ロボ

見覚えのない部屋に一人立っている【僕】

違和感の連鎖を抱えながら、自分がなぜこの部屋に来たのかを『過去の自分』と向き合いながら理解していく。

僕は、ロボット。人間だけど……ロボット。

 僕の今の心境は…『違和感』の一言だ。



窓もドアも無い、どこもかしこも真っ白な壁の部屋。四面の壁だけではなく、天井も床も全て真っ白。まるでサイコロの中に入っている様な感覚だった。


広さは…どれ位なのだろう。白のみと言う色の錯覚なのだろうか?家具も一切ないこの部屋は、果てしなくどこまでも続く巨大な部屋の様に思える。そんな部屋なんて存在するはずないのに…。


僕は天井を見上げた。照明や電灯類は一切無い。
なのに、この部屋は柔らかな明かりに包まれている。


(どうして太陽の光も電気の力も無いのに、この部屋は明るいのだろう?)
(どうして窓もドアも無い真っ白なこの部屋に、僕は立っているんだろう?)
(そもそも…どうやって僕はココへ来た?僕は……?)


疑問は、僕の頭からどんどん溢れて来た。
【それ】も、僕には『違和感』だった…。


僕は、幼い頃から物事に対してあまり関心を示さない性格だった。
周りに反抗していた訳でも、物事を理解する能力が無かった訳でも無い。
「そういうものだ」と、自分に与えられた事象を処理する…そんな子供だった。



小学6年の時。春がもうすぐそこまで来ているが、まだまだ吐く息が白い季節だった。朝の会で、級友の一人の転校が担任から告げられた。
勉強も運動も、そこそこ…特別目立つモノが無い普通の男子生徒。名前は横田と言った。急な親の転勤で、横田は引っ越す事が決まったそうだ。


「横田くんのために、明後日にお別れ会をしましょう」担任の若い女教員がこう言った。


横田は恥ずかしそうに俯いていた。普段、クラスの中心にいるタイプではない彼。急にクラスメート全員の視線が自分に向けられ、緊張が隠せていない様子だった。


「もうすぐ卒業なのにね」「皆揃って卒業したかったな」「嫌だよ…横田くんだけ残りなよ」次々に、悲しみの言葉を溢す級友達。突然の出来ごとに、涙する者も大勢いた。


僕は、何も言わなかった。勿論、涙なんか出なかった。
「この級友、横田は卒業式を前に転校する」担任から告げられた出来事を、頭で処理した。


大学4年の時。蝉の声が毎日の様に響いていた季節。周りの友人達は、就職活動のため、汗を掻きつつリクルートスーツを着て険しい顔をしていた。企業の面接日を電話でアポイトメントをとる者。不採用の通知を片手に大学の求人掲示板を凝視する者。さまざまな様子が見えたが、共通する事は一つ。…皆、就職活動に必死だった。


そんな様子を、僕は見ていた。色褪せたTシャツにジーパン姿。大学のベンチにボケーっと座り忙しなく動く彼らを見ていた。
(蟻の行列みたいだな…)黒いスーツの群れ。そんな事をボケーっと思った。


大手企業。高収入。出世。そんなものに、僕は何の魅力も感じなかった。
「自分は生きていけるだけの金があれば、それで良い」そう頭で処理した。僕はフリーターの道を選んだ。



そんな僕に、友人達は【ロボ】とあだ名を付けた。
―感情が無く、ただ生きるためだけに生まれた―
…そう呼ばれる事すら、僕は否定も肯定もせずに、頭で処理するだけだった。


そんなロボットの心が『違和感』で満ちている。


これこそ、本物の違和感だ。


「おい…。」低い声がした。
振り返ると、親父が立っていた。
逢うのは…いつ以来だろう?久し振り過ぎて思い出せない。

「よお。」僕は返事をした。相変わらずのネコ背、じっと相手を見ずに横目でチラっと見る…親父の癖は変わっていない。

「……元気にしていたか?」さっきより更に低い声で親父が呟いた。
「ああ…まあ。」僕は答えた。
「そうか。」親父は表情を変えずに、それだけ言った。


僕は、誰かと話をすることがあまり得意では無い。
言葉にしてまで伝えたい事も、そんなに思い付かないからだ。

「寡黙なところは、本当にお父さんソックリなんだから。」
母によく言われていた言葉を、なんとなく思い出した。


「母さんは?」今度は、僕から先に言った。
親父は表情を変えないまま、何も答えなかった。

「親父はココで何やってんだよ?」
…やはり無言のまま。


「ミャー」鈴の音と共に、僕の足元にフワッとした感触があった。

「あっ…!!」エムが、喉を鳴らしながら嬉しそうに僕にすり寄っていた。
三毛猫で、額の部分に、ちょうど『M』のマークの様に見える模様があるからエム。
僕が一人暮らしをし始めた時に飼い始めた。
(あれ…エム……実家に預けたっけ?)

エムを抱っこしたまま、僕の心は新たな『違和感』を生み出していた。

毎日エムの顔を見て、こうして抱っこしているはずなのに、エムを抱っこするのも随分久し振りな気がする。


僕と、親父と、エム。不思議なトリオ。




「もう……良いのか?」親父が言った。

「何が?」

「泣いている…」

「俺のどこが泣いてんだよ!?」僕がそう言うと、親父は初めて表情を変えた。

「智子さんが泣いているぞ。…もう、良いのか?」哀しそうな表情で親父は呟いた。

「………。」



(そうか)


…僕の『違和感』は、親父の言葉で全て消え去った。




僕は、自殺をした。
理由はくだらない事だった。バイト先の店長からクビにされ無職になったからだ。



僕は、スーパーの食料品コーナーに勤めていた。家から近かったのが理由。指示された野菜の仕訳の仕事を黙々とこなし、同僚や上司とは最低限の話しかしなかった…一人を除いては。


林原智子。僕と同い年の女性。
彼女も同じ食料品コーナーで働く正社員だった。活発でいつも笑顔の彼女は、試食コーナーの担当だった。長い髪を一つにキュッと結び、ハキハキした大きな声で老若男女問わず、客にどんどん話し掛けていった。人懐っこい話し方と天真爛漫な表情。彼女が売る商品はよく売れていた。

上司からも同僚からも人気者な智子。僕とは真逆の存在に思えた。

しかし彼女は、ある日こんなロボット男に「好きだ」と告白してきた。どうでも良かった僕は、「分かった」とだけ返事をした。…その時の彼女の笑顔は、これまで見たどの笑顔よりも輝いて見えた。

(よく笑う女だな)その時は、それだけしか思わなかった。

彼女は、いつも優しかった。仕事の休憩中も、僕に話し掛けては太陽みたいな笑顔を見せて「あはは♪」と大きな口を広げて楽しそうに笑っていた。

彼女のお陰で、僕に話し掛けてくる同僚も少しずつ増えていった。


不思議なもので、智子に「好きだ」と言われてから、僕は周りから「明るくなった」と言われる事が多くなった。

「そう…ですかね」そう言われて、僕は悪い気はしなかった。むしろこれまでに無い感情…嬉しささえ感じていた。



そんな周りとの環境も少しずつ変わり始めていったある日。

僕はクビになった。理由は「君には、全くやる気が感じられない」から…だそうだ。
僕は智子の時同様「分かりました」とだけ言い、職場を去った。



「結局、僕はロボット。感情は持つ事の出来ない…ただの生き物。」頭で処理した。


元同僚も、クビを境に誰も連絡をくれなくなった。僕は職探しを放棄した。人間と…誰かと関わることが面倒になった。

そんな僕の元へ、智子は毎日食事を作りに来てくれた。無職で職探しも放棄した…誰からも連絡を貰えない…そんなロボットに、彼女は毎日会いに来た。


僕が何も話さなくても、彼女は【今日の出来事】や【昨日見たテレビの話】など、一人で話しては以前と変わらず笑顔で僕を見ていてくれた。


「汚い!!掃除するよ!!」料理を食べていたら、突然智子が叫んだ。
「…?」彼女の顔を見る。智子はまるで悪戯っ子の様にニコッと笑うとこう言った。
「何もやりたくないよ―って心が思っていても、身体は何かやりたいはずだよ!?だから、まずは部屋を一緒に掃除しよう♪エムも綺麗なお部屋の方が良いよね~?でも…こんな汚っい部屋じゃ…徹夜かな?」悪戯っ子の表情のまま、僕を見つめる智子。
「……分かったよ。」僕は呟いた。


智子は、いつも前向きだった。僕を励ましたり応援したり…そんな言葉は一切言わず、出会った時と同じ様に接してくれた。…智子だけが、僕を【僕】として見てくれた。


エムが死んだ日。僕は声を出さずに泣いた。
智子は、震える僕をそっと抱き締め、朝まで一緒にいてくれた。


僕にとって…智子はいつの間にか、かけがえの無い存在になっていた。
いつの間にか、僕も彼女を愛していた。今まで…こんな感情は無かった。「自分の未来」ではない、「自分と智子、二人の未来」を思い描く様になった。


でも…職探しは上手くいかなかった。無職の日々が続く。大学時代に「蟻みたいだ」と友人を馬鹿にしていた僕は、童話と同じくキリギリスになった。

智子は「何を気にしてんの!!」と笑い飛ばした。相変わらず毎日食事や掃除と、僕に尽くしてくれた。彼女は笑顔をたくさんたくさん、僕にくれた。


嬉しかった。でも………。


愛する人に尽くされれば尽くされる程、自分がどうしようもなく惨めに思えた。
だから…ロボットは自ら【機能停止】を選んだ。
(智子には、幸せになって貰いたい。)頭で処理した結果の行動だった。


「男はな……」親父が口を開いた。
「愛する人を悲しませる事だけはするな!!俺が…俺が母さんにしてしまった事を、お前はするんじゃない」親父は哀しそうな瞳のまま、微笑んでいた。


僕が幼い頃、病に負けた僕の父。
年老いてから授かった僕を、寡黙ながらも愛し続けてくれた僕の父。


僕は25年生きてきて、ようやく分かった。


僕は【ロボット】なんかじゃなかった。
僕は…人から愛され、人を愛する事が出来る【人間】だったんだ。

真っ白い壁に、一筋の光が映し出された。太陽みたいな暖かい光。


「…行ってきます。」僕は、親父に笑顔を向けた。エムを抱いた親父も、笑顔で頷いた。


僕は、光の中へと一歩ずつ進んで行った。



(終)

ロボ

ロボ

  • 小説
  • 短編
  • ファンタジー
  • 青春
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2013-05-21

Copyrighted
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