白珠の君
ご機嫌いかがでしょう。
深い深い海の底に眠るあなたは、誰にも知られることもなく悠久の時を夢の中で過ごしているのですね。
あなたが見る夢は、優しく穏やかでさぞや光に満ちているのでしょう。
今でも、光も届かぬ闇の中で、溢れんばかりの輝きを硬い殻の中に満たしているのでしょうか。
滑らかで艶やかな白い肌は未だに穢れを知らず、例え傲慢で貪欲な心に触れても、きっとあなたはその穢れさえもはね退けてしまうのでしょうね。
けれど、わたくしは不安で仕方がありません。あなたの穢れ無き心が曇ってしまうのではないかと。
いいえ。決してあなたを疑っているのではありません。これだけは断言いたします。あなたの煌めきは世界に唯一の尊いものであります。その輝きは、多くの人々を圧倒させ改悛させることでしょう。
しかしながら、わたくしの世界はあまりにも多くの穢れで満ちているのです。かつて見えていたはずの青く澄み切った空は、今は光さえも届かぬほどの漆黒の闇に覆われているのです。
深い眠りから目覚めたあなたは、この世界の醜悪さに落胆するかもしれません。澄み渡る風と陽光に照る朝露こそが、あなたに相応しいものなのですから。
ですが、ご心配はいりません。わたくしはあなたを守るために、あなたを深い海の底で誰の目にも触れさせぬように隠しているのですよ。
やがて、あなたを長い夢から優しく揺り起こす方が来ることでしょう。しなやかで力強い腕はあなたの滑らかな肌を確かに支えるのです。彼の方は、その腕で必ずやあなたに降りかかる災厄をひとつ残らず払いのけるでしょう。
その時分には、世界はあなたに相応しい美しい世界を取り戻しているに違いありません。
それがいつになるのかは、残念ながらわたくしには分かりません。
どうかその時まで、美しい夢を紡ぎ続けていて下さい。
それでは、おやすみなさいませ。
白珠の君
万葉集ってちゃんと読んでみると面白いですね。
白珠は真珠のことです。