僕の瞳で見たひまわり

広い世界の中で僕は君に出会った。

きっとこれは運命なのかな?

いや必然なんだ。

僕は彼女のために生まれたんだ。

「退屈だな」

誰もいないのに呟く。僕の言葉だけが響く病室。

ムシムシと真夏の暑い日に事故で足を粉砕骨折して数ヶ月、ずっと入院している。

僕のいる病室は6人部屋なのに2人しかいない。

そのもう1人は女子高生。

僕が話しかけられるわけないし、彼女はいつも朝起きるとどこかに行ってしまう。

入院し初めは友達もお見舞いに来てくれたので楽しかったが、今は全くと言っていいほど来ない。

僕忘れられたのかな?

そして毎日暇。

いつもと同じように起き、いつもと同じ時間の朝食。

いつもと同じことに飽きてしまった。

何か楽しいことないかな。

そう思い病院の中を松葉杖を突きながら歩き回った。

昨日は小児科に行った。

小さな子供を見ていると元気をもらえる。

今日は何処に行こうかな……。

迷った末僕は入院病棟を回ることにした。

おじいちゃんやおばあちゃんなど話相手を求めている人のところへ行けば

今日1日だけでも暇をもてあますことはない。



「さあ。行こう」

寂しさを紛らわすために独り言のように言ってみる。

松葉杖の移動も慣れたな。

今では階段も長い廊下も普通に行ける。

僕の病室は東病棟の2階。今日行こうとしているとこは3階。

今まで行ったことがないからね。

3階は2階とは違い静かだった。

まるで僕1人が別の世界に迷い込んだみたい。

少し歩いていくと、僕が通った真横のドアが開いた。

そこは30代くらいの女性がいたが、その女性は僕に関心がないようで

目が合ったのにも関わらずそのまま病室を後にした。

僕はあの女性が出て行ったときにドアの隙間から1人の女の子を見た。

白いワンピースのようなものを着てボーっとどこかを見つめている。

きれいな女の子だった。

つやのある黒髪に白い肌がよく映えている。

そしてその目はまるでなにも知らないかのような澄んだ瞳だった。

僕の心はドキドキといつもより速く振動している。

体が火照るのがわかった。

僕は無意識のうちに彼女の病室に入った。

「失礼します」

「……。どうぞ」

静かな声で彼女は言った。

僕は入ったのはいいものの、何をすればいいかわからなかった。


「あなたは誰?」

「えっと、僕は……。この下の階に入院してるんだ。さっきドアが開いたとき

 君のことが見えて、それで……」

「それで来てくれたの?」

彼女はうれしそうに微笑んだ。

笑うとさらに美しさを増す。

でも1度も僕のことを見てはくれなかった。

正確にいうと見てはいるものの僕の目を見てはいなかった。

やっぱり迷惑だったかな?

知らないやつがいきなり病室に来たんだからそうだよね。

すると彼女は言った。

「そこに椅子があるでしょ。それに座ってお話しましょ」

彼女のほうから誘ってくれるとは思わなかった。

椅子に座ると彼女は僕に問う。

「私あなたのこと知りたいわ。だから教えてほしい」

ニコニコとした笑顔。

まず何から話せばいいのだろう。

「うーんとね。僕はこれで入院してるんだ」

足のギブスを指しながら自分は骨折したことを教えた。

「バカだろ?信号見ないで横断歩道渡ったら事故に遭ったんだ」

「骨折かぁ……。ゴメンね私目が見えないから分からないわ」

僕は直接ではないが遠まわしに彼女の病気のことを聞き出してしまったらしい。

「ごめん」

即座に謝った僕に君はフフフっと笑い言った。

「大丈夫。私小さい頃から目が見えないからそれが当たり前なの」

僕は何も言えなかった。



「だから気にしないで」

そういう彼女の笑顔は少し寂しそう。

僕は気まずくなって帰ろうとした。

「待って。明日も来てくれる?」

彼女は下を向きながら言う。

そんな彼女を見ていると「分かった。じゃあまた明日ね」

そう僕が言うと

「うん。待ってるから」

と初めて会ったときのような笑顔で答えてくれた。

彼女の病室を後にするとやはり3階の病室はしんと静まり返っている。

次の日、お昼を少し過ぎてからまた3階に上がり彼女の病室に向かった。

彼女は僕が部屋のドアを開け「こんにちは」と挨拶すると

「こんにちは。待ってたよ」と手を振ってくれた。

それから僕らは昨日話せなかったことをたくさん話した。

彼女のこともたくさん知ったし、僕のことも知ってもらったと思う。

彼女は昨日小さい頃から目が見えないと言っている。

目の見えたころの記憶がないらしい。

だから家族の顔も自分の顔すらわからないそうだ。

でも1つだけ覚えていることがあるようで

『お花畑に連れて行ってもらったこと』

そのころまだ小さかった彼女はこれが花畑だと知ったのは最近らしい。

「私、自分が唯一知っている現実のものだからとっても好きなの」

だからなのか彼女の部屋には昨日と違う花が置いてあった。

それは毎日お母さんが取り替えてくれるらしい。


今日の花は黄色い大きいのが特徴の花。

「その花はひまわりって言うんだって。お母さんが言ってた」

「へー。初めて聞いた名前だな。」

知っていたが僕は知らないフリをしたんだ。

「その花って黄色いんでしょ。どんな色なの?」

そうか、彼女は色さえも分からないのか。

「そうだな……。光?」

「光?」

「そう光。他には希望とか幸せなイメージでもあるかな」

僕の説明で分かるかな?

それでも彼女は考えるように言った。

「きれいね」

そう言う彼女に僕は本物の花を見せたくなった。

その日から僕は毎日変わる花の色を彼女に教えてあげた。

「今日はどんな色なの?」

僕らの会話はいつもここから始まる。

それはいつになっても一緒。

僕はいつの間にか彼女に会うのが楽しいみたいだ。

そして今日も僕は君に会いに行く。

「今日は何色?」

「今日の色は青だよ。冷たいとか涼しいとかかな。それと海は青いんだよ」

といった具合でいつも彼女にいろんな色を教えてあげた。


この日は前教えてあげたひまわりが病室に飾ってあった。

「どんな色?」

今日も彼女は聞いてきた。

「今日はひまわりだよ」

「ひまわりかぁ。私この花大好き。きっと私が小さい頃見た花ってひまわりだと思うの」

「今の時期が一番きれいに咲くんだよ。君の病室の外にも咲いてるのが見える」

すると彼女はボソッと小さな声であったがハッキリと言った。

「私も外に出てみたいな」って

「外にでたいの?」

「なんでもないの」

彼女は笑いながら言い返すと黙ってしまった。

「行こうよ」がたっと椅子をひっくり返す音に彼女は驚き言う。

「私なんかが外に出ていいのかな?」

今度は笑ってなどいない。

真剣になった彼女は自分が外に出れないことを知っているようだ。

「なんで?」

「目が見えないから……。なんでなんだろうね」

彼女は外に目を向ける。

外の景色なんて見ることなんて出来ないのに。

「僕が連れて行ってあげる」

「僕が、僕が君をここから連れ出してあげるよ!」

「本当?」

声色が変わるのが分かった。

今までの声が水色なら今の声は黄色。

彼女の感情がはじけたような今までで1番の笑顔だった。

それはまるでここに咲いているひまわりのよう。


「車椅子借りてくるから待ってて!」

「うん」

わくわくとした彼女の笑顔に背中を押され僕は急いでナースステーションに向かった。

ここからナースステーションまではまず2階に降りなければならない。

僕は急いでいるためエレベーターを使う余裕なんてなかった。

運よく階段は誰も使っておらず僕1人だ。

階段を降りるとすぐにナースステーションはある。

「すいません!車椅子貸してもらえますか?」

息をきらしながら言う。

「そこにあるから取っていっていいわよ。使い終わったら返してね」

「分かりました」

車椅子を押していつもより速いスピードで彼女の元へと急ぐ。

しかし彼女の病室には、また3階へと上がらなければならない。

今は車椅子があるので階段は無理なのでエレベーターを使った。

彼女の病室からエレベーターは遠い。

僕は急ぐ。彼女にもっと笑ってほしい。

外に出たことないという君に、外の世界を味わってもらいたかった。

「おまたせ!」

勢いよく開けた病室のドア。

そこには、前に1度だけ見たことのある女性がいた。

あの人は彼女の母なんだろう。

僕をにらみつけている。あの時は僕に目もくれなかったのに。

「あなたがこの子を外に連れ出すんですって?」

「……。はい」

沈黙の後の小さな返事。



「困ります。もし外に出てこの子が怪我でもしたらどう責任てってくれるんです?」

何も言うことが出来ずに僕はただその人の話を聞いていた。

彼女の母は、はぁとため息をついた後言った。

「もうこの子に二度と近づかないで」

「「えっ?」」

僕と君の声が重なった。

「お母さん!いやだよ。やっと出来たお友達なのに。

私はお母さんや先生としかお話できないの?

私、もっとたくさんの人とお話したい。勉強だってしたい。

外に出てみたい。もっとお友達もつくりたいし

学校にだって行きたいよ!!」



「それにもう1人はいやなの」

消え入りそうになりながらも彼女は今までの気持ちを母にぶつけた。

『もう1人はいやなの』

そうか君はずっと一人でこの病室にいつも居たのか。

彼女の母は驚いたように目を丸くした。

それは僕も同じ。

「ねえ、お母さん。なんで私目が見えないの?」

彼女の目には涙がたまっていて今にもこぼれ落ちそうだ。

彼女の母は黙っていた。

「ねえ、お母さん。……お母さん!」

最後には怒鳴り母を問い詰めた。

それでも黙っている。

時が流れ彼女が落ち着くのを待っているように。





どれくらいの沈黙だったのだろうか。

僕も、彼女も、彼女の母も動かずにただ一輪だけ咲く

大きなひまわりのほうを見ているだけだった。

彼女の母は、時計を確認すると

「じゃあ、そろそろ行くね」

とだけ言い病室を後にした。

でもなぜか、僕も連れて。

病室の外は今日も静かで別の異次元のようだ。

「今から時間ある?話したいことがあるの」

いきなり声をかけられて驚いたが僕は彼女の何かがわかると直感的に感じ

「はい」と返事をした。

僕は彼女の母に連れられ病院にある中庭に来た。

少し大きな噴水があるこの中庭は、彼女の病室が見える。

ここの近くには彼女の病室から見えたひまわりたちが咲いていた。

そしてこの中庭は暖かくなるとたくさんの人で賑わう。

でも最近は外の気温が30度を超える真夏の暑さが続き日射病を警戒した

医師たちが注意したのであまり人の姿が見えない。

「あの話って?」

ベンチに座り僕が話をきりだすと彼女の母は静かに話始めた。

「あの子と仲いいの?」

「はい」

「そう……」

なぜか悲しそうな顔をする。

「あの子が病気なのは知ってるでしょ」

僕はうなずくだけにした。

「目が見えないなんてつらいでしょうに……。あの子がまだ生まれて間もない頃の話よ」


まだあの子の目が見えていたとき

その頃まだ1歳未満の、きっと今見ていることも忘れてしまうような

小さな赤ちゃんだった頃。

1度だけ満開のひまわりを見に行ったことがある。

きっとこれがあの子の唯一の記憶なんだろう。

それは都心からそんなに離れていないが

どこか遠くに来たような気持ちにさせる場所だった。

1面のひまわり畑は大きな紙に絵の具で黄色に染めたようなところ。

こんなところに来たのには訳がある。

それはやっとこの子を育てるのに慣れてきた頃。

あの子の泣き声で起きたんだ。

「どうしたの?」私がこの子をあやしていると彼が起きてきて心配そうに言う。

彼と私はお見合いで出会った。

本当は親同士が決めた策略結婚。

私の父は大きな病院を経営しており、彼の家は医療機器の大企業。

今時こんなことがあるのかと気に悩んだが

実際会ってみると優しくて真面目で私にはもったいない人。

お見合いでの結婚だったが、私はとてもうれしかったのを今でも覚えている。

「ごめんなさい。起こしちゃったのね。大丈夫だからあなたは寝て。明日も早いんでしょ」

「ああ、すまないね」

そういうとまた眠りにつく。

この子に触ると、とても熱い。

熱があった。私は父の病院に向かう。

夜中の2時を過ぎていた。




でも父ならいるだろう。

だっていつも帰ってきたのは朝。そして少しの睡眠をとるとまた病院に行く。

その繰り返しの毎日。頑張るんだなっていつも思ってた。

そんな父の病院に私は急いだ。

こんな夜中なのに病院にはすんなり入れた。

娘だからってこともあると思う。

「何かあったのか?」と心配そうにこの子を見る父。

「熱があって」

「じゃあ、まだ1人だけ先生が残っているから見てもらいなさい」

そういうと私を案内してくれた。

中には白衣を着た中年の先生が机に向かっていた。

「見てもらいたい子供がいるんだが」

「わかりました」

父が出て行くと「こちらにお子さんをねかせてください」

とさっきと同じ様な声で言う。

この子をベットにねかせ先生が診察し終わるまで黙って見守っていた。

「ただの風邪だと思いますよ。一応解熱剤を出しておきますので」

とたんたんとした口調で言う。

「ありがとうございました」

そういい私は病院を後にした。

家に帰り解熱剤を飲ませると熱はひきスヤスヤと寝息をたてて寝てしまった。

「どうしたんだろうね」と答えることは出来ないこの子に問う。

風邪なんて引くようなことしなのかしら。

いつも家で過ごしていた私たちは買い物をするとき以外は家からでない。

私は心配になる心を抑え寝ることにした。



次の朝『行ってきます』と書かれた紙を残し仕事に出かけた彼。

ズキズキと痛む頭は何かいやなことが起きると言う予兆のようだ。

私はあの子にミルクをあげ2度目の睡眠にはいった。

2時間ほど寝ると頭がスッキリする。

今日は日曜日。なのにあなたは仕事。

私たちはまた二人っきりになったあの子の頭をなでる。

また熱があった。

解熱剤の効き目はこんなものなのかと思いつつも残りの解熱剤を飲ませる。

何時間かしてまた体温を測ると熱は下がらない。

ましてやだんだんと体温が上がっている。

軽いパニックになりながらも病院に行こうと思った。

そうだ日曜日だった。病院休み。

仕方なく今日はあきらめて明日行こう。

次の日の朝もこの子の泣き声で目を覚ました。

この2、3日夜泣きをあやして寝不足だ。

もしやと思い体を触るとやっぱり熱い。

体温を測ると熱がある。

今日こそは行こうと家を出る。

病院はとても混んでいて待ち時間が長かった。

その間も泣いているこの子はきっと辛いんだろう。

「36番でお待ちの方」

手元の番号は40番。時間が過ぎるのが遅く感じる。

まるで私の周りだけ時間の流れが違うみたい。

「40番でお待ちの方」

長い間待たされ呼ばれる番号。



この子は泣きつかれて寝ている。

診察室に入ると、この前の先生がいた。

「お願いします」と軽く挨拶をし早速見てもらった。

すると先生は精密検査をすると言い出した。

そんなに悪いの?

「この医師が担当しますので」

と紹介されたのが眼鏡をかけたいかにも出来ますといった感じの男性。

「こちらにどうぞ」と、通されたのがいろいろな機器が置いてある部屋。

そこで血液検査や脳の検査など一通り終えると半日が過ぎていた。

「では診察結果は2日後くらいに出ますのでまた来て下さい」

悪い病気じゃありませんように。

そう願った私のお願い。

それが叶うことはなかった。

2日後病院に行くと今まで聞いたことのない病名。

だんだんと目が見えなくなる病気。

今この子は1歳にもならない赤ちゃん。

先生が言うには2歳半くらいには完全に見えなくなるらしい。

私はよくわからなかった。きっとこれは嘘だ。

この子が病気?そんなのあるわけない。

そう思いたかったが心のそこでは嘘じゃないことくらいわかっていた。

その夜。家に帰ってくると私は
 
「大切な話があるの」と疲れている夫を呼べとめた。

いつもの私は呼び止めたりしないから私の真剣さが伝わったみたいだ。

私たちがこんなふうに向かい合って座るなんて久しぶりでなんだか気まずい。





私はこの前からの熱のこと、精密検査をしたこと、そして病気のことを話した。

彼はうなずきながらも黙って聞いていてくれた。

話が終わると彼は「ごめんな。1人で背負わせて」と謝る。

なぜ謝るのかがわからない私は勝手に流れる涙に気がつかなかった。

そして私と彼で決意した。あとの1年であの子にたくさんのものを見せてあげようと。

次の日から彼は仕事を休みこの子のために絵本を買って読んであげたり

いろいろな場所に連れて行ってあげた。

季節が夏の今だったら海や水族館。

秋になると山に行き紅葉を楽しんだ。

冬は少し雪の降る地域に行き、雪にふれさせてあげる。

春は色とりどりの花が咲いてる公園に行った。

そして時はめぐりまた夏がやってきた。

この子の目が見えなくなるまでのカウントダウン。

それはあまりにも残酷で。優しかった。

私たち家族は最後の家族旅行をしに行った。

そこは彼が前から用意していてくれた一面のひまわり畑。

親戚から土地を譲り受け1から育てたらしい。


「きれいだね」

まだそんなに言葉を覚えていないこの子の感想。

「きれいね」

「そうだろう」と自慢げに言ったあの人は少し照れくさそうに頭を搔いた。

「ありがとう」

この子の記憶にもきっと残るよ。

こんな幸せが一生続けばよかったのに。




ある日この子の何をするでもなくただボーっとしていた。

もしやと思い夫と一緒に病院に向かった。

先生はライトをこの子の目の前でつけたり消したりしながら言った。

「……。見えてませんね」

とうとうこのときがきたのだ。

カウントダウンの数字は終わりをつげ子のこの瞳は何もうつせなくなった。

これからは闇の世界で生きていかなければならないのだ。

それから夫はあまり家に帰らなくなった。

私と家には目の見えないこの子だけ。

それは寂しいものだった。

目が見えなくなってからというもの活発だったこの子も今ではじっとしているだけ。

話しかけても何も言ってはくれない。

音楽を聞かせても反応はなかった。

私が母に相談すると父の病院に入院させてみてはどうかと提案があった。

初めは悩んだが、反応がない子供と二人っきりというのはとても辛い。

だからあの子を私から遠ざけるようにして病院にいれた。

そして病院からあまり出さずにあの子を世間から隠すようにした。

私あの子から逃げていたんだ。

「きっと私はあの子を小さな病室に閉じ込めておきたかったのね」

彼女の母が語った物語は悲しいものだった。

僕は初めてあの子のことを知った気がする。

1人は辛かったはずだ。

あの子も、そしてこの人も。

「じゃあ、僕があの子のそばにいます」

彼女の母は目を丸くして驚いていたがうれしそうに

「ありがとう」と僕に言ってくれた。

僕はあの子が好きなんだ。

目なんて見えなくてもいい。

耳があるじゃないか。

感覚があるじゃないか。

それだけで僕の声が聞こえる。

それだけで僕と触れ合える。

彼女のそばにいたい。

彼女の助けになりたい。

これは僕が初めて思う気持ち。

そしてこの気持ちを伝えたい。

僕は走った。中庭から最も彼女の部屋に近い螺旋階段を駆け上る。

骨折した足でこんなに速く登れるとは自分でもびっくりだ。

ぐるぐると長い階段は僕を彼女から遠ざけているよだ。

中間くらいまでくるとミシミシと音をたてて崩れた螺旋階段。

僕の足元はもうない。

きっとこれが彼女の答え。

神が代弁してくれたんだ。


僕は死ぬの?


その答えは『Yes』

じゃあ最後に僕の願いを聞いて下さい。

僕の目を彼女に……。

彼女にもう一度光を見せてあげてください。

ぐしゃっといやな音がした。

死んだ僕。

これでよかったんだ。

彼女に光を戻すために。



そろそろ夏が終わるころ

先生が彼女の顔の包帯をとる。

すると美しい顔が姿を現した。

「では目を開けてください」

との声にゆっくりと開ける。

久しぶりの光に目がまだなれないようだ。

「目が見えるよお母さん。私、お母さんの顔見えたよ」

彼女は目に涙を浮かべながら言う。

「ねえ、あの男の子は?あの子に会いたいわ」

「あの子は……。もう退院したわ」

「そっか……」





この子はまだ知らないのだ。

そして知ったときには悲しんでくれるかな?

僕が死んだことに。

でも絶望するんだろうね。

君の目が僕の目だってことに。

僕は生き続ける。

君の目になり……。

そして僕がこれから見ていくはずだった光を君に捧ぐ。

僕と一緒に同じ景色を見ていこう。

「ねえお母さん。これがひまわり?」

ある日持ってきた彼女の母の腕の中には1輪の大きなひまわりが咲いている。

「きれいだね。あの子にも見せてあげたかったな……」

君は優しい子だね。

でも見てるよ。

君の目に映るそのひまわりは僕がもう二度と見ることのなくなった

きれいで大きなひまわり。

それはきっと君自身のことなんだよね。

僕の瞳で見たひまわり

僕の瞳で見たひまわり

  • 小説
  • 短編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2013-05-28

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