学園の椿事
とんでもない出だしのネタを拾ってどこまでも。
悩む少年
日差しが差し込むダイニングで、テーブルの上にスープ用の白い皿が並んでいて、水の上に緑色の葉が浮かび、開け放たれた窓からの風のためにゆらりゆらりと泳いでいる。
もう初夏を迎えたのか、と思いながら白い皿の水の中に、あるものをぽたり、と垂らして変化を待つ。
ゆうらり、ぐにゅりと沈みながら、それは葉を歯に、刃に羽にと次々に姿を変えていく。
今度こそ私の望むものになってくれるようにと祈るように何度目かの水菓子作りに取り掛かった。
寒天の漣は静まり、惨劇の後とは思えない。
それにしても、あれは洋菓子部のしわざだったのか。
御菓子学園の学園祭で起きた不思議なできごとを、手持無沙汰も手伝って、なんとはなしに通いなれたカフェのマスターに語りはじめた。
マスターはカップを拭きながらうつむき加減で語る
お菓子学園の学園祭に和菓子部は、蓮を象った、清涼感のある和菓子を目玉に、屋台と校内を巡回して販売をやろうということになり、学園祭まであと二日というところでサンプルを完成したらしい。
学園祭前日は、和菓子部も洋菓子部も明日に控えた学園祭で販売するためのお菓子作りにおおわらわで、大量に作ることに不慣れなのも手伝って細かなミスを連発していた。
それでも、なんとかお菓子を予定数分完成させ調理室の冷蔵庫に入れたときには、全員に安堵の雰囲気が漂った。
後片付けをして校門を出る頃には深夜の0時を過ぎていた。
そうして当日は、朝から少し汗ばむくらいの好天に恵まれて学園祭は始まった。
和菓子部の皆は屋台で販売したり売り子として校内を歩き回って蓮の和菓子を売り歩いていた。
11時も少し過ぎた頃、炎天下の中、校内を回って売り歩いている途中に籠に入れていたお菓子が全部溶けて流れ出してしまったのだ。
一つの班だけではなく、全ての班で起こり、泣き出す生徒までいた。
学園祭が終わり、後片付けの時もただでさえ気のりのしない作業なのに、今日のことが彼らの心に暗くのしかかっていたため、誰となく言い出して、翌日にしようということになったということだった。
「あれから、和菓子部のやつらが俺達のことを恨むような目で見るんだよ。こっちはこっちで、あらぬ疑いをかけられてムカついてるしで、ますます険悪な関係になってて、肩でも触れようものなら、即ケンカが始まりそうな雰囲気でもう最悪。」
『君たち洋菓子部は何をしたの?』
「俺達は普通にカフェ。珈琲とかは豆を挽いてドリップした結構本格的なものを出して、ケーキやらゼリーやら日頃習ってきたのを出したんだ。」
「でも、俺たちも大量に同じものを作るのは初めてでさ、色々失敗しちゃったよ。」
「ゼリーとか、ちょっと堅いと客に言われちゃうしさ、まったく。」
マスターは、少し首を傾けマイセンのカップを拭きながら聞いていた。
次に移ろうとロイアルコペンハーゲンのカップに伸ばした手を止めて、自分の想像だけどと断って。
『調理室に残っていたサンプル蓮のお菓子は寒天で作られたけど、学園祭で作られた蓮のお菓子は、ゼラチン製だったのかな。』
『知ってるだろうけど、寒天は約80度。砂糖などを入れると100度程度で融解温度し、凝固は約30度くらい一方ゼラチンのそれは、60度程度と15度程度。だからゼリーは冷蔵庫で冷やさないとダメだよね。』
『当日は冷蔵庫に保管されていましたが、30度近い炎天下の中に持ち出すと、ゼラチン溶けてしまうだろうね。』
『そして、多分、君たちの作ったゼリーは寒天だったんじゃなかったのかな?』
「じゃぁ、どこで入れ替わったんだろ?」
『初めての大量生産でまさに戦場のようで、人が入れ替わり立ち代り出入りしていた調理室じゃないかな。お菓子作りに必要なものを取に来ていたことだろうし。』
『湯せんで溶かしたゼラチンと熱闘で溶かした寒天が、たまたま同じテーブルの上に乗っていたら、誰かが勘違いして持っていっても不思議じゃないし、間違われた方も残った鍋が自分のだと勘違いしちゃうんじゃないかな?』
『洋菓子部と和菓子部とに確執がなければ、ひとこと聞けたかもしれないけどね。』
マスターは語るのを止め、冷蔵庫からエメラルドグリーン色した透明なデザートを出してきて、俺の前においた。
『寒天とゼラチンを適度に配合して、面白い食感にしてみたんだけど、試食してみてもらえるかな?』
よく冷えた、新しいお菓子は洋風とも和風ともつかないが、その食感は絶品だった。
学園の椿事
書いてしまってから「水菓子」がくだものと知った。