退魔人は頑張り屋さん
新学期
4月。関東のとある高校へと通じる坂道。散った桜の花びらが生徒たちに踏まれくしゃくしゃになっている。今日は新学期初日。久しぶりに友達と合うのを楽しみにしている生徒や、新しい学校生活に緊張している生徒たちがこの坂道を登っている。そこまで急な坂ではないが、皆息が速くなっている。生徒たちはそれぞれの思い気持ちが自然と高揚しているのだ。そんな生徒たちの中で、特に早歩きで歩く少年がいた。
少年の名前は「塚本誠一」。17歳。今年2年に進学した。この歳の子らしい多感で思春期まっただ中だが性格は真面目で何事も積極的に取り組む方だ。しかし昨年上手くいかないことが多かった。部活のソフトテニスで友達が自分より先に球拾いを卒業した。自分も早くラケットを持ちたいのにそれができず、少しふて腐れたこともあった。親や友だちは励ましてくれたが、それがまた悔しくて、夜中にベッドで泣いたこともあった。また、学校の成績も平均点。悪くもなければ良くもないといった具合だが、親も先生も「もう少し頑張れ」と言う。彼自身頑張ったつもりだ。毎日部活で疲れた体に鞭打って教科書を開き最低でも1時間は勉強する。だが、その努力はどうも成績に反映されていないようだった。
「今年はもっと頑張ろう。テニスも勉強も。レギュラーとって成績は学年の30番代に入って。とにかく頑張ろう」と、少年は意気込み坂道を歩いた。
教室
学校の玄関の前にはクラス替えの名簿が貼ってある掲示板が立っていた。それを見ようと掲示板の前には多くの生徒が集まっていた。誠一は自分のクラスを確認しようと生徒たちをかき分け掲示板の前に立った。周りの生徒が、自分はどのクラスなのか、友だちと同じクラスになれたのか、興味津々で掲示板を見つめている。その傍ら、誠一もドキドキしながら掲示板に目をやった。不思議なことに、誠一のクラスは小学1年生の時から去年までずっと3組だったのだ。
誠一は中学生になるまでは、この奇妙な現象は自分が持つ何か特別な力が引き起こしているんだ、と思っていた。「僕は実は超能力が使えるんだ」とか「その超能力でモンスターを倒すんだ」とか、思春期の男子にありがちな妄想を誠一も例に漏れず持っていた。そんなことを考えてワクワクしていた誠一を時間が変えた。誠一は真面目に育った。次第に、自分には特別な力なんてないと思うようになっていた。手を使わずに物を動かせるわけでもない、相手の心を読めるわけでもない。もちろんモンスターなんて存在しない。
(ていうか、ただ偶然クラスが何年か連続で同じになっただけで、なんだよ超能力って。馬鹿かよ)
成長した誠一はそういう風に考えを改めていった。
今誠一が緊張しているのはそんなジンクスが原因ではない。2年生から進学と就職でクラスが分かれる。さらに、進学クラスでも成績によって特進クラスと普通クラスに分かれるのだ。特進クラスと普通クラスでは進める大学のレベルが違う。誠一は難関大志望だったので特進クラスを希望していた。今の成績では自分が特進クラスに入れるか不安だったが、なんと特進クラスは「3組」。ジンクスが今年も続けば特進クラスに入れることになる。誠一はこの時ばかりはありもしない自分の能力を信じるしかなかった。しかしすぐに、自分には何の能力もないんだと改めて知ることになった。
3組に誠一の名前は無かった。名前を見つけたのは4組。普通クラスだ、特進クラスではない。開いた口からため息すら出なかった。ただ呆然と掲示板を見つめた。毎年続いていたジンクスを打ち破るくらい自分には実力が無いんだと誠一はひどく落胆した。悔しさが全身に広がり、もう掲示板を見ないよう急いでそこから離れた。口の中が酸っぱくなり鼻の奥が少し熱くなった。しかし誠一は取り乱すまいと目を閉じ震えながらも何度か深呼吸した。
(みんな俺のこと見てるのかな…。何やってんだろうあいつって思ってそう。)
ゆっくりと目を開けた誠一は自分の実力の無さを鼻で笑い、俯きながら下駄箱に向かった。隣の、3組の下駄箱の方から、楽しそうな会話が誠一の耳に入ってきた。誠一はより一層気分が落ち込み、4組の教室のある2階に登っていった。
しかし4組の教室にもそんな声は響いていた。友達とまた同じクラスになれたことを喜ぶ生徒や、勇気を出して知らない生徒に声を掛ける生徒、中には取っ組み合いをしてじゃれあってる生徒たちもいた。みんな楽しそうだ。教室のそんな様子を見て、誠一のさっきまでの感情はどこかに飛んでいってしまった。
(そうだ。このクラスで頑張ればいいんだ。何を馬鹿なこと考えてたんだ俺は。いいじゃん4組で。3組にも飽きてたし。)
「おはよう!」
誠一がそう挨拶すると、みんな
「おはよー」
と返してくれた。
誠一の新しい1年が始まった。
退魔人は頑張り屋さん