これから始まる夜の傍で

「銀河鉄道の夜」 by 不可思議/wonderboy を聞きながら、これを書きました。僕はこの曲が大変好きです。聞いていると何かそれを表現せずにはいられなくなりました。これは、もしかすると、この曲に合っていない短編かもしれません、ですがそれは単に僕の力が不足していることが主な理由なわけで、勝手に僕が自滅するだけで、それほど罪なことにはならないと思います。

僕たちは、銀河電鉄『過去3年前行き』特別急行を待っていた。

 これから夜になろうという、平たい土地の午後7時13分、線路のはるか先を見ると小さな明かりが、星の瞬きのように灯された。そして、それは煌々とした光になり、こっちに近づいてくるのが、時間をかけると分かった。僕は傷が染みついたプラスチック製のベンチから立ち上がり、ゆっくりとプラットホームの上を歩き始めた。
 アオカ、青香が、少し、離れたところに立っている。プラットホームの屋根が途切れた先に立っている。明かりから離れて、10歩いたら、彼女の傍に着いた。
 彼女はノースリーブの青いシャツと紺のスカートをはいている。靴はヒールの無い、ぺったりとした小ぶりな靴で、彼女はそれを裸足で履いていた。彼女は青い夜に染められていた。彼女の先にもプラットホームはまだまだ続いている。けれど、明かりは遠い先に一つあるだけで、次第にそれはこっちにやってくる煌々とした明かりに薄められていった。列車が僕達のもとに近づいてくる。もうすぐだ・・・。
 青香の短い髪は、一度風に揺れた。
「・・・あ、こっちには止まらないんだね」と僕は声をかけた。
「うん・・・そうみたいね。うん、だって、今は時間じゃないわ」青香は時計を見つめた。僕には暗くてよく見えなかった。「急行の時間じゃないわ」
「それじゃ、ベンチに戻らないかい?」
「うん、いいわ。・・・でも待って、ベンチには座りたい、けれど、もう少しだけここにいよ?」青香が僕の手を掴んだ。少し湿っていて、冷たくもあって、柔らかく、小さく、僕の手になじむ大きさだった。「ほら、ここには少し、風が吹いてくるんだよ?」好きな人の手だ。
 僕は青香の言う、風が来るのを待った。いつまでも、風は来なかったが、やがて・・・意識を集中すると感じられる程度のか細い空気の変化が、僅かに訪れた。「・・・うん、ちょっとは涼しくなるね。もうすこし、ここに居ようか。僕もここに居るよ」
「ほら、私の思った通り。」
「なにが?」
「ひみつ」
 列車は僕達の傍まで来たが、十分に近くはなく、僕達が待つ路線とは別の路線上を進む列車だった。そして、きっと僕たちが予定している場所とは違った場所に行くのだろう。線路二つ分だけ離れた所に、列車は止まっていた。けれど、そこにはプラットホームはなくて、あるのは砂利と、刈り残されてそのまま育った雑草だけだった。葉はとてもきれいな緑色をしていた。列車が辺りを照らしていた。僕達二人も照らしている。ガラス窓の内側は、ここから見ると、とても明るく見えた。そして車両の中には、ポツポツと人が座っているのが見えた。影のようにうなだれていた。青香はひたむきに列車を見つめていた。僕はそんなに集中できなかった。明かりのない夜空を見上げたり、砂利と雑草、そして、隣の青香を眺めた。青香の瞳は黒くキラキラしていた。口元のホクロも見えた。僕は見ることが許されるならば、彼女の横顔をいつまでも眺めていられた。彼女が許すならば。
 列車は動かなかった。ここに来たということを忘れかける程、長い時間が過ぎた気がした。それは瞬き程度の長さだったかもしれないし、実際に何か月も過ぎているようでもあった。青香の指をなでると、青香も僕の指をなで返した。しだいに、止まり続けている列車に、止まり続けている時間に、僕も意識を集中せざる得なくなった。気が付くと、乗客の一人が、見覚えがある人に思えてきた。だが、それが誰なのか分からなかった。特定できなかった。大切なものを忘れた時、時として大切なものを忘れた事実しか分からない時がある。僕達に残るのは、記憶の浜に残された跡だけだ。また、時としてそれが実は大切でもなんでもないこともある。あるのは跡だけだ。だが、いずれにせよ、それが何であれ、僕たちがそれを大切なものとして探したとしたら、少なくとも見つけることは大切なことになる。

 僕達は列車を眺め続けた。僕はその不特定な人物を、そして、青香は

これから始まる夜の傍で

これから始まる夜の傍で

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2013-05-23

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