林檎と秘密

何事にも、興味を持ったことには全力投球の女子高生、睦子。
負けず嫌いで諦めることを知らない彼女が、恋をしたのは、謎の【秘密くん】。

積極的な少女は、秘密くんに何度も想いをぶつけるが上手くいかない。

果たして…【秘密くん】に、睦子の想いは届くのか?

「出来ない」って決めるのは、自分自身。それなら「出来る」って決めるのも自分しかいない!!

座右のめい?
名、明、迷?何だっけ?

(まぁ、いっか♪)

『私の座右のめいは、
◎気合いで何でも出来る◎
あなたの座右のめいは何か教えて下さ…』

と、書いている途中で携帯が鳴った。


「はいよ~?」『い。』を書き足しながら私は電話に出た。

「むっちゃん!!明日さ、カラオケ行かない?隆太が南高から友達連れて来てくれるんだって♪めっちゃ背高いらしいよ!!」
興奮しながら美波が話す。
【今年中に彼氏を作る】が口癖の私の幼なじみ。
その口癖は、中2から未だに続いているけど…。

「だから、私は放課後はパスって言ってるじゃん~。アホでも良い加減覚えてよ」

「アホはむっちゃんだよ。どうせまた『秘密君』に手紙書いてんでしょ!?」美波は溜め息をつく。

「手紙じゃなくて、交換日記!!」

「はいはい。分かりました。お子ちゃまは誘いませんよ~じゃね」そう言って電話は切れた。

「…アホ」切れた電話に私は一言呟いた。
机上に置いてある『交換日記』を見つめながら…。

私は頭が良い方ではない。と言うより勉強が嫌いだ。


中学3年の時。【家から1番近いから】と言う理由で志望校を言ったら、担任から「星野には無理だ」と即言われた。

確かに偏差値は全然足りなかった。

でも、やる前から無理と言われるとムカついた。

私は必死に勉強した。

3月…担任の顔前に合格通知を付き出して「ほら!!」と言ってやった。担任は「運が良かったな」と負け惜しみを言った。


負けず嫌いで、願った事は全力を尽くす。白旗は折り曲げる!!


そんな私。
今、恋をしている。

相手は…『秘密君』



話は1ヶ月前に遡る。

私は担任に呼び出しを受けた。
高校生になっても職員室は緊張する。

「星野。お前、今度のテストでまた赤点ばっかりだと進級危ないからな」
前回のテスト。私は赤点のオンパレードだった。

「進級危ないって…だってまだ1学期じゃん!?」

「うちの学校は学期ごとに判断するんだ…って、学校案内にも載ってるはずだぞ?もう高校生なんだから、ケジメをつけてしっかりと…」
ハトみたいに首を振りながら担任は説教を続けていた。


つまり、次の期末でまた赤点のオンパレードだと私は【2回目の1年生】が決定らしい…。

「嘘でしょ…」だいたい合格して学校案内なんか見ないし。


「むっちゃん。ハト、何だって?」私が教室に戻るとすぐ、美波が聞いてきた。美波は子供の時から要領が良かった。勉強も運動も何でも平均的に出来る。当然赤点にも縁がない。

「次の試験で赤点だと進級出来ないかもって…」


(赤点取らない様に勉強すれば良い)
ただそれだけの事。

でも…私はそれが出来ない。
【負けたくない】とか【高校に居たい】とか…自分の中で何かが燃えないと気合いが出ない。

美波は、そんな私の性格を知り尽くしている。

「ウチ来る?」

「また同じじゃん」前回のテスト。『高校デビュー作戦』として美波の家で勉強会をした。結果、2人でゲームと学校の噂話で終わりノートは真っ白。

「あ!!じゃあさ」美波が微笑んだ。

「何?」嫌な予感…。



古びたレンガの建物。
家から歩いて10分位の距離だけど、ココに入るのは何年ぶりだろう?


「むっちゃん家の近くに図書館あるじゃん!あそこ、勉強する部屋あるから行きなよ。私1回だけ行った事あるけど超静かだよ!!」興奮したら止まらないのが美波の癖。

結局。放課後、図書館まで連れて来られ中に入るのを見送られた。

中は、美波の言う通り物音1つしない静けさと、それに反比例した人の数だった。

(つーか…皆メガネ)場違いとはこう言う時に使うんだろう。

取り敢えず…勉強してみるか。

私はそう思い席についた。鞄の中から、筆箱、ノート、教科書を順に取り出す。

無意識に緊張してたのだろう…肘で筆箱を触ってしまい床に筆箱が落下。

無印で買った銀色の筆箱。見事に響く落下音。

カシャーンッッ!!!

メガネ族の視線が一気に集まる。
(ったく、煩いなぁ)
(何?アイツ)
(場違いは出てけよ)
視線の声が聞こえる。

私は無言のまま、しゃがんで散らばった中身を拾った(うわ~恥ず…)

すっと私の目の前に手が伸びた。私のペンが数本握られている。

見るとメガネ族の一人が拾ってくれていた。気付かない程、遠くまで散らばったみたいだ。

「あ…ありが…」そう言いかけて、メガネ族のギラギラした視線を察した。

拾ってくれたメガネ族。
20歳位の男の人。垂れ目でニッコリ微笑むと、人差し指を自分の口に置いた。

(大丈夫。気にしないで)
視線の声が聞こえた。

「……」私は頷いた。



拾ってくれたお礼が言いたくて、私は彼が退出するのを待った。
机上に広げたノートは、真っ白のまま…。ただ、彼を見つめていた。


数時間後、彼が本やノートをしまい、席から立ち上がった。勉強室を出ていく後ろ姿を、急いで追い掛けた。

「あの!!」
図書館から出てすぐ。私は彼の裾をつかみ、勢いよく呼び止めた。 彼は、驚いた様子で私を見つめている。
「さっきは有り難う。」私がそう言うと、彼はまたあのニッコリした笑顔を見せてくれた。


何だか嬉しかった。


「私、星野睦子。貴方の名前は?」

私も笑顔で聞いた。すると彼は図書館から出たにも関わらず、また人差し指を口にあて黙って帰ってしまった。

「…名前」何て言う人なんだろう。



次の日の放課後。

彼はまた図書館に居た。

今度はメガネ族を警戒して、メモ帳にメッセージを書いた。
『名前がダメなら、ケー番教えて下さい』

彼の答えはやっぱり【人差し指に口】だった。勿論、笑顔も忘れずに…。

次の日もまた次の日も彼は図書館に居た。

よく見ると山積みの分厚い英語の本を読んで、何かを書いている。

私はもう赤点とか留年とか…そんなのどうでも良くなっていた。

目標は【彼を知る事】
そのために毎日図書館に通っていた。

でも周りのメガネ族の視線があるから一応勉強はする。…が、全然分からない。

「!!」閃いた。

今まで毎日【笑顔の人差し指】で質問を断られ続けて来た。

でも、白旗は振らない。

私は彼にメモを見せた。
『私は高校1年です。英語を教えてくれませんか?』メモと一緒に英語の課題も差し出した。

彼は、少し悩んだ様子だった。が、再びいつものあの笑顔で課題を受け取った。

(やったっ♪)

数分後。彼が私の席にやって来た。渡した課題プリントの他にノートが付いて来た。

ノートを開く。

そこには、分かりやすい解説がびっしりと書き込まれていた。

『勉強する気になって良かったです。また分からない所があれば聞いて下さい』大人っぽい丁寧な文字。その横には林檎のイラストが描かれていた。

(…わぁ♪)

その日から『交換日記』と称した勉強ノート交換が続いている。

彼は名前や年齢等は教えてくれなかったが、自分に直接繋がらない情報は書いてくれる様になった。
美波からは、「そんな怪しい男やめなよ」と散々言われた。でも…私は彼が気になった。

彼の事が知りたかった。

彼のノートは、ハトの授業なんかより百倍分かりやすかった。
彼のノートを無駄にしたくない…私は頑張った。


「星野!!」ハトが笑顔で声を掛けて来た。
「さすがのお前でも、やっぱ俺の言葉が響いたか~♪最近、凄い点数伸びてるじゃないか」
同じ笑顔でも、人によってこうも違うんだ…そう思った。
「この調子で頑張れよ」勘違いハトは職員室へと飛んで行った。

放課後。
いつもの席。彼を探す。

(あれ?)彼がいない。

「…あの」私は受付のオバさんに声を掛けた。

「いつもあの席に座ってる眼鏡の男の人…分かります?」

「さ~」無愛想なオバさん。

「明日、その人来るからコレ渡して下さい」オバさんに半ば無理矢理押し付ける様に、私はノートを差し出して図書館を後にした。



多分…風邪とか?
多分…仕事とか?
多分………
彼女と…デートとか?

帰り道。
【多分の連想ゲーム】で私は泣いた。


ずっと続いた『交換ノート』
私は…成績は伸びた。でも…私の目的は何も達成出来てない。


私は彼に恋してる。
名前も分からぬ彼に…。



次の日。
私は図書館へと急いだ。

…やっぱり彼はいなかった。


「アンタ」昨日のオバさんが声を掛けて来た。

「コレ」やっぱ渡せなかったんだ…。

「今日は早めに帰ったよ。昨日は緊急の仕事だったんだってさ。これ、アンタに渡してくれって」

「!!」彼は来たんだ。


急いでノートを開く。
『座右のめい⇒座右の銘ですよ。気合いがあれば何でも出来ます、貴方ならきっとね♪』いつもの林檎のマーク。

『僕の座右の銘は…』


「しかし、アンタが言ってたのが【いっくん】だったとはね~」オバさんが笑う。

「!?あの人の名前、知ってんの?」

「えっ?何も知らないのかい。あの子は小さい頃からココに来てるよ~もう読んでない本は無いんじゃないかしら。頭の良い子でね~」

「私、彼の事何も知らないの!!教えて!!」美波ばりの私の迫力にオバさんは驚いた。

「いっくんはね~」





『僕の座右の銘は【諦めが肝心】です。』




私は市役所の前で座っていた。
…彼を待った。


彼は8時過ぎに出て来た。私を見て驚いた表情。

(何で君がココにいるの?)視線の声が聞こえる。


私は彼に向かって立った。


まずは、自分を指さす。
次は、彼を指さす。

そして…右手の親指と人差し指を開く。

顎にくっつけて、親指と人差し指がくっつく様に彼に向かって右腕を伸ばす。

もう1回…もう1回…

私は何度も何度もこの動作を繰り返した。
涙が溢れ落ちているのも気付かないまま。


彼は笑顔のまま、私の右手を握った。

私は泣きながらいつものノートを見せた。

『これ以上は、私バカだから覚えられなかった。テスト…合格するから、絶対絶対合格するから、そしたら、私に手話を教えて下さい』

彼は
ニッコリと微笑み、頷いた。


そして今度は、彼が私に向かって…
自分を指さし、私を指さし…

私と同じ様に右手の親指と人差し指を顎につけ私に向けて伸ばした。


私は嬉しくて、彼に抱きついた。
彼…橘 偉都さんに。


『いと君。前から聞きたかったけど、何でいつもノートにりんごマーク書いてたの?』私がノートに書く。

偉都くんは微笑み(貸して)と視線の声を出した。

『初めて睦子ちゃんを見た時。睦子ちゃんの顔が林檎みたいに真っ赤で可愛かったから。初めてのおつかいする子みたいに緊張してたから♪』

私が真っ赤になって膨れっ面をすると、偉都くんはまた優しい笑みを浮かべた。


生まれた時から音の無い世界で生きてきた偉都くん。

医者になりたかったけど、今は市役所で海外旅行者相手の案内誌を作る仕事をしている偉都くん。

眼鏡で童顔だけど、実は10歳も私と歳が違う偉都くん。

大人なのにピーマンが食べられない偉都くん。

私がテスト合格した時、お祝いに水族館に連れてってくれた偉都くん。

もう…秘密君じゃない。


私の彼氏の偉都くん。



(終)

林檎と秘密

林檎と秘密

  • 小説
  • 短編
  • 青春
  • 恋愛
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2013-05-23

Copyrighted
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