とある日の午後の僕。

変わらない日常に現れた変化。

不思議な視点でモノを見る彼女に

流されるように時間を共にするようになる僕。


楽しくない、無機質な中学校生活を

もし、誰かと過ごすことで楽しく面白くできたら。


たくさんの友達よりも

たった1人の心友を。


もしあなたの目が

無機質なセカイを映していたら

どうかそれを輝かせる相手に


出会えますように。

憂鬱な 『そんな日々も、悪くない』

昔から、僕は新しい環境に慣れるのに時間のかかる奴だったらしい。

だからかは知らないが、
幼稚園はほとんど毎日遅刻し、小学校も2年生までは仮病で休んだりしていた。



それはいくつになっても変わらない。



両親がどちらも私立中学の出だった故に勧められた私立の中学校。

共学のそこに、大した苦労もしないで入った僕は、
中1のゴールデンウィーク明けに、まるで糸が切れたかのように
プツンと学校に行かなくなった。



学校に行くのが毎日毎日億劫(おっくう)だった。

特にキライな火曜日と水曜日はよく、頭が痛いとか腹が痛いとか言って休んだ。

親もそれが仮病なことくらいたやすく気付いていたろうが、
それをあえて言わなかったのは、おそらく何か思うところがあったのだろう。

輝く中学生活に期待して入った部活も、1つ上の先輩の態度が気に食わないのを含め、
いろいろと無理があったため、1ヵ月でやめた。


結局、何の変化もなく1年生を終えた。



今思えば、少し無駄な1年間を過ごしたと思う。


本当に、消費するだけの毎日。


でも仕方がないと思っていた。


好きなものも趣味もない自分には、
なにかに精を出すための目標にするモノすらなかったわけで。



そして迎えた中2。


ようやく僕は『中学校』という新しい環境に慣れたのか、
それほど行くことは苦痛にならなくなっていた。

いや、別に行くのが楽しいわけではない。


ひたすら義務的に


毎朝の道を歩いていた。


ゴールデンウィークも中間テストも終え、

もうすぐ梅雨に入る。



「おぉー!!降ってきたっ。っしゃああ部活なしーっ♪」

うれしそうに僕の隣の席に座るのは、
戸田 柚木。

中1の時もいっしょのクラスだったこいつは、
どちらかといえばクラスの中心タイプで、体育祭なんかでも
「戸田頑張れー!!」とか言われるようなテンションの奴だ。
サッカー部の2年チーフをやっていて、後輩にも人気らしい。


「そんなに動いて汗かいて、こんなじめじめしてんのに気持ち悪くならないの?」
「んー?まぁなるっちゃなるけど……楽しくね?こうやって騒ぐの」
「小学生の時はバカやってれば楽しかったし面白かったけどね」
「だろだろー」
「中2だし」
「いーじゃん楽しいし」

よっぽど部活がないのがうれしいのか、
それとも本当にそう思って言ってるのか。

ワクワクした顔で次の時間の準備をしている。

「やっべ宿題やってねぇ」
「うん僕も」
「…意外」
「そぉ?」
「うん、なんか絶対やってそう。んでもってオレみたいなやつに見してって言われたら、
 『やだね、そんなのやってきて当たり前じゃないか』とか言って敵つくってそう」
「僕どんなイメージ」
「っへへ、まんま」


ガラっとドアが開いて、1限担当の教師が入ってくる。


今日も、この坦々(たんたん)とした日々を
何にも想うことなく終えるのだろう。


そう、思っていた。



たまに僕だって想い描くことがあった。


ある日突然恋に落ちる、とか

不思議な力を手に入れる、とか。


幽霊や悪魔の類だって信じていないわけじゃない。


ただ、もういいかな、と思ってしまっただけだ。




ザアアアア―――、と。


雨は放課後まで降り止まず、

僕は折りたたみの傘を開いていつもの道を帰って行った。



いつも通る公園の木の下に、傘がないのか困っている
僕と同じくらいの年の人がいた。


貸してあげたい気持ちはなくもないが、
見ず知らずの人にそうする勇気を、

僕は持ち合わせていなかった。



その人は公園の外側を向いて立っていたので、
目の前を通過することになる。


なるべく前だけを見て歩いた。


「ふぇっくしっ」


思わず振り向く。


「んぁー…寒い」


どうやら独り言らしい。



(……あれ)



その人の手には、しっかりと緑がかった青色の折りただみ傘が握られている。



「……不思議ですか」


「はい?」


思わず声が裏返る。


「傘持ってんのに雨宿りしてんの、不思議ですか」
「……はい」


驚いた。


知らない人に話しかけられる人とか、いるんだ…。


「これは、立ち止まる価値あると思うから」


そう言って、さっきから見つめていた(?)木の枝の先をまた見上げる。


「…見ますか?」
「あ、は、はい…」

こういうのはきっと、断らない方が正解だ。


「ほらあそこ」

彼女が指さす先には、ただ雨に打たれる枝があるだけだった。


「……」


「…この、音とか、しずくの落ち方とか、今ここでこうしている時しか見れないから。
 この一瞬だけだから。今を逃せばもう2度とこれは見れない。
 そう思うとなんでも面白く大事に見えると思うんです」


何だろう…悟りでも開いたかのような。


「ていうのも、最近気づいたんですけどね。
 いったい今までどれくらいのモノを見逃して来ちゃったのか見当もつかないですよ」


「……ごめんなさい……僕にはわからない」


「うん。あの、中2ですか?」

「あ、うん」

「そーなんだ、同じだ。じゃあタメでいいんだね。
 それじゃまた…会うのかな、まぁいいや、また」

「え、あ、どうも……」


その人は、僕にくるりと背を向けて、どこかへ行ってしまった。


いやまぁ帰ったんだろうけど。


雨で水たまりのできた公園を見る。

幾度となく見てきた光景。
でもきっと、今日と同じ水たまりのでき方をした日は、
今までも、これからもないだろう。


別に、面白くも楽しくもないが。

限定とか今だけとか、そういう煽りに弱い僕は、

その広がる水たまりを
しばらくじーっと見ていた。


そして、写メった。


2度と見れない、その形を。

再会の『また、会ったね』


家に着いて、制服を私服に着替え、
リビングからお菓子やジュースを引っ掴んで部屋に入る。


空気がこもっていたので、扇風機を回した。


ブゥゥンと音が鳴る。



『今を逃せばもう2度とこれは見れない』


『いったい今までどれくらいのモノを見逃して来ちゃったのか見当もつかない』



彼女は、そう言っていた。


ただ枝を雨が滴(したた)って行くところを見ながら。



今まで。


僕は今までいったいどれほどのモノを見逃してきたんだろう。


そのうちどれくらいが僕にとって価値のあるモノだったんだろう。



ただただ日々を過ごすことで

何も得ることもなく。



窓を雨が打っていく。


空から降ってきた水滴は、
窓にポツっとぶち当たり、
つーっと下にいく。


これだってきっと、規則性も何もあったもんじゃないだろう。

あの雨粒が、あそこにあたって、ああいう軌跡を描いていく。

何億、何兆分の確率の話なんだろう。

きっと今、この雨粒を見たのはセカイ中で僕1人だ。


「…おぉ」


そう思うと、急に雨粒を見ているのが楽しくなってきた。


クリームパンをほおばりながら、じーっと窓を見つめる。


どれくらいそうしていただろうか。



ガチャっと突然部屋のドアが開いて、母さんが入ってくる。

「ちょっと今から出かけてくるから留守番よろしくね」

「……あ、うん」

しばらくぼーっとしていたせいで、状況に頭がついてこない。


時計を見ると、部屋に入ってから1時間経っていた。


あっという間にも感じるし、
まだそんなもんしか経ってないのかという感じもするし。


ジュースを飲み干して、使った食器類を台所に運ぶ。



「あ、もう洗い物しちゃったからそれ自分で洗ってね」

リビングに出ると、2つ上の姉がテレビを見ながら言ってきた。

「うん」


普段なら、さっと洗って自分の部屋に戻る。

でも今日は、ごしごしとしっかり皿を洗ってみた。


スポンジに石鹸をつけて、グシュグシュと泡立てる。

泡を洗い流す時、水が流れていくところを
じーっと見ながら洗った。



セカイで1度しか見れない

泡のたち方、

水の流れ方、

あと?あと―――


「いつまでやってんの?」

「うん…ちょっとね」
「何」

ふぅ…とため息をつきながら、今日のことを思い出す。

「今日ちょっと変わった人と会ったんだ、でもちょっと面白いことも言ってた」
「だから?」
「それを実践してみてただけ」
「皿を時間かけて洗うの?」
「ううん」
「じゃ何」
「こうやって流れる水って、二度と見れないから」
「……?」

姉ちゃんは、ちょっとわからないという顔をした。

「…楽しい?」

楽しい?のかな。

「…まぁ、ちょっとだけ」
「そぉ…へぇ」

ふーん、と言いながらリビングに戻って行った。



ガチャンと玄関のドアの開く音。


「おかえり…兄ちゃん」
「おぅ、ただいま」

母さんだと思って出たら、兄ちゃんだった。

僕は、2つ上の双子の兄姉がいる。

兄の陽斗と姉の奈月。
姉ちゃんの方が少し遅かったらしい。

「腹へった…母さんは?」
「出かけてる」
「買い物?」
「じゃないかな」
「ナツは?」
「リビングでテレビ見てるよ」
「…宿題とかは?」
「やってなかったと思うよ」
「…ん、サンキュ」


兄ちゃんが入ったリビングから「宿題やれよっ!!」という兄ちゃんの声と
「いやぁーっこれ見終わったらーっ」という姉ちゃんの声がする。


僕が部屋に戻ろうとすると、兄ちゃんが言った。

「アズ」
「ん?」

梓、という名前の僕を、兄ちゃんと姉ちゃんはアズと呼ぶ。
姉ちゃんはナツ。
姉ちゃんは兄ちゃんをハルと呼ぶ。

「なんかあった?」
「なんで?」
「いつもはお前、誰かに何か聞かれたら『知らない』って答えるだろ、なんでも」
「え…あ、うん」
「なんだよ」
「…うーんとぉ…面白い人に会った、たぶん」
「たぶん?ふーん…また会えるといいな」
「うん」


また、会えるだろうか。


会ってみたい。


こんなことがあったよ、って。


君に会って、話をして、


家で普段と少し違うことができて、


楽しかったよ、って。



翌放課後、僕はまた、彼女に会った。

昨日と同じ場所で。



「なんとなくここにいれば会えるかなって思ったけど、会えたね」

「うん」

「うちに会える気がしてここに来たんだよね?」

「うん」

「こんにちは。原田 秋乃っていいます」

「…大崎 梓です」

「そ、梓くん」

「…原田さん」

「ね、学校ではうち原田さんとか秋乃って呼ばれてるけどね、
 ホントは誰かにアキって呼んでほしいんだ」

「…うん」

「でもね、学校の人たちに言われるのはなんかしゃくに障るんだよね」

「…はぁ」

「でも梓くんにならいいよ」

「それはどうも」

「うちも梓くんって呼んでいいかな」

「家では兄ちゃんと姉ちゃんにアズって呼ばれてるから…それがいいかな」


2人にそう呼ばれるのは好きだった。
でもたかが学校のやつらにそう呼ばれるのも…
うん、『なんかしゃくに障る』。

でもアキにならいいかな、不思議だ。

「うんじゃあアズ」

「じゃあ、アキ」

「はい?」

「あのね」


そう言って僕は話した。


昨日家であったこと。


その時しか見れなかった、『一瞬』の話。

とある日の午後の僕。

とある日の午後の僕。

日々をただ過ごす僕と 日々を大切に過ごそうとする彼女。 とある日の放課後に会った僕らは 互いの日々を楽しく面白く過ごすために いろんなことをする。 『一瞬は二度と見れないから』 だから僕らは、いろんなことに一生けんめいになる。

  • 小説
  • 短編
  • 青春
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2013-06-03

Derivative work
二次創作物であり、原作に関わる一切の権利は原作権利者が所有します。

Derivative work
  1. 憂鬱な 『そんな日々も、悪くない』
  2. 再会の『また、会ったね』