三題噺「鐘」「瞳」「童」
夕焼けに空が赤く染まる中、遠くで鐘の音が聞こえた。
「ねえ、聞いてる?」
私はなぜこんな山奥の廃村に来てしまったのだろう。
「私、人と会うの久しぶりなの」
今更後悔してももう遅い。
私はこの子に見つかってしまったのだから。
「私と一緒に、遊ぼうよ」
「……お兄さん、どうしたの? 一緒に遊ぼうよ」
目の前で少女がくすくすと無邪気な笑い声をあげる。
私たちを夕日が照らす中、彼女の足元にだけ影がない。
それはもはや彼女が人間ではないことを物語っていた。
私はただ、この村で起こったという集団神隠しの調査に来ただけなのに。
まさか自分がその犯人と出会うことになるだなんて……。
「こ、子どもはもう帰らないと。く、暗くなると危ないよ?」
私は落ち着いて言葉を返すものの、恐怖で少しどもってしまった。
「大丈夫だよ。……私、強いもの」
まだ小学生だろうか。童顔の面立ちはころころと表情を変える。
それは日常の風景の中で見ればさぞかし心の温まる情景であっただろう。
しかし、少女の瞳は先ほどから私をじっと凝視したままなのだ。
「だから……お兄さん」
やめてくれ。それ以上は言わないでくれ。
「私と……遊ぼ?」
「ひいぃぃぃやぁぁああ!」
私は思わず目をつぶった。
その時、一発の銃声がした。
「おーい!」
恐る恐る顔をあげた先に少女の姿はなかった。
後ろを振り返ると遠くに猟銃を担いだお爺さんが見えた。
「あ、あああ……」
どうやら私は助かったようだ。
私は力が抜けてその場にへたり込んでしまった。
それを見たお爺さんが大慌てで駆け寄ってくる。
「おい! あんた、大丈夫か?」
「え、ええ大丈夫、です」
私は今さっきまで彼女がいた場所を見た。
もう彼女はいない。私は助かったのだ。
「……ははは、ちょっと疲れが溜まってるみたいです」
「そ、そうか? あんまり心配させんでくれよ。ここいらは神隠しが多いんじゃから」
お爺さんは私を訝しみながらも私が立ち上がるのに手を貸してくれた。
「神隠し、ですか?」
助かって気が緩んだのか私はついそんなことを聞いていた。
「ああ、従弟の話だと小さい女の子に連れていかれそうになったってよ」
連れていかれそうにということは、私以外に助かった人もいるのだ。
私はお爺さんの後ろを歩きながらほっと息をついた。
日が山に沈み始め、鐘の音がまた聞こえた。
「それにしても、神隠しなんてあるんですね」
私は軽口を叩けるくらいには持ち直していた。
「ああ、そう思うだろ? 俺だって本気で信じちゃいねぇよ」
それはそうだろう。神隠しなど普通は信じない。
「……でしょうね。」
「ああ、だから俺は従弟をこうして探してるんだ」
「え……?」
どういうことだ? 従弟は助かったんじゃないのか?
「従弟は……消えちまったんだよ」
今、なんて言った?
「女の子に襲われた次の日だったよ」
お爺さんは私の動揺に気付くことなく話を続ける。
どうして? 助かったんじゃなかったのかよ?
「消える前に従弟がこう言ったらしいんだよ」
私は……――
「鐘の音が聞こえる、ってな」
三題噺「鐘」「瞳」「童」