ともだち

人生最高の日になるはずだった男。

夢を叶えようとする少女。

偶然に出会った二人。

偶然は…ときに【運命】になる。

ありがとう。僕のともだち。

渋滞の車は、子供の頃に遊んだトミカを思い出す。
忙しなく働いている人々の群れは、まるで蟻の行列みたいだ。
…自分は普段、あんな中で生きていたのか。見る角度によって、こんなに印象が違うなんて…思いもよらなかった。


違う事をいくら考えても、やはり男の中から悲しみが消える事は無かった。
男が立っている場所は、ビルの屋上。しかも格好は真っ白なタキシード姿。


今日は、この男にとって人生最高の日だ。いや…人生最高の日になるはずだった。
それが今…こんな場所で独りポツンと悲しみに暮れている。


(風が強くなってきたな…)そんな事をボーッと思いながら、男は靴を脱いできちんと揃えた。柵を飛び越え、あと数分後の様子を想像してみた。
人々の悲鳴、真っ赤に染まったタキシード、ますます泣かせる両親の顔…心は傷んだが、もう引き返せない。


(32年間…楽しかった)覚悟を決めた男。目を閉じて、そっと『この世とのサヨナラ』の一歩を踏み出そうとしたその時だった。


「おはようございます」明るく澄んだ少女の声がした。見ると、すぐ隣のビルの屋上…自分と同じ様な真っ白のワンピースを着た少女が、自分の方を向いて微笑んでいる。10歳前後…位だろうか?満面の笑みでこちらを見ている。


「おはよう…って」もう昼をとっくに過ぎている。
「君、そんな所で何やってんの?」今日は平日だ。…大安の平日。

「オジさんに挨拶したの~。聞こえなかった?」きょとん顔の少女。

「(オジさんって)そうじゃなくて…学校は?」

「これから行くんだよ♪」嬉しそうに少女は答えた。

(あのワンピース…あの子、なんか見覚えはあるけど…あんな小さな子、招待してたっけ?)

「オジさんは、何してるの?」今度は反対の立場になってしまった男。


(参ったな…死ぬ直前でも、職業病って奴は出るモンなのか)頭をフル回転させて、今からの自分の行為の【道徳的な表現】を必死に探し始めた男。

「えぇっとね…」


「自殺でしょ!!?」
満面の笑みの少女。
フル回転をストップさせられた男。

「ち…そん…違うよ!!オジさんはね、ココで考え事をしてたんだ」しどろもどろに男は言い、とりあえず柵から中へと戻った。

「自殺なんて言葉、何で知ってるの?」

(どうせ漫画やドラマから得たんだろう…これだから今時のメディアは未成年に対する規制が甘い)
男は頭の中で、大方の予想をした。しかし、少女の答えは、違った。


「だって~、私、これから自殺するんだもん♪」

男の思考回路は、再びストップさせられた。


「あ…あのね、君。自殺って意味分かってる?だって、さっき…これから学校行くって…」

男はパニックだった。目の前にいる少女は、笑顔で何を言ってるんだ?


「だ~か~ら~、自殺して、学校に行くの!!」まるで小さな子供に言い聞かせる母親の様な口調で少女は言った。

「(この子は何を言ってるんだ?)君…名前は?」


「カナ。『人生でカレーを作って、残す様に』ってママが付けてくれたの」得意気に説明をする少女。


(カレーを…残す?)名前を尋ねて謎が深まるなんて、初めての体験だ。

男は、とりあえず話を進める事にした。

「カナちゃん。君、学校に行くって言ったよね!?何年生?」


「この前は5年生で、その前はね…あ、3年生だった。でね、今は4年生だよ」

(……?)この子は、知的に問題があるのか?それにしては、受け答えがしっかり出来ている。


「ママは?お家?」

「ううん。事務所」

「(自営業の家の子か…)じゃあココには独りで来たの?」

「ううん。前田さんと。今ね、電気が壊れちゃったから休憩中なんだ」

(前田さん?…電気が壊れて休憩?)ますます訳が分からない。


「とにかく!!良いかい、カナちゃん。どんな事があっても、絶対に自殺なんかしちゃいけないんだよ!!」

(矛盾とは…まさに今の状況を言うんだろうな)


「だって…カナ、もうすぐ11歳になっちゃうから」必死に訴える少女。

「どうして11歳になるから、自殺するの?」

「だってね、夢が叶わなくなっちゃうの。」

「カナちゃんの【夢】って何?」

「…笑われちゃうから、教えない。」

「……。」


(…落ち着け俺。11歳に近付くと叶わない事を考えれば良い…それだけだ)

必死にそう考えてはみたモノの…男には思い付く事が出来なかった。


「オジさんの【夢】ってなぁに?」再び、逆の立場。男は悩んだが…こう切り出した。


「きっとね…カナちゃんも、オジさんの【夢】を聞いたら笑っちゃうよ」


「カナ、笑わないよ!!だってね、夢を笑われちゃうのは、とっても悲しいし、嫌な気持ちになるんだもん。カナ…絶対に笑わないよ?」
純粋な瞳を向けられて…不思議と男は泣きそうになった。

本当は、適当な作り話を言って誤魔化すつもりだったが…正直な【夢】を少女に話す事を決めた。


「分かった。…じゃあ、笑わずに聞いてね」
そう言うと、少女はにっこり頷いた。



「僕の【夢】はね…大好きな人と、一緒に家族を作る事だったんだ。2人でね、約束したんだよ。

大きな家を買って…子供は男女2人ずつの4人。僕も彼女も、子供が大好きだったからね…。

そして…広~いお庭ではね、彼女が好きな犬を飼うんだ。でね、その犬小屋や、子供達が遊ぶブランコは…手先が器用な僕が作るからって…」

話しながら、涙を流す男。自分でも泣いてる事は分かっていたが、構わず続けた。


「家族になるためにはね…結婚式って言うのをしないといけないんだ。僕ね…今日が、その結婚式だったんだよ。夢を叶えるための…最初の一歩。

でもね…僕の…僕の大好きな人は…式場には来なかった。僕の事を『大好きよ』って言ってくれたのに…何回も何回も言ってくれたのに…。

ま…前にね…付き合ってた男が忘れられないから…ゴメンナサイって…て…手紙がね…」

男の瞳は、もう少女の顔が見えない程、涙で溢れていた。



(どうして…どうしてもっと早く言ってくれなかったんだ)

式場で泣く両親。憐れむ友人達の眼差し。土下座して謝り続ける彼女の両親。

…居た堪れなくなって、男は式場から逃げ出して来たのだ。


「ゴメンネ…格好悪いよね。大人なのに…」

「どうして?悲しい時はね、泣くんだよ。大人だって泣いて良いんだよ」

「……。」


男は、少女の言葉を聞くと号泣した。
大人だって…男だって…悲しい時は泣くんだ。


(俺は今、悲しいんだ。死のうと思う位、悲しい)

男はひたすら泣き続けた。少女は、その姿を優しい眼差しで見守り続けた…母親の様に。




どの位、時間が経っただろう。
気付くと、青空は夕焼け空へと変わっていた。


「有り難う。僕の【夢】を笑わないで聞いてくれて」男は少女に礼を言うと、少女はにっこり頷いた。

「なぁ…僕にも…カナちゃんの【夢】を聞かせてくれないか?絶対に笑わないから」

男がそう言うと、少女は少し悩んだ。

「絶対に絶対に笑わない?」

「あぁ、約束する」


『約束』と言う言葉に安心したのだろうか?

少女は【夢】を、男に話し始めた。


「あのね…カナ。大きくなったら【小学生】になりたいの。でもね、小学校って、12歳までしか通えないんだって。だからね…天国の小学校に行って、お友達をいっぱい作るんだ」


(小学生に…なりたい?)

そう聞いて、男はある事に気が付いた。


この少女…ずっとどこかで逢った気がしていた。

その出逢った場所が、話している内にやっと分かった。…そして、これまでの会話の謎も全て…。




「君は…華名ちゃんだね。鈴木華名ちゃん」今、テレビで観ない日は無い位、よく出ている天才子役だ。

わずか5歳の時に彼女が出演したドラマ。…実母からネグレクトを受けつつも、健気な笑顔で母親の愛情を求め、必死に生きる演技が、多くの視聴者を感動させ、数々の賞を受賞した。


(芸能界で『華』麗に『名』前を残せる様に)華名と名付けられた少女…。

数々のドラマに出演し、(5年生…3年生…4年生…)と進級した少女…。

そして恐らく…。


「華名ちゃん!!…華名ちゃんの本物の小学校には行った事ある?」男は聞いた。


「あるよ…『ニュウガクシキ』って言うのに1回だけ行った。後はね、パパもママもお仕事あるから行っちゃダメって言うの」

「……。」


「こないだね、カナね、『お仕事より学校行きたい!!』ってお願いしたの。そしたらね…パパ…カナの事ぶったの」


「……。」


「ママね、カナの事抱っこしてくれてね、パパの事を怒ったの。『顔に傷がついたら、仕事が減るでしょ!?』って…」


「……。」


「カナね…何かね、悲しかったの。でもね、すぐお仕事だったから泣かないで笑ったの」


「……。」

(この子は…満面の笑みだ。今の話もずっと笑顔で話してる。けど…瞳の奥は…全く笑ってない)


「だからね。パパもママもいない天国に行って、天国の小学校に入れて貰うんだ♪」

「…華名ちゃん。天国の小学校に行ったら、何がしたいの?」

「お友達が欲しい。ドラマや映画の中のお友達は…カナの本当のお友達じゃないから」

「……。」

「お友達いっぱい作ってね、一緒にお勉強したり、遊んだりするの♪」

(笑顔を崩さない少女を前に…男は、たまらない気持ちになった)


「じゃあさ、僕とお友達になってくれない?」

「オジさんと?」

「そう。僕は…華名ちゃんとお友達になりたい。僕の【夢】を笑わずに聞いてくれた、優しい華名ちゃんとお友達になりたい。」男はにっこり微笑んだ。

そして…こう続けた。

「もし、お友達になってくれたら…『とっておきの良い事』教えてあげるよ」


「え!!?何ナニ??」瞳を輝かせる少女。


「あのね…12歳を過ぎても、小学校には行けるんだよ。」

「!!!嘘~!?だってね、パパもママも前田さんも…みんな『無理だ!!』って言って笑ったモン」

「嘘じゃないよ。だってね…僕は、今、毎日小学校に通ってるんだよ。32歳だけどね~」

口をあけたまま、固まってしまった少女。


(…きっと演技だったら、もっと巧く驚くんだろうな)男は微笑んだ。


「じゃあ…」少女はやっと動き出した。

「じゃあ、カナ、自殺やめる!!!」少女は叫んだ。

「(…良かった)そう。」男はにっこり微笑んだ。


「ねぇねぇ、オジさんはお名前なんて言うの?」

「僕?僕はね…豊。『豊かな心を持った子になります様に』って、僕の親父…あ、僕のパパが付けてくれたんだ」

「へぇ~、良いお名前だね」もう、少女の瞳の奥は曇っていない。本当の笑顔だ。

「カナは自殺やめたけど…ユタカは自殺するの?」心配そうな表情の華名。

「へっ…?」



(あ…そっか。俺…自殺しようと思ってたんだった。)

他人の自殺を止める内に、自分の自殺を忘れるなんて…。

男は、何だか、自分の考えが酷く馬鹿げて思えた。


(何が豊かな心だ。たかが、女に逃げられた位で死のうだなんて…ちっぽけな心だな)


心配そうな眼差しのまま、豊を見つめる華名。

「せっかく、こんなに素敵なお友達が出来たんだ~。自殺なんて馬鹿な事、する訳ないだろう!!」
わざと大袈裟にそう叫ぶと、華名は、嬉しそうに跳び跳ねた。
「やったやったぁ~♪」


(本当の10歳の子供の姿だ…しかし、僕も彼女も…このままじゃいけない)


「華名ちゃん。…僕ね、これからやらなくちゃいけない事があるんだ。式場に戻ってね、皆に…これからの事を、ちゃんと説明しないといけない」

「?うん…」きょとんとした表情の華名。

「だから…華名ちゃんにも、僕のお友達として、今やらなくちゃいけない事をやって欲しいんだ。…この意味、分かるよね?」


「分かった。カナ、お仕事に戻る♪」

「よし。もう、照明…あ、電気も直ってると思うよ」

「ユタカは…明日は学校行くの?」

「う~ん…どうしようかな~。華名ちゃんと遊びたいから、明日もココに来ちゃおうかな~」

「良いの!!?」嬉しそうな華名。その瞳は、キラキラと輝いている。

「お友達には、嘘はつきません」右手を胸にあてて、お辞儀をする豊。

「じゃあ、また明日ね」バイバイをしながら、嬉しそうに華名は屋上を後にした。

豊も、華名の姿が見えなくなるまで、同じ様にバイバイし続け、彼女を見送った。


(新婚旅行…1週間も有給とって正解だったな。自習のプリントもちゃんと作って、隣のクラスの先生に渡してあるし…。明日は、華名に何か学校の話をしようかな)


そんな事を考えながら…豊も、嬉しそうに屋上を後にした。



『また…明日』



(終)

ともだち

ともだち

  • 小説
  • 短編
  • 青春
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2013-05-23

Copyrighted
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