サボテン

何も言わずに出ていった君。  

こんなに雨が降っているのに何処に行くのだろう。

僕は君を呼び止めることも出来ずにただ見ていることしか出来なかった。

君の瞳なんて見れるわけないのに。

今にも降ってきそうな昼下がり。

窓を開けると冷たい風が入ってくる。

すると独特な匂いと一緒にポツポツと雨が降ってきた。

空は自分が不機嫌だと言わんばかりの雲に覆われている。

窓際の小さなサボテンも寒そうだ。

「水をあげるからどけて」

と言う君に僕はその場を空けソファに座る。

こんな日にでも水をあげるなんて、そんなに大切にしているんだね。

君を見ていればわかる。

このサボテンは初めて僕が君にプレゼントしたものだ。

10年前一緒に連れてきた時に比べて少しは成長しているだろう。

それでもまだ小さなサボテン……。

でもそれはあげすぎなんじゃないかな。

今にも水が鉢から溢れそうだよ。

あの頃ならこうなったのかな。

といない君を思い浮かべてみた。

君を思って早15年。

君と過ごせた日々を懐かしく感じた。

----------10年前----------



あの頃、僕は君と一緒に住んでいられた、楽しい日々を過ごしていた。

仕事は大変だが、君が家で待ていてくれると思うと、そんなのあっという間だった。

君は体が弱いから僕が頑張って働かないとね。

結婚はまだしない。

君や君の両親、それに僕の両親が許してくれないから。

だから僕と君は同居という形で暮らしていた。

でも僕はまだ君と結婚することを諦めていない。

君の両親は君と結婚しても長くないと言っていた。

君の病気はそこまで君を蝕んでいるのか……。

出来ることなら代わってあげたい。

君が『自分はいつ死ぬか分からない病気』と教えてくれたのは僕と同居する少し前。

前まではそんなそぶり見せなかったのに病気が悪化したらしい。

だから結婚を拒んだんだ。

それでも僕が君を思う気持ちに変わりはしない。

君も本当は報われない恋愛をしたくなかったらしい。

それでも僕は何度もプロポーズした。

「結婚しよう」

そう言っても君の答えはいつも決まっていた。

「いいわよ。私が生まれ変わったら。」

と笑顔で答える。

それはどんなに僕が真剣になってもだ。


それから5年して僕らは喧嘩した。

理由は『結婚』のこと。

いつになっても僕が真剣に考えているのに君が軽くあしらうことが

君と結婚できない苛立ちや今までのストレスと一緒に君へ酷い言葉をぶつけた。

その時は夢中になって言っていた。

君は驚いていたようだが、僕が落ち着くまで黙って聞いていてくれた。

一通り言い終わると君は「ごめんね」といつもと同じような笑顔で言った。

僕は何も言うことが出来ずに、ただ君を見ていることしかできなかった。

でもさっき言った言葉の数々の罪悪感が僕を襲う。

君を見ているのさえ辛くなる。

僕は目を逸らさずにはいられなかった。

君はまだ笑っているの?

あんなに酷い言葉をかけたのに。

沈黙が続き僕が謝ろうとしたとき、君はいきなり家をとび出した。

外は雨が降っていた。

でも僕は追いかけることが出来なかった。

そんな資格ないと思ったから。

その夜、君は帰ってこなかった。

君の帰りを待ち続けた夜はひどく長く感じた。

きっと実家に変えたんだろう。

ここから君の実家までは徒歩で5分ほどだったから。

次の日の朝、といっても僕にとっては昨日の続き。

早く君に謝りたくて君の実家に行こうかと思った。

でも君に帰ってきてほしいという願望のほうが大きくて家から出ることはなかった。

それに心のどこかで明日になれば帰ってくるのだから

明日謝ればいいやという安易な考えもあった。

君の帰りを待っていると電話が鳴った。

君かと思い、すぐに電話を取る。

「もしもし」

すると沈黙の後から小さな声が聞こえた。

君だった。

「もしもし。私だよ……。あのね私死ぬと思うの」

「何言ってんだよ!意味わかんねぇ。なんでそんなことが分かるんだよ」

君の言ってることが分からなくて僕は早口になる。

フフフと笑いながら君は言った。

「なんとなく分かるのよ。自分の体のことだもん」

「今何処にいるんだよ!」

「どこかの公衆電話であなたに電話してるの」

僕は電話に表示されている非通知を見た。

「携帯はどうしたの?」

「家に置いてきちゃった」

そう言うとまた静かに笑った。

「何があったんだよ」

「何もないよ。ただ最後にあなたの声が聞きたかっただけなの……。

 あのね、私あなたのことずっ」

ここで電話は切れてしまった。

僕はいても経ってもいられなくなり我を忘れ家をとび出した。

君が言いたかった言葉を聞いていないし

本当に最後になりそうで怖かった。

町の中にある公衆電話を探して走りまわった。

でもどこにも君の姿はなかった。



最後の希望として僕は君の実家に行った。

和風の家でアパート暮らしの僕にとっては城のような気分だ。

行ってみたが君はいなかった。

君のお父さんとお母さんに聞いても

「帰ってきていない」

と少し困った顔で告げた。

僕は君の実家を後にしその周辺を探し回る。

すると大人数の野次馬が僕の行く手を阻む。

早く君を見つけなければいけないのに。

そんな気持ちが僕を掻き立てる。

ここは大きな交差点。

裏道はない。

仕方なく人ごみを分けながら前に進んだ。

すると目の前に血の海が広がっていた。

その中心にいる一人の人間。

ブルーシートがかぶせてあったため誰かまでは分からなかったが

少しだけ見えた手の薬指にはめてあった指輪でわかる。

君だ。

僕が始めてプロポーズするために買った婚約指輪。

3ヶ月分の給料で買った指輪でプロポーズしたのにあっさり断られてしまった。

「生まれかわったらね」と。

それでも君につけていてほしかったからあげた指輪。

君と結婚できなくてもその指輪を見ているだけで幸せになれた。


でも今は違う。

あの指輪を見たくはなかった。

もし見なかったら誰かが事故にあったんだ。としか思わなかっただろうに。

僕は群衆の目など気にせずに君の名前を叫びながら走っていた。

警察の人に取り押さえられたが君の元へ行きたくて君しか見えていなかった。

君が運ばれるのをただ見ていることしか出来なかった。

僕はなんて無力なんだろう。

君は普通の乗用車に突っ込まれて即死だったと言う。

事故にあう前から君はふらふらとした足取りだったらしい。

車に乗っていた男2組は無免許の18歳の少年だった。

なんで君なんだ。そう思った。

警察署の安置室に行くと君が台の上で横になっていた。

きれいな顔で寝ているようだ。

今にも「どう?驚いた?」と言って起き上がりそう。

君は僕を驚かすのが好きだったからね。

でも君は起きなかった。

そんなのわかっているはずなのに。

どこかで期待している自分がいる。

これは君の手の込んだお芝居だと。

するとドアが開き君の両親が入って来た。

台で寝ている君を見て泣いた。

2人は君を見ているのが辛くなったのか部屋を出て行ってしまった。

僕は君のそばにいたかった。

僕があの時君を行かせたりしなかったらこう成らなかったのかもしれない。

それに僕はちゃんと君に謝っていない。

君に謝りたかった明日はもう二度と来なかった。


そのうちに落ち着いたのか君の両親が入ってきて言った。

「そろそろ帰りましょう。あの子のお葬式もしなければいけないし」

そうかお葬式をするのか。

君と本当のお別れをするようでそれは嫌だった。

でも君は僕のではないから君の両親に従った。

それから3日お葬式が終わり君は

最初で最後の僕の愛する人から

最初で最後の僕の愛した人になった。

僕は君と5年間過ごした家に帰ってきた。

ポストにはたくさんの郵便物が入ってる。

僕はそれを手に持ち僕らが過ごした部屋へと足を踏み入れた。

「おかえり」と笑顔で出迎えてくれた君はもういない。

ぽつんといるサボテンもなんだか寂しそうだ。

これからはサボテンに水をあげるのは僕の仕事になりそう。

僕はソファに座るとさっきの郵便物を確認した。

3日分の新聞と君からの手紙。

可愛らしいピンクの封筒に僕の名前と住所、そして君の名前が書いてある。

これは君の字だ。

丸みを帯びた少し癖のついた君の字はもう何年も見ているのだから一目見ればわかる。

日付は H24 4月26日。

君が死んだ日。

恐る恐る封を切ってみる。

1枚の便箋に君から僕に宛てた思いがつづってあった。




Dear 私の愛する人へ

きっとこと手紙が届いて驚いているのかな?

それもそうだよね、死んだ人間から手紙が届くんだもの。

私は今天国にいます。いい男がいっぱいいるのよ。

あなたも私なんか忘れて新しい子見つけてね。

そして幸せになって。私、普通の家庭を築きたかったから

この夢をあなたに託します。頑張って!

でも年に数回くらいは思い出してね。

私の命日とか付き合った記念日とか。

そうじゃないと私生きていたっていう事実がなくなりそうで怖いの。

最後にあなたに謝りたいことがあります。

結婚できなくてごめんね。私いつ死ぬかわからない病気だったでしょ。

だから結婚してあなたを縛り付けたくなかったの。

でもそれが逆にあなたを苦しめていたなんて思わなかった。

気づいてあげられなくてごめんね。

あなたの気持ちに答えられなくてごめんね。

私天国でまたあなたのプロポーズ待ってます。

ずっと愛しています。

psサボテンのお世話よろしくね


Form わたしより






ところどころ濡れていたあとがあり泣きながら書いたことがわかる。

君の泣き顔なんて見たことないに等しい。

いつだって君は笑っていたからね。

君からの手紙に一つ、もう一つと雫が落ちる。

その時初めて自分がないていることに気づいた。

君が死んだなんて信じられなかった僕は本当の寂しさに気づかなかったんだ。

でも今はわかる。

君のいなくなた部屋。

君の置いていったサボテン。

君の服。

全てが君の事を思い出させる。


初めて君との別れ。

それは永遠のように途方もない時間。

今日は君の5回目の命日。

今、僕はあの場所に来ている。

君が事故に遭った場所。

毎年、君の命日になるとここにくる。

そして花束を1つ置いておく。

でも今日は違う。

大きな交差点で大きなトラックにひかれた。

君が死んだ日、同じ場所で……。

僕に5年は長すぎた。

きっと君も僕のこと待っていてくれているんだろ?

僕はこの世界に未練はない。

君は驚くかな。いきなり僕が現れるんだから。


「もう来たの!?」やっぱり驚いている君に言う。

「僕は君がそばにいてくれないとダメみたいだ。だから僕と結婚してくれませんか?」

「……。はい」

そういうと君はうれしそうに涙を浮かべる。

僕らきっとうまくやれるはず。

君に報告があるんだ。君の大切にしてたサボテンだけど

小さいけどきれいな花を咲かせたんだよ。

サボテン

サボテン

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  • 全年齢対象
更新日
登録日
2013-05-21

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