どうやら僕は異世界に来てしまったようです。【プロローグ】

 今日も今日とてお天道様は元気なようで、遠慮なく太陽光を降り注いでいやがります。壁に掛けてあるデジタル温度計を見てみると、ディスプレイには36度という文字が表示されていて……うん、やっぱちょっと張り切りすぎじゃないでしょうかお天道様。少しは手を抜いてもバチは当たらないと思うんです。

 ほら、外を見てみるとあまりにもの蒸し暑さに顔を歪ませながら歩いている一組の家族がいるじゃないか。姿格好から見るとこのコンビニの先にある大型水上アミューズメントパークにでも行くのだろうけど、お父さん一人で家族全 員分の荷物を持ってるよ。

 そんな息を荒くして荷物を抱えているお父さんの隣には、それはそれは可愛らしい幼じ……ゲフン! 娘さんが赤色のリボンがついた麦藁帽子をいじりながら、これから起こるであろう楽しい時間に期待をよせてニコニコと満面の笑み浮かべていた。

 その娘さんの様子を微笑ましく見守っているのは二人よりも少し後方にいる奥さん。歳は外見上30前半のようだが余裕ある雰囲気とそれとはうって変わって娘さんとお揃いの麦藁帽子に、白をベースとした控えめな柄が入っているフリル付キャミソールとショートデニムパンツという、少し若々しい服装をしている。

  ……うむ、実にグットだ。既婚者じゃなければ是非ともお近付になりたい。いや、既婚者でもお近付にはなりたいが……ああ、急にあのお父さんに対して怒りが込み上げてきたぞ。最初は同情していたが、もはや同情なんてものはこれっぽっちもないわ! フハハ! せいぜい苦しむがいい! そして……いつまでも幸せになコンチクショォォォ!!



「さっきから何ブツブツと言っているんだお前は」



「ふでば!?」



「真面目に仕事しろ。後輩は後少しで上がりだろ?」



 突然頭に走った痛みに声を上げて振りむくと、肩まで伸びた染めの知らない艶のある黒髪に、前髪からのぞかせるキリッとした目つき。整った鼻や口といったパーツがバランス良く小さな顔の中へと納まっていて、綺麗な顔立ちをしている。背は僕と比べて少し小さいが、170cm以上はあるだろう。体系は陸上部に所属していることからスレンダーだが、いい意味で出るところはしっかりと出ていて、そんな容姿体系共にまさしく美女と呼べる女性こと先輩は、フライドチキンを追加しながら呆れ顔でこちらを見ていた。



「そ、そうなんですけど、なんていうんですかね、ほら、運動部風にいうとダウンですよ。クールダウン」



「ここは運動部でも学校でもないんだぞ?」



 そう言って入店してきた男性客に営業スマイルを浮かべながら「いらっしゃいませ」と挨拶をかける先輩。ああ、あの男性客、頬なんか染めちゃってるよ。

 確かに外見上だけを見れば先輩は見入ってしまう程に綺麗な容姿をしているが、大抵そういったものにはトゲがあるもので、告白してきた男性を生理的に受けつけないという理由で、顔面整形だ! と高笑いをしながらボコボコにしたり、高校時代の時に気に入らない教師がいれば、教師の恥ずかしい性癖を学校新聞へ載せるという公開処刑まがいなものや、その他にも数々の伝説、というよりも事件沙汰を知れば、百年の恋も一瞬にして冷めるだろう。

 現にこの僕もその被害者の一人で、現実を知ったその日は一日中枕を涙で濡らしましたとも!



「お前が真面目にやらなければ私が楽できないだろうが」



 外見は二重丸。内面は落第点のギャップ萌えも狙えない程の先輩は「まったく。もう、まったく」とブツブツ言いながら先ほどまでと同じようにある方向へと目を向けた。


 僕もつられてその視線の先を追いかけると、部活帰りなのか、スポーツバックを足元に置いた女子学生がファッション雑誌を広げて立ち読みしている姿がそこにはあった。



 ――この先輩は人に仕事しろと言っておきながら何を見ているんだか。



 と、思いつつ僕も見る。



「あれはCですかね、先輩」



「いや、Dだな」



「さ、さすが高性能おっ○いスカ○ターの持ち主だ……。しかし、夏っていうのは暑くて嫌ですけど、その分メリットはありますよねー」



「今まさに目の前の光景がメリットといえるだろう。暑さによって滲み出た汗がワイシャツを透けさせ、そこから薄っすら浮かび出てくるピンクの下着と肌……はぁはぁ、た、たまらんぞ! ……あ、興奮してきたから後輩、お前を殴らせろ」



「意味わからないから! てかなに仕事中に発情しているんですか!」



 カウンターから少し身を乗り出し鼻息を荒くさせた先輩はどこからどうみても変態だ。

 ほんと、神様はなんでこんな変態にこのような容姿を授けたのでしょうか……。

 あ、会計を行おうとしていた女性客が慌てて引き返していく。



「お会計ですか? それならこちらへどうぞ」



「え? あ、は、はいっ。すみません」



 慌てた様子で足早に隣のカウンターへと移動する女性客。ナイスファインプレイ。これで僕に対する高感度が40くらいアップしただろう。ちなみに高感度100でその子のルートに突入だ!



「あ、あの……会計の方をお願いしたいのですが……」



「申し訳ありません。こちらは温めましょうか?」



「はい、お願いします」



 もうすでにこのコンビニでバイトを始めてから2年が経つ僕は手際よく会計作業を行い女性客へとおつりを渡す。そして会計をすませて立ち去ろうとする彼女に――。



「お姉さん、次回は日々の日常で疲れたお姉さんの心を僕が癒して温めますよ♪」



これぞまさしく「極上の営業スマイル(女性限定)」を発動させた。



「…………」



 これは……手ごたえあり! 口をあけて呆然としている彼女。もう彼女は僕に胸をキュンキュンさせているだろう。ああ、やっちまったよ神様……また僕はこの星の女性を一人虜にしてしまいました。ですけどこれは男の、いえ、僕の生まれながらにして与えられた定め。たとえ地獄に落ちようともこの欲求を抑える事なんてできないのです!



「あ……あ、ああ」



「そんな、愛しているだなん――」



クルッ……ダッ!!



「あ、あれ?」



 口をぱくぱくとさせた後、陸上選手並の綺麗なフォームで走って店を出ていってしまった彼女。恥ずかしくなって逃げてしまったのだろうか。ふふ、まったく初心なお人だ。

だけど、なんで彼女の顔は赤くではなく青くなっていたのだろう? 不思議!



「相変わらず後輩のアレは殺傷能力抜群だな」



 いつのまにか視姦を終えた先輩は苦笑を浮かべ、頬をひくひくと痙攣させている。



「僕も今回はやりすぎた感じがありますよ。いけると思ったんですけど……彼女に悪いことをしました。今度ゆっくりとお茶しながらお詫びをしたいですね」



「彼女の為にもそれはやめておけ」



「なっ、先輩……それ、やきもちで――ひでぶ!!」



「アホか」



「あ、アホって。ふ、ふん! 別に先輩にやきもちやかれても嬉しくないですよ! それに先輩は同性愛者ですし!」



「ほほう。それは聞きすてならないな。この誰しもが認めそして憧れる美少女の私にやきもちをやかれても嬉しくないと? それと確かに私は雌もいけるくちだが、当然雄もいけるぞ」


「うわ、リアルで自分が胸を張って美少女だと言っている人を初めて見ましたよ。それに少女っていう歳でも――ずごっく!?」



「ははは、よし! そんなに痛い目にあいたいというんだな、コ、ウ、ハ、イ!」



「イダダ!! ちょ、ちょっとまっ!! せ、先輩! 仕事中ですって! ああっ、アイアンクローきまってます! なんかミシミシ軋む音が頭の中で響いているんですがぁぁ!」



◆◇◆◇◆◇



「そ、それじゃ先輩、お先に失礼します」



 今も尚ズキズキとした痛みが走るこめかみを擦りながら先輩に声をかけるけど、反応はないままで、ただこちらを睨んでいる。
 だけど、中身はどうあれ容姿がいい先輩にこうして見つめられ、もとい睨まれていても恥ずかしいわけでして。ぐっ……いかんぞこれは。このままでは先輩の魔力に毒されてしまうっ。ここは速やかに退散した方が良さそうだ。



「悠」



 その一言に足を止める。



 一瞬誰のことなのかわからなかったが、この場にいる人物で「悠」という名前は僕しかいないだろう。そして僕を呼んだのは間違いなく先輩。だけど、先輩は普段僕の事を「後輩」と呼んでいる。それはこのコンビニでアルバイトを始めた時からずっと変わらない呼び名で、名前で呼ぶことなんてほとんどない、というより今まで一度もなかった。



「な、なんでしょうか先輩? 珍しいですね、名前で呼ぶなんて」



「ああ。いや、あ、あれだ、うん。いつも頑張っている私の可愛い後輩にご褒美として名前で呼んだだけだ。これで後輩は私の奴隷から下僕に輝かしくランクアップしたわけだ。感謝しろよ?」



「いや、それほとんど変わらないですって先輩! それに僕いつから先輩の奴隷になったんですか」



「ええい、いちいちうるさい奴だなお前は! ランクを使い魔に落すぞ!」



「それはなんか微妙な位置づけですね……。っと、それじゃ、もう行きますよ」



「う、うむ。また明日も私の為に働くがいいぞ、悠」



「はい。また明日」



 僕は背中にかけられた先輩の言葉を聞き流しながらそそくさに更衣室へと入った。

 ああ、やばいやばい。今僕の顔を先輩に見られるわけにはいかない。こんな真っ赤になっているだろう顔を見られたら一日中からかわれるのは目に見えているわ。くそ、最後の最後であんなのがあるなんて聞いてないぞ! 不覚にもドキッとしたじゃないか! これは、いつか仕返しをしなければ僕の気が治まらん!



「まぁ……しかし、あんな素で慌てた先輩を見たのは初めてなんじゃないか?」



 確かにあれはなんとも珍しい姿だったのだ。普段は何事も冷静に処理する先輩はまさにクールビューティーの称号に相応しい人物なのだが……それに、先輩。僕の下の名前を呼ぶ時に若干顔を赤くしないでくださいよ。



「こ、これは、嵐がくるかもしれないな」



 外は雲一つない快晴。おまけに可愛い女性天気予報士が今日は晴れで洗濯日和だと言っていたのだが、先輩の慌てた姿と、理由がどうあれ僕の事を下の名前で呼んだ事。これは奇跡が二度起こったのも同然な事態なわけで……うわ、なんかブルッときたわ! いきなり空から槍が降ってきてもおかしくないぞ! 今日はこれ以上外に出ないほうがいいかもしれない。



「というわけで、さっさと我が城へと戻る事にしよう。そしてガンガンに冷えた部屋でギャルゲをやる!」



 一つ気合を入れて、着替え終えた僕は外へと出ると、太陽の日差しだろうか、眩い光を浴びて僕は反射的に眼を閉じた。そして数秒後再び眼を開けると――



「…………へ?」



辺り一面に木々と草花が生えた、まさに森といえる光景が目の前に広がっていました。

どうやら僕は異世界に来てしまったようです。【プロローグ】

どうやら僕は異世界に来てしまったようです。【プロローグ】

バイト先の先輩といつも通りの下らない話を終え、いざ自宅へと帰ろうと更衣室から外へと出たら、目の前に自然溢れる緑の空間が広がっていました……。 ――見ず知らずの土地に望まなくして来てしまった僕。 そこは今までの常識が通用しない、非現実的な事が常識な世界で……。 お父さん、お母さん、そして愛猫のポチよ。 どうやら僕は異世界に来てしまったようです。

  • 小説
  • 短編
  • ファンタジー
  • 冒険
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2011-07-24

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

Copyrighted