公衆トイレよ。顔を真っ赤にして立ち尽くしている、あの娘の元へ飛んで行け!1
一 プロローグ
私は、この物語の語り手であり、作者である。だが、物語が一旦始まれば、作品は作者の手を離れ、登場人物のものになるというから、登場人物に言われたままに、登場人物の会話や行動を鉛筆やボールペンで字を描いたり、キーボードを打ったりする、単なる機械仕掛けの第三者と言えるかも知れない。
語り手である以上、事実関係のみを読み手である皆さんに報告する。決して意図的に、作品を捻じ曲げようとは思わない。ただし、登場人物に影響を与えない範囲で、登場人物の行動等に対して、語り手としての感想は言わせてもらう。それを、読み手である皆さんが、どう感じるかは別である。私が感じていることは、作者も感じていることであろう。そのことから、読み手の皆さんも、作者が何故、この作品を生み出そうとしたのかの一端を知ることができる。もちろん、それを知ったからと言って、どうということはない。
見事、私の意図を見抜けました。おめでとうございます。なんて、作者である私からお誉めの言葉も、愛用の百五円のシャーペンをプレゼントする予定もない。ただ、読んでいる最中は、この作品を心から楽しんでもらい、読み終わった瞬間、自分が、今まで何をしていたのか忘れてしまって、いやに時計の針が進むのが早いなあ、こうして人生が過ぎ去っていくのだ、ということを知ってもらえればありがたい。
前置きが長くなったが、それじゃあ、物、もの、モノ、者を語らせてもらいます。
これは、ある公衆トイレの物語である。個人情報保護の観点から、使用者および懺悔した者の個人名は控えさせてもらう。この告白日記を読み、少しでも、トイレを単なる排泄物の使用場所だけでなく、忙しく、慌ただしく、時として感情が不安定になりがちな現代人の心の拠り所、また無感情、無感動になりがちな人に、生を、生きていることを実感できる場所になるように、有効に活用して欲しい。これが、公衆トイレが意を決し、個室を抜け出て、外部にまで告発しようと思い立った理由である。
さあ、始まり、始まり。これは、公衆トイレが見た、略して、トイミタの物語である。なお、再度言うが、個人情報保護の観点から、公衆トイレを特定するような描写は控えているので、この物語を読んだからと言って、公衆トイレを探し出そうというような行動に至らないよう、切にお願いしたい。
ここは、駅前の歩道橋の橋脚にある公衆トイレ。駅は、電車とバスのターミナルになっており、一日何万人もの会社員や学生などが乗降する。特に、朝と夜のラッシュアワー時には、人が溢れている。そこに、トイレがある。今時、珍しく、男女共用だ。便器は洋式だが、大便器しかない。
このトイレはちょうど、横断歩道と横断歩道の真ん中に在り、上を見上げれば歩道橋がある。通常、トイレを使用したい人は、駅のトイレか会社や学校で用を済ますのであろう。ただし、電車やバスの乗っていた際に、トイレに行きたくなったものの、始業時間まで時間がなく、急いで電車を降りたものの、運悪く、信号にひっかかってしまい、我慢できなく人たちが、このトイレを利用することになる。普段は、トイレの存在を忘れられ、通り過ぎてしまうほど、小さなトイレである。だが、事件は、確実に現場で起こっている。さあ、小さなトイレの小さな物語に耳を傾けてみませんか。
公衆トイレよ。顔を真っ赤にして立ち尽くしている、あの娘の元へ飛んで行け!1