フェリオスクロニクル 996

1の月 プロローグ

雪景色の中、60名ほどの兵士が行軍していた。皆まだ若く十代半ばをすぎたばかりだ。
騎乗の者は5名、兵士達は緑色に染めた長方形の布の中心の穴に頭を通した軍衣を腰のベルトで止めたものと、緑色のフード付マントを身につけていたが、騎乗の5名のうち2名が貴族や騎士のみに許される自家の紋章のついた軍衣とマントを身につけていた。

一人は先頭を進む白地に斜めの黒い斧の紋章の騎士、もう一人は部隊の最後尾に馬を進ませる白地の下半分に薔薇の紋章の描かれた騎士である。 彼らはフォッジアス王立兵学校混成第4小隊、総員60名の一年から三年までの各兵科の混成部隊であり、年2回、夏期と冬期に行われる国内を行軍、警備任務につく冬期国内警備実習の最中であった。

第一話 冬季行軍演習

現在、最後に立ち寄った村からすでに2日が経っており、寒さと疲れで普段はうるさいほどの連中が私語一つ無く、 兵士達は時折うんざりした様子でちらちらと降りしきる雪と空を覆う分厚い雲を見上げてさらにうんざりしながら進んでいた。

小隊の後方には4台の荷馬車とわずかな歩兵が続いており、責任者として騎士科の薔薇の騎士が隊列の最後尾から指揮を執っていた。その騎士の元へ駆け寄っていく一人の右腕に赤いリボンを巻きつけた薬学科の女性兵がいた。肩まである茶色い髪と端正な顔つきをした女性兵の駆け寄ってくる様子を見て、嫌な予感を覚えた騎士科の青年が先に声を掛ける。

「どうした?クラリーチェ」
クラリーチェは息を整え馬上の騎士を見上げながら説明する。
「歩兵科のラファエーレ君が塗れたブーツを乾かさずに履いてたみたいで、足にひどいしもやけを負って、凍傷になりかかってしまっているんです、急いでお湯で暖めないといけないので、イヴァン先輩に行軍の停止をお願いしに来たんですけど・・・」一気にそこまで言うとクラリーチェは気まずそうにイヴァンを上目遣いで見つめながら返事を待つ。
「あのやろう・・・、まー、しかし俺の担当は後方隊だからさ、ラファエーレは俺の指揮下に無いし、直接隊長につたえてもらえないか?」
その答えを予想していたのか間髪を置かずクラリーチェは答える。
「医学科のヴェネリオ先輩が隊長に直接伝えると私たちまでその・・・あの・・・被害を受けるのでイヴァン先輩に伝えろとのことで・・・」
「ヴェネリオやつ・・・ったく、しょうがないなー」
「ごめんなさい」
そういいながらクラリーチェは深々と頭を下げる。 「い、いやクラリーチェは悪くないさ!!悪いのはヴェネリオ・・・いや元々はラファエーレか、だから大丈夫!わかってるから君が誤る必要は無い!」 あわててそう言うとクラリーチェは口元に手を当ててクスクスと笑う。
「ありがとうございます。先輩」
それを聞いてすこしほっとした気分でニコリとしていたイヴァンは、自分の顔の筋肉が緩んでいることに気がつきゴホンと咳払いをして 緩んでいた顔の筋肉を引き締める。
「で、いまラファエーレのやつはどこに?」
「先頭の荷馬車の荷台にスペースを空けてもらってそこにヴェネリオ先輩と一緒にいます」
「そうか、じゃあとりあえず様子を見てから考えるか。クラリーチェも荷馬車に戻るなら一緒に乗せて行こうか?」
そう言うだけ言ってみたものの「大丈夫」と言われやんわりと拒否される。近くで聞いている工兵たちが聞き耳を立てクスクス笑っているような気がするが気のせいだろうか・・・。
「じゃ、行って来る」
「はい、いってらっしゃい」 とクラリーチェに手を振って見送ってもらえたので少し気分がよくなったイヴァンだったが、工兵達に笑われたのをラファエーレ八つ当たりする気満々で馬を進ませる。実際先頭の荷馬車まではそう遠くは無い。工兵科6人に薬学科3人が自分の前を歩いているだけで、その先がもう最後尾の荷馬車なので歩いて行ってもすぐにたどり着く。
こんな距離でのせていこうか?ってさすがに無理があったな・・・余計に恥ずかしくなってきたイヴァンはさっきの件はきれいさっぱり忘れることにした。
四台ある荷馬車のうち先頭の一台にたどりつくと、荷台の上にブーツを脱いで毛布に包まったラファエーレと付き添いのヴェネリオがいた。
そこでイヴァンは馬を降りてラファエーレの元へ行くとテヘヘと頭をかきながら笑顔を返してくる。その様子をみたイヴァンは小言を言ってやろうかとおもったが、まずは患部の様子をみるのが先決とヴェネリオに向き直る。
「どんな状態なんだ?」
いつも冷静なヴェネリオはそれを聞きイヴァンを一瞥した後、表情を曇らせながらラファエーレから毛布を剥ぎ取り、足を見えるようにする。
「・・・これはひどいな」
右足は健康そのものであったが、左足の指は5本とも変色しており、素人目にも時間をおけば悪化してくるのも時間の問題だと思われた。 ラファエーレをふと見ると自分の左足の様子をみるのを嫌がったのか顔をそむけている。ヴェネリオはイヴァンがラファエーレの状態を理解するだけの時間を待った後、説明を始めた。
「あまり時間がないんだ、悪いがイヴァンから隊長に行軍停止を頼んでほしい。このまま放置すれば彼の指どころか足ごと切らなければいけなくなる」
深刻な状態にあることを理解したイヴァンは右手でラファエールの肩をつかむ。
「・・・・・・わかった。ラファエーレ、少しまってろ」
ラファエーレはそれを聞くと少し悲しそうな顔をし、小さくうなずいてからいつもの笑顔を見せてくれた。
最初は小言の一つも言ってやろうとしたが、後輩の足が懸かっているのだ。イヴァンは何も言わず小隊の先頭に向かって馬を走らせた。

先頭の4人の騎兵の元にたどり着くと、まず同じクラスの友人である騎士科2年で騎士見習いのミケーレがイヴァンに気がつき片手をあげて「ようイヴァンどうした?なにかあったのか?」 と声を掛けてきた。
「まあ、ちょっとな」と答えると、 そのやり取りを耳にした残りの騎兵も振り向く。
先頭を進んでいた斜め斧の紋章の騎士が振り返りながらフードを下げると、きれいな赤毛の長い髪が腰の辺りまでをふんわりと包み込む。
その女騎士はイヴァンの姿を認めると笑顔をみせた。
その容姿はフォッジアスの至宝とたたえられるほどの美貌であり、尚且つすさまじいほどの色気を感じさせる美声の持ち主で、その姿を見、声を聞いたものは男女かかわりなくその魂を失うとまでいわれている。
彼女は現在戦略科2年でこの小隊の隊長であり、イヴァンの上司でもあった。 その笑顔と美声でイヴァンに語りかけてきた。
「あら、イヴァン、どうかしたの?まさか、とうとうわたくしに告白でもしにきたの?」
普通の人間ならただこれだけの言葉をかけられただけでも心を奪われている所であったであろう、たしかに最初は戸惑うことも多かったがイヴァン達にはすでにその美貌と美声と軽口とその他もろもろに耐性がついていたためなんと言うことも無い。
「まさか」
と苦笑いしつつ言葉を返す。
「あら残念、でも、イヴァン卿ならいつでも大歓迎ですわよ?」
と、本当に残念そうにそう言った。
「ベルティーナ閣下にそこまで言っていただけるとは騎士として光栄の至り。ですが…きっぱりとお断りします!!」
とイヴァンが断言するとベルティーナはイラッとした様子を見せるが、小柄な少年が二人の間に割ってはいる。 「まあまあお二人とも冗談はそこまでにしてください。ベルティーナ先輩、まずはイヴァン先輩の用件を聞きましょうよ」
金髪小柄で碧眼の、さらにいえば声までもかわいいという学校中のみんなのマスコットとして有名な戦術科1年ジルベルト君♂がすかさず話を戻すと ベルティーナは素直にうなずき、まあそうねとつぶやきながら髪をかきあげる。
「えーと、ラファエーレの件なんだが」
ベルティーナはそれを聞くと思い出したような表情で言う。
「そういえば足が痛むとか言い出してたみたいで薬学のクラリーチェが連れて行ったわね」
「ひどいしもやけでさ、お湯で手当てしないとやばいみたいなんだ・・・」
ベルティーナは小首をかしげさらに問いかけた。
「行軍やめちゃわないといけない?」
「先輩、この地域周辺は天候の変化の激しいところなので、現在降雪中という事も考慮に入れて考えると、治療のために何人か切り離すと遭難の恐れがあるのでとてもお勧めは出来ません」
一瞬でこの返答を返すあたりジウベルトはまさにかわいい副官という以上に優秀な副官であると言えるだろう。 ベルティーナはジウベルト君に向き直り問いかける。 「この近くに村はある?」
「北に2時間ほど行けばオルシュティン教徒の住むルパーラ村があります。今日の予定を変更してそこに向かえば予定の遅れも・・・大体4時間ほどですね。かといって休息をとった上で今日の目的地点に向かうと確実に到着が夜間になってしまうので、この天候ですしかなり危険だと思います」
ベルティーナはそれを聞くと目を閉じ深いため息をついた。
「しょうがないわね。とりあえず一旦休止を命じます。ミケーレ、ちょっとみんなにつたえてきて頂戴」
ミケーレはそれを聞くと右手を左胸に当てるフォッジアス軍の敬礼をしながら了解したと言いつつ馬首をめぐらせ各科の責任者に伝えに走る。ベルティーナはそれを見送るとイヴァンに振り向き馬をよせ、その耳元につぶやいた。
「さて、それじゃあラファエーレ君のお見舞いに行きますわよ」と妖艶な声で囁かれ、イヴァンはラファエーレの無事を心の底で密かに願ったという。
ジウベルト君はそのときベルティーナの口元に浮かんだ笑みを見逃さなかったとか。


イヴァン達がラファエーレの所に到着するとすでにクラリーチェとヴェネリオが湯を沸かす準備をしており、先ほど伝令にでたミケーレもすでにラファエーレの様子を見に来ていた。
彼らはイヴァン達に気がつくと右手を左胸にあてるフォッジアス軍の敬礼をする。 ベルティーナはそれに返礼を返し,その赤い髪を風に優雅にたなびかせながら馬を降りラファエーレの元に向かう。
「あ、あの・・・」
ラファエーレが何か言おうとするのをベルティーナは無視しながらおもむろに毛布を剥ぎ取り凍傷にかかった部位を確認する。 そしてクラリーチェとヴェネリオを呼びよせ説明を求めた。
二人は丁寧な言葉遣いで説明し、ベルティーナは説明を聞き終わるとそれまで無視していたラファエーレにくるりと向き直る。
すでに観念したのかラファエーレは蒼白な面持ちでベルティーナを見ていた。
「ラファエーレさん夜はちゃんと靴を乾かすようにといっておいたはずでしたわよね?あなたのせいで行軍予定が遅れてしまったんだけど、なにか言うことはある?」
ベルティーナと目をあわさずうつむき、暗い表情でラファエーレは言った。
「いえ、・・・あのっ、すみません全部俺のせいでこんなことになってしまって」
「すみませんじゃ、すみませんわよね」
「はい・・・。そうですよね・・・」
ベルティーナにそう言われラファエーレはますます落ち込みしょんぼりしてるところに、全身全霊の力がこもったベルティーナの平手打ちがラファエーレにお見舞いされ、ぶはっと叫びながら彼は華麗に荷台からふっとんでいく。
フォッジアスの至宝と呼ばれたベルティーナには色々問題があり、遠くから眺める分はいいのだが近づくと痛い目に会うことが往々にしてある。
ほかの混成小隊からは戦女神と称えられ彼女の小隊員はうらやましがられるが 、彼女の隊の小隊員は3年生でさえ彼女を恐れ下手なことは一切言わないし、恐ろしいほど従順なのである。彼女の小隊員は影では彼女の事を、「初見殺しのS魔神」と呼んでいるがSの意味はAより上、とかスーパーとかの頭文字ではない、ある意味スペシャルではあるが別の意味のSである。
ラファエーレは雪の積もった地面に転がり頬を押さえて痛がっているが、だれも助けには行かない。初見殺しのS魔神がビンタ一発で終わらせるはずが無いのだ。へたに助けると当事者以上の悲劇をその身にこうむることを皆知っているので見守るしかない。
イヴァンはそれを何度も見ているので今回もしょうがないのだとあきらめ、後輩を眺めていたが、ふと自分に向けられる視線に気づき、その方向をみてみるとクラリーチェが止めてほしそうな目でイヴァンをみていた。
さらにまわりを見回すとジウベルトやヴェネリオもなんとかしろと目で訴えかけているようだし、ミケーレはイヴァンと目が会うと、とめてやれ、と口を動かす(音声なし)。そうしている間にもベルティーナがつかつかと転がっているラファエーレのもとに歩み寄り、軍衣をつかんで引起そうとしているのを見て今日何回目かの大きなため息をついた。
「ベルティーナもうその辺で許してやってくれないか?早く手当てしてやらないといけないしさ」
それを聞いたベルティーナは無表情のままラファエーレを引起す手を止めてイヴァンを一瞥する。
イヴァンは一瞬ドキリと冷や汗が出るのを感じたが、次の瞬間ベルティーナは体の力を抜いた様子でこう言った。
「しょうがないわね、彼はこれで許してあげます」
彼は?と問題発言を発しながらラファエーレを離し、雪の積もった地面に転がすのを見た周りのものはとりあえず胸をなでおろし、クラリーチェがラファエーレに駆け寄ろうとした瞬間、ベルティーナはラファエーレの腹部に蹴りをぶち込みラファエーレは地面を転がっていく。
「これでって、その蹴りか・・・」と思わずつぶやく。
「正解」腰に両手をあてケロリとした表情で答えるとイヴァンはあきらめたように首を横にふっていると、 ベルティーナより頭一つほど大きな4人の歩兵科の3年生が横一列に並んでこちらにやってきた。
彼女は彼らを見て小首をかしげる。
「あなたたちはいったいなに?」
そういわれると4人の歩兵は右手を胸に当てながら、その中のリーダーらしい男が代表して大きな声で答える。
「我々はラファエーレの班の者です。ラファエーレの不始末は私達の不始末でもありますので甘んじて罰を受けに参りました!」
そこまで言うと彼らは胸に当てた手を下ろし、直立不動の態勢で身構える。彼らはこれから周りの者に加えられるとばっちりや八つ当たりを身をもって自分達だけで食い止めようというのだ。まさに漢である。
それを聞くとベルティーナはニヤリと不適な笑みを浮かべ右手を軽く振りながら4人に歩み寄って行った。
「へー、まったくいい心がけよね、感心したわ」
「ありごとうございます!!」
そしてベルティーナは一番体格のいい歩兵のあごを人差し指で軽く持ち上げる。
「では・・・あなたから、番号!!」 大きな声で彼女は指示しすると4人の兵士たちは順番に自分の番号を大声をで叫んでいく。
「1!」ドカッ!!
「2!」バキィ!ゴッ!!
「3!」ズドッ!!ガスッ!グシャ!
「4!」ガン!ゴン!ガツッ!ドンッ!
番号順に番号と同じ数だけとんでもない速さでぶん殴られ地べたに転がって行く。
「ふー」 すっきりしたー!と続いてもおかしくは無い様子で作業を終え、ベルティーナは一息つくといい汗をかいたようで額を右手でぬぐう。 が、気がついてみると、半径20メートルほどの空間はお通夜のような空気が漂っており、4人の男達に同情的な視線が集まると、ベルティーナはちょっとやりすぎたかなと弁明を始める。
「な、なにようあんたたち、非難するような目でみないでよ!彼らだって納得済みのことでしょ!!」
「しかしベルティーナ、番号言わせてその番号と同じだけ殴るって・・・どうなんだ?」
イヴァンがそう言うとベルティーナは一歩後ずさり、周囲を見回すとみんなもベルティーナを非難する視線を送っていた。ベルティーナが追い詰められていた・・・、そのときであった!地面に転がっていた一人の歩兵が歯を食いしばりながら立ち上がりこう言った。
「5!」
みんなの目が点になる中、それを聞いた他の3人も立ち上がり口々に6とか7とか1とか唱えながら身構える。
その光景を見ながら皆は悟ったのだ、彼らは隠れ信者であると。裏では初見殺しのS魔神などとよびつつも密かに魔神を敬い、信仰している一派が存在するのである。彼らはベルティーナの鉄拳にすら感謝し、感動する。ベルティーナに殴られる行為は魔神の祝福とも一部では囁かれており、周囲の皆も、なんだ信者だったのかよとあきれているようだ。
その中で一人、ベルティーナはしまった・・・という表情をしていた。彼らにはベルティーナが物理的に罰を与えることは出来ない。逆に喜ばせてしまうのだ。現場におかしな空気が漂いだした中イヴァンがやれやれとベルティーナと歩兵達の間に割ってはいる。
「先輩方、もう結構ですので下がって休んでください。いいですよねベルティーナ隊長」
最初に歩兵、のちにベルティーナのほうを見ながらイヴァンは言うと、 ベルティーナの方も気を取り直し「まあ、それでもいいわね」と返すが、それに対する歩兵達の言い分はこうであった。
「なんの、まだまだこんな物で償える不始末ではありますまい!!」 とか
「やさしくしてください!!」
「○○○○○」などと興奮しながら口々に言い出す始末。
どうやらベルティーナは変なスイッチを入れてしまったようで、 収拾がつかなくなってきつつある。
そこへすかさずジウベルト君の登場である。「先輩方には今回は休息なしで、罰として隊の周囲を休息終了までランニングしてもらうって言うのはいかがでしょう?」と笑顔でベルティーナに提案するとベルティーナは口元に人差し指をあてて言った「おー、それいいじゃない。じゃあジウベルト君にすべて任せるからつれてって頂戴。それとこれから1時間ほど休息とるからついでに皆に伝えておいてくれる?」
「アイアイマム」そう言うとジウベルト君は敬礼し、急に殴られたところを痛み出した4人の歩兵達を「さあいきますよ~」と引き連れて歩き去る。

「ジウベルト君はさすがに手際がいいな」
「ええ、たすかるわ」
イヴァンらはジウベルト君達を見送ったあと、ジウベルト君を除いた騎兵の4人で今後の予定を打ち合わせた。
まず「これからどうする?」とミケーレが口火を切る。
「そうね・・・、暗くなる前に次の目的地までたどり着くのは無理でしょうから、今日のところはやっぱりジウベルト君の言ってたルパート村?で休ませてもらった方がいいと思うんだけど、皆はどう思う?」
ベルティーナは皆を見回し問いかける。
「それがいいだろうなー」 「賛成」 とイヴァン、ミケーレはそれに賛成し、3人の視線は残った一人に注がれた。
注目された人物はあわてた様子でフードを下ろすと眼鏡を掛けた黒髪の少女の素顔が現れ、あたふたした様子でしゃべり始める。 「あ、あのっ、ルパート村にはっ、少しあの、その、問題があって・・・」
そこまでは聞き取れたがだんだん声が小さくなって聞き取れなくなっていく。彼女は極度のあがり症で急に意見を求めたり、皆で注目するとすぐこうなってしまうのだ。ジウベルト君と同じ戦術科の1年だが、これで大丈夫なのか?といつも思ってしまう。
イヴァン、ミケーレはやれやれと顔を見合わせるがベルティーナはやさしく聞きなおす。
「オフェーリアちゃん、あわてなくていいのよ、ゆっくり落ち着いてはなしてくれる?」
ハフッ、ハフッ、はい、はい、と何度もうなずきながらオフェーリアはポニーテールを揺らしながらなんとか落ち着こうとしている。
イヴァン、ミケーレ、ベルティーナは様子を見ていた。がそこでベルティーナの攻撃!とベルティーナはいきたいだろうなーとイヴァンは思いながら、ベルティーナをちらりとみたが意外と穏やかな表情で待っている。彼女はオフェーリアちゃんのことを結構気に入っているようだ。
そんなことを考えてるうちにオフェーリアちゃんはというと少し落ち着いたようで、ゆっくりと話し出した。
「はふー、失礼しました、ジルベルトさんのおっしゃった通りあの町はオルシュティン教徒だけが住む村で、そこは問題ないんですけど、問題はすぐそばにオルシュティン教会の修道院がありまして、確か正式な名は【聖者オルシュティンとフォッジアスの民の仲間】だったかな?数は十数人程ですが、れっきとしたフォッジアス人の騎士修道会として登録されてまして、彼らはフォッジアス聖堂騎士団と自らを呼称しています」
そこまで話すとオフェーリアは胸に両手をあて深く深呼吸をしたあと皆の反応をまっている。
修道騎士団はもともとある程度身分ある者の次男や三男など、元来王国の騎士の身分を与えられるほどの地位にある者も多く在籍し、その戦闘力も王国の正規の騎士と比べても遜色は無い。
さらに宗教的問題が戦闘の理由として加われば比類ない戦闘力を発揮する。普段は敬虔なオルシュティン修道士ではあるのだが、一旦何事かがおこると強力な戦士となり見える範囲のすべての敵を葬るまで戦いをやめない・・・。もし、小隊のだれかが彼らと揉めた結果、戦闘に発展した場合、彼らが20人ほどもいれば学生だけで構成された隊などあっという間に皆殺しにされてしまうだろう。
そしてもう一つ、フォッジアスにあるオルシュティン教会はフォッジアス王の権威を最上のものと認めているのだが(国内の司教の任命権はフォッジアス王にある。)、彼ら騎士修道会は元々西方および北方異教徒を討伐するためにオルシュティン教王の呼びかけにこたえて各地で設立された経緯がある。つまりフォッジアスの女王の権威よりも(それなりに敬意ははらうが)、当然のようにオルシュティン教国の教王の権威をより尊重している為、何か事が起こってもフォッジアスの王権では制御出来なくなるのである。
とても学生が対応できるような相手ではない。
「修道騎士団の騎士様かあ・・・」 とミケーレが考えこむようにつぶやく。
「確かにあまりかかわりたくは無いな」
「ジウベルト君は知らなかったのかしら?」
オフェーリアはそれを聞くとしどろもどろでこたえた。
「あっ、あのっ、それは知らないと思いますっ。たまたま私の父がルパート村に仕事で立ち寄ったときにそこの騎士団の騎士様と揉めて大変だったという話を聞いてましたのでっ、偶然知ってただけなんですっ。ごめんなさいっ」
そこまでいうとオフェーリアはハフッハフッとまた深呼吸している。
「なんでそこであやまるんだ・・・」
イヴァンがふとそう漏らしベルティーナのほうを見るとこちらをにらんでいたので高速で目をそらす。
ベルティーナ、ミケーレ、イヴァンら三人は嫌な予感しかしなかったが結局野営できる場所もこの先に無いということでルパート村に行くことに決めたのだった。ただ、ジウベルト君が戻ってきたときに話の経緯と今後の予定を改めて話すと少し反対したが、代案はと聞かれると夜を徹して歩くほか選択肢が無く、彼もしぶしぶ了承したのであった。


ベルティーナ以下、小隊の面々はしばらく休息をとった後ルパート村に進路を向け行軍を始めていた。
小一時間ほど進んでいると前方の東の方に続くわき道の方から修道女らしき装束をまとった人物が現れ、こちらに気がつくと軽く会釈をし、背に背負った大きなバックパックを足元に置くとそのままそこで立ち止まる。
どうやら小隊が通り過ぎるのを待つつもりのようだ。ベルティーナはそのまま通り過ぎようとしたが、ミケーレがかまわず馬上から声を掛けたため、舌打ちを打ちながらも馬の足を止め、片手を上げ隊の前進を止めた。
「これはこれはお美しい修道女のお方。もしやルパート村の方ですか?」
そう聞かれると修道女は首を横に振る。
「いいえ違います。わたしは王都のオルシュティン教会の者で、ルパート修道院に所用でまいりました」
「そうでしたか、王都からここまでお一人で大変でしたでしょう。ちょうど私達もルパート村に立ち寄るところだったので荷馬車の荷台でもよろしければお送りいたしますよ」
「でも、よろしいのですか?」
「かまいませんとも!!・・・いいですよね?ね?隊長?」
「・・・、ご自由に」
「隊長も歓迎しているようですので問題はありません!」
「・・・それは助かります。ではよろしくお願いします」
「荷馬車までご案内しましょう。さーどうぞこちらへ」
「騎士さまに感謝を」
「いや~、まだまだ騎士見習いの修行中の身でして。ミケーレとおよびください」 そう言い手をふるとミケーレはひらりと馬を降り、手綱を引きながら修道女を案内していく。
「まったく、ミケーレったら勝手なことを・・・」
あきらかにベルティーナは機嫌を悪くした様子で手を上から前に振り下ろし前進の合図を出すと馬を進ませる。
「どうしたんですか先輩?何か心配事でも?」
「・・・この季節この天候でシスター一人で王都からここまで来るなんて、はっきり言って不自然な感じ?」
「そう言われるとたしかにおかしいですね・・・」
「でっ、でもでも、オルシュティン教会の人を送って行けば村人に良い印象を与えるんじゃないでしょうかっ」
「そうなのよ、オフェーリアちゃんの考え方もアリだからミケーレを殴れなかったし」
「・・・」
「・・・」
「でも悪い予感がするのよねー。女のカン?ってやつかな」
「ごめんなさい、まさか修道騎士団がルパート村にあるとは知らなくて…」
 とジウベルト君は俯きがちにベルティーナにあやまった。
「いえ、いいのよジウベルト君、他にやりようもないしね…」
「なっ、なにもおこらないですよきっと。だって私達はれっきとした王国軍の一員なんですし!」
「まあそれについては同感なんだけどね・・・」 ベルティーナはそこまで言うと会話は終わりという風に一つ首を振り前方を見据えた。
「騎士修道会とシスターねえ・・・ラファエーレの不始末がどれだけ面倒ごとを巻き込むことやら…、ま、今考えてもしかたがないか・・・」
落ち着いたらラファエーレにひどい仕打ちが待っているのかもしれなかった。

イヴァンが小隊の最後尾でぼんやりしていると前方からミケーレが馬を引き修道女をエスコートしながらやってくるのが見えた。 ミケーレは御者台にいる歩兵に命じ一人分のスペースを空けさせると紳士的にシスターに席を勧める。そして御者の歩兵に向かってなにやら命令しているようだ。 シスターが席に座りミケーレがシスターの荷物を荷台に丁寧に積み込むと、シスターからお礼を言われているのかミケーレは照れたようすで否定しながら馬に乗るとこちらにやってきて、速度をあわせイヴァンの左に馬を並べる。
「ミケーレ、なんだあのシスターは?」
「ルパート村に向かうらしいのでついでだから送って差し上げる」
「へー、ベルは良いって?」
「もう大賛成さ!!」
「そうか、ならいいけど。じゃあ挨拶だけでもしとくかな」
そう言ってイヴァンは馬の速度を上げようとするとすかさずミケーレがイヴァンの左腕をつかむ。
「ばっ、ばか。あ、あ、あぶな、あぶねー!!」
 イヴァンはバランスを崩しながらミケーレの腕を振りほどいた。 「なにすんだバカ!落馬すんじゃねーか!」 「ちょっとまてってイヴァン。あいさつだけだぞ!あいさつだけ!」
「ん?」
「おれさ、一目ぼれしちまったみたいなんだ」
「あー?相手はしすたーだろ?」
「関係ないさそんなものは!だ・か・ら」
「お前は年に何回一目ぼれしてるんだって話だよ!!」
「おれ、今回はなんか運命を感じるんだ」
「毎回感じてねーかそれ」
「おまえなー!!たく、今回は特別だ。今までとは違うものを感じるんだ」
「あーもうわかったわかった」
「絶対だぞ、そして俺を持ち上げてくれ!」
「お前ねー・・・」
「お前・・・クラリーチェのときお前のために俺はどれだけ・・・むぐむぐ」
イヴァンは余計なことを言おうとするミケーレの口を強引にふさぎ少し前方にいるクラリーチェの様子を見ると、まったく気がついていない様子で他の薬学科の二人と楽しそうに話している。
ちなみに何を話しているかというと
「ねえねえまたイヴァン卿があなたのお話してるみたいよ!」「キャーッ!」「いいねえいいねえ、バラの騎士様にあいされてるねえ!」「クラリーチェさんいったいどうなんですか?あなたとイヴァン様の仲は?」「そんな、なにもないよー、イヴァンとは幼馴染なだけで・・・。本当になにも・・・」「キャーッ!呼び捨てにしちゃってるしー!」「幼馴染って素敵」・・・・・・・・丸聞こえであった。
「わかった。わかったからそれは言うな。ミケーレの言うとおりにするから」
「いい子だイヴァン」
「・・・」
「見た目はベルティーナとタメはるぜ!そしてあのしとやかさ・・・。そしてなんかオーラがあるんだよなー。これは運命を感じる」
「はいはい。ま、とりあえずあいさつにいこうか」あきれた様子でイヴァンはうながすと、また話せるのが嬉しいのかうきうきしながらミケーレは先導しはじめる。
「シスター、馬上から失礼します。後方隊の責任者が挨拶したいと言うのでつれてまいりました」
「まあ、それはご丁寧に、ありごとうございます」
「では紹介します。こちらが騎士のイヴァン」
「馬上から失礼する。イヴァン=ダ=アリオスティですよろしく」
「イヴァンあちらがシスター、えー、シスター」 どうやらミケーレはまいあがって名前を聞くのを忘れていたようだ。
「ルイーザと申します。ご面倒をおかけしますがよろしくお願いします」
見た感じ。確かにきれいだがベルティーナとは違うタイプの美人で、あちらがセレブなお姉さま系だとするとこちらは元気いっぱい健康美人といったところか。大陸のオルシュティン教会のシスターらしくみすぼらしいローブをまとっているので、かなりみすぼらしく見えているのかも知れないが、まあ美人であることは間違いない。フードをかぶったままで髪の毛の様子がわからないのでフードの中身次第でまた感じが違うのかもしれないけども・・・。
「ルイーザ、すばらしい!なんというお美しい名前でしょうか!」とミケーレは大げさな身振りで称える。
「・・・まあ、ここからルパート村までそう遠くないが到着するまでゆっくりされていくといい」
「なにかあれば隣の歩兵に申し付けていただければこのミケーレがかけつけますので何もご心配はありませんので!」
「みなさまに感謝を。この隊のかたがた全員に祝福が訪れますよう」 そう言って目をつむり胸の前で両手で組む。
「祝福感謝する」
イヴァンはそう礼を言ったときはじめてまともにシスターと目が合った。
たしかに普通とは違う、なんとも言えない引き付けられる魅力がある。ベルティーナともクラリーチェとも違うたとえ様もない、強引に言葉にすれば不思議な、と形容するしかない魅力があり、ミケーレがオーラがどうとか言っていたのも確かにうなずけた。
「それでは失礼」そう言ってイヴァンが馬を返そうと手綱を引いたとき何かに気がついた風でシスタールイーザに引き止められる。
「・・・!?少しお待ちください。イヴァン様よろしければ少し手を見せていただけませんか?」と。
そういわれて何気なく右手を差し出すとシスターはその手を両手で包み込み、目を閉じ聞こえるかどうかの声で何なにやらつぶやき始める。
「接続開始、接続確認、強制スキャン開始、該当データ発見、アースプリト、分解終了、アーレングス6を確認、ナル、ナル、ナル、ブルー、リリ-ス、タイプアンデファインド!?」
シスターはそこまで言うとイヴァンの手を握ったまま目を見開き驚いた様子でこちらを見ている。
「あの、シスタールイーザ?イヴァンがどうかしたのですか?」
ミケーレがそう言うとシスターはあわてた様子で手を離した。
「あ、あ、悪魔がついているかもと思い一応その、悪魔祓いのお祈りをささげておきました!!もう大丈夫でしょう」
「そうでしたか!よかったなイヴァン」ドン!と背を強くたたかれたイヴァンは、背をさすりながらミケーレをにらんだが彼はまったく気にしてない様子でシスターに詰め寄って行く。
「シスタールイーザ。よろしければわたくしも悪魔祓いのお祈りをささげてはいただけないでしょうか?」 と手をさしだすものの、
「ミケーレ様は大丈夫です」とニコリと返された。
さらになおも食い下がるミケーレをみていると急にあほらしくなったイヴァンはとぼとぼと定位置に戻って行く。
戻り際にクラリーチェの方をみるとやっぱりまだ3人で楽しそうに話しているようだった。


しばらくするとニコニコミケーレはうきうきしながら隊の先頭に戻ってきた。
ミケーレが戻ってきたのを確認したベルティーナはミケーレに手招きをしてよびよせニコニコミケーレはベルティーナの隣まで馬を進ませてくる。 ボカッ!!「おそいっ!」とベルティーナは一発殴ったあとにそう言った。
「イッテー!なにするんだよベルティーナ!」とミケーレはいきり立つ。
「ミケーレさん・・・もっとボコボコにしないとわからないようですわね!」そうにらまれながら言われるとミケーレのテンションは急激に下がっていく。
「・・・いや、いえ、もう十分です。僕のエイチピーはもう1です。でも・・・俺なんかした?」
「あなたが軍務中に余計なことをやったことについてイライラしてただけよ」
「・・・そうか、・・・ってベルティーナだって許可したろ!それに殴ることないだろ!」
「嫌々許可したのよ。しょうがなく!殴られた理由?そうね・・・、胴体にニヤニヤへらついた頭が乗ってたから、かしらね!!」
それを聞いたミケーレはこの件で到底ベルティーナとまともに話し合う事は出来ないと感じ愕然とするも、なお意を決して語をかさねる。
「わるかったベルティーナ。でもさ、今回は特別・・・いや運命を感じるんだ。頼む!見逃してくれ!!」
「・・・あなたまたですの?」また面倒ごとが増えそうな予感にベルティーナは肩をおとしながらため息をついた。
「いいですこと。少なくとも任務中は一切会話は禁止。いいわね?」
「オーケー、ロードベルティーナ。じゃあ休憩中はいいんだよな?」
「・・・それ許可しないとあなたどうせ、し・つ・こ・い・んでしょう」ベルティーナはいやそうな顔をしながらそう言った。

しばらく進むと小隊は風車のある見渡しのいい場所に到着した。おそらく積もった雪の下は畑なのであろう。
日はだいぶ傾いており雲が厚く普段より薄暗いもののまだ十分に明るい。村はもうすぐそこにあるはずだ。
今日はゆっくり休めそうだという思いに小隊員の大多数の表情に活力がもどってきていた。 が、その思いはすぐに裏切られることになる。
「あっ、先輩!!あそこに人がたおれてます!!」
ベルティーナは目をこらすと確かに前方に倒れているような人影が見えた。
「ああもうっ、こんどは悪い予感がころがってるじゃないっ!ミケーレっ!」
ベルティーナはミケーレをにらみつけながら様子を見に行けと手を前後に往復させ【行け】と指示する。ミケーレに対するイラつきはまだくすぶっているようだ。
ミケーレは馬を飛ばして倒れている人影の周りをくるくる回りながら確認し、周囲を警戒しながら戻ってくる。
「背中から切られてる」
「生死は!?」
「あれで生きていたら人間じゃない。ほぼ上下で切断されてる」
「ジルベルト君!8列横隊戦闘隊形。オフェーリアちゃんにイヴァン付副官を命じますイヴァンの所に行って。急いで」
「アイアイマム」
「はっ、はいっ!!」
ジルベルト君はすぐに大声で歩兵科に命令を出し戦闘隊形を整え、オフェーリアは馬を返して後方へと駆け出す。
そしてミケーレはベルティーナににらまれ無視された。ので仕方なくベルティーナの後方へつく。
その後、後方でもオフェーリアから事情を聞いたイヴァンもまた命令を出す。
「工兵科は3、3でわかれ左右荷馬車周辺を警戒、看護科3人はそれぞれ荷馬車に分乗して周囲を警戒!異変があったら大声で知らせろ」工兵科と看護科のあわせて9人は急いで荷馬車に追いつきそれぞれ命令を実行して行く。
イヴァンとオフェーリアは荷馬車の先頭に向かい先頭の部隊から後方隊を切り離し停止させた。
ベルティーナは数人の歩兵科を偵察に出したようで5~6人の歩兵科がそれぞれ別々の方向に駆け出していくのが見えた。
「面倒なことになったな・・・」
「・・・」
「オフェーリアちゃん、引き返すわけにはいかないのか?」
「だっ、だめですよう、行軍演習といっても警備実習も兼ねてますから・・・、ここで引き返したのがばれちゃったら全員軍法で処罰されちゃいます・・・」
「だよなあ」
イヴァン達が先頭部隊を少しはなれたところから眺めていると、ベルティーナ達は偵察が戻ってくるのを待って前進をはじめた。
ベルティーナ達はゆっくりと警戒しながら進み、イヴァン達もつかずはなれずについて行く。
先頭部隊が村の入り口に到達すると少し躊躇したのかしばらくは様子を伺っているようだったが、意を決したのか 先頭部隊がするすると村の中に進入して行く。 イヴァン達も周囲を警戒しながらゆっくりと村に向かっていたが、結局何事もなく村についていた。
村には死体がごろごろと転がっており、女生徒の隊員は時折小さな悲鳴などを上げたりしている。
すでに歩兵科の面々が家々を調査をして回っているようで、その村の中心にベルティーナとジルベルト、ミケーレの三人が色々な指示をだしながらイヴァン達を待っていた。
ベルティーナたちから10歩ほど離れたところにたどり着くとイヴァンはオフェーリアに指示をだす。
「オフェーリアちゃん。隊はとりあえずここで待機」
「えっ、あっ、はっはい!」
オフェーリアはあわてながらそう言うと荷馬車の皆にあたふたと停止の手振りをして待機を命じ、 一連の命令が皆に伝わるのを確認してからイヴァンとオフェーリアはベルティーナ達の元に行く。
イヴァンはベルティーナに向かって苦笑を浮かべてからベルティーナにだけ聞こえるように囁いた。 「もうはっきり言って、帰ってしまいたいな」
「私も同感よ。今、皆に生存者を探させてるわ」
「そっか…」
「あと、オフェーリアちゃん、あなたも一緒にヴェネリオと薬学科達とで死体を調べて頂戴、いつごろ殺されたか知りたいの。まあそんなに日にちは経ってないみたいだけどね」
「はいっ!」
オフェーリアはそう返事をするとヴェネリオの元に向かって行った。
「しかしこの惨状は俺達の手に余るな」
「いまちょうどそれを話してたのよ」
「それについてはやはり今日の目的地だったノーラ村の地域警備隊砦に連絡し対応を任せるしかないと思います」 とジルベルト君が発言する。
「そうだなそれしかないな」
「よし、じゃあ決定ね。ミケーレ!」 ベルティーナはミケーレに向かってまた先ほどのように手で【行け】と指示する。
「え、行けってあのー、まさかですけどノーラ村?」
「他にどこにいけっていうのよ!さっさといく!」
「マジで?もう暗くなるのに?こんな惨状みたあとなのに!?超怖いんですけど・・・」
「あなたの選択肢はさっさと行くか、ここでわたくしをおこらせてぶった切られるか2つに一つよ!!」
ベルティーナはそう言って腰の剣をかちゃりと鳴らせる。
「わ、わかったよ、ったく。イヴァン、シスターには手だすなよ!」
「だすかよ!」 イヴァンが苦笑いでそう返すとミケーレは馬に鞭を入れ一気に今来た道を駆け戻って行く。
「さてと、あと問題は二つよ。今日休む場所の確保と、あの向こうの丘にある修道院の中身の確認ね」
とベルティーナは西の丘に見える修道院の方を指差し、ジルベルト君とイヴァンはごくりとのどを鳴らす。
騎士団を名乗る者達の、ほぼ領地であるに等しいこの村の惨状を彼らが見逃すはずはない。
なのに修道士や武装した騎士らしき死体は転がっていない。
ということは、彼らが真っ先に襲われたか、それとも彼らがやったのか。しかし見たところ人の気配はなさそうだ。
どちらにせよ建物の内部を見に行かなければならない。もしかしたら生存者達が避難しているかも知れないし、こちらを襲う敵がいるのかもしれない。そしてやはりまだ明るいうちに調べられるものは調べておきたかった。
「ジウベルト君はそこの大きい家に工兵科をつれていって皆が休めるようにして頂戴。現場は保存しなくちゃいけないけどそこの死体は運び出していいわ。その指示を終えたらすぐにここに戻ってきて、しばらくあなたに小隊の指揮を任せるわ」
「アイアイマム」と敬礼するとジルベルト君はすぐそばで待機している工兵科の元に走って行く。
「さて、わたくしとイヴァンは4人ほど歩兵科をつれて一緒にあそこの調査に行きましょうか」
「了解」
「わたしも同行いたします」
イヴァンとベルティーナが声のした方をみると、 いつの間に来たのかシスタールイーザがその美しい顔に凛とした表情を浮かべ、側に立っていた。
フードを取り、腰まである金髪が風に舞っており、その手には鞘に収まった剣を握っていた。その姿はオルシュティン教会やアイシア正教会で教える戦女神を思わず連想させる。
「あなたは何者なんですの?」
普段であれば平民は引っ込んでいなさい!!とか言うのだと思うが、さすがのベルティーナもルイーザの只者ではない雰囲気に飲まれている。
「フォッジアスオルシュティン教会神学校女子部所属の学生です」
ベルティーナとイヴァンはあっけにとられた。イヴァン達の通う王立兵学校とすぐ近くにあるお金持ちや貴族の娘しか通えないお嬢様学校である。もちろん男子部もあるが双方とも学習期間は12年、6歳から18歳まで寮で生活し、その後は聖職者として働くのだ。6歳の時点で家族との絆は断ち切られ、その未来はすでに確定されている。高い身分の子女が多いのは色々な理由があってのこと。学習内容も多岐にわたるが戦闘訓練などは行っていないはずだ。
「えーと、そこの学生さんがここに何しに来たんですの?」
「私はルパート村がこんな状態にならないように守るため来たんです。残念ながら間に合わなかったようですが・・・」
「ちょっと意味がわからないんだけど・・・この村を何から守るの?」
「わたしたちがリーパと呼ぶもの、あなたがたは死神と呼んでいるものからです」
それを聞いたベルティーナはあきれたように髪の毛をぐしゃぐしゃっといじると側にいる歩兵に命じる。
「彼女を拘束してどこかの家に閉じ込めて。わたしたちが戻るまで見張っていてくださるかしら」ベルティーナはもう相手にする必要を感じていないようだった。
二人の歩兵がシスターに近づいて行く。
確かに言うことがもうあやしすぎる・・・とイヴァンも思っていたので黙って様子を見ていた。
「言っておきますが、私がついていかなければあなたたちは無事にはすみませんよ。あの中(修道院の中)にはリーパがいます」と言ってルイーザは修道院を指差した
歩兵達はそれを聞いて一応という感じでベルティーナのほうを見るがベルティーナはさっさとしろとばかりに手を振る。
歩兵がシスターの両脇から腕をつかもうとした刹那、シスターはすさまじいスピードで二人の歩兵を鞘のついたままの剣で急所に突きを入れ無力化し、二人の兵士はその場に倒れこんだ。
それを目の当たりにしたベルティーナは低い声音で 「あなた、いい度胸してるわね」と言い放ち、ベルティーナはその表情に妖艶な笑みをうかべながら馬具に取り付けてある槍差しから戦槍を引き抜きルイーザにその切っ先を向ける。
「まさかとは思うけど兵士を傷つけて無事でいられるとは思っていないわよね?」
イヴァンが見るにベルティーナは小脇に槍を構えシスターに槍を突き刺してしまう気満々のように見える。いや放っておけば突き刺すのはまず間違いない。先ほどのシスターの動きをみればよけられてしまいそうではあるが、もし刺さってしまえば大問題である。教会の人間をを拘束するくらいはまあなんということもないが、槍で突き刺してしまうとなればいくらベルティーナが子爵であろうと伯爵家の跡継ぎであろうともはやうやむやには出来ない。宮廷にもオルシュティン教の熱心な信者はいくらでもいるのだ。
「ちょっとまってくれ」
「・・・イヴァン、とめる気ならやめておいてくださらないかしら。彼女は歩兵二人を戦闘不能にしたのよ。拘束出来ないなら殺るしかないじゃない」
「だからまてって、もう一つ選択肢があるだろ!」
「あんたまさか・・・」
「連れて行こう。さっきの動き見たろ、足手まといにはならないはずだ」
「あんな動きしたから余計あやしいっていってるのよ!!」
「なにかあれば俺が責任を取る!!」とイヴァンが言うと二人はにらみ合う形になったが、すぐにベルティーナが視線をそらし頬を紅く染め、肩の力を抜いて槍の穂先をさげた。
「まったく・・・殿方というのは綺麗な女性とみればすぐにあまやかして・・・ミケーレはいつもあんなだからまだしもあなたまで・・・」自分もさんざんちやほやされておきながらベルティーナは言ってのける。
「ば、ばかっ、ちがうって、俺はそんな気持ちなんてまったくなくて・・・」
ちょうどそのときシスターの足元で転がっていた二人の歩兵が「いてて」と、殴られたところをおさえながら立ち上がる。
「無事のようね、あなたたちは一応ヴェネリオに診てもらいなさい」と言われると歩兵達は敬礼しふらふらと歩いて行く。
「それとあなた、特別についてくるのを許可します。でも何かあっても命の保障はできないわ。いいわね?」
シスターはそれを聞くと剣を握ったまま胸の前で手を組むと「感謝します」と礼を述べる。 「お礼ならイヴァンに言うことね。あなたが何かしでかしたら責任をとるのはこの人なんだから」 「イヴァン様に感謝を」 イヴァンは頭をかきながら「ああ」と返事を返したものの、面倒なことにならなければいいがなあと心の中で思った。


イヴァン達、ベルティーナ、シスタールイーザと歩兵科の4人は石造りの修道院の前に到着していた。
門の中に入ると数人の修道士達が血まみれで倒れており、中には剣を手に持ち激しく抵抗した様子の死体もある。
やはり急に襲われたらしくよろいなどを身に付けているものは皆無だった。
「これで騎士団が犯人って言う線はなくなったわね」 と辺りを見回しながらベルティーナは言った。
「てことはだ、犯人は騎士団の連中よりもやっかいってことだよな」
イヴァンが周囲を警戒しながら恐ろしい事をつぶやくと、そこまで二人の会話を聞いたルイーザが口をはさんできた。 「でも完全武装の騎士であればこんなに一方的にはやられてはいないと思います。わたしがもっと早く到着できていればこんなことは・・・」ふせげたはず、とでもいいたげにルイーザは表情を曇らせる。
「それで、これは死神がやったとでも言うの?あきらかに剣で、それも考えられないほどの力の持ち主が切ったような傷なのに?」
 「お話にでてくるような死神を想像してもらっては困ります。死神も私と同じように肉体と、あなた方にかかったのろいを開放する力を持っているんです。そして彼にのろいを解いてもらった者は彼の意のままに動く人形となり、死した後も永遠に、勝敗がつくまで私達と戦う運命を背負うのです」
「ふ~ん、それがほんとうだとしてのろいってなに?」
ちょうどそのときであった。修道院の建物の中からドアが蹴り開けられ、血に染まった剣を握りあごひげを生やした目付きの悪い長身の男が現れる。そしてその後ろにはボロボロの剣を握った血まみれの2人の剣士が続いていた。
「はーいはいはいおしゃべりはそこまでー。せっかく来たんだ早速おじさんがもてなしてやろう!早くしないとこいつらがお前らと遊ぶ時間がなくなるんでな」と自らの後ろに居並ぶ血まみれの2人を親指で指し示しながらはき捨てるように言い放つと、イヴァン達は無言で武器を構える。
長身の男はルイーザを見ると何か気が付いたような顔をして笑みを浮かべた。 「ヴァルキュリアのおじょうちゃんだな?はじめまして、と、さようならだ!まだ独りモンみたいだが死んでも俺をうらむなよ・・・っと」長身の男は剣を手にすさまじい速さで距離をつめてくる。
「リーパ(死神)よ!冥界にかえりなさい!」ルイーザはすばやくイヴァン達の前に立ちふさがり死神が振りおろした剣を弾き飛ばす。彼女達の力強くすばやい剣さばきに圧倒されていたイヴァン達であったが長身の男の後ろから走りよってきている二人の剣士に気がつく。
「応戦!」ベルティーナは応戦の指示をだし、剣を手に剣士の一人に走りよる。イヴァンはベルティーナのそばにいたので後に続き、歩兵4人はもう一人の剣士に向かって行く。
血まみれの剣士は手ごわいなんてものではなかった。剣士の剣を受けると受け手の剣が弾かれてしまい、まともに剣をあわせることも出来ない。
そしてその動きもすばやく、ベルティーナの突きを難なくかわし少し遅れて振り下ろしたイヴァンの剣も小うるさげに剣で払いのける。剣士は突き、なぎ払い、振り下ろし、とベルティーナとイヴァンの二人を相手に暴風の勢いで攻撃してくるのだ。敵一人に対しこちらは二人で防戦一方とはまさにありえない話である。歩兵科たちのほうを見るとなんとか取り囲み優位に戦っているようだ。
「ぐはっ!」
ちらりと歩兵科たちに目をやった隙をつかれて蹴りを受けてしまったイヴァンは後方に倒れこんでしまった。
そこへ剣士がとどめの一撃を放つために大きく上段に振りかぶる。
その隙を見逃さず背後にいたベルティーナが突きを放ち剣士の胸から剣の切っ先が飛び出し勝った。とおもった次の瞬間、何事もなかったかのように剣士はその振りかぶった剣を振り下ろしてきた。
ありえねえ!くそったれが!こんなところで俺は!!
ガキン!!
イヴァンは自分の手にある剣で相手の攻撃をはじいていた。
「弾き返せた?」イヴァンは圧倒的な腕力を誇る剣士の剣をなんとも軽く弾き返せたような気がしたが、 今は考えるよりもまず起き上がるのを優先させるべきと相手の態勢が崩れているうちに跳ね起きる。
剣士と向き合うとベルティーナの剣が背に突き刺されていながらまだ立っていた。
ベルティーナのほうはと見ると剣が引き抜けなかったのか距離をとり予備に持っていた短剣を引き抜きながら信じられないといった面持ちで剣士を見ており、剣士は剣をうしなったベルティーナのほうを見ると狙いを定めるように距離を詰めていく。
短剣なんかじゃ絶対に防ぎきれない!イヴァンは後ろから胴をなぎ払う、傷は深い、しかし剣士の動きはとまらない。
ベルティーナも覚悟を決め短剣を構える。
「イヴァンわたしは!・・・」
剣士は身をかがませ突きの姿勢をとる。あと一瞬でベルティーナは剣士の突きの間合いに入るだろう。
間に合わない・・・早すぎる・・・すぐ怒るベル、笑っているベル、面白いベル、そして友達として?大好きないろんな表情のベルティーナが脳裏をよぎる。
「ベルティーナぁぁあ!!」イヴァンは必死に剣士の後に追いすがろうとする。
もっと自分が強ければ・・・もっと早ければ・・・・・間に合うのに、たすけられるのにっ!!


そう思った瞬間、イヴァンは加速し、剣士のすぐ後ろにまで迫っていた。
間に合う!?


イヴァンは剣を右下から切り上げ剣士の武器を持った右手をすばやく切り落とすと返す刃で首を跳ね飛ばす。
それを見たベルティーナは意思のなくなった剣士の体をひょいと右にかわすと、その後ろで剣士は崩れ落ちるように倒れこんだ。
イヴァンは少しの間呆然としていた。自分はなぜ剣士に追いついたのか?と。
イヴァンがふとわれに返るとベルティーナはまじまじとイヴァンの顔を眺めていたがイヴァンがその視線に気がつくと、思い出したように剣士の背中に突き刺さったままの剣を引き抜きに行った。
歩兵科たちが相手にしている剣士も前後左右から切り刻まれているがまだまだ勝負はつきそうにない。
「イヴァン!歩兵達に加勢するわよ!」とそのままイヴァンとベルティーナは歩兵達の元に向かう。
そのころルイーザと長身の男もまた激しく剣をかわしていた。
双方とも血まみれの剣士よりも数段上の剣の使い手であるように見える。
そしてお互いまったくの互角でこのままだといつ勝負がつくか計りかねた。が、長身の男はイヴァン達をみると少し距離をとる。
「おー、一匹倒しやがったか。それになんかめんどくさそうなやつがいやがるな…嬢ちゃんのか?」
「……ここであなたもおわりよ!」とルイーザは下段から鋭く切り上げるが長身の男は大きく後方に飛びさらに距離をとった。
「お嬢ちゃんよ勝負はお預けだ。俺も死んで戻るつもりだったがヴァルキュリアの嬢ちゃんに殺されて戻っちまったらみんなの笑いものにされちまう。必ず殺してやるから覚悟しときなよ!」そういうと背をみせイヴァン達の馬の方にむかう。
ルイーザも追いすがるが間一髪で馬に飛び乗り逃げ去ってしまった。イヴァンとベルティーナは歩兵科の加勢に入って剣士を滅多切りにするのに夢中になっており馬どころではなかったが、ルイーザがやってきて剣士の首を跳ね飛ばし、一息ついた後イヴァンは気がついた。
「ちょ、俺の馬がいねえ!!」
「申し訳ありません。死神が乗っていってしまいました」
「なにーーー!!」
イヴァンはその場にすでにへたり込んでいたが、さらにがっくりと肩を落とす。
そのよこにすわっていたベルティーナはしょうがないわね・・・と言いたげな顔で言う。 「父上に頼んで馬を一頭上げるからおちこまないの!」
「マジ?」
「マジ」
「うおおお!ありがとうベルティーナ!どうしようかと思ったよ!」
イヴァンはベルティーナの手を握り何度も何度も振っていた。
「あ、それとさっきなんか言いかけたろ?なんて言うつもりだったんだ?」
「ん、いつのはなしですの?」
「最初の剣士とたたかってるとき」
「ああ!思い出しましたけど、もういいですわ」
ベルティーナはそう言うといかにもつかれたという感じでそのばにコロンとねころがり薄く積もった雪に長い赤毛が広がる。
それをみたイヴァンやきずだらけの歩兵達もおなじくその場にねころんだ。
雪の冷たさが心地いい。まわりに目をやると死体や首が転がっているのだが、今はもうどうでもいい。
今日は疲れたよ、本当に。
「戻ったらラファエーレはただじゃおきませんわ!!」
ベルティーナの怒りのこもった声が聞こえてきた。歩兵科の4人もそれを聞いたのか、わははと笑っているようだ。
イヴァンは思った。とりあえずだれも死ななくてよかったよ。と、だが口に出した言葉はそれとはちがっていた。
「あーもう動けねー、いまおそわれたら死ぬなー」

そして、気がつくとルイーザはどこにもいなくなっていた。

冬季行軍演習バッドエンドエピローグ

だがイヴァンたちはルイーザのことばかり構ってはいられなかった。 そしておそらく探しても見つからないだろうと6人は結論付け、疲れがある程度とれたところで修道院の内部におっかなびっくりと入って行く。
  そこには修道士達の死体と、ひどく傷ついた10体ほどの死体が転がっていた。
ひどく傷ついた死体は通常であれば10回は軽く死ねるほどの傷を負っており、10体のうち半分は首がなかった・・・この10体はさきほどたたかった血まみれの剣士と同じ類の輩であろうか?
そう広くもない修道院内部を隅々まで見て回ったが生存者は一人もいない事を確認するとベルティーナたちは村にもどっていった。
翌日の午後にはミケーレは50人ほどの警備隊をつれて戻ってきたが、ルイーザがいなくなっていることにひどくショックを受け愕然としていると、イヴァンは気の毒に思い、オルシュティン教会神学校女子部の生徒らしいとおしえてやるとまたあえるかも!と元気を取り戻す。
  ベルティーナは警備隊に全てを話した後、警備隊の隊長から協力要請があり、王都の騎士隊が到着するまでの警備協力と村の片付けを手伝うことになったのだった。
さらに2日後、あらかた村が片付いたころに騎士隊の騎士10名が到着し、まず警備隊の隊長に事情を聞いている。
その中によく見知った顔のものがいた。
「いよう、お前ら大変だったな」
ベルティーナらに向かって大柄な騎士が声をかける。
「お、先生!」
「まったくですわ」
彼はフォルトゥナート=デルネーリ、王立兵学校の戦闘技術指導教官である。茶色い髪を短くそろえ屈強な体格をもつ大男で、生徒からの信頼も厚い。
さらにおそらく彼であればあのルイーザと戦っていた長身の男とも渡り合えるのではないかと思えるほどの強豪でもある。
「さて、帰りながら詳しい話を聞くとして、早く帰り支度をしろ」
「え?」
「今から行軍ルートに戻っても間に合わんし、今回は片付けなんかで大変だったろう。行軍演習は終了だ。よくやった」
それを聞いた歩兵科の連中がやったーと大喜びをして騒ぎ出す。それもそのはずで今から戻れば他の隊が戻るまでおよそ一週間は学校はお休みのはず。
ゆっくりのんびりとすごせるのだ。イヴァン達も例外ではなく顔を見合わせ笑顔をみせあう。
「どうした?帰りたくないならいいんだぞ!行軍演習続けても」
はっとした表情をしたベルティーナはジルベルト君のほうをみて指示を下す。
「ジルベルト君!オフェーリアちゃんと手分けして撤収準備開始!10分後に出発よ!!」
「アイアイマム!」
「えっ、えーっ!は、はいっ!!」
と副官ふたりは大急ぎで準備にとりかかる。
「さて、帰りは俺が指揮を執る。せっかくだから体を鍛えながら帰るとしようじゃないか!!」
「・・・・・・」活気付いていた小隊員の顔から血の気がうせていく。
「行軍演習続けた方がよくないか?」とざわめいていたが、すでにベルティーナの指揮権が取り上げられている為手遅れであり、この件をこれ以上話し合うのは不毛であった。
上記の理由により王都に帰るまでの道中で歩兵科や騎士科の面々は死んだ方がましと思える苦行を課せられることになり、学校に帰り着くとほぼ全員が一週間ほどはピクリとも動けなくったのである。
中でもラファエーレはベルティーナの直接指揮の下、二人の歩兵に両足を抱えられ【手で歩く】!!というスペシャルメニューも加えられ、泣きながら学校に帰り着いたときには全身ズタボロにされていたという。

第一話 完

2の月 プロローグ

行軍演習を終え、学校の校庭に到着したベルティーナ達を校内から見つめている一人の老貴族がいた。
くたくたに疲れた生徒達を眺めている表情には笑顔がこぼれている。
 デルネーリ先生が生徒達に何か激を飛ばしているようで疲れきった生徒達はうんざりした顔で話を聞いていた。
10分ほどその状態がつづきデルネーリが解散を命じると生徒達はふらふらとおぼつかない足取りで寮に戻っていったが、 そのなかに地面にへたり込んで動かない少年が一人、薬学科や医学科らしい生徒達が近くにいた歩兵科数人の手を借りて医務室に運んで行くのが見える。
それを眺めていると、部屋の扉をノックする音がきこえる。
「デルネーリです」
老貴族は扉の方に向き直ると入りたまえ、とドアを開ける許可を与える。
デルネーリが扉を開けて老貴族の机の前まで歩み寄って行くと姿勢をただし、敬礼をする。
「ただいま任務から戻りました!」
「ごくろうだったな、デルネーリ先生」
老貴族はねぎらうように言った。
「報告してくれるかね?」
「は!混成第4小隊は戦闘を行うも被害は0。ただ・・・」
「ん?」
「彼らはリーパと出会い交戦した模様です」
それを聞いた老貴族は驚いた顔をする。
「ほほう、リーパと交戦して被害ゼロとは奇跡のような話だな。神に感謝せねばなるまいて」
「そして、おそらく戦女神の助力があったと思われます」
それを聞いた老貴族はさきほどよりもさらに驚いた顔をした。
「おお、それは幸運であったな。そうだな、そうでもなければ彼らは生きて戻ってきてはおるまいな・・・」
と腕を組み何度もうなずく。
「で?」
「は?」
「だれか見初められたかね?」
「あ、いえ、すぐにどこかに消えたそうで・・・おそらく彼女の眼鏡にかなうものがいなかったのでしょう」
それを聞いた老貴族はすこし残念そうな表情をする。
「それは残念だな、確認するが彼女は一人だったのかね?」
「はい、報告ではそう聞いてます」
「なら、なおさら残念だ。大陸東部にはほとんど現れないと言うのに…」
「ただ、本人はルイーザと名乗り、オルシュティン教会神学校女子部に所属していると話していたそうです」
「・・・!?ハハハ、そうかそうか、それが本当ならこの星の処世術すらまだ身についていない若く純粋な戦女神だろうな。何とか見つけ出してわしが立候補しに行きたいくらいだよ」 と校長はわははと笑い、鼻の下をのばしていた。
それを見たデルネーリはあきれながらぼそっとつぶやくようにささやく。
「はあもう、歳を考えろよな…」心の声がつい口に出てしまったようだ。
「ん?何か言ったかね?デルネーリ君?」
「あ、え?いえなんでもありません」 と手を振りながらデルネーリはとりつくろったが校長はなにか疑うような様子で目をすぼめデルネーリをじろじろとながめていたが それに耐えられなくなったデルネーリはすばやく話題を戻した。
「あ!、それと校長、警備隊や騎士隊にもこの情報は伝わっていますのでご注意ください」
校長とよばれた老貴族は不敵な笑みを口元に浮かべる。
「早急に騎士隊と交渉しこちらに任せてもらおう。それと平行して調査を開始する。本当に存在していればわれわれの側に引き込む手を考えよう。彼女達の言葉で言えば、誰かと結婚していただく、ということになるのかな」
「しかし、過度な干渉を行えば彼女達は姿を消してしまうのではありませんか?」
「そこはきみ、…うまくやりたまえ」
「は?」
「調査はわたしがやるがその後の作戦指揮は君に任す。責任重大だぞデルネーリ君!」
「は、はあ」
デルネーリは力なく返事を返すと校長はうなずいた。
「では下がってよろしい。情報が入り次第連絡する」
「は!」
敬礼をしてデルネーリは部屋を出て行った。
それを見送った後、校長はいすの背もたれにもたれながら目をつむりひとりごちる。
「ふう、女神か・・・実になつかしい。見初められた者はたまったもんじゃないがな。いや、結局の所は本人しだいというところか。さてさて、あと4年もない、出来るだけの手を打たんといかんから大胆かつ盛大にやってみようかね」

第二話 檻の中の少女ヴェロニカ

 オルシュティン教会神学校の中庭に一人、くすんだ色のローブを着た車椅子の少女が太陽の光が顔にあたるのを気持ちよさそうにしながら佇んでいた。
季節は冬だったがここのところ雪は無く、まだまだ空気は冷たいものの呼吸するたびに心地よい空気が肺を満たす。
まだあどけない表情をした車椅子の少女は盲目だった。 真っ暗闇の世界で皮膚に伝わる太陽の熱と大気の冷たさと肺に染み渡る空気とその香り、そして音。
それが彼女の世界のすべてであった。
小一時間ほどもそこにいただろうか、体も冷え切り彼女をここに連れてきたシスターも用事があると言うとどこかに行ってしまったため最初は心地よかった環境も今や彼女に苦痛を与えつつある。
いつものことだ。
と彼女は口には出さずだまって耐えていた。
語りかける対象がいるのかいないのかもわからない。
もしかしたらあたたかい室内からわたしを見ながら笑っていたらどうしよう。
と、おそろしい思いがあたまをよぎるが大きく首を横にふり、頭に浮かんだ光景を振り払う。
人に頼る事しか出来ない、迷惑をかけることしか出来ない、母とも父とも離れもう二度と会うことも無い。
彼女はいつも悲しかった。
でも、彼女は信じていた。
いつかきっとオルシュティン教王が伝える主神が彼女にきっと手を差し伸べてくれることを。
たとえその時が自身の死の間際だったとしてもきっと救ってくれると彼女は信じた。
その気持ちがなければ彼女はきっとかなしみに耐えられなかっただろう。
そして何年かの年月が、いつも悲しい彼女をだれよりもやさしい人間に育てていた。
だが同時に簡単に手折られる野の花のように、はかないほどの強さしか彼女は持ち合わせていない。
とそこへだれかが自分に近づいてくる足音がきこえた。
ここにつれてきてくれたシスターかな?
「ただいま、ヴェロニカさん」
車椅子の少女は自分の名を呼ぶ懐かしい声のした方向に振り向き笑顔を浮かべる。
「ルイーザちゃんおかえりなさい!心配したよ!怪我とかしてない?旅はどうだったの?」
「わたしは大丈夫ですよ。心配してくれてありがとう」
ルイーザはルームメイトのヴェロニカのそばまでくるとそっとヴェロニカの肩に手を置き、続いて手を握る。
「・・・・・・ヴェロニカさん、お部屋にもどって旅のお話でも聞いていただけませんか?」
「あ、う、うん。ちょうどお部屋にもどりたいなーって思ってたの」
「じゃあちょうどいいタイミングでわたしが来たみたいですね」とやさしい声でルイーザは言った。
「うんうん。いいタイミングだったよ!ルイーザちゃんの旅のおはなしもきいてみたいし」
「ではもどりましょう」
「はーい」
ルイーザはそこまで話すとヴェロニカの車椅子の後ろに回り神学校の宿舎まで車椅子を押していく。
お世話していたシスターは誰ですか?とルイーザは聞きたい気持ちを押し殺していた。
聞かなくても返事はわかっている。今用事ではなれたばかり、とかわすれちゃったと言うに決まっているのだ。
ルイーザはヴェロニカを二人の部屋まで連れて行くと車椅子の後ろからやさしく抱きしめた。
「どうしたのルイーザちゃん?」
そういわれても何も言わずに抱きしめたままヴェロニカの冷え切った体の体温を確かめる。
「なんだか急になつかしくなってしまって・・・ごめんなさいねヴェロニカさん」
「ええー、いいよいいよあやまらなくても!あたしもいやじゃないし」
「よかった。それじゃあもう少しこのままで…」
「うん」
しばらく二人はそのまま佇んでいたがヴェロニカが胸に回されたルイーザの腕に手をふれると、ルイーザはゆっくりと抱きしめていた手を離した。
「じゃあベットに移しましょうね」
「あ、うん」
ルイーザは今度はヴェロニカの前に回りこみヴェロニカをかかえてベットにすわらせると隣の自分のベットに腰を下ろした。
「ありがとうルイーザちゃん」
「お礼は言わないと約束したでしょう。わたしとヴェロニカさんはおともだちなんですからね」
「てへへ、そうだったね、わすれてたよ」
「そうですよ!」とわざとおこったふりをしてルイーザは言った。
「でもね、こころのそこからありがとうって思うとね、うっかりありがとうって言っちゃうんだよ!」
「そうでしたか、それではうっかりしたときだけはお礼を言ってくださいね」
「うん!ありがとうルイーザちゃん」
「あっ、またうっかりしちゃいましたね」
とルイーザが言うと二人は同時に笑い出す。ヴェロニカはルイーザと一緒にいるときだけは素直な自分を出すことができた。
「あはは、じゃあさっそくきかせて!」
「はい」
ルイーザはフォッジアス王立兵学校の小隊と行動を共にしたこと。
そして悪い人と戦ったことを順序良く丁寧に話していく。
村人や騎士団たちが皆殺しにされていたことを除いては、だったが。
「ルイーザちゃんはすごいね!わたしもこんな体じゃなければお手伝いしたかったなー」
それを聞いたルイーザは少しためらう様子で口を開いた。
「…あなたさえよければ一緒に戦えますよ…」
「え、でも…私は目も見えなくて、足もその…」
「…目も見えるようになって足も治ります。…でも…」
「でも?」
「私と永遠を生きて戦ってもらわないといけません。いえ永遠ではないです。正確には私たちの世界で消滅するまでは」
「え?ルイーザちゃんの世界?えーとルイーザちゃんは教会に正式に認められた聖女なんだよね?悪魔と戦う。この世にいる悪魔と戦うって事なの?」
「この世でも天国でもずっと。私の命が尽きるまで、ずっと。共に」
「ずーっと一緒なの?」
「片時も離れません」
ヴェロニカは一瞬考えこむような仕草をしたがすぐに上を向き力強く言った。
「わたしルイーザちゃんとずっと一緒にいる。ううん居たい」
「…いいのですか?契約を交わすともう戻れませんよ。契約を破ると死よりも悪い結末を迎えることになりますよ?それでもいいのですか?」
とルイーザは優しく尋ねるとヴェロニカが少し俯き加減でこたえる。 「うん!…でも、あの、ルイーザちゃんが嫌じゃなければ…だけど…」
そう言われたルイーザはまぶたを閉じ、何も言えなくなる。
「…わたしもずっとヴェロニカさんと居たい、楽しくお話をしたい…と…思います。…ずっと。この世界にあなたほど優しい方は…いないでしょう。…でもわたしと共に来るということはきれいごとだけじゃすまないんです…」
「…………」
よほど言いたくないのか所々途切れがちにしゃべるルイーザとヴェロニカも返答に困ったのか沈黙で答える。
「敵は悪魔だけではなく、時には人を切り殺してその命を絶つことが必要になるかもしれない、それがどれだけ心の負担になるか考えたことはありますか?」
「…………」
「わたしはあなたをすべてから救う事は出来ません。今の現状からは救えますがまた別の、今度は永遠に近い苦しみをあなたに与える事になると思います。なので、わたしは嫌です。」
と、こんどはヴェロニカの目をしっかりと見、断固とした決意でルイーザは言い放った。
それを聞いたヴェロニカは少しの間を置いてルイーザに尋ねる。
「じゃあ、ルイーザちゃんはなんでわたしにこの事話してくれたの?」
そう聞かれるとルイーザはまた言いにくそうに言葉が途切れがちにだが答える。
「わたしはあなたを、救いたい…、心の底から…、優しいあなたをとても放っては置けないんです。でも、世界には本当に優しい場所なんか無くて…わたしの言う天国は、あなたにはきっと地獄で…」
そこまで聞くとヴェロニカは満面の笑顔を浮かべた。
「わかったよ、ルイーザちゃんは選んで欲しいんだよね?その為に話してくれたんだよね?じゃあ答えは決まってるよ!わたしはルイーザちゃんと一緒に行く!」
とヴェロニカは本当に力強く言うとルイーザは決心した様子で頷いた。



「わかりました。それでは契約内容を話します」


それは、永遠に戦女神の胸に抱かれ、共にあり、共に戦い、共に消滅するまで続く約束。
彼女達はただ、愛しき魂のみを選び、天界へ運ぶ。
1000年前から幾度も繰り返されてきた営み。であった。
この契約の事をヴァルキュリア達は結婚と呼ぶ。


「これが私の手、足…」
ベッドに腰掛けた少女は自分の手と足をまじまじと見つめ、そして向かいのベッドに腰掛ける長い金髪の美しい女性に目を向ける。
「ルイーザ…ちゃん?」
わなわなとヴェロニカが声をかけると金髪の女性は無表情でコクリとうなずいた。
それをみたヴェロニカは今度は足に力をこめると難なく立ち上がることが出来たので窓に向いて歩き出す。
歩きなれてないからかよろよろとしながらも窓までたどり着くと窓を開け、空を見た。
冷たい風が部屋の中を駆け巡り体も冷えていくのを感じるが、ヴェロニカは雲を見て、それから太陽をみた。
「ルイーザちゃん、…あれが雲かな…?もわもわしたの。…太陽って…まぶしいってこういう事なんだ…。空って…すごい、この世界ってすごい!わたし、こんなにすごいところにいたんだ!!」
そう声を掛けられてもなおルイーザは何も返事をせず無表情にただただヴェロニカの背を見つめていた。
「あ、ごめんね…窓開けるとさむいよね?」
といいながら窓を閉めると今度はよろよろとルイーザの元に歩み寄り、両手を胸の中央に持っていく。
「ありがとう。ルイーザちゃん。私はあなたに救われた。本当にありがとう。それと、お願いだから後悔なんてしないでねルイーザちゃん」
それを聞いたルイーザは急に今にも泣きそうな顔になりながらすくっと立ち上がりその胸にヴェロニカを抱いた。
「ごめんね、ごめんね…ひっく、ふえ、ふえぇぇぇん、ひっく、わあぁぁーーん、」
ルイーザはヴェロニカをぎゅっと抱きしめ泣き声をあげ、涙をぽたぽたと流しながらごめんねを繰り返す。
その泣き声を聞きながらヴェロニカはそっとやさしくこう言った。
「主神に感謝を。ルイーザちゃんに永遠に感謝を…。そんなに泣かないで、わたしはうれしいんだよ?」
ルイーザはそれを聞くとさらに悲しそうな表情をし、しばらく泣き止むことはなかった。


 そのころイヴァンたちはてっきり学校に戻れば休暇だとばかり思っていたが全校内の清掃を命じられ腐っていた。
小隊員はそれぞれ二人づつくじ引きで決まったメンバーと共に、くじ引きで決まった担当範囲を掃除していた。 「まさかこんな仕打ちを受けるとは…。てっきり休みだと思っていたのに…」
とイヴァンは机を動かしながら相方に聞こえるようにつぶやく。
「いいじゃない?行軍演習より安全だし」
クラリーチェがそっけなく返すとイヴァンはさらに語を重ねる。 「まあそうなんだけどなあ、今回の演習であんなことがあったんだから少しくらいなんかあってもいいんじゃないのかなーと、それにあしたからまた普通に訓練だぜ?勘弁してくれって思うよ」
イヴァンは思いっきりしょぼんとへこたれるとクラリーチェは手を止め、腰に手をあてて怒った様子で口を開く。
「イヴァンは騎士なんだからそんな事いわない!誰よりも強くなって皆を守るんでしょ!」
クラリーチェにそういわれるとイヴァンは手を止め少し俯いた後、クラリーチェを見つめ、言った。
「そうだったなクラリーチェ。約束したもんな」
それを聞いたクラリーチェはニコリと表情をやわらげる。
「そうそう、村の皆も期待して待ってるんだから頑張って」
 「ああ、頑張るよ。クラリーチェも助けてくれるしな」
「うんうん。私に出来ることなら何でも手伝うよ」
「ありがとうクラリーチェ」
鼻を掻きながら恥ずかしそうにイヴァンは答えた。
そして二人はほぼ同時に掃除を再開しようかと手を動かそうとした時、ガチャリと教室のドアが開き一人の女生徒がつかつかと入ってきた。
「ベルじゃないか、どうした?何か用事か?」
 部屋に入ってきたのは戦略科2年、ベルティーナ=ヴィスコンテッサ=ダ=フォルテ。
校内でもベスト3に入る成績と剣の腕、そして王国中に鳴り響く美貌と美声を持ち、社会的には子爵位を持つ伯爵家公女で、まさに無双の名声を備えた才女であった。が、イヴァン達のところまで歩み寄ると冷たい双眸でイヴァンを一瞥した後、クラリーチェに向かって言った。
「クラリーチェさん…でしたわね?」
クラリーチェは姿勢を正し、右手を左胸に当て一礼をする。
「はい」
ベルティーナはクラリーチェに返礼すると口を開いた。
「あなたは今から私の代わりに錬金室のほうに行ってくださるかしら?イヴァンは今からわたくしと職員室に行きますので」
「わかりました。じゃあイヴァンまたあとでね」
そういうとクラリーチェはイヴァンに手を振って教室を後にすると、
そのあとにはなぜか冷たい瞳でイヴァンを見つめるベルティーナとイヴァンが残った。
イヴァンは無言で見つめるベルティーナになんと声をかけていいかわからずとりあえず笑顔を向けてみた。
「…」だが効果はなかったようだ。数瞬の間そのままだったがベルティーナはあきれたようにふぅと深くため息をつくと、いつもの雰囲気に戻っていた。
「さ、いきますわよ」
「ああ!」
イヴァンはベルティーナについて教室を後にしたが、やはり先ほどのことがきになったのでやめておけばいいのに尋ねてみた。
「ベル、さっきはどうしたんだ?」
ベルティーナはそれを聞くと立ち止まりこぶしを握り締め目をとじた。がすぐに気を取り直して歩き出す。
「なんでも、ありませんわ…」
「そっか、それならいいんだが、いろいろ大変だったしきつかったら言ってくれ。力になるから」
「そ、そうなんですの?じゃ、じゃあそのうち何かお願いしますわ」
 歩みを止めずベルティーナの背後にいるイヴァンには表情は見えなかったがベルティーナは急におどおどとした口調で答えた。
 「ああ、その時はなんでも言ってくれ」
そのあとしばし無言の時が流れたが職員室までたどり着くにはもう少し時間がかかる。
なんだかいつもと様子の違うベルティーナにいぶかしみながらもまあいいかと黙ってイヴァンはベルティーナの後を付いて行った。
あと少しで職員室というところで急にベルティーナは立ち止まり、くるりとイヴァンに振り返ると胸のところに片手を置き、
うっかり忘れてたとばかりにしゃべりだした。
「そういえばイヴァン、今朝ね、王都にある屋敷から馬が届きましたの。厩舎につないでおいたのであとで見てくださる?」
「え?まさか馬くれるってほんとだったの?」
おどろいたイヴァンはまさかという風で言った。
「あたりまえですわ。わたくしはお約束をやぶったことはありませんの」なぜかぷいっと横を向きながらベルティーナは答えた。
「ありがとう!ありがとうベルティーナ。いやーうち貧乏だからどうしようかとほんとこまっちゃってたんだ。 」
イヴァンはベルティーナの両肩をつかみながらうれしそうに感謝の意を伝えるとそのままの体勢でそのまましゃべり続ける。
「じゃあさ、学校おわったら少し二人で馬を走らせにいかないか?」
ベルティーナは頬をあからめ仕方なさそうな表情をしながら言った。
「し、仕方ありませんわね、ふ、二人でですわよね?」
「ああ!、いやまてよ、ミケーレも誘おうか?競争とかもしたいし」
それを聞いた瞬間ベルティーナはイヴァンの両手をうざったそうに、ぶん!!と払いのけ、くるりときびすを返しすたすたと職員室に入っていく。
「お、おい」
イヴァンは急に機嫌を悪くしたベルティーナに驚き唖然としたが、まあ、いつものことだと頭を切り替えて職員室に入っていった。


 フォッジアス兵学校は王都から数キロ離れた丘の上に建てられた使われなくなった石造りの城で、生徒の寮や教室もすべて城内にある。の門を開け、3騎の騎兵が王都に向かって走り出す。
一人はデルネーリ先生で黄地に黒で猫の顔のシルエットというかわいいマントをゆらゆら揺らす偉丈夫で、その後ろにベルティーナとイヴァンが続いていた。
「ためし乗りする手間が省けましたわね」
「すごいなこの馬…」
思わずイヴァンが嘆息とともにつぶやくとベルティーナはふふんと満足げに説明する。
「あたりまえですわよ、その馬はレギオン帝国全体を見ても名馬の範囲に入りますわ。スピードはわたくしの愛馬とそう変わらないけれどパワーとスタミナは比べ物になりませんわ」
イヴァンのもらった馬は黒毛でフォッジアス産の馬と大きさはあまり変わらないが手足が圧倒的に太かった。
過去に見たことのあるレギオン産の馬は一回り小さく力強くはあったがスピードはフォッジアス産に劣っていたようにも思えたが、 この馬は早く力強い。たとえばベルティーナの馬と比べても遜色の無い反応速度と操縦性、まだ試していないが拍車をかけたときどのくらいのスピードが出るのか想像も出来ない。
「元々お父様がレギオン帝国に出向いたときに皇帝から直々に下賜された馬なんだからちょっとすごいですわよ?」
「ぶはっ」 それを聞いたイヴァンは思わず噴出した。
「な、な、ま、マジで?」
「こんなことでうそついてどうしますの?」
とそっけなく答えるベルティーナ。
「う、う~ん。フォルテ伯はご存知なんだよね?」
「知りませんわよ。だって、お父上は領地にいるんですもの」
「ちょっと!こ、これ返して来い!」
イヴァンは急いで対処しなければお家の危機とばかりに馬の背を軽くたたきながら懇願すると、ベルティーナはあきれたような表情で答えた。
「王都のお屋敷はわたくしが管理していますので問題ありませんわ。第一、その馬誰も乗れませんでしたもの」
「え…」
「わが伯爵家でもっとも乗馬が得意なものを集めて試したのですが誰一人その背に跨るのさえ不可能で、父上も処分するわけにもいかず困っておりましたの。だからイヴァンで試してみようかな~と思ったら普通に乗れたのでわたくし、今びっくりしておりましたの」
イヴァンは話の後半から唖然とした表情で聞いていたがふとあることに気づいて眉をしかめた。
「おまえ…そんな危険な馬を俺に乗せたっていうの?」
わなわなと肩をふるわせながらベルティーナに馬を寄せる。
「いいじゃありませんの。乗れたんだし。イヴァン卿はさすがですわね」
ニコッとフォッジアス最高の笑顔を向けられイヴァンは流石に顔を赤らめたがベルティーナはすぐ普段の表情に戻り、
ひとつ忠告しておきますと前置きした上で言った。
「ただ、拍車を掛けるとどうなるかはわかりませんわよ?もともとすんごい暴れ馬ですので」
それだけ言うと本当に楽しそうにベルティーナはアハハと笑う。
本当にベルティーナは俺をいじるのが楽しいんだなーとイヴァンは少ししょんぼりし、暗い表情で馬のたてがみをなでる。
「あ、そういえば名前、この馬の名前はなんて言うんだ?」
「フリューゲルですわ」
「フリューゲル…そっかフリューゲル…」
そういって馬のたてがみをやさしくなでるイヴァンに今度はやわらかい表情と顔でベルティーナは尋ねた。
「イヴァン、彼は愛馬を無くした悲しみを癒してくれそうかしら?」
そう言われるとイヴァンは少し考え込むしぐさをしたがすぐに明るい顔をしてベルティーナに告げる。
「ああ!きっと」
それを聞いたベルティーナはニコリとうなづくとその時を見計らったようにデルネーリは後ろを振り返る。
「お前ら任務中だということを忘れるなよ?教師の前でいちゃつくんじゃない!」
と今にも拳骨が飛んできそうな顔で叱り飛ばすとイヴァン達は思いっきり否定した。
「な、なにを言ってますの?わ、わたくしはイヴァンをからかっていただけですわ!いちゃつくなんて、か、勘違いも甚だしいですわ先生!」
「先生、俺とベルがいちゃつくとか絶対ありえませんから。これはもう断言できる」
そういった瞬間ベルティーナが怒ったときにする恐ろしい顔でイヴァンをにらみつけ、思わずイヴァンはひい!と声を出した。 その二人の様子を見ていたデルネーリはフッと鼻で笑い頭を掻きながら言った。
「まあいい、さて向かった先でどの位時間を使うかわからんから急ぐぞ。付いてこいよ、遅れたら訓練倍の刑な」
「わかりましたわ」
「…」
そう言ってデルネーリとベルティーナは馬速を上げていきだんだん小さくなっていく。
そしてイヴァンは思った。
「ちょっとまって…」と
イヴァンはさっきの話を聞いて絶対に拍車が馬体に触れないように内股気味で乗っていたのだがこのままだと 訓練倍の刑で死んでしまうので、おそるおそる踵の突起を優しく馬体に触れさせた。
するととてつもない加速力を発揮しみるみるベルティーナ達が近づいてくる。
「ちょ、これ、すげえっ!」
いままで見たことも無いスピードでベルティーナの隣にならぶと流石にベルティーナは驚いた顔でイヴァンとフリューゲルを眺め見る。
「ベルティーナ!ありがとう!」
そうイヴァンが声を掛けるとベルティーナは少しあっけにとられていたが気をとりなおして答えた。
「どういたしまして。ですわ」
悪い冗談のつもりでイヴァン置いてけぼり作戦を行なったデルネーリも、あまりの速さに驚いていたがあえて何も言わず ただ少し残念そうな顔をしたのみだった。



 イヴァン達三人は王都の外にある厩舎に馬を預け、城門をくぐった。
目指すはフォッジアス大聖堂の付属施設、オルシュティン教会神学校女子部である。
街の中心の広場に面したところに大聖堂はあった。元々は小さな教会だったのだが少しづつ改修を重ね現在は大聖堂の名を辱めないほどの威容と景観を備えていた。
デルネーリはイヴァンとベルティーナをつれて大聖堂の門を素通りし、さらにわき道に入ったところにある別の門に向う。 そこにはオルシュティン教会神学校と書かれた看板が目立つように掲げられ、門の奥にはレンガ造りの建物がいくつも立ち並び、学生と思われる若者が散見できた。
「ここか…」
デルネーリは門の前であごをなでながらひとりごちる。
「先生。ここって女子部じゃないですよね?」とイヴァン。
たしかに見える範囲には若い男か男の子しか見当たらない。
「ああ、女子部はこの奥にあるんだそうだ」
「へえー」
「とりあえずいくぞ」
そう言ってデルネーリは敷地内に足を踏み入れズンズン進んでいく。
すると横合いからお待ちください!と呼び止められイヴァンら三人はそちらの方を確認すると 若い助祭らしき若者か息を切らして立っていた。
「はあはあ、騎士殿、ここは関係者以外立ち入り禁止でございます。なにか御用があれば聖堂のほうへご案内します」
「俺たちは教会神学校に用があって尋ねてきたんだ。学校の責任者に会わせろ」
「でしたらフォッジアス大司教猊下にお許しを得て頂きたい。とにかくこちらは部外者は立ち入り禁止なのです」
それを聞いたデルネーリはあごをひとなでしてから言った。
「われわれは女王陛下の命で来たのだ。何か文句があれば女王陛下に言うんだな」
そこまで言うとデルネーリは後ろの二人に向って、いくぞと声をかけると、またズンズンと建物に向って進んでいく。 若い助祭はそれを見守っていたがすぐに大聖堂の方へ向って走り去っていった。
周りの学生達は最初珍しい客人に奇異の視線を送っていたがいつの間にかその視線はベルティーナに集約していった。
「な、なんかわたくし注目されてますわね…」


注目されるうつむくベルティーナをよそ目に建物の入り口にたどり着くと 扉が自動的に開いた。そこには穏やかな顔の初老の司祭が静かに立っている。
「私はここの責任者のミローネです」
そう言って右手を胸の中央で握るオルシュティン教式の神に祈る時の礼をする。
「俺は女王陛下直属の騎士デルネーリだ。話がある」
「それでは奥でお話しましょう」 とミローネはデルネーリ達を建物内に招き入れた。
 応接室らしき部屋に案内されると三人はソファーを進められデルネーリ、ベルティーナ、イヴァンの順で座っていき、 三人が座るのを見届けてミローネが向かいに腰掛けた。
「さて、ご用件をうかがいましょうかな?」
デルネーリはそれに頷くと口火をきった。
「先日起こったルパート村襲撃事件はご存知ですな?」
それを聞いたミローネは本当に心を痛めているといった表情で言った。
「はい。本当に残酷なお話です。何より被害者はみな敬虔なオルシュティン教徒であり生存者はいなかったとか…」 デルネーリは頷きさらに語を進める。
「その襲撃者と最後に戦ったのがいまここにいる二人です。残念なことに首謀者らしき男は逃がしてしまいましたが」
「なんと…」
「そしてその時彼らに助力してくれた女性がいましてね。それがここの女生徒らしいじゃありませんか」
「ふぅ、…なるほどお話はわかりました。ルイーザがそう言った、ということですね?」
あきらめた風でミローネがため息をついた。
「話が早くて助かります。彼女についてその素性もあらかた予想はついてます。その敵も目的もね」
「そうでしょう。元々お教えしたのは我々でしたしね」
「そして今日は彼女に協力をお願いしに伺ったんですよ。この二人には一応本人確認のためついてきてもらったんです」
「なるほど、そういうことでしたか。お話はわかりました」
「で、彼女と話をさせていただけますか?」
デルネーリがそういうとミローネはひざの前で手を組み言いにくそうに話し始める。
「残念ながら、もうここにはおりません。彼女は契約者をみつけ旅立って行きました。だってそうでしょう?ここはもっとも戦事とはかけ離れた場所。元々彼女たちの目的は我等人類を助ける事ではないのですから。悪い言い方をすればついでに助けているだけの事。我々は彼女らを手助けし、ついでに助けてもらえるよう支える為の組織で、それはフォッジアスの王権者を指導者と認めてもなんら変わりません。なので路銀をたっぷりと渡した上で送り出しました」
「あいた~、間に合わなかったか…」
デルネーリは相手の事をまったく疑わず相手の話を鵜呑みにしたような反応をしたが、それもそのはずオルシュティン教徒にとって嘘は絶対の禁忌であり、話した事は全て完全なる真実。仮に話したくない事があれば彼らは黙して語らない。 それを前提に話しているからだ。
ちょうどそのときドアが開き豪華な衣装をまとった白髪の老人が入ってきた。
「残念だったなデルネーリよ」
デルネーリはそう言われると立ち上がり軍の礼を返す。
「お久しぶりです大司教猊下」
大司教は楽にしろと手で合図するとデルネーリはまたソファーに腰をおろす。
大司教はゆっくりと時間をかけ、ミローネの隣に腰をおろした。
「まあそういうわけじゃ」
「はあ、帰ったら怒られるな、校長に…」
「ブルーメのやつじゃな?帰って伝えろ。どうせ彼女を連れて帰れたとしてもお前なんかとは契約させてもらえんから安心しろとな」
「そんな事いったら私は大変な目に合わされてしまいますよ…」
「その時はわしの所にこい、面倒見てやるぞ?」
デルネーリは大司教の言葉に苦笑を浮かべながら答えた。
「考えておきます」と。
そのあとデルネーリ達は大司教と軽く雑談を交わしたあと部屋を後にした。
建物を出ると先ほどとは比べ物にならないほどのベルティーナを見に来た男子学生が集まり大混雑であったが、 「うざってえ」といらいらしてきた様子のベルティーナににらみつけられると自然と道が開きすんなりと門外に出る事が出来た。
敷地から少し離れた所でイヴァンはベルティーナに声をかけた。
「やっぱすごいなベルティーナは…」 とイヴァンは感嘆した様子でベルティーナに言うと
「わたくしは見世物じゃないっつうのよ!失礼っつったらないわね!」といらいらした戦闘用の口調で答える。
「…」
イヴァンはいまは触らぬ神に祟りなしと相槌をうつのもこらえ、違う話題をデルネーリに振った。
「しかし大司教猊下ってすごい気さくな方ですね」
「あ、ああ、あの人は昔っからあんなだぞ。だがまあ、本当にいい人だな」
「大司教猊下は校長と仲がいいんですか?」
「仲悪いんじゃないか?普通に」
「え?あ、あんな事言ってたからてっきり親しいのかと思ってました」
「昔、俺も同じ質問を校長にしたんだが、やっぱりそのまま仲悪いって言って文句言ってたしな」
「へえ~」
そこまで話した所で広場にたどり着くとデルネーリ先生がイヴァンとベルティーナを並ばせ話しかけた。
「今日の事は誰にも話すなよ?話が漏れたら身分に関係なく首が飛ぶと思ってくれていい」
「ゲッ、首…、マジでですか?」
イヴァンが驚いたように言うとデルネーリは無表情で頷く。
「冗談抜きだ」
「どこからどこまでの話がだめなんですの?」
とベルティーナが尋ねる。
「学校の職員室から今までだ」
「わかりましたわ」
「俺もわかりました」
「うむ、よろしい。では俺は王城に用事があるからおまえらはこのまま帰れ。もう掃除も終わってる頃だろうから門限までに戻ればいい。では解散。帰りは気をつけて帰れ」
そこまで言うとデルネーリはきびすを返して王城の方へ向って立ち去って行った。
イヴァンとベルティーナはデルネーリの後姿を見送ると顔を見合わせる。
「じゃあ帰るか」
「そうね」
とイヴァンらは正門のほうへと歩いていく。
広場に面したあたりは露天商や商店が軒を連ねており、ちらりとイヴァンがある露天に目を向けると女性用の薔薇の髪飾りが目に付いた。自分の紋章がド派手な薔薇であるためついつい薔薇の形のものを見るとふらふらと寄っていってしまう癖があったのだ。
そのためイヴァンの意識がはっきりしたときにはすでに露天の前でその髪飾りを手に取ってしまっていた。
「いらっしゃい騎士殿。彼女にプレゼントですか?」
「あ、いや…そういうわけでは…」
といいつつ細部まで目を凝らすとなかなか手の込んだ一品で純銀製…かどうかは判りかねたがデザインもよく、なかなかの業物であるのは間違いなかった。
ちょうどその時「どうしたの?」とベルティーナが後ろから声をかけてきてとことこと駆け寄ってくる足音が聞こえる。
「おいちゃん、これいくらすんの?」
デナル銀貨5枚でいいですよ。
「高っ!」と抜群の反応速度で驚くイヴァン。
それに対して店主が
「その髪飾りの飾りの部分は高純度な銀で作ってまして、どうしてもそれくらいの値段にになっちまうんですよ。へへっ」
と愛想笑いを浮かべながら店主は言った。
なかなかこれはいいものだ…自分は装備できないけど…。しかし友達にこんなもの持ってるところ見られたらなんて言われるかわからんな…あ!そうだ!クラリーチェ付けて貰うか!そしたら何気なくいつも見られるぞ!その薔薇の髪飾りを…と自分に言い訳するように考えたイヴァンはポケットから銀貨5枚を取り出し店主に渡す。
「まいどあり!!ってよく見たら騎士殿の彼女さん美人度すげえ!!」
と隣にいたベルティーナに気づいた店主は驚き、腰を抜かさんばかりに驚いた。
当の驚かれたベルティーナもビクリとするがちょいちょいと手を振り
「わたしよわたし、フォルテの…」
「あ、ああ!これはこれはフォルテのお嬢様でしたか。これは失礼いたしました。いつもと様子が違うので気がつきませんで、へへ」
「いつもはこんなカッコなんてしてませんものね。しょうがありませんわ」
と斧の紋章の入ったマントを手でひらひらと動かしてみせる。
「でも何を着てもお似合いで」
「ありがと、また何かいいものが手に入ったらお屋敷にでもよってくださいな」
「ええ、そのときは是非ごひいきに。あ、と、騎士様お待たせしました。えーと商品はお持ちですよね?どもまいどありぃ。イヒヒ、がんばってくださいね。ではまたごひいきに~」
イヒヒと嫌らしい笑い声で挨拶され、苦笑とともにイヴァンは店舗を後にするとベルティーナは店主に軽く手を振りながらすぐにイヴァンの隣に並ぶ。イヴァンは何か否定しなければいけない事を店主に言われた気がしたが、もう会う事も無いだろうと特に気にする事はなかった。
「ベルティーナあの親父と面識あったんだな?」
「ええまあ、だって王都のお屋敷はこの近くですのでよく露天はのぞいてましたの」
「へ~えそっかあ」
と何気ない話をしてたのだが、ベルティーナはイヴァンの持つ髪飾りが気になってしょうがない様子でそわそわしている。
「あ、あのさ、イヴァンって薔薇、好きなの?」
と意を決してベルティーナが切り出す。
「あ、う~ん、昔はなんてこと無かったんだけど最近は自分の紋章が薔薇だしなんとなく気になる感じ?かな?」 「そ、そう、紋章と同じだからなの…。わ、わたくしも好きかなーって思いますわ、薔薇って素敵ですわよねー」 「う、うん、そう?」といつもと様子の違うベルティーナにいぶかしみながらイヴァンは答え、手の中にある髪飾りを見つめるているとベルティーナもじっとイヴァンを見ている事に気がついた。
「ちょ、なんだよ。どうしたんだベル。早く帰ろうぜ」
そうイヴァンが言うと今まで機嫌のよさそうだったベルティーナの様子ががらりと変わった。
「な、なんでもありませんわ!あなたなんかに言われるまでも無くさっさと帰りますわよ!」
と言うが早いが今度はすごい勢いで歩き出す。
「お、おい」
イヴァンが呼んでもスピードを落とすことなく声なんか聞こえてないように振舞うベルティーナ。
「……おまえ、もしかしてこれ、欲しいのか?」
ぽつりとイヴァンがつぶやくように言うとピタリとベルティーナは立ち止まりクルリと振り返る。
「そ、そんな物、ほ、ほしいわけないでしょう!?こ、このわたくしが!?」
と、しどろもどろに答えるベルティーナを見て、しょうがないなとひとこと言ったあとに、イヴァンはベルティーナの手をとり、その手のひらに髪飾りを載せる。
「これ、やるよ。いつも世話になってるし今日も馬くれたしな。いつもありがとう、ベル」
「イヴァン…」
ベルティーナはもらった薔薇の髪飾りを両手で大事そうに持ち、それをじっと見つめ頬を赤らめた。 そのやり取りの後、また何事も無かったように二人は並んで歩き始め、数秒たった時事件は起こった。
「たく、欲しいなら欲しいと早く言えばいいのに」とイヴァンはまた言わなくてもいい一言を言ってしまったのだ。 ベルティーナはその言葉にピクリと反応し、歩みを止めてすこし低い声音で恐ろしい事実を告げた。
 「自分の紋章の付いた髪飾りを送るなんて、どこの誰がどんな見方をしても」そこまで言うと一旦ベルティーナは言葉を切った。
「ん?なんだ?」といぶかるイヴァン。
「きゅ、求婚以外には見えようがありませんわよね!!」
「な、なにーーーーーーーーーー!!」
とイヴァンは道端で大声で叫んでしまうと、通りを歩いていた人々から変な目でみられ、こそこそと噂話をされているがもはやどうでもいいことであった。
イヴァンはわなわなとベルティーナに左手を差し出し、そして告げた。
「それ返せ」と。そして一歩ベルティーナに歩み寄る。
それをみたベルティーナは止まれとばかりに右手を突き出し、そして告げる。
「それ以上近づかないで!近づくと皆に言いふらすわよ。イヴァンがわたくしに求婚したって!!」
イヴァンはその時すべて悟り、その場にガクリとひざをついた。
すべては策略だったのだ、イヴァンに対する決定的な弱みを握るための…。
宝飾品の露天で薔薇の髪飾りを見ていたときから考えられ、組立て、実行したほんの一瞬の隙を突く巧妙な作戦。
「アハハハハハハ、ありがとうイヴァン。これ大事にしますわね。アハハハハ」
と、とてつもなく悪そうな笑い声でひざを落としたイヴァンに笑いかけるベルティーナ。 終わった…、何もかも…、とイヴァンは体の力が抜けていくのを感じたが、もう一度だけ最後の力を振り絞り立ち上がった。
「違うぞベル!それは薔薇だ。ただの薔薇の髪飾りだ!!」
それを聞いたベルティーナは悪そうな笑いを収め、瞬時に豹変し冷めた瞳と表情ででイヴァンを見つめながら言った。
「あなたの紋章は何?」
それを聞かれたイヴァンはがっくりと肩を落とす。
「ば、ばら…?」
「ほら、わたくしの言った事とどこが違うの?髪飾りもイヴァンの紋章も薔薇でしょう?」
「…はい」
「さあさ、帰りますわよ!」とにこやかに告げるとベルティーナは力の抜けたイヴァンの腕をつかみ城門の方へうきうきと歩いていく。
そしてそれを離れた場所から見つめる二人の男がいた。一人はあごひげを生やした目付きの悪い長身の男。もう一人はフードを深く被った小柄の男。
 「ほお、あのガキどもここらのやつらだったのか…」
「ルパート村の?」
「あたりだ、ってか話したばかりだったな。」
「やるか?」
「いや、まずは本命のお嬢ちゃんが先だ」
「ふん」
「俺はまず好物から食う主義なんでね」
「ふむ、まあいいだろう」
長身の男はそこまで話すとこちらを見ていないイヴァンに優雅に会釈した。 「近いうちにまた会おうぜ、くそガキども」



 昨日いやな目にあったイヴァンはなかなか寝付けなかった為、今朝はいつもよりも少し遅い目覚めだった。
現役騎士や戦略科は個室があてがわれる為、誰かが起こしてくれるわけでもなくごそごそと起き出して顔を洗う。
残念ながら朝食をとりに食堂に行くと遅刻確定のため、そのまま制服に着替えて部屋を出る。
男子寮は2F女子寮は3F学校施設は1Fに配置されているので中央階段に向って歩いていき、階段にたどり着くとちょうど3Fから降りてきた人物と鉢合わせた。
その人物はジュリアマリア=ダ=ベネディクティス、通称ベネ先生で戦略と戦術の教師で女親衛隊騎士だ。
宮廷序列で言えば騎士であるイヴァンの一つ上の序列になる。黒髪を後ろで束ね、めがねが特徴的な先生である。
「あ、おはようございます。」
とイヴァンがあいさつするとベネ先生が鋭い視線を投げかけてくる。
「おはよう。今日は遅いな?」
「昨日ちょっといろいろありまして、よく寝付けなかったというか…」
それを聞くとベネ先生は頷いて 「ふむ、奇遇だな?わたしもだ。」
「?…ベネディクティス先生も何かあったんですか?」
と、イヴァンが何気なく聞こうとしたが、ベネ先生は軽く手を振って
「まあ今の所は気にしなくてよい。」
とそっけなく返事を返し、そのあと何か思いついたような顔でさらに語を重ねた。
「でもちょうどよかったな」
「はい?」
「今日、校長含め私以外の教師は王都に行っているので今日は教室で自習だ。ラッキーだったな、教室に行ったら他の者にも伝えておいてくれ」
「おおーっ、了解しました!」
そこまで話を聞くとイヴァンは敬礼をし、足取り軽く階段を駆け下りていく。
ベネ先生はそれを見送るとメガネの位置を直しながらつぶやいた。
「自習で終わっちゃえばいいんだけどね~。」

 戦略科と騎士科は学年で同じ教室を使う。午後の科目がほんの少し違うだけでほとんど同じ事を学習するためだ。
イヴァンが「おはよう!」の掛け声で教室に入るとミケーレとベルティーナがすでにいた。
というか今のところ騎士科と戦略科をあわせても3人しか居ない。
行軍演習は全校生徒を10個小隊と1個の騎士隊、1個の司令部に分けて行なっており、騎士科や戦略科、戦術科はそのほとんどが司令部付きか騎士隊に所属するので、一個小隊に所属する騎士はミケーレとイヴァン、戦略科は隊長としてベルティーナがいるのみ。といった事情で一番先に学校に帰り着いたイヴァン達は教室をゆったりと使えるのだ。補足すれば医学科はほとんど、薬学科もほぼ半分が司令部付きなので両兵科もゆったりと教室を使っている事だろう。現に医学科のヴェネリオは現在、教室に一人で孤独に過ごしている。
「おっす」
「おはようイヴァン」
「今日朝飯食いにこなかったな?」
「ああ、ちょっと寝坊しちまったよ。」
「めずらしいな?」
「まあ、たまにはな」
とそこまで話した所でベルティーナの方を確認すると、その頭上にはやはり薔薇の髪飾りを装備していた。
まずい、危険、デンジャーなど様々な単語がイヴァンの頭をよぎる。当のベルティーナの方はというと、どこ吹く風と涼しい顔でイヴァンのほうを見ていた。
そこでイヴァンは気にしすぎるのもよくないと思い直し、先ほどベネ先生に頼まれた伝言を伝える。
「今日は最高の日かもな」とミケーレが言い。
「最低の日かもしれませんわよ」とベルティーナが言った。
それを聞いたイヴァンは思わず、はぁ、とため息を一つく。
だが、イヴァンの予想に反して何事もおこらず昼食の時間となり、 イヴァン達3人は食堂に行くと昼食を受け取り窓のそばに陣取った。
なにげない会話をしているとジウベルト君とオフェーリアちゃんがやってきて
「先輩方、食事をご一緒してもいいですか?僕達戦術科、二人だけしか居なくて…」
とジウベルト君が声をかけて来た。オフェーリアちゃんはジウベルト君の後ろでもじもじと何かいいたそうにしている。
「ええどうぞ。一緒に食べた方が食事もおいしいですからね」
とベルティーナが二人に席を勧めると、二人はうれしそうに席に着いた。
その五人で会話を楽しんでいると、もじもじしているオフェーリアちゃんに気づいたベルティーナが優しく声をかけた。
「オフェーリアちゃんどうしたの?」
「あ、あのっ、今日、せ、先輩、とても綺麗です!そのっ、いつもきれいなんですけどっ」
そこまでいうとベルティーナはオフェーリアが落ち着くようにと背中に手を置きとんとんと優しく叩く。
「落ち着いてオフェーリアちゃん。誰も怒らないからゆっくり深呼吸して。」
何回か深呼吸した後完全に呼吸を整えたオフェーリアがベルティーナにお礼を言うと
「先輩の髪飾り、すごく似合っててきれいです!」と目を輝かせながら言った。
その時のイヴァンはというと、内心ひやひやしながらもなんとか感心のない風を装うことに成功していた。
「ありがとオフェーリアちゃん。ふふん~いいでしょこれ」
「はい!髪飾りすごく細かく作りこまれてて!!銀の薔薇と先輩のきれいな赤髪にすごく似合ってて素敵です~」
「俺も今日は結構凝った髪飾りしてるなーって思ってたんだよ。」
とイヴァンの隣のミケーレも話題に加わると、ベルティーナはすかさず腕を組み
「ミケーレさんの言葉はなんだか適当っぽくて信じられませんわ」
ふん、とばかりにそっけなく答える。
「ほんとだってベルティーナ~」
しゅんとなるミケーレを見てアハハとみんなで笑う中、イヴァンは引きつった笑みを浮かべ冷や汗を流していた。
一年坊がやってくれたなと思いながらも、とりあえず核心部分からはまだまだ十分距離があるので様子を見る事にした。
そのときジウベルト君がふむふむと何度か頷いて控えめに手を上げた。
「ジウベルトどうしたんだ」とすかさずミケーレが聞くと、ジウベルト君は何か思いついた様子で話し始めた。
「あまり聞いてはいけないことかなと思ったんですが…」と前置きして
「ベルティーナ先輩の髪飾り、薔薇ですよね?イヴァン先輩の紋章は薔薇なんですけど何か関係があるんですか?」
といきなり推理力全開で、さらになんとなく聞きにくい事シールドをも突き破って容赦なく疑問を議題に乗せたのだった。
まだ核心部分から距離があると思い込んでいたイヴァンは、思わずぶっ倒れそうになったものの何とか踏みとどまる事に成功した。
だが、もはや戦闘力は無い。そしてみんながベルティーナの方に視線を向けると、いつもベルティーナが誰かに嫌がらせをするときに見せる笑顔がそこにあった。
今、イヴァンが何か行動を起こすと、その行動すべてがマイナスのベクトルを持ってしまい、ベルティーナがそれにわずかな力を加えるとさらに級数的にマイナスされ、”すごいベルティーナ信者”というレッテルを貼られてしまう事になりかねない。
かといって何もしなくてもベルティーナの言葉一つで”普通のベルティーナ信者”扱いをされてしまうという絶体絶命の状況であった。
イヴァンが目をおどらせ、挙動不審になっている様子を見ていたベルティーナはやれやれと頭を振り
「わたしの紋章が斧なのは皆さんご存知ですわよね」と皆を見回すとイヴァン以外は頷いた。
「ですけど、今、斧を持っている方、兵士かもしれませんし、木こりの方かもしれませんが、その方々とはわたくし、なんの関係もございませんわ…。つまり、そういう事ですわジウベルト君」
非の打ち所の無い優雅な物言いで皆は納得したようだった。
「まあ、そりゃそうだよな、デルネーリ先生も猫の紋章だけど猫達と関係ないもんな、可愛いすぎて笑えるけど」
納得したようだがついでに本人に聞かれたら決闘ものの問題発言をするミケーレ。猫にしか見えないが真実はライオンである。
「論理がごういんですよ~ジウベルトさんってば~」
「すみません僕、変な勘違いをしてしまって」
そういうとジウベルト君は素直に頭を下げると ベルティーナはとてつもなく嬉しそうな笑顔をイヴァンに向けて問いかけた。
「別に謝らなくてもよろしくてよ、ね、イヴァン」
そこでようやく自分が助かったのだと認識できたイヴァンは気を取り直すと、
「あ、ああ!許す!!」と短く答えた。
「ありがとうございますイヴァン先輩」 ジウベルト君もにこやかに礼を言う。
それをみたイヴァンは得意げに腕を組みさらに口を開く。
「大体なあ、俺の紋章は薔薇だけど今薔薇を売ってる花売りの少女とはなんの関係も無いんだ!つまり、そういうことだ!」
と得意げに言うとすかさずミケーレが突っ込みを入れる。
「思いっきり言ってる事がベルティーナのパクリじゃねーか!!」
「あー、ほんとだ、自分では考えて言ったつもりなのに思いっきりパクってたわ」
爆笑が起こった。いつも楽しげな事の中心にいるのはイヴァンだった。
食堂に居る他の兵科の面々も、親しい者はなになにどうしたのとイヴァン達のテーブルに集まっていき、また笑いが起きる。
その時、食堂の扉が開きつかつかとチェインメイルに白地に黒で熊を染め抜いた軍衣を身に着けたベネディクティスが入ってきた。
食堂に居る生徒は皆何事かとベネディクティスに注目する。
「昼休み終了後に全員戦闘装備で城門前広場に集合!ここに居ないものにも伝えろ!あとはベルティーナ、お前に任せる。以上だ」
と男らしい口調でベネ先生がメガネの位置を直しながら告げるとすぐに部屋から立ち去った。
それを聞いた食堂にいる生徒達は何事かとざわついており、それはイヴァン達も例外ではなかった。
ベルティーナはイヴァンと目を見合わせるとすぐに立ち上がった。
「みんな聞いて頂戴!各兵科はすぐにここに居ない連中を確認して」
ベルティーナはそこまで言うとしばらく時間を置き、ざわめきが収まると大きくよく通る声で言った。
「医学科及び薬学科報告して!」
少し離れた席でヴェネリオが立ち上がる。
「医学科、薬学科共に全員そろってます」
「おーけー、次っ、工兵科!」
「一名いません!!」
「では5名はいるわけね、あなたが責任者となってすぐ探しにいって伝えて頂戴!どうしても居なかったら…わたくしに連絡して指示を仰ぐように!」
「はいっ!」
そう返事するやいなや工兵科5名は食堂から出て行く。
「歩兵科報告!」
「12名居ません」
「わかった。33人で手分けして伝えて!責任者はあなた。了解?」
「はっ!」
歩兵科は人数が多い分学年単位で手分けするようで少しの間打ち合わせをした後ぞろぞろと食堂を出て行く。
それを見届けたベルティーナは残ったイヴァン達と医学科、薬学科を見回して言った。
「じゃあ皆、後で会いましょう」
残った生徒はそれにうなずくと食器を片付け解散した。


昼休みが終わる前までには一人も欠けることなく全員が戦闘装備を整えて城門前に整列していた。
生徒達は多少不安な面持ちをして、近くの仲間と話し込んでおり、それはイヴァン達も同様であった。
「おいイヴァン。これから一体何するんだろうな。なんか知ってるか?」
とイヴァンの隣にいるミケーレが尋ねると、イヴァンはもちろん何も知らないので首を振った。
「いや、わからないな…。でも戦闘装備で、」とそこ一旦言葉を切り、用意された荷馬車を指差す。
「食料とその他装備持参って事はだ…甘い事は考えない方が身のためだろうな。」
「だよなー…」
そう言ってミケーレはひどく落ち込んだように肩を落とすと、 ちょうど昼休み終了の鐘が学校中に響き渡った。
それから小隊員達は私語もなく、整然と姿勢を正して天命を待った。
一、二分程するとベネディクティス先生が校舎から現れ、イヴァン達の前に立った。
「敬礼っ!」とベルティーナがよく通る気合のこもった声で掛け声を掛けると、 ベルティーナ以下60名は同時に敬礼をし、ベネディクティス先生が返礼する。
その数瞬あとにベルティーナがりりしく「直れっ!!」の合図でザッ!と、生徒達が同時に胸に当てた手を下ろし直立不動の姿勢をとった。
そしてベネディクティス先生は小隊員を見回した後「休め!」と声を掛けると生徒は一斉に肩幅程に足を開き腕を後ろに組んだ。
これが兵学校の軍事教練開始時の一連の動作である。
ちなみに通常の学科授業の場合は「起立」「気をつけ」「礼」「着席」である。
小隊員達は先生の言葉を待ったが一向にしゃべる気配が無く、口を真一文字に引き結んで目を閉じていた。
生徒達は一様に緊張し、言葉を待つ。
20秒程待った頃、ベネディクティスはメガネの位置を直すと意を決したように告げた。
「昨夜、王都のオルシュティン教会が十数名の賊によって襲撃され、司祭を含む聖職者と学生あわせて42名。それと聖堂守備の兵士10名の計52名が死亡。その後、城門守備隊と城内の守備兵約50名が戦闘を行い、その結果45名が死亡、まんまと賊に逃亡される前代未聞の大事件が起こった。」
ベネディクティスはそこまで言うと全員の様子を確認する。
みなこれから何をするかの予想がついた表情、つまりいくさにかりだされる若者の顔をしていた。
世間一般の若者と比べればはるかに戦に対する心構えが出来ているとはいえ、やはり緊張するものだ。
ましておそらく敵であろう者達の武勇伝を聞いた後ではなおさらであった。
「わが王国はすでに王都周辺に動員令をだして3千人規模の部隊編成に取り掛かかり、賊の捜索および討伐準備をはじめている。くにざかいは隣国を刺激しないよう動員令こそ出してはいないが元々兵数は十分なので国境封鎖は問題は無い。そこで我々は港町ヴァローニュへ向かいフォッジアス王国海軍と協力し港湾警備任務に就く事になった。私以外の教師が今日出払っているのは王都で会議に出席していたからなのだが、先ほど連絡があり兵学校全部隊を呼び戻しに行った。合流地点はヴァローニュ。合流後も警備という任務上、大隊編成は行なわず司令部隊一個、騎士隊一個、小隊十個の混成小隊編成で任務に就き、教師は全員が司令部任務につく事になるだろう。ここまでで何か質問のあるものはいるか?」
そこでベルティーナが挙手する。
「言って見ろ。」とベネディクティス先生が発言をうながす。
「もし合流地点にたどり着く前に、賊と出会ったり賊の痕跡を見つけたらどうすればよろしいんですの?」
ベネディクティスは目を細め厳しい表情で答えた。
「賊の痕跡を見つけても合流が最優先だ。捜索などしなくていい。賊と出会ったなら撤退する。撤退時はわたしと騎士科がしんがりに付く。何が起ころうとヴァローニュに無事にたどり着くのが最優先事項だ。」
「わかりましたわ。」
問題発言を聞いた騎士科のイヴァンとミケーレは賊と会いませんようにと心の底から神に祈った。
「さて、他に質問のある者は?いないなら出発する。」
ベネディクティス先生はそう言ってしばらく待ってからベルティーナに声をかけた。
「出発する。」
それを聞いたベルティーナは右腕を上げ「出発!」の号令とともに腕を前に振り下ろす。
目指すは港町ヴァローニュへ、フォッジアス王立兵学校混成第4小隊はゆっくりと進み始めた。

第三話 港町ヴァローニュ

イヴァン達、混成第4小隊が港町ヴァローニュを目指し、出発して2日目。
まだ2月であるという事もあり、まだかなりの寒さである。この辺は雪があまり降らないので行軍演習で赴いていた北部よりはかなり負担の少ない行軍路であったため、小隊員達も普段と変わりない様子で行軍していた。
小隊は先ほど昼食をとったばかりで、雲ひとつ無く日光に当たれば心地い。
イヴァンも馬にばかり乗っていると非常に寒く、体が冷えきってしまうので馬から下りて馬を引き、小隊の最後尾を徒歩で進んでいた。
それはすぐ前を歩く看護科のクラリーチェ含む3人組も同様で、歩いたり、荷馬車に乗ったり自由に出来る。
大方、体が冷えたときは歩くと思ってもらって間違いは無い。
後方隊に配属された4人の馬車の御者を務める歩兵科も工兵科の連中と御者を交代してもらったりしている。
冬場に馬車に乗ったり馬に乗るのは非常に寒く、無理をすれば体調を崩す元になる。
ただし、医学科のヴェネリオだけは歩くと疲れると言ってどんなに寒かろうが自分に雪が積もろうが荷馬車から降りる事は無かった…。医者の不養生ということわざが南方の国から伝わってきていたが、ヴェネリオはまさに医者の不養生の鏡のような男であった。
イヴァンはすぐ前で工兵科達とわきあいあいと会話をする看護科達を眺めやっていた。
もちろん戦闘前や待機中になれば注意しなければいけないのだが、行軍中であれば、ハメをはずしすぎなければ 注意する事はまず無い。
その時、看護科の女生徒がくるりと振り向いてイヴァンと目が合う。
「イヴァンクンも会話に加わればいいのに」と声をかけて来た。
彼女はヴァレーリア=アルジェント、薬学科2年。金髪ショートがトレードマークである。結構男らしいところがあって 看護科では慕われ、女生徒から絶大な人気を誇る。
それを聞いたほかの工兵や看護科(クラリーチェ含む)もこちらを注目する。
「あー、…ヴァレーリアさんも知っての通りオレの性格上、会話に加わりたいのは山々なんだけどさ、作戦中騎士科は作戦以外のことでは私語禁止なんだよ…。」
イヴァンはそう言ってしょぼんとした。
「それってさ、建前でしょ?他の騎士科の子達だって、皆そんなの守ってないよ?」
「まあ、そうなんだけどさ…。」
「にひひ、クラリーチェと話したいけどおじゃまキャラがいるから声掛けれない~って顔してるよ、へへへ」
とニヤニヤへらへらしながらヴァレーリアが言うと、イヴァンは真っ赤になって言い返す。
「ば、な、なに言ってるんだ?俺は…、…まあ友達だから話はしたいけど。そんなっ、し、私語禁止だし!」
「クラリーチェと話したいって事まったく否定してないね?イヒヒ」
だんだんヴァレーリアの笑い声が嫌らしくなってきた。
イヴァンは真っ赤な顔を横に向け、言った。
「だってそりゃあそうだろ?仲のいい幼馴染だったらさ」
「まあまあ、それを自分で言っちゃうか、よかったねクラリーチェ、愛されてて」
とにこやかに告げると工兵科達も「おおー」と声を上げる。
愛しているとはイヴァンは一言も言っていないが…ヴァレーリア翻訳に掛けるとそうなるらしい。
そういわれて真っ赤になったクラリーチェは両手で顔を隠して、
「もうっ!ヴァレーリア先輩やめてください。イヴァン先輩も困ってるでしょ!」
困ったように声を上げたが、ヴァレーリアは受けあわない。 だが、様子は見ていたヴァレーリアは、さらにニヤニヤしてもうたまらないという感じで言った。
「あらもう本当に可愛いわねこの子は。男子とはイヴァンクン以外とはまったく話さないしさ、ほんとに大事にしてあげてね」
ヴァレーリアの言葉の最後の方は、イヴァンの方を向いてほんとにお願いね、という感じで言った。
ひゅーひゅーと工兵科の連中から口笛が聞こえ、イヴァンも真っ赤になり、もはやなにも言い返せなくなっていた。
「ほんとにお似合いね…、将来が本当に楽しみ。イヴァンクンはどっちをとるのかなー?」
ヴァレーリアに意味深な事を言われ、イヴァンはちらりとヴァレーリアをみると、こちらにはもう興味は無いとばかりに前を向き、クラリーチェが照れている様子を眺め、ひじでつついたりしていた。
「ていうかー、なんで年下の女の子とそんな仲良くなるんです?普通、男は男、女は女とあそびません?」
と容赦のない言葉を掛けて来たのは薬学科一年、カルロッタ=バルディ。ツインテールで性格は結構いい加減、であった。
ようやくいつもの調子を取り戻しつつあったイヴァンはコホンと一つせきばらいをして答えた。
「ああ、故郷の村には同い年くらいの子供がオレとクラリーチェしかいなかったんだ。だから、毎日一緒に遊んでたよ」
「へえ」
とカルロッタは相槌を打つとクラリーチェとイヴァンをちらちらと交互に眺めやる。
「結構田舎なんですね?」
田舎なんですね?の部分に少しカチン、ときたが「まあそんなもんだ」とイヴァンはさらりと受け流す。
「なるほどー、幼いころから仲良しなのはそういう事だったんですかー」
と一人で納得したように腕を組みうんうんと頷くカルロッタであったが、イヴァンは彼女の最後の言葉に否定も肯定もしなかった。
本当に幼い頃はイヴァンは一人で遊んでいた。たまに他の騎士家に行った時に同い年くらいの子供がいれば遊ぶ事はあったが… クラリーチェはイヴァンが10才のときに、イヴァンが つ れ て き た のだ。
どうしたのだ?なにがあったのだ?どうやってつれてきたのか?と大人達にさんざん聞かれたが、イヴァンが遊びに行って、彼女を連れて帰ってくるまでの間の記憶は無かった。気が付いたら村の外にいた。そしてクラリーチェに至っては以前の全ての記憶が無く、名前すら判らなかったのだ。
この事は学校の誰にも話してはいないし、話す必要も無い。 これはクラリーチェと話して決めた事だ。
ちょうどその時、隊の前方からミケーレが馬に乗ってやってきた。
「おう、イヴァン交代だ。今後の予定を話し合うってさ。」
「わかった」
イヴァンは返事を返すと馬にまたがり、隊の先頭に向かう。
クラリーチェ達の横を通り過ぎるとき、ちらりとクラリーチェの方に目をやると、イヴァンと目が合ったクラリーチェは、にっこりと微笑んだ。


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フェリオスクロニクル 996

フェリオスクロニクル 996

フェリオス朝が編纂した年代記。それを二つの国、それぞれの主人公の視点で描く長編。 現在フォッジアス王国編連載中。 約1000年前、カナン帝国の初代皇帝、英雄カナンが創造神と交わした約束とは? そして戦女神と死神との関係は? 年代記996年の最初の一行は【人類の滅びの始まり】

  • 韻文詩
  • 中編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2013-05-28

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

Copyrighted
  1. 1の月 プロローグ
  2. 第一話 冬季行軍演習
  3. 冬季行軍演習バッドエンドエピローグ
  4. 2の月 プロローグ
  5. 第二話 檻の中の少女ヴェロニカ
  6. 第三話 港町ヴァローニュ