吹奏帰宅部
この話は、帰宅部と間違われるくらいゆるい吹奏楽部で活動し、普通の青春を謳歌する高校生の日常を書いた作品です。
ゆるく楽しんでいただければ幸いです!
登場人物※随時追加予定
【望月 陸】
高校一年生。男子。身長172㎝
フレンチホルン担当。
【服部 日向子】
高校一年生。女子。身長168㎝
トランペット担当。
【秋山 春雪】
高校一年生。男子。身長175㎝
クラリネット担当。
夏の始まり【望月 陸】
じんわりと額に汗が滲む。楽器を持つ手にも汗が溜まり、自慢のフレンチホルンの銀色の胴体に汚れがつく。焦ってハンカチで拭き取るが、また五分後には同じ事なのだろう。
「あーあちー」
不幸なことに、創立五十周年を迎えたこのボロ校舎の三階にある音楽室にはクーラーがついていない。クーラーどころか、扇風機もついていない。
吹奏楽部の夏練習にほとんどの人が欠席する理由の大半は、この地獄のような音楽室の劣悪環境のせいだろう。
季節は初夏。梅雨が明け、六月ももう終わろうとしている。俺の高校生活も三ヶ月近くが過ぎた。この三ヶ月で、俺はかなり『濃い』友人達と出会った。その友人達はまだ部活に来ていない。あんまり遅いことだし、教室まで迎えに行こう。
一年生の教室が並ぶA棟では、部活にも入らず放課後の予定も特に無い、いわゆる帰宅部の面々が楽しげにおしゃべりに興じていて、その騒がしさは本当によく近所から苦情がこないな、と関心するレベルだ。
その中で、俺は『彼女』をすぐに見つけた。彼女のことは、どんなに遠くからでも、人が多いところでも、一目で見つけられる自信がある。それは別に俺が彼女に恋をしているから、とかでは全く無く、俺と彼女の付き合いがあまりにも長いからだ。
そしておそらく、彼女も、どんなに困難な状況でも俺のことを見つけるだろう。
一緒におしゃべりをしている仲良しグループの女子達より頭一つ大きい、長い黒髪の彼女をあえて遠くから観察してみた。けど、速攻で気づかれた。おそらく一秒もたなかった。
「陸ーっ!!」
元々背が高いのに、腕をめいっぱい伸ばしてぶんぶん振るその様子は、すごく迫力満点である。
彼女の名前は服部日向子(はっとりひなこ)。容姿端麗で成績優秀なハイスペック美少女だが、性格に難ありで色々と残念。
「ごめーん、すぐ部活に行こうと思ってたんだけど、ついついおしゃべりが止まらなくって・・・あ、勿論、陸のこと忘れてたわけじゃないよ!恋バナしててね、勿論私は皆に陸の魅力をいっぱい話しといたから!あ、でもでも、皆が陸のこと好きになっちゃったら困るから、過去のダサい話もしてバランスとっといた!」
日向子の致命的な部分は、その他の追随を許さない弾丸トークと、俺のことが異常に好きすぎるところだ。
喋りっぱなしの日向子を引き連れて、次のターゲットの所へと向かう。
『奴』はいつものように、図書室にいた。
「おい、メガネ」
図書室にいた全メガネが振り返ったが、俺の呼んだメガネは一人だけ。一番手前の本棚で気むずかしい表情を浮かべながら、本の内容を吟味している真面目メガネ。
「あ、陸。おはよう。どうしたの?」
「今は放課後だ。そして、部活の時間だ。ゆっくり読書をしている時間じゃねえぞ」
彼の名前は秋山春雪(あきやまはるゆき)。秋なのか春なのか雪なのか、親ももうちょっと考えて名前をつけてほしかった。と本人が話していた。日向子に次ぐ秀才だけど、天然過ぎて難ありな残念系メガネ男子。
「なんか暑いから、ついついクーラーのついてる図書室に来ちゃうんだよね。分かった、すぐに向かうよ」
春雪はにっこりと爽やかスマイルで返し、本に視線を戻した。
ので、強引に音楽室まで連行することにした。
まだまだ声を掛けるべき友人はいるのだが、もうあまり練習する時間が残っていないので二人だけを連れて音楽室に戻ると、少しだけ人数が増えていた。
開けっ放しの窓から風が吹き、半袖のブラウスの裾を揺らす。
ああ、
これから俺の、高校生活一年目の夏が来る。
胸が高鳴った音が聞こえた。
合宿計画 【秋山 春雪】
夏だ!合宿だ!
大多数の学生がそうであるように、自分も夏休みに浮かれているのは認めざるを得ない。夏休みとは、始まる前が一番楽しいとよく聞くが、それでもやはり待ちきれない。早く来て欲しい。
なんと言っても、今年の夏休みは別格だ。これまでの夏休みとはひと味違う。何故なら、合宿があるから。
この学校に夏休みの合宿を楽しみにしている生徒が何人いるだろうか。多くはないはず。合宿=暑い・辛い・過酷 などというイメージがついてしまっていて、「合宿」という単語を聞くだけで気持ち悪くなる生徒もいる程だ。だけど、吹奏楽部は違う。全部員が合宿を心の底から楽しみにしている。理由はすぐ分かる。
「うおっしゃああああああああああああ!!!!!合宿計画立てんぞおおおおおおお!!!!」
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!!!!」
普段の放課後練習の時とは比べものにならないほどの気合いの入ったかけ声。そして全部員の出席。ゆるすぎる本校吹奏楽部にとって、全部員が音楽室に揃うことなど奇跡に近いが、毎年この季節は出席率が半端なく良くなる。
「ということで、合宿計画隊長!秋山君よろしく!」
「はあ」
ひょんなことから合宿計画隊長(?)に部長直々に任命された僕は、半ばやる気が無いながらも渋々教壇に上がる。五十近い視線が自分に集まる中、一度深呼吸し、口を開く。
「えーっと、じゃあ、一番初めにどこに行きたいかアンケート取ります」
「ハワイ!」
「グアム!」
「とにかく常夏の国!なんか楽しそうなところ!」
「ディズニーランド!」
「・・・・・。」
そう、ここ吹奏楽部の合宿は、合宿というよりただの旅行。修学旅行だ。しかも顧問(ほとんど部活に来ない)が金持ちで太っ腹の為、どこでも好きなところに行ける。昨年はアメリカに行ったらしい。ほんと何なんだこの部活。
「二泊三日の予定だから、ディズニーランドは除外で。えーと、とりあえず候補はハワイ・グアムと・・・あとはどこかありますか」
「パリ!ロンドン!ベルリン!」
お前ら適当に言ってるだろ。これでは全く行き先が決まらない。個人的にはあまり遠い国には行きたくないのだけれど。
「お前はどこがいいと思うの?」
列の後ろの方、大事そうに自前のフレンチホルンを磨きながら、僕の親友の陸が問いかける。その後ろでは、陸にぞっこんな日向子がホルンの管を磨くのをせっせと手伝っている。自分のトランペットはもはやケースから出してもいない。
「えーと、じゃああんま遠くなさそうなグアムで」
行き先はグアムに決定した。
放課後 【服部 日向子】
大抵の人は、私のことを単純だと思っている。外見も頭もそこそこ良いけど、性格がちょっと変で、おしゃべり。あと背が高い。
・・・まあ、間違ってはいないんだけど。
でも、私はもっと複雑怪奇で、色々秘密とかあったりする。だから、もっと知って欲しい。もっともっと興味を持って欲しい。もっともっともっと、好きになって欲しい・・・
足音が、聞こえた様な気がした。このリズム、重量感、歩幅は・・・・
「陸だっっ!!!!」
放課後掃除の途中で突然叫んだ私に、班員全員が驚くが、気にしない。二秒後くらいに教室のドアが開く。そこには、何を隠そう私の幼なじみ、望月陸が立っていた。
正直に言うと、私は陸のことが好きだ。いや、大好きだ。愛している。彼の魅力は言葉では語り尽くせないのだ。
くりくりで子犬のような、ちょっと吊り目気味な瞳。笑うと見える八重歯。寝癖がなかなか取れない、焦げ茶の髪。その他百億個ぐらい。そういや私の友達は「猫みたいな魅力」って言ってたっけ。私的には犬っぽいんだけど・・・どっちでもいいか。
「ここって、どうなんのかよく分かりづらいんだけど・・・」
「えっと、ここはねー♪」
放課後、誰もいない教室で、私と陸は二人っきり。では無い。他にもちらほら人がいるけど、窓際の席を向かい合わせて座っているとまるで二人きりの世界みたい。
陸が私の教室に来た目的は、課題の分からないところを教えて貰う為だった。陸はお世辞にも頭が・・・よろしくない。なので、昔から分からないところは私に頼る癖がある。
最近はまっさきに部活に向かっていたので、こうやって放課後勉強することは少なくなっていたんだけど。
「陸、分かった?」
「うん、まあ・・・なんとなく」
これは分かってないな。
「今日は部活に行かないで、全部終わらすこと!終わらなかったら、私の家で勉強してもいいよ」
「頑張るけどその時は頼む」
よし、頑張って時間を稼ぐぞっっ!!!
結局完全下校の時間になっても、陸の課題は終わらなかった。私の家に来てもらえる♪
ふと、前を歩く陸の後ろ姿を見つめてみる。
ちょっと前まで、私の方が大きかったのにな。
「ねえ陸」
「ん?」
きゅっ と、服の裾を掴む。
「私と結婚して?」
「いきなりかよっっ!!!」
陸は何でか私のトンデモ発言に耐性があり、ちょっとやそっとの発言じゃ驚かないので、たまに隙をついてこういうことを言ってみる。
「まあ・・・」
陸が前を向いたまま口を開く。
「誰にももらわれなかったらしてやるよ」
縁の下の力持ち 【望月 陸】
午後六時、部活終了のチャイムが鳴る。
マウスピースを取って、胴体を傾け、タオルの上にたまった唾を抜くと、今日も一日やり終えたという満足感でいっぱいになる。
新しく配られた曲の譜面に、ホルンパートのメロディは無かった。いつもそうだ。たまにラッキーでホルンだけのメロディがあったり、スーパーラッキーだとソロがあったりするが、大抵地味な背景や、クラサックスなどと同じことをしていて目立たない。
たまーに目立って格好いいトランペットにしておけば良かったな、と思う時もあるが、吹いていると楽しくてそんなことを忘れる。
本当にホルンにして良かった。中学校に入学したての、あの時。
「陸は部活とかどうするの?」
「あ?俺はいいよ、帰宅部で」
中学に入学して一週間が経った頃、校内で部活説明会などというものが始まった。新入生は自由に好きな部活の見学に行き、気に入ったら届けを出していざ入部、という簡単なものだ。
運動神経が特別良いわけでもなく(決して悪くは無いのだが)中学三年間情熱を持って続けられる部活などない、と思っていた俺は、入学前からどこかの部に入ることは考えていなかった。
「じゃあさ、私と一緒に吹奏楽部に入らない?」
日向子のあの一言が、俺のその後の人生をがらっと変えてしまった。
日向子に半ば強引に連れられて見に行った吹奏楽部の見学で、俺は驚愕した。ただ楽器を吹くだけと思っていたのに、そこには腹筋や背筋をする部員達の姿があった。
練習内容は、まず腹筋五十回に背筋五十回、スクワットと腹式呼吸を終えた物からマウスピースのみでタンギング練習をし、やっと楽器を持てたと思ったら曲を吹かずにひたすら音階練習をする、という地味だが過酷なものだった。
華やかに演奏をする彼らの背景には、こうした運動部にも負け劣らない練習の積み重ねがあったのだ。
その日一日見学しただけで、俺は吹奏楽部に入ることに決めた。
目立って格好いいトランペットにする、と言う日向子に対し、俺は見学するまで存在すら知らなかったフレンチホルンにすることにした。
フレンチホルンは、マウスピースが小さい。それだけで難易度は他の楽器よりかなり上がるのだが、驚いたことにあのコンパクトなボディも管を全て伸ばすとチューバと同じくらいの長さになるというのだ。
高い技術と、体力。その二つが高レベルで求められる楽器。その時の俺にとって、これ以上にないくらい魅力的な楽器だった。
高校生になった今、卒業祝いと入学祝いとして銀色に輝くピカピカのホルンを買って貰った。
俺はもう、この楽器を選んだことを後悔しないだろう。
合宿計画? 【秋山 春雪】
吹奏楽部の合宿場所であるグアムに行くにあたって、楽器は持って行かないことになった。予想通りって言ったらそうだが、これはもう合宿とは呼んではいけないだろう。
今日は日曜日だ。めんどくさいことを全て請け負ってしまった為に忙しい毎日の合間にある、癒しの一時。
のはずが、結局家でも合宿計画を立てるはめになってしまった。
今年初稼働となるクーラーの効いた部屋で、陸と日向子、そして俺の三人で机を取り囲む。宿題をしに来たはずなのに、何故かおしゃべりに花が咲いてしまっているのは言うまでもない。
陸「グアムってさあ、グアムっていう国なの?アメリカなの?」
日「アメリカだよ。でも、数百年間フランスの領土だったんだよ。だから、フランス語の看板も結構多いの。日本人観光客が多いから日本語の看板も多いけどね」
陸「へー」
春「日向子はやっぱ詳しいね。行ったことあるの?」
日「無いよ!気になるから調べた。早く行ってみたいなあ♪陸と二人で海に潜って魚取りた〜い」
春「あれ俺は?」
陸と日向子は根本的に似ていると思うが、唯一違うのは頭の良さだ。
二人に出会ったのは高校に入学してすぐの時で、その時既に二人は旧知の仲だったわけれども、なんだかんだですぐに溶け込み、今では休日に三人集まって勉強してたりもする。
日向子に女友達が少ないわけでも無いのだが、本人曰くショッピングやスイーツ巡りとかをするよりも陸にくっついていた方が楽しいらしい。
陸にも友達は多いが、なんだかんだで俺とつるむことになって、結局この三人が落ち着く。こう書くと日向子と俺の接点が無いように思えるが、実は二人でラインチャットとかしてて意外と仲が良かったりする。つまるところ、三人の相性が凄く良い。
「ゲームしようぜ!」
近くのファミレスから帰ると、唐突に陸がゲームのコントローラーをバックから取り出す。
「ご丁寧にマイコン持って来て・・・君たち勉強しに来たんじゃないの?」
「息抜きも必要だよ!ほら!」
強引にコントローラーを握らせられると、日向子は既にテレビの前にスタンバっている。
唐突に始まるス○ブラ。そして、唐突に終わる。それは眠気と共に。
「ぐがー」
「すぴー」
ぐったりと倒れ込む二人を横目で見ながら、小さくため息をつく。
「全く・・・」
そして、合宿計画の書類に目を戻した時、
「あれ?」
一つの矛盾点に気づいた。気づいてしまった・・・。
吹奏帰宅部