完全犯罪。

誰にもバレないように。

完全犯罪。


 私は幼い頃から人間を殺すのが好きだった。私の目の前で恐怖に震え、助けてくれと希う私がこれから殺すべき人間を見るのが快感だった。今までに私が殺してきた人間のことは、忘れずにきちんと私の頭の引き出しに仕舞いこんである。残念なのは、その殺した状況を逐一覚えていられないことだった。でも、もう死んでしまった人間には興味がないのだから覚えている必要はないのかもしれない。ただひとりだけ、鮮明にその状況を覚えている人間がいる。それは私が初めて殺した人間で、今からもう、じゅう年も前の出来事である。

 私の両親はとても真面目な方たちで――表面上はそう見えたけど、きっと腹の底に私と同じような黒くてどろどろしたものを隠していたに違いない――家庭は、非常に裕福というわけではなく、しかし他の一般家庭よりはいい暮らしをしていた。父は大学教授、母は公務員で生活も安定していたし、これといって何か不安があるわけでも、家族に対して不満を持つわけでもない。みっつ程年上の兄がいるが、これも両親の血を継いでいるからか、とても真面目で自慢の家族である。私自身も学業に励み、部活や生徒会などに積極的に参加していたし、自分で言うのもどうかと思うが、それなりに信頼も厚かった。
 そんな私が何故人間を殺すことに快感を覚えてしまったのか、周りの人間が知ればそう疑問に思うに違いない。たぶん私は、ありきたりでつまらない人生に嫌気がさしていたんだと、今思えばそんな気がする。

 じゅう年前、私は小学さん年生だった。同じクラスに円濱くんという男の子がいた。彼は所謂ガキ大将って呼ばれる存在で、クラスだけでなく学年のみんなから恐れられていたと思う(少なくとも私はそうだった)。けれど何故か、円濱くんは私に普通に話しかけたり、休み時間の恒例行事である「鬼ごっこ」に誘ってくれたりした。私は彼に嫌われたらおしまいだ、と本能で思い、彼に好かれるように振舞った。それは頭の回転が速い私にとっては容易いことで、円濱くんと同じクラスでいる間は彼に嫌われることはなかった。
 或る日、私は不図、円濱くんを殺したいと思った。それは本当に偶然思いついたことで、別に円濱くんから解放されたいとかいう気持ちはなかった。そう思ってしまうと、その願望は日に日に強くなる一方で、幼い私は心のコントロールが上手くできず、結局私は円濱くんを殺すことにした。しかし、私が殺したということが分かってしまえば家族に迷惑がかかってしまう。それにまだ捕まりたくはない。私は誰にもバレないように殺すにはどうすればいいのかを必死に探していた。そして、絶対に誰にも気づかれず、円濱くんを殺す方法を思いついた。
 実行に移したのは、秋がやって来るほんの少し前の生暖かい時期だった。私は昼休みになると中庭へ行き、そこで笑顔ではしゃいでいる円濱くんを見つけた。私の通っている小学校には、中庭に遊具とうさぎ小屋と、ひょうたん型の小さな池があった。その池には藻が浮いていて、おれんじ色の金魚がに、さんじゅっぴき泳いでいた。大きな亀が住んでいるという噂もあったが、きっと誰も見たことはないだろう。円濱くんを見つけた私は、彼を池のそばに連れてきて押し倒した。馬乗りになった私は躊躇うことなく、円濱くんの首に両手を当て、少しずつ力を込めていった。円濱くんは一瞬目を見開いて、苦しそうな声でやめろ、と言った。私はやめなかった。いつも強気で喧嘩ばかりしている、あの恐れられた円濱くんが、今私の手で命を奪われようとしている。気持ちがいい。気持ちがいい。私が恐れてきたあの円濱くんが、泣きそうな顔で私に許しを請うている。私は初めて、自分の恐れる人間を脅かす存在になったのだ。嗚呼、気分がいい。
 昼休みが終わるチャイムが鳴って、私は円濱くんの首に掛けている手を離した。円濱くんは涙をひとすじ残して死んでいた。まだ体が温かい。死んだ人間は体が冷たくなるのよ、ひいおじいちゃんが死んだとき母が教えてくれたことを思い出した。そうか、円濱くんはこれから冷たくなるんだ。私は殺してしまったお詫びに、その手伝いをしてあげた。冷たく汚い池の底に、ひとりの男の子が沈んでいった。

 その出来事以来、私は年に何回か、自分の欲望のままに人間を殺していった。それは円濱くんのような人間だったり、私が苦手とする人間だったり、街ですれ違っただけの他人だったり、とても大切な人間だったり。私にとって「殺す」という行為は、生きるために必要不可欠な行為であった。ひとり殺すたびに、私は自分の体に傷をつけていった。もう、私の左腕には綺麗な部分などない。そもそも人間を殺している時点で、私はもう綺麗なんかじゃない。それでも続けてしまうのは、周りに綺麗だと思われている自分の汚い部分を見るのがたまらなく心地いいから。きっと私は死ぬまで誰かを殺していくんだと思う。もしかしたらいつか、自分で自分を殺めるのかもしれない。けれどそれもまた快感に変わっていくんだろう。

 こうして私は今日も人間を、誰にもバレないように殺す。

完全犯罪。

文章の中で、私は人間を殺してきた。
誰にもバレない、完全犯罪。


ありがとうございました。

完全犯罪。

  • 小説
  • 掌編
  • 青春
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2013-06-02

CC BY-NC-SA
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