二度目のラストメッセージ

自分ではいかんともしがたい最初の数行。
これを作品に仕上げていくのもまた楽し

未来からの妻

書斎の電話が赤ん坊が癇癪をおこしたように鳴った。
わたしは受話器を取り、ゆっくりと受話器に向かって語りかけた。「はい?」
「もしもし、あなた。いままで一緒に暮らしてくれてありがとう。」とそれだけの言葉で通話が切れた。しばし呆然。だって、その「あなた」は「わたし」じゃないってば。
間違い電話を受けてしまったようだったが、幸い相手先の番号が表示されていたのでかけ直してみる。
「この電話番号は現在……」何故だ!
青い本体に映る番号は、昔住んでいた家のものではないか。
そんな馬鹿な。だってあの家は火事で妻とともに燃えてしまったではないのか。
だから今の私に「あなた」と呼ぶような女性はいないのだ

妻からのメッセージ

翌日また前の家からの電話がかかってきた。受話器を耳に当てると昨日の女性の声で、
「帰りにお花とケーキを買ってきてくださいね。」
「私はあなたを存じ上げないが、あなたは誰なんですか?」

互いに沈黙しあった。

その間、私はこの女性の話に合わせてもう少し詳しい状況を把握しようと考えた。
「突然何を言い出すの。」
「今日のあなたおかしいわよ。」
回線が突然切れ、液晶にちょうど1分間の会話だったログが表示されていた。

結婚記念日。
今日は10月17日か、連作の締め切に追われていて忘れていたが、今は亡き妻との結婚記念日が今日だった。
あの日も家で二人で祝おうと妻は家で手料理を作っていた。私にも帰宅途中にケーキと花を買ってくるように連絡があった。無骨な職人の私に花を買って来いだなんて、まったく私のセンスのなさを知らないなと苦笑したのだった。

更に翌日また例の女性から電話がかかってきた。
「今日は何時頃帰れますか?今日くらいは早く帰ってきてくださいね。」
私はまた彼女の話に合わせることにして「わかったよ。もうすぐオフィスを出るから」
「研ぎ師仕事場をオフィスだなんてそんなハイカラなものじゃないでしょうに」ところころと笑った
「じゃぁ早く帰ってきてね」
私が話そうとした瞬間に切れ、液晶には通話が1分であったことが示されていた。

結婚記念日も同じ、私の職業も同じ、電話番号は元家の番号、偶然にしてはできすぎている。ただ一昨日と昨日の会話が時間的に前後していて、会話がどんどん過去に遡っているのが不可解だが、どうやら過去の妻から電話がかかっているらしい。
居ても立ってもいられず元の家に向かうためにコートを手にとっていた。

元の場所は1年も経てば焼け跡はなく奇麗に更地になっていた。

電話が鳴った。私は受話器を取り耳元に近づけた
「今日は何時頃帰れますか?今日くらいは早く帰ってきてくださいね。」
昨日と同じ内容だ。
私はそれを確かめるために「今日は結婚記念日だから、早めにオフィスを出ることにするよ」
「研ぎ師仕事場をオフィスだなんてそんなハイカラなものじゃないでしょうに、じゃぁ早く帰ってきてね」

どうやら元の家跡を確認するまでは過去へ過去へとさかのぼっていたのに確認したとたん時間の進行方向が逆転し現在へと進み始めようだ。

早く彼女の身に何が起こるかを伝えて彼女に警察に頼むなり避難するなり対処してもらうしかない。
しかし、こちらからは電話がつながらないのだ。
最後の望みは彼女からの電話だ。私の記憶ではあと1度、電話があるはずなんだが。
私は一晩中電話がかかってこないかとまんじりともせず起きて携帯の前にいた。

最後の電話がかかってきた。
「帰りにお花とケーキを買ってきてくださいね。」
「早くその家から出なさい。」
「突然何を言い出すの。」
「いいから言うことを聞いてくれ。理由は後で話すから。」
「今日のあなたおかしいわよ。」
「その家は放火されるんだよ。そして君は煙に巻かれて・・・。」
何がなんでも彼女を避難させようと必死だった。
1分後通話が切れた。

翌日また例の番号からかかってきた。
私はゆっくりと受話器をとり耳にあてた。
最後の最後の声を聞くために。
「もしもし、あなた。いままで一緒に暮らしてくれてありがとう。」と。

二度目のラストメッセージ

「未来からの帰還」だったか?それを思い出した時にこんなのを書いてみようと思ったわけだけど

二度目のラストメッセージ

  • 小説
  • 掌編
  • ミステリー
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2013-05-28

Copyrighted
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  1. 未来からの妻
  2. 妻からのメッセージ