夢追い人

女優になることを夢見て上京してきた、春香。

必死にレッスンをするものの何年経っても泣かず飛ばず。田舎の両親にも「良い歳して夢ばかりみてないで帰って来い」と言われる日々。

そんなある日。運命を変える大きな出来事が……。

私は…女優。才能がある…選ばれた者。

「アンタと小学生の時同じクラスだった智美ちゃん!!来月2人目が産まれるんだってよ」

「はいはい…」

「お父さんだって早く孫の顔見たいんだから、いい加減夢ばかり見てないで帰って来なさい」

「はいはい…」

「ちょっと、春香?聞いてるの?」

「はいはい…じゃあね」

私は電話を切った。
毎回、母からの電話は決まっている。



私は高校卒業と同時に上京した。
バイトをしながらの夢追い人…。

同級生が結婚しようが、親になろうが、私は関心が無かった。


私には…夢があるから。

―女優になる事―

子どもの頃から、ドラマや映画が大好きだった。
学校でも、ドラマの素敵なシーンを真似したり…中学高校と演劇部に入ったり…


演じる事は快感だった。


「絶対女優になるまでは帰らない」両親にそう言って家を飛び出して、もう8年になる。

私は26歳になった。
未だにバイト生活から抜け出せない。

今日は養成所のレッスン日。私は気合いを入れ直して出掛けた。


養成所には【チャレンジ掲示板】と言うモノがある。早い話、大学の就活案内板みたいモノ。オーディションの募集があったら、そこに貼り出される。受けるか否かは自分次第。


「春香~チャレ板見た?」レッスン終わりに、翔子が声を掛けて来た。


翔子は席が隣でなんとなく仲良くなった。東京に来てから初めての友達。


「まだ~」私は汗を拭きながら答えた。

「じゃあ一緒に見に行こ」翔子は嬉しそうに私の手をひいた。


翔子は可愛らしい顔付きをしている。
素直だし優しいし…。

ただ唯一、こう言う性格が私は苦手だ。


(この業界…もっと貪欲じゃなきゃ生きられない。『一緒に』は禁句だ)


内心、そう思いつつ私と翔子はチャレ板を見に行った。

ビッシリと貼り出されている募集。

でも大抵が2、3台詞があるだけのチョイ役ばかり。



良さそうな役は…

「あ♪私、これ受けてみようかな~」
翔子は嬉しそうに微笑んだ。
NHKの大河…確かに魅力。


【対象者⇒25歳まで】


「春香、ごめんね?」

「何で謝るの?頑張ってね」翔子は23歳。


いつも年齢に邪魔をされる。


「あ!!何コレ」翔子が、思わず大声を出した。

「ちょっと。どしたの?」

「見てよ」翔子が指さした募集。




【《ヒロイン募集》現代社会を強く生きる女性ドラマの主人公を募集。年齢、経験一切関係無し。オーディション日時…】


「……」

「わぁ♪主役の募集なんか初めて見たね」嬉しそうな翔子。

「私…受ける」心臓がバクバクしていた。

「マジで~?」半ばバカにした様な翔子。

「受ける!!」私の迫力に、翔子は驚いた様子だった。

「あ…うん。私の大河のオーディションと同じ日だね。お互い一緒に頑張ろうね♪」私の耳には翔子の言葉なんか入って来なかった。



大袈裟かもしれないけど……【何か】を感じた。

(今までは年齢に縛られて来たけど…コレに受かれば…私は……。)




オーディションの日。
私は都内にあるビルにやって来た。

バイト代を奮発した。
エステと美容院、洋服も『強い女性』に見える様に全て新しく購入した。



「失礼します」オーディション部屋に入ると、審査員の3人のオジさん達がしかめっ面で待ち構えていた。


「PN養成所より参りました、前田春香26歳です。宜しくお願いします!!」挨拶は元気良く。私はオジさん達に向かって勢い良く頭を下げた。


「合格!!」1人のオジさんが突然叫んだ。

「へっ…?」思わず顔を上げてしまった。

他の2人のオジさんも、同じ様に笑顔で頷いている。

「いや~君はイメージにピッタリだ。」

「君以外に、この主人公を演れる子はいないよ♪」

「君に決まりだ!!」

3人は口々に感想を言うと私に拍手を向けた。


「あ…あの…本当に私で?」まだ挨拶をしただけなのに。

「我々みたいなプロになれば、第一印象で全て分かる。君は…才能がある。選ばれた者だよ」

「…本当ですか?」


涙が出そうになった。
でも…『強い女性』は泣かない。貪欲になった。

「ありがとうございます!!必死にやります。何でもやらせてくださいっ!!」私は深々と頭を下げた。



「台本は上がり次第、また連絡するから」

「あの…このドラマは単発ですか?」NHKでは無いにせよ、枠が気になった。鳥取でも放送するなら両親にも観てもらえる。

私のその問いに、オジさんの1人がニヤニヤしながらこう答えた。


「それがね、このドラマは我が社の大きなプロジェクトでね~…まぁ、早い話が、単発になるかシリーズ化するか分からないんだよ。未定で悪いが君次第だよ!!」私の肩をバンバンと叩くオジさん。


(私の演技力次第で…シリーズ化?)

「は…はい。頑張ります!!有り難うございます!!」

私はオーディション室を後にした。


(やった…やったやったやったー!!!)

叫びたくなる気持ちを抑えるのに必死だった。

母に電話しようか…と携帯に手を伸ばした。が、止めた。
(放送日当日に言って驚かせてやろう♪)

と、携帯が鳴った。
着信は翔子だった。


「もしもし?」

「は…春香?」翔子は泣いていた。確か今日は大河のオーディションのはず。

「どしたの?」

「い…今ね、大河の…受けたんだけどね…君の演技力は…よ…幼稚園のお遊戯だってぇ~酷いよねぇ~」電話の向こうで本当の幼稚園児の様にビービー泣く翔子。


(いつも私に甘える…23歳の翔子)


「だって……アンタ才能無いじゃん」

「えっ?」
私は電話を切った。


(私には才能がある。あんな子と付き合ってたら質が下がる)


私は…女優。
ドラマのヒロイン。


朝から緊張で何も食べて無かった。
私はバイト先に向かった。私のバイト先は定食屋。
店長は私の夢を応援してくれて、バイトが無い日でも行けば賄いをくれる。


「店長~♪」

「おぅ春香!!また腹ペコか?」江戸っ子な店長。我が子の様に私を出迎えてくれる。

「店長店長!!あのね…」私はさっきの話を店長に話した。

「ほぉ~良かったなぁ!!こりゃ、今の内にサイン貰っとかないとな♪」店長は嬉しそうに私の頭を撫でた。

「よし、じゃあ今日は祝いだ。おい潤一!!食材好きに使って良いから何か作ってみろー」店長が厨房に向かって大声を上げた。

「店長。潤一って?」聞き慣れない名前。

「俺の息子だ。ずっと調理師の修行で大阪に行かせてたんだけど、今朝戻って来たんだ。」

「へぇ~」19歳からココで働いてるけど、店長に息子がいるなんて知らなかった。


厨房から1人の青年が出て来た。

「息子の潤一です。春香さんのお話は、いつも電話で父から聞いてましたよ」爽やかに微笑む潤一。店長には全然似ていない。その辺の俳優より整った顔をしている。

「あ…前田春香です。いつも店…あ、お父様にはお世話になってます」夢に夢中で恋愛なんかご無沙汰だった。


(こんな人が彼氏だったらなぁ)


「ふふ…父さんの言う通りだね」潤一が微笑む。

「馬鹿野郎。余計な事言うな!!」

「え~?店長は、私の事なんて言ってたんですか?」

「『俺の娘にしたい位、可愛い』って。」

「……」中学生みたいに真っ赤になったのが自分でも分かった。



それからの毎日は、驚く位に幸せな日々が続いた。

ライバルだった翔子は、大河の失敗のショックから養成所を辞めた。お蔭でチャレ板にある20代女性枠の役はオーディションに受かる機会が増えた。チョイ役でも出演回数が増えたのは嬉しかった。

店長には相変わらず可愛がって貰えた。「女優さんはこれから美容に金いるだろうから」と言って時給もUPしてくれた。



それに…
「もし良かったら、本当に娘になる前提で付き合ってくれませんか?」

「……はいっ!!」

ほのかに憧れてた潤一から告白された。
【結婚を前提に】。

(もし、これで本当に潤一と結婚したら…両親にも喜んで貰える。夢も結婚も両方掴んだ)

私は幸せだった。

ただ…唯一気になる事。

オーディション日から何日経っても何週間経っても台本の連絡が来ない。


最初は「社運を掛けた作品だから時間が掛かって当然」と思ってた。

でも……
いくら何でも遅過ぎる。



私はオーディションを行ったビルに再び行ってみた。

電話でも良かったのだが、オジさん達に悪印象を与えて役を降ろされたりしたら…と考えたから。


(実際会って、笑顔で進行状況を聞こう)そう思った。


あの部屋。
オーディション室に入る。


「おはようございます。前田です」ノックと共に入ると、誰もいなかった。


部屋にあるのは机だけ。
その机に何かが置いてあった。



【~夢追い人~ 主演:前田 春香】

「!!」台本…表紙に自分の名前が入った台本。

私がヒロインの…台本。



「あぁ。来てたの」オーディションの審査員の1人が部屋に入って来た。

「勝手にすいません。あの、台本がどうなってるか気になって…。でも、出来てたんですね」自然と涙が溢れた。


【夢追い人】…私にピッタリのタイトル。

頑張らなくちゃ!!



「君は台本なんか要らないよ」オジさんがニヤニヤしながら再び私の肩を叩いた。

「へっ?」

「台本は、彼らが使う様だから」オジさんがそう言うと、部屋に3名の人間が入って来た。


…ライバルだった翔子
…優しい店長
…恋人の潤一

皆、無表情のまま…手には【夢追い人】の台本を持っている。

「…何…何…ドッキリ?何これ?」冷や汗が頬を伝う。


オジさんは、ニヤニヤしたまま何も答えない。


私は机の上の台本を急いで開いた。



そこには…




泣いている翔子を「才能が無い」と突き放す【春香】


店長の息子と偶然出逢いときめく【春香】


潤一に告白されて、結婚まで考える【春香】


…全てのシーンが描かれていた。


「初めての友達をライバルだからと蹴落として、イケメンと結婚しようと必死になって。自分をバカにして来た田舎の両親に夢を掴んだと見返そうと考える…まさに『強い女』だね君は」

「……」

「だから言っただろ?『この役は、君にしか出来ない』って」

「……」

「このドラマが『どの位の長さになるか』も…君次第だよ」

「……」

私は…震える手でゆっくり背表紙を開いた。




【夢追い人】
主演


前田春香役…前田春香



(終)

夢追い人

夢追い人

  • 小説
  • 短編
  • ミステリー
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2013-05-23

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

Copyrighted