僕の彼女は牙なき者の牙になった 第1章
「英雄戦隊、サムライジャー!」
つけっぱなしだったテレビから、三人の男女の声が聞こえてきた。そのうちの一人の声は僕がよく聞き慣れた美玖の声だった。
ただいま日曜午前九時。今日も正義の英雄の番組が始まったようだ。軽快な音楽と共に、主題歌が流れてくる。
英雄戦隊サムライジャー。美玖は正義の英雄コンテストに合格して、この番組に出演している。なんてことはない。ただの戦隊ものの特撮番組のヒーローの募集だったのだ。表向きは。
なんて安直なタイトルだ。今日日、小学生でもこんなタイトルはつけないだろうに。
それはさておき。なんでもこの企画。実際は正義の英雄と悪の組織に企業を分けて互いに競争させることによって、科学技術の進歩を促そう、という魂胆があるらしい。そんな関係で主催が文部科学省だったらしい。
今使われている技術は戦争に使用されるものから生まれたものも多いというが、それをやることでこの国の技術力をさらに加速させ、技術立国としての威信を取り戻すのが目的にあるらしい。
その気持ちも分からないでもないけれども、技術を進歩させるために戦いを繰り広げましょう、と「国」がやってしまうことがある意味凄いと思う。
最もそんなことはおおっぴらにされてはいない。
僕がこのことを知っているのは、守秘義務があるからと渋る美玖からむりやり聞き出したからだ(だから他の人には口外できない。何とももどかしい)。
戦いによる技術の進歩、といかにもメディアが喜びそうなコンセプトであるが、今のところ大きな問題になっていないのは、マスコミにしっかりと根回しをしていたからだという。何とも汚い大人の世界と言うべきか。
ただ、そんな目的があるからだろうが、番組で使用されているものはかなりのハイテクの代物らしい。
「観念しなさい。モナカーン!」
番組を垂れ流しで朝食を食べていたら、いつの間にか番組は中盤を過ぎていた。
いよいよ敵とのバトルシーンである。テレビからは凛々しい美玖の声が聞こえてきた。
この辺、剣道で培った気合いの発声が役に立っている、と本人は語っていた。実際鋭く凛々しいその声は、番組の視聴者から評判が良いらしい。
ちなみにこの番組はちょっと変わったところがある。一般的な戦隊番組では、悪の組織が一つなのだが、この番組では五つ登場するのだ。特撮モノの歴史をひもとくと、決して珍しいと言う訳ではない。ただ、五つも登場するというのは異例かもしれない。
何でも、この五つはそれぞれ別の企業が参加しているという。企業間で互いに切磋琢磨し、時折技術の交換をしながら開発をしているのだという。
技術に関しては、政府が一括して買い上げ、管理しているという。そして、その特許に関しては参加企業は自由に扱うことができる。最終的には、番組終了後一定期間をおいて、日本の企業に限って自由に使えるよう公開する手筈になっている、と美玖は言っていた。
企業が5つ参加している一番大きい理由としては、週に一回の撮影までにスーツなり技術なりを開発を進めるのが難しい、というところがあるようだ。また、多くの企業が参加することで、多種多様な技術が生まれるようにしている向きもあるかもしれない。
と偉そうなことを言っているが、全部美玖の受け売りだし、僕の予想も含まれているので実際どうなのか分からない。
そんな感じで敵がローテーションで登場するのだが。どうやら今日は悪い意味で話題をさらっているきぎょ、じゃなくて組織が担当している回のようだ。
どんな点で話題か、と言うとよく言うと着眼点が柔軟、悪く言うとセンスがないのである。
テレビに目を移すと、何とも奇妙な敵がテレビに映っていた。名前からして最中がモチーフの敵なんだろうけども、体の形がそのまんま最中。最中に目がついて手と足が生えただけ、と言うのは何ともひど……、いや斬新だ。
軽くめまいがするような気がする。いまどき、ギャグマンガの敵キャラですらこんなセンスの敵は出てこないだろうに。実際にこの敵と対峙して戦った美玖のことを思うと、同情を禁じ得ない。
この組織(エチゴーヤという。何とも酷い名前だ)子供たちからの評判は良いらしい。わかりやすさから、小学生より下に。それで良いのだろうか?
と言うか、一体今回はどんな技術を試したかったのだろうか。なんか、最中に人を閉じ込めて、とかやっていたみたいだけども間抜けで仕方がない。
というか、考えてみたらこの敵で30分番組を作りきったスタッフは凄いのかもしれない。
「我、悪を焼き尽くす正義の炎となりてこの世の悪を焼き払わん」
頭をぶるぶると振っていると、変身シーンが来たようだ。何を意識しているのか知らないが、サムライジャーでは変身シーンで名乗りを上げる、というシステムになっているらしい。呪文の詠唱を意識しているらしい。30代以上のオタクからは、「昔のマンガやアニメを思い出す」と話題のようだ。
この名乗りであるが、美玖も相当恥ずかしかったらしく当初は赤面しまくりで、何度もNGを出したらしい。
何とかOKが出たものの、番組で見るとちょっぴり赤面しているのが分かってしまい、そこで大きなお友達が色めき立った、ということもあった。あの時はサーバーを吹き飛ばす勢いはなかったものの、ネットが恐ろしい勢いで加速したらしい。
その時の僕はというと、そのシーンは美玖と一緒に見ていたのだが、「恥ずかしいから見ないで」という美玖のすげない言葉とともに目の前を塞がれて見ることができなかった。
あれは一緒に見ていた、と言うより美玖に監視されていたんだろうな、と今になってみれば思う。
そんなわけで残念ながらネットに書き込みもできなかった。是非とも参加したかったなぁ、と今でも思うのだが、テレビに登場している当人と一緒に見る、とファンからしたらうらやまけしからん状況だったので文句は言えないだろう。
「火炎転身!」
テレビの中の美玖がそう叫び、スマートフォンを目の前にかざす。
スマートフォンの画面には美玖の姿が現れる。次の瞬間美玖の周りを赤い炎が包んでいく。炎は形を変え、武士の甲冑をデザインしたスーツの形になっていく。
スマートフォンの画面とリンクするように、実物の美玖の方も光が体を包んだかと思うと、その体がスーツ姿になっていく。
「ファイアーサムライ見参!」
スマートフォンを腰のケースにスライドインさせると、ポーズを決めて名乗りを上げる。体は半身。左手を下ろして右手は腰に、という「なんでサムライなのにモデルっぽいポーズ?」と始めは思ったが、もう見慣れてしまったためか疑問にも思わない。
慣れとは怖いものだ。
ふと思い立ってスマートフォンを取り出して、つぶやきサイトのクライアントを起動させる。一瞬の読み込みが入って、タイムラインが更新された。
そこから僕は手慣れた動作で「#samurai」のハッシュタグ検索をかけてみた。
「火那たん変身キタ━━━━!!」
「恥ずかしい科白禁止!」
「あーあ。これで火那たんの出番は終わりか」
などというつぶやきが勢いよく流れていた。まさに氾濫する、と言う言葉がふさわしいほどだ。
ちなみに火那というのは美玖につけられた芸名兼役名だ。
応募するとき、本名では恥ずかしい、と適当につけた芸名がそれだったのだが、役のイメージと合っていたために、そのまま役名にも使用されることになったため、芸名兼役名ということになっていた。
それでいいのか、と素人として思ってしまうが、そこは主催が文部科学省のお役所仕事。特に問題にもならずにOKが出たらしい。
さてこの番組であるが、なんとスーツアクターも本人がつとめている。それを見越してのオーディションだったらしいが、こんなところで予算を節約しているらしい。何とも見当外れのところで経費節約しているが、これもお役所仕事、ということだろう。
もっとも、当の本人はノリノリで楽しんでいるらしい。最新技術で作られたスーツは防御力抜群で衝撃は伝わるものの殆ど体にはダメージが伝わらない仕組みになっているらしい。
「劫火召喚」
ファイアーサムライへと変身した美玖がスマートフォンを操作すると、再びスマートフォンの画面に炎が現れる。それを確認するや、ファイアーサムライは画面を上にして前に突き出す。すると画面から炎が現れる。その炎は次第に刀を形作り、鎮火する。
炎と消えたそこには、鍔が炎をかたどった刀が現れていた。
スマートフォンを再び腰のケースにスライドインさせ、右手で刀を握る。それに反応するかのように、刀身から一瞬炎が吹き出す。
「さぁ、私が相手よ」
その迫力に押されるように、モナカーンが一歩退いた。
「くっ!現れよ、ロウニーン!」
モナカーンの声に合わせるようにして、周りからぞろぞろと雑魚キャラが現れる。この辺は戦隊番組のお約束、というべきであろうか。
「タァッ!」
ファイアーサムライが敵に斬りかかっていく。ロウニーンは手に持った槍で抵抗しようとするが、そこはやはりお約束というか、立ち向かうような体勢を取るだけで、次々と斬られていくだけだ。
切り口からは炎が吹き出て、「あれで斬られたら確実に死ぬよなぁ」という感が半端ない。テレビを見ている一般人はVFXと思うかもしれないが、あれも実際炎が吹き出して見える技術らしい。ただ、そう見えるだけで熱くは全くないとのこと。
ファイアーサムライが華麗に3人敵を斬ったところで、初めて敵が槍の柄で刀を受け止めた。美玖は何とか押し込もうとするが、敵もぎりぎりのところで踏ん張っていた。押し返すだけの力まではないようだ。一瞬の膠着。
「喰らえっ!」
それを見極めたのか、後ろで戦いの様子を見ていたモナカーンが楕円形のものを投げつける。
小判?と思ったが、それにしては厚い。
モナカーンが投げつけた楕円形のものは、ファイアーサムライにぶつかると爆発をする。
「キャッ!」
モナカーンの攻撃を受けたファイアーサムライが後ろに吹き飛ばされる。スマートフォンに表示させたつぶやきクライアントの流れがまた加速する。内容は、まぁ見なくても分かる。
「どうだ、俺の最中爆弾の味は。最中だけに、甘めだろう」
ヒャッヒャッヒャッ、という感じで高笑いを上げるモナカーン。
それに僕は脱力感を覚える。
なんだよ、最中爆弾って。いくら何でもそのまんま過ぎるだろう。最中の餡の代わりに火薬をつめた、ということだろうか。色もちょうど似たような感じだしね、とか悪のりしたんじゃなかろうな。
というか、甘めの爆弾ってなんだよ。攻撃が甘めって、敵としてどうなんだろうか。
そう考えてしまった自分が、モナカーンのアイディアを考えた人と同レベルになってしまったように思えて頭を抱える。穴があったら入りたい。
「モッ!」
次の瞬間、バシンッ、という音を立ててモナカーンが吹っ飛んでいた。画面が切り替わると、そこには男女一人ずつ立っていた。
「助けに来たわよ、火那!」
「遅くなってすまない」
月さんと碧さんだ。それぞれ一言ずつ言葉を発すると、同時に変身ポーズをとる。
「閃光転身!」
「疾風変身!」
画面が二つに分かれ、二人の変身シーンが流れる。月さんの方は光に包まれ、碧さんは緑色の風に包まれる
姿がアップになったスマートフォンに映る。
画面がスマートフォンから二人の方へと変わった時には、ファイアーサムライと若干デザインが違う、色違いのスーツを纏った戦士が立っていた。
「ライトニングサムライ見参!」
月さんが変身したライトニングサムライは真っ直ぐ垂らした左手を右手でつかんだポーズで名乗りを上げる。どうもこの戦隊は色々おかしいと思うが、もう放送開始して3ヶ月経つし今更のことだと思うが。なんで誰も止めなかったんだろう。
「ストームサムライ見参!」
碧さんが変身したストームサムライは、体の前で拳に握った手を下向きに交差させたポーズだ。これは戦隊を意識しているのかもしれないが、若干ずれている。
変身した二人は、立ち上がったファイアーサムライの元に駆け寄る。
「ライトニング、ストーム!」
「さあ、ここから一気に決めましょう」
「ロウニーンたちは僕たちに任せて、ファイアーはモナカーンの相手を」
「OK。行きましょう!」
それぞれの行動を確認しあい、3人はそれぞれ前、右、左へと散らばっていく。
「月光召喚」
ライトニングへと変身した月さんは、スマートフォンから専用武器であるライトニングボウを呼び出す。
「ハッ!」
そしてジャンプ。空中で弦を弾く。すると、光の矢がいつの間にか番えられていた。
あとは右手を離すだけ。それを3回繰り返す。放たれた矢はロウニーンに吸い込まれるように直撃。断末魔を上げながら倒れていく。
「突風召喚」
ストームに変身した碧さんは、同じようにスマートフォンから専用武器・ストームパルチザンを取り出した。パルチザンといっても、長刀であるが。
「オリャオリャオリャー!」
ストームは長刀を頭上で振り回し敵の中に飛び込む。
「トウッ!」
そして一閃。敵を一体切り下ろす。
「次っ!」
返す刀で別の敵を切り上げる。あっという間に2体。
「まだだっ!」
かと思ったら、ストームの背後を取ろうとしたロウニーンを、刀部分の反対側で突く。ひるんだその隙に、振り向きざまに切り下ろす。あっという間に3体。その鮮やかな手際に思わず見とれてしまう。
「クッ!最中爆弾」
場面は切り替わりモナカーンが映る。サムライジャーが全員そろい、ロウニーンが次々とやられていくことに焦りを感じているようだ。もうやけっぱちの攻撃に見える。
「こんなもの!」
そんな攻撃が、美玖に通用するはずがない。最中爆弾はファイアーサムライに触れる前に刀で切り裂かれていく。
「これはお返しよ」
それだけではなく、ファイアーサムライは爆弾をいくつか刀で打ち返した。
「モナッ」
まさかの行動に対処できなかったもモナカーンは自分の放った最中爆弾を喰らっていた。
「胴っ!」
ファイアーサムライはモノカーンの右脇腹を切り、駆け抜けていく。刀で斬られたモナカーンは一回転して倒れる。
「止めよ!」
ファイアーサムライは右手でスマートフォンを取り出すと、刀の柄に取り付ける。
「劫火開放!」
刀を両手で持ち体の前に上げると、ファイアーサムライはスマートフォンに向けて叫んだ。
「ボイスチェック了承。ファイナルシーケンス」
スマートフォンから音声が返ってくる。
ファイナルシーケンス。音声認識によって専用武器に蓄えられたエネルギーを爆発的に開放。一撃必殺の技を放ち、敵を仕留める。いよいよクライマックスだ。
「必殺!劫火伏滅斬!」
剣道で面を打ち込むように刀を真っ直ぐ振り上げる。すると刀身を燃えさかる炎が包む。
「ヒッ!」
モナカーンが情けない声を上げる。恐れのあまり動けないようだ。なんとも情けなさ過ぎる敵である。
「面っ!」
かけ声一閃。美玖が真っ直ぐ刀を切り下ろす。すると、刀の先から炎が吹き出していく。
炎の刀。その表現がふさわしいその一撃はモナカーンに直撃。モナカーンは炎に包まれた。
「ああああぁ……」
モナカーンはもうひとたまりもない。断末魔を上げ、地面に倒れる。
「さようなら。もしも生まれ変わることができるのならば、次はいい人として生まれ変わりなさい」
ファイアーサムライは右手で刀を斜め下に振るう。そしてモナカーンに背を向け歩き出す。
数歩歩いたところで、モナカーンは大爆発を起こした。
後は今日の話のまとめがあって終わり、という所だろう。時計を見ると九時二十二分こんなものだろう。ちょうど僕もご飯を食べ終わったところだ。
僕は皿を重ねると、流し場に持っていって手早く洗う。
さぁ、今日は美玖とのデートだ。
僕の彼女は牙なき者の牙になった 第1章