幻想サーカス
初めまして、夕樹と申します。
よろしくお願いします( *´艸`)
序章
木漏れ日の射す小道を、男はゆったりと歩いていた。
両脇に並ぶ街路樹には、真っ白な花が咲き誇っていた。
ひらひらと、白い花弁が視界を舞う。
踏むのを躊躇わせるような、一面の花の道。
「美しい」と、久しぶりに感じた。
長い時のなかで花など飽きるほど眺めてきたのに、この白い花の何が自分の心に触れたのかは分からない。
それは、本当に偶然だった。
一枚の宙を舞う花弁を追ったその視線の先にうずくまるぼろきれのような塊。
ふと、気まぐれを起こす気になった。
どうせ暇しかないような人生だ。少しくらい刺激があってもいい。
「おい」
素っ気ない言葉に、うずくまっていたソレはノロノロと顔を上げた。
(子供…?それにしても…)
薄汚れた身なりに、ぼさぼさに伸びた髪。
痩せた腕には、手錠がかけられていた。
そしてなにより気になったのは、この子供から感じる力。
(ふうん…精霊に食われたか…)
それは、子供の命を蝕む呪い。
「…お前、名は?」
小さな、小さな声で呟かれた名を聞いて、男は微笑みとも取れる笑みを浮かべた。
両手を伸ばして、上等の絹が汚れるのも構わずに子供を抱き上げると、その頭を優しく撫でた。
「私はワイズリー。精霊に呪われた子供。私と来るか?」
ワイズリーは、過去の彼を知るものが見れば目を疑いたくなるような、極上の顔で笑った。
微笑ましいものを見るような、愛しい笑み。
子供は何も答えない。
夜色の髪が、その表情を隠す。
長い前髪の間からのぞく瞳は、透き通るような赤と青。
不安に揺れるその瞳を見て、ワイズリーはさらに微笑んだ。
少年の心を見透かしたかのように言葉を紡ぐ。
「証が欲しいか?私がお前に危害を加えぬという、証が」
右目の赤は「血」を。
左目の青は「涙」を表す。
精霊に魅入られた者の殆どは、その身に耐えがたい苦痛を強いられた者と聞く。
年恰好と感情の消えた顔、そして手足にはめられた枷を見れば、この子供がどんな扱いを受けてきたのかはすぐに察しがつく。
「お前の“苦痛”を消してやろう。どの道呪いのせいで長くは生きられない。
呆気なく死ぬ前に、私の暇つぶしに付き合え」
滅茶苦茶だ、と子供は思った。
けれど…
「……でいい」
ぼそぼそと、呟く。
「ん?」
「“苦痛”は残したままでいい」
けれど、その代わりに。
「僕を生かして」
初めて。
子供の顔に表情が映った。
どこまでも、深い怒り。
「僕を生かしてくれるなら、着いていく。」
ワイズリーは、まっすぐに子供を見つめた。
こんな眼を、遠い昔にも見た気がする。
一度でも二度でも同じだと、再び気まぐれを起こすことにした。
「いいだろう」
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