カシスオレンジな女の子と私。

「なんだかんだで、楽しかったよな。あの頃は」
橋本は唐揚げを口に放り込んだ後、ビールで口を潤して言った。あの頃ってどの頃だろうか。私達が恋人と呼ばれていた頃かな。
それとも、部活のサッカーに精を出していた頃のことかしら。そこは曖昧に「そうね」って私はうなずいて、ビールをグビグビっと喉を鳴らした。
高校時代の青春なんて、部活か恋か友達か・・・私はどっぷり、彼にハマっていた。
「変わったよな。お前。すっかり働くキャリアウーマンじゃん。ビールが似合ってるよ」

「変わったよな」だって。

お酒を飲める大人なんて、もっと大人かと思っていた。私は、何にも変わってはいない。彼と別れてからもずっと。

橋本とは偶然の再会で、先に気付いたのは彼の方。私は会社帰りのスーツで晩御飯にひとりで食べるコンビニの弁当を片手に、気まずい顔をしていたと思う。彼は茶髪だった髪が黒に変わっていて、背広だった。色白で細身だった体も腕も筋肉が程良くついて、程良く焼けて、なんだか男らしくなっていた。猫背だった背筋も伸びて、身長が高くなっていた気がした。

「女は、みんなカシスオレンジとか甘い酒ばかり飲むもんだと思ってた」
「そんな訳ないじゃない」
「まあ、そうだけどな。俺と飲む時、ビールを飲む女は初めてだ」

なんだか彼の初めてって言葉にドキッとした。この初めてがまた、彼の記憶の一ページ目に残るのかと思うと嬉しかった。どんなことでも。それと同時に、いつも一緒にお酒を飲んでいる女の子たちに嫉妬した。私の知らない居場所と確実に流れた時間がある。あの頃とは違う彼。
女の子とお酒を飲むなんて。高校の頃は女子と話なんてできないくらい人見知りだったくせに。不器用な生き方しかできない、意地っ張りで無口な子供だったくせに。

「男に可愛く見られたいのは当然だもの。モテるんだね。橋本って」

なんだか、やっぱりムキになったように言ったかもしれない。そんな私に気付いたのか、何なのか。ちょっとほそく笑んだようなカンジがした。やっぱり、変わった。彼には何も変わって欲しくなかった。色白で細身な腕も体も、猫背な背中も、不器用な性格も。何もかも。ずっと、私が知っているあなたでいて欲しかった。今はモテるんだろうな。ヤキモチって分かって、そんな風に笑える彼なんて。

でもね、たとえビールのことだってなんだって、記憶に残してもらえることは嬉しい。
コンビニで会った時、私を覚えていてくれたのか、思い出してくれたのか、暇つぶしなのか。何でもいい。
彼の中の記憶の私と今の私が繋がったから、こんな風に今一緒にお酒を飲めているわけで。

これから、どんどん上書きされる彼と彼の記憶。私とのこの一日なんか、彼の日常ではよくある一日かもしれない。
明日には新しい記憶が、私とのこの日を薄れさせるんだろうな。
何度上書きされても、彼の周りで、またカシスオレンジを飲む女の子がいれば、私を思い出してくれるかな。

彼が好き。今でもずっと。
それは上書きされない私の記憶。

彼を忘れられない私の記憶と私を思い出してくれる彼の記憶がいつか、
運命的な出逢いをしてくれたらって秘かに思ってる。

カシスオレンジな女の子と私。

カシスオレンジな女の子と私。

  • 小説
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  • 全年齢対象
更新日
登録日
2013-05-26

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