守るべきもの
サイケなリズムに腰振って歩いてると、向こうにまたまたシャドウを発見、俺様はそいつの三歩手前で立ち止まり、アオジタトカゲな大口開けて、舌を突き出し威嚇する。「ッ!」
「だ、このヤロ…」とかなんとか、口の中でもぞもぞ曖昧に念仏してのちシャドウは、徐に立ち上がり、飲んでたコロナの瓶を振り上げる。が、それよりコンマ何秒か速く、俺様の右手はシャドウの喉を掴んでいる。振り上げたコロナの落ち着く場所もないままに、シャドウは片手で締め上げられ、その顔は見るまに赤黒く歪み、その地獄な焦土にコロナが天から降り注ぐ。
「冷てえじゃんかよ…」俺様の右手はヒューヒュー喘ぎ始めたその喉を離れる。「漏らすんじゃねーよ、小僧」雌狼みたいにヒステリックな、シャドウのその赤い髪を掴んで持ち上げるように立たせ、股間を膝で刺すと、ガマガエルの潰れた声で一声鳴いて、シャドウは動かなくなった。
「はい。統合完了」俺様は脇にあった何かの瓶を掴み、天を仰いで祝杯を垂れ流す。
「おい、そこのコワレたの…」とか、俺様の背後から臭い声。
「へへ、匂いに集まってきたんか…」アルコールを血のように滴らせながら、俺様は声に向かって振り向く。と、グロテスクな深海鮫が数匹、青黒いリズムの中、冷たくその目を光らせている。「おめーらも、みな俺様のシャドウ…ってわけか」
「ショッカーでもシャドウでも、なんでもいーけどよ、ここはオレたちの島だ、それだけだ…」とか不細工な面がくだらねえ能書きを垂れる。「おまえ、どこのチームだ?」
「今どき、なんだ? チームだあ?」俺様は陸上競技な跳躍で、グロ鮫の前に悪魔よろしくはだかると、深海生物の光のない穴に、至近距離からビームを照射する。「ま、いいや、教えてやる。俺様はな…」掴んだ胸倉をギリギリ締め上げながら、コバン鮫どもがジリジリその間合いを詰めてくるのを斜めに感じつつ、俺様は不細工な獲物の耳に、内緒話な唇を寄せて「インナーダイバーだ」と、そう囁く。
「インナー…?」なんて、ノロマの実りないクエスチョンに答えるまでもなく俺様は、不味そうなグロ耳に噛み付き、噛み砕き、引き千切り、ペツと吐き出す。
「ギャーギャーわめくな、っせーぞ!」耳を探してのたうつ小僧の腹に蹴りを入れ、突撃してくる神風チームの腕を捻り、蹴り上げ、頭突きして、「てめーらッ!」と俺様は吠える。「まとめて統合してやる!!!」
鮫どもの島は静かになった。静かになった途端にうるさくなった。「ぅー、ぅー、耳が、ぅぐー…」
「うぎゅー、って、っせーな」俺様は、鉄くさい不細工面を海底からひきあげて、「よいしょ、っと」などと、膝に抱える。静寂を乱すその呪われた上顎には右手を、下顎には左手を突っ込み、力を込めて左右にひくと、積み木のような音がして、テンションは簡単に緩んだ。口はもう言葉を垂れ流せない。
「うす汚ねぇコトバ、吐くんじゃねーよ…」外れた下顎に、さらに力を込めると、ビチビチと、筋だか管だかなんだかの、千切れる様が両手に響く。喉の奥から漏れてきたのは声ではなく泡。その醜怪な仮面から顎を毟り取ろうと、さらに硬度を増したその腕に、背後からいきなり、銀のフォークが突き立てられた。
「ってーな」と、振り向くと、どこからわいて出たのか、立っているのは俺様の半分くらいしかないような女。
「殺してやる…!」と女は、俺様の腕に突き立てたフォークはそのままに、さらなる銀色系武器をかざして、陳腐なセリフを紋切り型に読み上げる。
「殺してやる…ってか」俺様は女の手首を掴み持ち上げる。吊るされた女は爪先で床を掻き、俺様に向かって汚い汁を飛ばす。
「食用のブタだな…」俺様は雌ブタの皮をはぎ、昆虫標本よろしく床に押さえつけ、自らの身体で串刺しにする。呪詛のコトバが単なる鳴き声に変わるころ、ブゥーブゥーうるせえ、これもまたブタみたいなサイレンが近づいてきた。
「ったく、しゃーねえな」雌ブタの真っ赤な顔に、白い小便をひっかけてから、俺様はジッパーを上げ、店のドアを蹴る。撤収のリズムにのって心地よく、ガードレールを飛び越えて、泳ぐ車の合間を縫って、向こう岸へと駆け抜けようとする俺様の目に、点滅する数個のパトライトが飛び込んでくる。俺様は立ち止まり、向き直り、仁王立ちして、それを睨み、指差し、叫んだ。「おめーらも、いつかまとめて統合してやるッ!」
叫びのような短い笑いをひとつ闇に放つと、俺様は駆け出し、すぐに見えなくなった。
<俺様は駆け出し、すぐに見えなくなった。>ってここが決定的ですね。<俺様>視点の独白なら、ここはおかしなことになる。では、ありませんか?
階段を下りきった正面のドアを押すと、そこがBar Blueだ。
「いらっしゃいませ」と、バーテン太郎が応える。「腕、血が出てますよ」
「ああ、まず、水が飲みたい」俺様は他に誰もいないカウンターに腰をおろす。「それからウォッカ」
「はいはい…」と太郎。「またケンカですか?」と、水を出す。
「ケンカじゃねーよ…」と、一息に水を飲み干して俺様。「統合したんだよ、例によってシャドウを。今夜は五、六匹食ったよ」
「あのねえ、俺様…」と太郎。「俺様は僕の言ったことをずいぶん誤解してますよ。シャドウっていうのはね…」
「気にいらねーヤツのことだろ? ガン飛ばしてくる全ての敵が、俺様のシャドウなんだろ? 逃げずに戦わなきゃダメだって、あんたが言ったんだ…」
「あのね…」と太郎は、ウォッカのスクリューを回す。「俺様は、自我が強すぎるから、だから僕はですね…」
「強くて何がいけない? 強くなきゃ生きてゆけない…」
「俺様が生きていけるのは、俺様が強いからじゃなくて、俺様のお父様がさる筋のさる実力者でいらっしゃるからこそ、なんですよ。お父様のお金がなかったら、今夜だって俺様、ここでウォッカも飲めませんよ」
「んだ? あんたも俺様のシャドウだってか…」と、腰を浮かせかける俺様の目の前にアイスピックを翳して太郎は笑う。「違いますよ。俺様こそが僕のシャドウなんです。食うのは僕です。ところで…」と、太郎はウォッカのグラスをライトにかかげる。「ウォッカ飲みたかったら、ちゃんと謝ってください。今の威圧的な挙動は不愉快でした。きちんと頭を下げたら、ウォッカ飲ませてあげますよ」
「やだね。頭なんてな、生まれてこのかた、一度も垂らしちゃいねー」
「なぜ?」
「必要ねーから」
「なぜ、必要ないのかな?」
「強いからだよ、この俺様が。誰も俺様を制止できない…」
「違うでしょう?」
「っせー!」と俺様は立ち上がり、太郎を突き飛ばし、カウンターに唾を吐き、上着を掴むと、店を出た。
<俺様>は三人称ってことになったのですね。いささか漫画めいたお話に、やっとなにかが立ち上がってきたような、いないような…。
「帰った!」マンションのドアを後ろ手に締めて、俺様は奥へ向かって声を掛ける。「ったく、今日はもう風呂とかいらねー。とっとと、寝るぜ…」言いながら上着を脱ぐ。
「アンタねー。なによなによー。ボロボロじゃないのさー。またケンカしたの、しょーがないわねー」
「ガーガー、っせーよ、ガーコ!」俺様はテーブルで喚くガーコの正面に腰掛けて、大きくため息をつく。「バーテン太郎のジジイに今日さー、ウゼー説教垂れられて、ああ、ったく…」
「アンタねー。太郎さんにジジイって、それはないでしょー。ちょっとー、いい加減にしなさいよー」いつものようにまん丸な瞳でそんなふうにまくしたてるガーコを前に、俺様も肩の力を抜く。
「わーたよ、ガーコ、今日はもう寝よう、寝てしまおう」俺様は立ち上がり、ひょいとガーコを掴むようにして抱えると、隣のベッドルームに向かう。ガーコをベッドに投げ上げてから、俺様もベッドに倒れ込む。
「いたいじゃないのさー、乱暴にしなでよねー」とガーコ。
「なあ、ガーコさん…」と俺様。「俺様ってば、強いかな? 誰よりも…」
「アンタはねー」とガーコ。「優しいわよ、誰よりも…」
「そうかな?」
「そうよー。ウダウダ考えてないで、寝るなら寝るわよ。電気消して。眩しいじゃないのさー」
「おうおう…」と俺様はリモコンスイッチで世界を消す。「そだ…。明日さ、出かけようか、天気よかったらさ…」
「アタシねー、公園に行きたいわー」
「公園か」
「行きたいわー」
狂犬にも塒で待つ女がいた、というわけですね。よかったですね、ひとまず。なんだか哀しいエンディングの予感も漂いますが…。
北の丸公園。芝生を眺めるベンチにガーコを伴い俺様がいる。芝生には毛糸玉のように犬が転がり、お日様が転がり、地球が転がっている。
「ったく、なんて日曜日だ…」と俺様は唾を吐く。
「アンタねー」とガーコ。「お行儀よくしてよ、アタシが恥ずかしーでしょう、世間様に…」
「はいよ…」と俺様「確かに恥ずかしーぜ、おめーを連れてお天道様の下にいるなんてよ…」
「アンタねー」
「あんだよ?」
「ノド乾いたわー」
「わーった、わーたから、そー、口尖らすな、今買ってきてやるから。ジュースでいいか? 俺様はビールにするけど…」ヒップポケットのサイフを探りながら俺様は立ち上がる。「ここで待ってろよな、すぐ買ってくっからさ」
「早くしてねー。暑くて焼き鳥になっちゃいそーだわよー」
「一緒に行くか?」
「ここで待ってるわー」
「OK。じゃ、行ってくっから、待ってろよ」
おっと、ここでまた、段落を変えるのですか? なんだか、よくない風が吹いていませんか? とはいえ。狂犬がどんなナリして日曜日の公園にいるのか、想像すると笑えます。コメディなんでしょうか? コレは…。
慌てて戻ったベンチに、ガーコの姿はなく、低く唸った狂犬は、ビールとジュースのカップを投げ捨て、ガーコを拉致した者の、その背中を探して、真っ赤な視線を前後左右、そして上下に走らせる。
「いた!」悪魔の化身さながらに、背中のハネをバタつかせ、俺様は誘拐犯の背中に追いすがる。「待てよ、コラ、小僧ぉ…!」
不意に背後から、理不尽なまでの凶暴さで呼びかけられた男の子は、恐怖の手前で足をとめ、いたってのんびり、きょとんとした様子で振り返る。
振り返った男の子の襟を掴み、高々と持ち上げると悪魔は、容赦のないアイビームで無垢な両目を突き刺し、天使が泣き始めるその前に、ガーコを握った可憐な右手をギリリと捻り上げる。「ガーコを放せ!」
男の子は今こそ高らかに泣き喚き、その手から黄色く小さなものが、鮮やかなグリーンの芝生に転がり落ちる。
駆け寄った若い母親は、動転して我を失い、言葉もないままに、なぜだかその手は、緑の中に混じった黄色いぬいぐるみを拾い上げた。
「あ、ババア…!」モンスターは赤く吠え、男の子を棄てると、その手を若い母親に伸ばそうとする…、が、その手前の空気を切るように、母親は鋭く叫んだ!「謝りなさい!」
平和な日曜日の公園。おかしな芝居が上演されている。人間離れした巨体に悪魔の形相、一流のコメディアンに挑むのは、若く、細く、白く、生真面目な母親。
「謝りなさい! ウチの息子に謝りなさい!」
「謝れだぁ?」
「手をついて今すぐここで謝りなさい!」
「んだとおおお!」悪魔は吠え、公園の水鳥は残らず飛び立ち、「おおおおおお…!」と、地面は共振した。
「…ないわよ…でないと…ないわよ…」
「んだあああ!?」
「ないわよ。でないと、このアヒルの…命は…ないわよ…」
「!!!!!」
「ないわよ!」若い母親は泣き出す。「このアヒルの命はないわよ…!」小さなアヒルの頭を右手に、身体を左手に、そして、力を込める母親…。
「…!」巨体が崩れた。悪魔の爪が、芝生に突き刺さる。俺様の背中が怒りに震える。十本の指は芝生に食い込み、引き裂くようにのたうち、流れた血が緑を補色してゆく…。俺様が見上げた視線の先には、ガーコ。小さな小さなアヒルのぬいぐるみ。三日月のような小さな腕。足はピンクのソラマメで。今は歪んだように笑っているオレンジ色のクチバシ。やや離れて配置されたまん丸なふたつの目。黒いプラスチックな瞳に斜めな陽が映り、それは涙のようにも見える。
「…すみま、せんでした…」
「もう一度!」
「すみませんでした」
「もっと大きな声で」
「すみませんでした!」
「もっと頭を下げなさい!」
「ごめんなさい! すみませんでした!」穴をあけ潜らんばかりに芝に頭を撃ちつける俺様。
「すみませんでした! だから…」狂犬は吠える。「だから、ガーコを放してやってください! お願いします!」
芝居は夕暮れ前に終幕した。
おしまい。
おしまい。って、マジっすか? ここで終わるのですか? すみません、って、いや、謝られましてもねえ…。
こんばんは。バーテン太郎です。拙作『守るべきもの』にお付き合いいただいて有難うございます。劇中俺様の公序良俗に反する言動の数々について…、ここで深く、芝生に爪を立てんばかりに、お詫びいたします。不愉快な思いを抱えつつも、ここまで辿り着いてくださった皆様に感謝いたします。劇中俺様も自分の無意識をやっと統合できたようでよかったです。そんなわけで、僕も、俺様を統合できてよかったです。天使は悪魔のハネで飛ぶ。悪魔はアヒルの羽で飛ぶ。一月になるのは、いいえ、ひとつ気になるのは、劇中、段落が変わるごとに登場するアレ、誰が書いたんでしょうか…。ともあれ僕は、これでまた一歩中心点に近づくことができました。それでは、また、月のない夜に、Bar Blueでお会いいたしましょう。よい夢を。バーテン太郎でした。
守るべきもの