まとみ三兄弟
一話 さよなら日常
ぽかぽかとした陽気に包まれた朝。耳をつんざぐような奇声が住宅街を駆け抜けた。
「ぎええええええええええええッッッ!!!!!」
「うるさいよ姉さん…」
丁度洗濯物を回収しにきた次男は至近距離でその音波攻撃を浴びるはめになった。
「だってこのゲーム、ものすごい勢いで私を驚かせにくるんだよ」
いいわけになってない言い訳を聞き流し淡々とちらかった長女の下着を回収する。
やれやれ、これではとても嫁の貰い手などいないだろう。と呆れるばかりの次男だ。
「ともーじゃん?」
「うわあっ! 兄さん、いつからそこに!?」
気配もなく長男が次男の背後に立っていた。
「それがさ、最近姉さんとやけに親しげな男がいるんだよな。こないだも大学から駅まで一緒に帰ってたし」
「兄さん姉さんと大学別でしょ。なんでそんなところを目撃できるの」
「そんなことは今どうでもいい。恋愛経験の少ない姉さんのことだ。ころりとかどわかされでもしたら…」
恋愛経験の少ない理由の三分の一はこの長男のせいではないか。
等の本人は平然と彼女を作ったりしているが。
「おのれリア充」
「どうしたいきなり」
突然の怨嗟の言葉にびびる長男であった。
「アッーーーーー! そういえば今日はモブ子ちゃんと買い物に行く約束だったよ」
「何時から?」
「10時半」
あと三十分しかない。遅刻である。
「ううーっ。どうしよう」
「メールで謝ってさっさと行きなよ」
呆れ顔で当然の指摘をする長男。
「でもまだセーブしてない…」
こ、こいつ…。と同様の思考を巡らす中の良い長男次男。
「とりあえずパジャマから着替えて!」
「髪もちゃんとやって!」
「化粧は…、姉さん化粧道具持ってるの?」
と文句を言いつつあれこれ支度してやる。
「幼稚園児かこの姉」
「お前も立派な保母さんになれるな」
「兄さんもね」
ようやっとさっとこ支度が終わり無事、ふたりは姉を送り出すことができた。
彼らは不思議な充実感に満たされ、ひとやすみ午前のティータイムに入ろうとしていた。
だが彼らに安息の時は訪れない。
激しい爆音と共に彼らは目撃する。住み慣れた街の崩壊を。
おのれの身の危機よりもまず、ふたりは姉の名を叫んだ。
二話 1ミリも知らないロボットに乗ってみた
住宅街の中心に、そいつはいた。
「兄さん、あれ、なんだあれ」
「…怪獣? いや…ロボット?」
巨大なその機械的なモノは、獣をかたどっているようにも見えた。
それが住宅街で暴れているのである。
「姉さんが巻き込まれているかもしれない」
長男が家から飛び出す。次男もそれに続く。
鳴り止まぬ破壊音、火事となり瓦礫となり原型を失っていく町並み。
阿鼻叫喚地獄絵図の中心に二人は迷わず向かう。
二人がいま思考しうることはただ、姉を助けたい。ただそれだけだった。
果たしてその姉はどうなったのか。
長女はまさに破壊の中心にいた。彼女自身も突然のことながら死を想起した。
そして願った。いや、夢想した。
…こんなときに、あの人が助けに来てくれないだろうか。
王子さまのように私を抱き抱えて救ってくれるのだ。
そんな荒唐無稽な刹那の妄想。一瞬のまばたきの間だったかもしれない。
そして彼女が目を開けると、その夢は叶っていた。
ただし彼女を抱き抱えていたのは、王子さまではなかったが。
「だ、誰!?」
そう、その姿は到底王子さまと呼べるシロモノではなかった。
全身黒ずくめ、大きなマントを羽織り甲冑のようなものを身に付けている。
「やれやれ、せっかく助けたというに第一声がそれか」
「だって、あからさまに怪しいし」
「まぁいい。我のことは、…そうだな。魔王とでも呼んでもらおうか。姫君」
「はぁ?」
やはりどう考えても怪しすぎる男だ。
「ていうか、いい加減降ろしてくれませんか?」
この状況、瓦礫のなかで誰も見られていないとはいえ、
こんなヤバいそうな男に抱き抱えられていい気分ではない。
「そうだな。君には我のではなく別のモノに乗ってもらいたいからな」
いったい何を言っているのかわからない。とにかくはやく解放して欲しい。
そんな長女の思いとは裏腹になにやら地響きがする。
あの怪物が近づいているのだろうか。ならばすぐにここから離れたい。
「安心したまえ。こいつは敵ではない。むしろ君の相棒と言うべきモノだな。
地響きだけではない。轟音が鳴り響く。なにかが掘っている音だ。なにを? 瓦礫の山、そして壁だ。
そう、その相棒は周囲の瓦礫を打ち砕きその姿を表した。
「戦車…?」
現れたのは全長三メートルはあるだろう巨大なフォルム、赤い塗装、そして砲身。
さらに特徴的なのは両脇のドリル。これで壁や瓦礫を破壊してきたのだろう。
「ん? ちょっと待って。あなたさっき相棒って…」
「そう。これが君の愛機となる、ミリタンクαだ」
「はあああああ!?」
その叫びと共に、魔王の鮮やかな手さばきによってあっという間に長女はその愛機に乗せられてしまったのだ。
まとみ三兄弟