかって。今年は歩夢君もきてるし、まぁ祭りって言ってもじいちゃんが町内会のお年寄りに声かけるって言ってたから小規模だけどね。」

藤は『櫻守』としてはまだまだだけど。
きっと櫻姫のことを良く考えて動いてくれるよ。

先代の言葉がふとよぎる。
そうか、私はとても寂しかったんだ。
誰もやってきてくれなくて。
今年も桜はこんなに美しく咲いたのに。
それでも誰も来てくれなくて。
櫻守はいつの間にか神社を護るようになってしまった。
それは自分を否定されたようで。
折角仲良くなった先代は嫁いでしまった。
自分は邪魔者のように思えて。

*****

「これ、うちの母親から。」
受け取って開いてみると櫻守の話が綴られていた。
納得した。
「ねぇねぇ歩夢君。来る前に櫻祭の話、聞いたの?」
そう聞いてみた。
「まぁね。」
つまりはそういうわけだ。
勿論、彼女には内緒にと書いてあるけれど。
きっと伝えてあげようと思った

今年も桜は美しく儚くそしてどこか淡く咲き誇る。
それは精霊の力を借りてだろうか。
決して無限ではないけれど、人よりもはるかに長い寿命の限りを生きようとするからこそその姿は美しい。
そしてきっと・・・
少女はまた後世に語り継いでいく。
一族の一員ともいえる、どうにも長寿な少女の物語を。
寂しがりで何故かか分からないがこの神社に住み着く精霊の話を。

櫻守

櫻守

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2013-06-04

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

Copyrighted