俺等の青春貫き通すっ!
新しい一年間の始まり
「…神宮寺慶です。今回は麗楽中等学園から派遣され、この陽灯中等学園に一年間お世話になります。宜しくお願いします」
「私も。神宮寺絢世です。慶と同じく麗楽学園から派遣され、慶と一緒に潜入捜査をしていきます。宜しくお願いします」
「はい。この二人は双子だそうです。あとこの陽灯学園に兄がいるそうですが」
「はい。神宮寺大河、蓮が兄です」
二人は陽灯学園体育館舞台上で、自己紹介をしていた。
今回のこの企画は、この地域の学園のレベルを検査することが目的にされている。
その検査する側の学校の中で成績優秀で、運動万能な生徒が、レベル下の学園に行き、何故このレベルなのか等を検査したり、良い経験をするために一年間派遣される。
これは毎年行われている事で、この二人は第九十八派遣人。
慶は成績はあまり優秀ではなく、麗楽学園ギリギリのレベルであるが、運動神経と共に体育はいつも5だった。
だから、運動万能の部で学校体験に合格。
絢世は運動神経はあまり良くないというか、運動音痴であるが、頭はレベルが学年トップ。
なので、成績優秀の部で合格。
とまあ、この双子で学校体験の枠は埋まった。
そして今は挨拶し終えたところだ。
挨拶には、この陽灯学園に兄がいる、とあった。
この二人は六人兄弟で、順に、
透真、晋、大河、蓮、慶、絢世という。
その長男、透真は成績優秀で優しい性格でレベルの高い麗楽学園に楽々合格。
次男、晋も堅い性格ではあるが、成績は学年トップレベルで、麗楽学園に合格。
そして、三男、大河は運動神経はあり、体育だけが5で他は1、2、3を彷徨うばかりで、麗楽学園に不合格。まあ本人は行く気が無かったらしいが。
そして四男の蓮は頭もよく、運動神経もよかったが、何故かこの陽灯学園を選んだ。
とまあこんな六兄妹の中の麗楽学園の在校生は晋、慶、絢世だ。
晋は高等部の二年生、慶、真澄は中等部の一年生である。
「ではこれからは一年から三年までの教室を一週間制でクラスを回ってもらいます。ではこれで紹介を終わります」
どうやら仕切っているのは教頭の伊里山というようだが、それはどうでもいいことだ。
二人は舞台袖から帰り、まずは一年A組に入る。
この体験学習が始まるのは、六月上旬であるため、クラスはもう慣れている。
場は中間テストの結果がどうであったかの話題で持ちきりだ。
朝のSTで担任教師の少し不良っぽい見た目の男が喋った後、一時間目が始まる。
「ええと、一時間目は総合です。総合は今日から監修をしていただく、麗学から来ていただいた、神宮寺慶君と絢世さんだ。ここ一週間はA組を担当する」
「そういえば、小学校は花霧小学校だそうだな。誰か、同じ小卒の人いるか?」
「あ、俺花霧小卒!」
先生が声をかけると、一人の男が挙手する。
「俺知ってるぜ?小学校のころから学級委員長とか、児童会とかに参加してたからな。二人とも」
「へー」
場は凄く感心している。
慶は照れ臭そうに笑っているが、絢世は真顔だ。
「じゃあ軽く自己紹介しようか。好きな食べ物とか、趣味とか」
「あ、はい」
慶は前に出る。
「神宮寺慶です。先程言った通り、花霧小卒の子はあまりいなく、初対面が多いですが、宜しくお願いします。好きな食べ物は醤油煎餅で、趣味はバスケと長距離走です。」
「じゃあ絢世さん」
「神宮寺絢世です。慶と双子で私が妹ですが、宜しくお願いします。好きな食べ物は和菓子全般で、趣味は音楽を聴いたり、パソコンをすることです。」
「じゃあ、宜しくしてやってね」
先生はまとめて言うと、教室中から拍手が聞こえた。
「じゃあ席はそこになるから」
「はい」
先生から案内された席に戻って、ゆっくりと腰かける。
「よし、頑張らなくちゃな」
「うん。じゃあ体験日記は一日交代で書こ」
「了解」
「じゃあ授業を始める。今回はオリエンテーションの新聞を作ることになった。よし、作るぞ!」
先生は張り切りながら言う。
皆は色鉛筆などを片手に話を聞きながら、腕を動かしている。
最初に日記を書くことになった慶は、一生懸命記録しながら授業に参加している。
そして放課後。
部活は、いろいろな部活を体験していくことになって、初日は慶はバスケ部、絢世はテニス部を体験する。
爽やかなbasketballplayer
慶は今、体育館にいた。
麗学の緑色の刺繍と、麗楽学園のシンボルマークが書かれた体操着を来ている。
「じゃあ今日は臨時新メンバーが来てくれました。バスケ経験者だそうです。まず少し自己紹介してください」
「はい。っと、神宮寺慶です。麗学から監修に来ました。バスケは好きで、向こうの学園でもバスケ部に所属していました」
「麗学は部活二個選べるんだっけ?」
「はい。俺は、バスケ部と生徒会執行部でした。生徒会で抜けることが多かったので、まだ皆さんより劣るかもしれませんが、宜しくお願いします」
「へえ、執行部の何やってたの?」
「庶務で雑用をやってました。絢世は会計でしたけど」
「絢世?ああ、双子の妹ちゃんだっけ?よく大河から話聞いてたよ」
いちいちバスケ顧問が口を挟んできて、鬱陶しいが、慶は答え続け、やっと部活動が始まる。
まずはどのくらいのレベルなのかを判断したいという顧問の願いで、軽く練習試合をすることにした。
「慶!シュート!」
「おう!」
慶は見事に仲間と協力し合って、ゴールにダンクシュートを決める。
その姿は爽やかで、きらきらと輝いていた。
滴る汗もカッコよさを際立たせる。女子バスケ部の部員は慶に見とれている者が多かった。
「フゥ!!慶いいじゃん!」
「おう、ありがと」
仲間は慶に近寄ってくる。
すっかり馴染んで、すっかり仲良くなってしまったらしい。
「慶、凄いぞ!レギュラーイケるんじゃない!」
「ありがとございます」
先生も絶賛する。
慶は照れ笑いを浮かべながら、持ってきたタオルで汗を拭う。
「あ、あの…慶君?」
「…ん?」
慶は振り向く。
後ろには体操着にタオルを被って、立っている女子が三人いた。
恐らく、慶に一目惚れしてしまったのだろう。
耳まで赤く染め、にこやかな笑顔で話しかけている。
「慶君、バスケ上手いんだね…。あ!あたし、大空雛子!女子バスケ部だからよく合うと思うから挨拶しようと思うから!」
「あ…うん。宜しく」
「私は楜沢仁那。絢世ちゃんとはネットで知り合ってるから、絢世ちゃんから聞いてる?」
「…あぁ、何か新しい友達が出来たとか、何とか言ってたな」
「あ、あたしは佐々木由実。宜しくね!」
「おう。宜しく!」
慶は挨拶を済ませると、先生に呼ばれ席を立つ。
三人は見とれつつも、我に返って部活を始めるのだった。
兄妹の温かさ
そして、絢世は今、テニス部に来ていた。
「えっと、じゃあまず自己紹介をしてもらいます」
「はい。神宮寺絢世です。今回麗学から陽灯学園に監修に来ました。今日から一週間だけですが、このテニス部で活動させてもらいます。宜しくお願いします」
「はい。早速一本打ちしよう!」
絢世は動き出す。
すると、部長が快く話しかけてきた。
「ええと、絢世ちゃんだよね?大河と同じクラスの、テニス部長、桐谷紀帆だよ。お兄ちゃんに宜しく言ってね!」
「紀帆先輩…。わかりました。兄から少し話を聞いたことがありますよ。凄く責任感の強いしっかり者だと褒めていました」
「…っ!ええ、え、そうなの!嬉しいな!」
絢世は紀帆の事を見つめる。
紀帆は、顔を赤く染めて照れている。きっと大河が好きなのだろう。
だから、絢世にも話しかけてくる。そう思った絢世は少し気に入らないというような顔で先生の隣に来る。
「テニスは経験者なの?」
「はい。幼稚園の頃からやっていまして。長男から教わった簡単なものですが」
「へえ。絢世ちゃん、兄妹沢山いるんですってね」
「一応六人兄弟です。私は一番下でして」
「そうなんだー。何か良いなぁ!だって絢世ちゃんのお兄ちゃん達、イケメンばっかりでしょう?」
「そんなことないですよ」
「ふふ。じゃあそこで一本打ちしてね!」
「はい」
絢世は笑いながら、持参してきたラケットで一本打ちを始める。
思いのほか、良い球を打つので、先生は歓喜の声をあげた。
「凄い絢世ちゃん!」
「凄い、絢世って子」
皆から褒められると、少し照れてしまう。
絢世は謙虚にお辞儀をしながら、続ける。
そして部活終了後。
「ねえ、君、神宮寺絢世?」
「え…あ、はい」
振り返ると、二年の先輩が笑って立っていた。
可愛らしい顔つきに、テニスラケットを持っていたので、テニス部だと判断する。
「あのさ、僕さ、大河の友達なんだけど…って、あ!大河だ!」
「おう!恭也!あれ、絢世もいるの?」
「あ、大河」
「何何?仲良くなっちゃったの!?」
「違うって!さっき絢世ちゃんとそこで会って、たまたま話しかけただけ」
「へえ、そうだったのか。まあ仲良くしたってくれや」
大河は剣道部で、日焼けはしないはずなのに、肌は健康的に焼けていて、スポーツマンを想像させる。
がっしりとした身体に、がははと笑う顔。
黒い短髪に、筋肉が豊富な身体、長身でスタイルも良い。
モテそうな奴だ。
「大河。今日は大河が鍵持ってたでしょ?私先に帰ることになったから、私に鍵渡して!」
「ああ、良いぜ。っと、ここから取ってくれ」
「うん」
絢世は大河のスクールバックから鍵を取り、その場を去る。
「絢世ちゃん、お前の事『大河』って言うんだね」
「そうなんだよ!慶は『大河兄』って言ってくれるんだけどな!」
「ふうん…何か賑やかそうだね、大河のウチは」
「そうか?」
「うん。僕なんか一人っ子だから、話し相手は母さんと父さんしかいないし。母さんと父さんだって、話かみ合わないしね」
「じゃあ俺の家、いつでも来いよ!」
「ありがと。大河」
「おう!いつでも頼れよ、恭也」
大河と恭也―、朝倉恭也は笑いながら自転車に乗り帰った。
「じゃあ私は先に帰るから、早く帰ってきてね」
「早く帰ってきてほしいなら、手伝えよ…」
「当番きめたじゃん?明日は私がやるんだからさ」
「…鬼畜女」
「ん?」
「何でもねえよ」
「あっそう…でも耐えられなくなったら呼んで」
「はいはい」
絢世は準備をし終えて、帰り始める。
通学路は、偶然会った蓮と一緒に帰る。
「今日は緊張したよ…」
「ばっちりだったけど?」
「あれでも心臓バクバクだったんだよ?もう…何でいちいち舞台上で挨拶しなきゃいけないかなぁ」
「ははは、もう終わったことだし、これからは監修頑張れ」
「ありがと、蓮」
「いえいえ」
蓮は優しそうな笑みを浮かべながら言う。
身体は小さめだが、ハンドボール部で、運動している感じが醸し出ている。
どちらかといえば赤に近い茶髪で、優しそうな目、可愛い顔…。背は少し小さいが絢世よりは頭一個分大きい。
ちなみに絢世の身長は156cmだ。
「ただいま!」
「おかえりなさい」
「あ、透真!帰ってきてたの!!」
「今日はサークルが早く終わったもので」
「やったぁ!じゃあ透真!一緒に遊ぼう!」
絢世は透真に抱きつきながら言う。
「甘えん坊ですね…。良いですよ、何して遊びますか?」
「トランプ!」
「はいはい…」
そして蓮は食卓の準備を整えるが料理は出来ないため、皿を用意したり、テーブルを拭いたりするのみ。
食事はいつも絢世が行っている。
何せ、男しかいないため、皆料理が下手で不器用だから、家事は全て絢世が行っている。
洗濯や掃除は手分けしてやっているが。
ちなみに、父と母は、いつも出張で帰ってくるのは一年に一回ほどである。
絢世と透真は絢世の部屋でトランプをしながら、お茶を飲む。
透真が帰ってくるのはいつも遅くて、滅多に遊べないし、あまり会う事もない。
こうやって早く帰ってきて遊べるというのは本当に珍しい事だから、絢世は本当に喜んでいる。
小さいころから父と母は出張していて、あまり会う事が無かったため、透真が親代わりに面倒を見てくれていた。
優しく、責任感があり、頼れる透真は絢世の憧れだった。
「ああ、負けてしまいましたね。神経衰弱はどうしても駄目だな…」
「透真はもう少しで勝つのに…私に遠慮してるならそういうのは良いよ?」
「大丈夫ですよ。私はいつも本気ですから」
「そっか」
絢世は透真に抱きつく。
「…今日は随分甘えん坊なんですね」
「だって、こうやって透真と会えるのは久しぶりでしょ?」
「一ヶ月ぶりくらい…ですか」
「うん。透真は安心感があって落ち着く…。優しく包み込んでくれるような温かさだよ」
「そうですか…」
透真は絢世の頭をぽんぽんと撫でると、にこっと笑う。
「そろそろ晩御飯の時間ですね。久しぶりの手料理ですから、期待していますよ」
「うん、頑張る!」
透真は微笑むと、絢世はキッチンに立って料理を始める。
すると、二階から大河が戻ってくる。
「良いにおいがすると思ったら今日の晩飯はカレーか」
「うん!透真と一緒に久しぶりに食べるから、透真の好きな食べ物にしてあげたくて」
「良いぜ、俺も賛成」
大河はにっと笑う。
すると、玄関から音がした。
「…ただいま」
「おかえり!慶と、…晋も今帰ったんだ」
「ああ」
「あー、疲れた」
慶と晋は和室で制服を脱ぎ、部屋着に着替える。
そしてリビングの椅子に座る。
慶は緑色のTシャツに、黒のハーフパンツ。晋は黒シャツに灰色の長ズボンを履いている。
晋は紺色の髪の毛に、どこか冷めた目に、肌は少し白め。
麗楽学園高等部二年生で、部活は生徒会執行部の副会長と、茶道・華道部だ。
長身で、いかにも頭がよさそうな顔をしている。
この男はかなりモテる。
「じゃあ蓮呼んでくるね。待ってて」
「あー、今行く!」
「じゃあ座って待ってよ」
そして座る。
六人兄妹で囲むいつもの食事が始まった。
「今日は私、本当緊張したんだよ?皆の前でさ…」
「そういえば絢世は、今年の学校体験学習者だったな」
「うん、そうそう!それは嬉しいんだけど、舞台上で挨拶したのが凄く恥ずかしくて」
「それだったら俺もしたけど、別に恥ずかしくなんかなかったぜ」
「慶は良いよ、私そういうの苦手だから…」
「まあ、もう終わったことだし、これからガンバろ!」
と、会話が繰り広げられる。
そして食べ終わる。
片づけは当番制で、今日は大河の当番だった。
「ようし!頑張るか!」
何故こんなに張り切っているのかは知らないが、大河は皿を洗ったりテーブルを拭いたりしている。
その間、蓮は風呂当番だったため、浴槽を洗い、風呂を沸かす。
そして、慶と絢世は二階に行って勉強をし始める。
「-つまんなぁ…」
コンコン。
絢世の部屋のドアをノックする音がした。
「鍵あいてるから入っていいよ」
「おう」
「どうしたの、慶」
「勉強でわからない単元があって」
「で?」
「教えてほしい」
「良いよ」
そして絢世の部屋で、ミニ授業を始める。
わからない単元というか、面倒くさくて寝ていて、意味分からなかった『植物のつくりとはたらき』である。
光合成の仕組みとか、花の部分の名称を教えてくれとのことだった。
勿論絢世は参考書などでも勉強していたし、授業も真剣に聞いていたため、慶に教える。
慶はふむふむというように納得しながら聞く。
そして七時になる。
「私先にお風呂入るね。ちゃんと復讐しないと、麗学帰ったら大変なことになるからね」
「わーってるよ」
「じゃ」
絢世は微笑みながら出ていく。
脱衣所で服を脱ぐと、浴槽に入る。
「ふぁぁ」
ぶーぶーぶーぶ。
携帯のバイブ音が聞こえる。絢世は携帯を開く。
それは、こういうメールだった。
送信者 赤城 貴志
件名 久しぶり
本文
今、何してる?俺はご飯食べ終わって、自分の部屋にいる。あのさ、最近会ってないじゃん?
俺今日、見たヨ。挨拶!俺B組だからさ、一週間後には来るってわかってるんだけど、何か我
慢できなくてさ。明日会いに来てよ。昼休みでも放課後でも良いからさ。で、帰り一緒に帰ろ
!待ってるから❤
というメール。
赤城貴志は、絢世と同じ幼稚園で、家も近く、所謂幼馴染だ。
だが、小学校の時、貴志の引っ越しで離ればなれになってしまい、二人は引き裂かれてしまった。
引き裂かれてしまったというのは、二人は想いを寄せあっていた。
いつもどっちかの家に遊びに行っては、トランプをしたり、ゲームをしたり。
仲が良かったのに、貴志は家の都合で会えなくなってしまったのだ。
小学校の時の六年間はずっと音信不通で、何も話すことはなかった。
だが、中学校。貴志は、陽灯学園にいた。
だがもう、二人の想いは――。
蘇る過去
「きょうはあやちゃんちであそぶ!」
「うん!あやのうちきてね!ぜったいだよ!」
「わかった!じゅんびしたらすぐいくよ!」
幼稚園の頃、いつも一緒にいて、遊んで、一番の仲良しだった、絢世と貴志。
今日は絢世の家で、トランプをして遊ぶ約束をした。
「わぁい!しんけいすいじゃく!わあい、わあい!」
「じゃあ、たかしくんからだよ!」
「うん!」
二人はトランプが大好きで、特に神経衰弱はいつもやっていた。
勝つのはだいたい、貴志だったが、たまに絢世が勝つことだってあった。
そんな時。
いつものように遊ぶ約束をして、今日は絢世の家で遊ぶ約束をした時だった。
「あれ…?たかしくんおそいなあ」
三時に待ち合わせて、一緒にお菓子を食べる約束をしたのに、貴志は待っても、待っても来ない。
電話してもつながらない。
そして、今日は貴志は来ないまま一日は終わってしまった。
そして次の日。
いつものように幼稚園に行っても、貴志はいない。
「きょうやすみなのかなぁ。めずらしいな」
次の日。
やはり貴志はいない。
また次の日。
やっぱり貴志はいない。
そんな日々を繰り返し、貴志は引越したということがわかった。
幼稚園側も初耳で、保護者からも何も言われずに突然引越したという。
何で引越したのかはしらない。そのとき貴志はどうしていたのかもしらない。
絢世は裏切られたかのようにショックを受けた。
毎日楽しみにしていた幼稚園も、前より渋るようになったし、帰ってきたらいつもは「たかしくんとあそぶ!」と張り切っているのにただいまも言わずにソファに寝転がってしまう。
そんな日々が続いた。
絢世は幼稚園を卒園して、小学校に通うくらい成長した。
貴志の事は少し心残りしているが、透真にも忘れろ、と言われた。
だんだん、貴志の事は心の中からいなくなっていた。
それからの小学校生活六年間も、新しい友達や、貴志より仲のいい友達もできて、貴志であいた穴はだんだん埋まっていった。
そして。
「一組二十三番、神宮寺絢世」
「はい!」
花霧小学校を卒業した。
麗楽学園に行くために、猛勉強をして受験も受けて、合格もした。
それは慶も一緒だ。
もう貴志なんか、いらない―。
貴志はもういないんだ―。
最早貴志の事なんて忘れかけていた。
なのに―。
六月上旬。
絢世と慶が陽灯学園に監修に行ったら、貴志がいる。
貴志は一度も目をそらすことなく、確信の目で、絢世に笑いかけた。
絢世は驚いた。
今、新しい友達で埋められていた穴が、また掘り起こされたような感覚―。
絢世は忽ち怖くなった。
「…慶」
「どうした?」
「怖い、怖いよ」
「どうしたんだよ?」
「貴志がいる…貴志が…!」
「貴志?赤城貴志か!」
「…うん」
慶は貴志を見つけると、すぐさま駆けつけた。
「おい貴志」
「…慶、久しぶりじゃん」
「…何だとてめぇ」
「元気してた?八年ぶりくらい?いやぁ、すぐわかったよ」
「てめぇ喧嘩売ってんのか?俺が、いや絢世がどんな想いしたかわかってないのかよ!」
「慶やめて!」
「毎日楽しみにしてた遊びも、会話も、全てお前が持って去って行った…。こっちの気持ちがわかんのかよ!」
「何言ってるの慶、久しぶりに会ったのに、それは失礼…」
「うるせぇ!もう慶なんて呼ぶな!お前なんか俺は知らねえ、消えろ」
「慶!そんな言わないで…!」
「お前は良いのかよ絢世!こいつに一番傷つけられたのはお前だろ!」
「でも…でも、仕方なかったんだよ…仕方なかったんだ…」
「何がだよ!」
「落ちつけよ慶。絢世が良いって…」
「黙れ!気安く話しかけんな、裏切り者が!お前と何かつるんだ俺が悪かった。本当にお前には呆れた」
慶は貴志の胸倉をつかむで叫ぶ。
まわりは誰も見ていなく、しんとしていた。
絢世は目に涙を溜めて、ぐすぐすと泣いている。
貴志は慶の方をまっすぐ見て言う。
「ホントお前は変わんねえな」
貴志は呟くように言う。
その目には、憎しみというか、微笑みというか、深い感情が込められていた。
慶は胸倉から手を離して言う。
「お前はもう俺の幼馴染でもない。友達でもない。ただの『他人』だ」
「…」
「慶、待って!」
絢世は一度貴志の方を振り返ったが、すぐに慶の方に行ってしまった。
貴志はその場に立ち尽くして、俯き、しばらく立っていた。
古き幼馴染
「どうしよう」
絢世はまだ迷っていた。
貴志に会うかどうか、慶に言えば絶対に行くなと言う。
言わずにいって、もし気づかれたら慶に何と言われるか。
絢世はしばらく携帯を見つめて、ふと決心したように言う。
「私だってもう子供じゃない」
絢世は体を洗い、髪の毛を洗い、顔を洗って風呂場を出た。
そして、貴志にメールを返信する。
送信者 神宮寺絢世
件名 こんばんは。
本文 明日校庭前に来て。あの花壇のところ。絶対に慶には言わないで
こうメールを送る。
寝間着に着替えながら、携帯をいじっていると、
「絢世。誰かからメール?」
「あぁ、蓮。そう、友達から…」
「ふぅん。さっきから困った顔してたから…。何かあったら言うんだよ?」
「あ、ありがとう…。でも大丈夫、だから」
「あー!何か隠してるでしょう?さぁ、俺に言ってよ。力になりたい」
「蓮…」
「ということなんだけど…」
「そう…」
絢世は蓮に全て話した。
蓮は困った顔になりながら、頬に手を当てて考える。
「とりあえず、それは慶には言わない方が良いね」
「うん。言ったら絶対駄目って言うもん」
「その貴志って子、あの昔よく遊んでた子でしょ?俺も名前くらい知ってるよ。あの子何だか不思議な子だったもんね」
「そうかな…?」
「でもあの子、きっと絢世が好きなんだよ。引越したのもお家の都合で緊急だったとかさ」
「そうだよね…って、ええ!貴志は私の事好きじゃなくて、違う子が好きなの。よく相談されてたもん」
「誰誰?」
「菅原エレナって子。凄く生意気で先輩には評判悪いけど、いつもSP連れてて手が出せないって、テニス部の先輩が言ってた」
「へぇ。っつーことは、その貴志は、ドMってことか。あぁ気味ワリィ、雄豚かよ」
「大河!」
「へっ、話は聞いたぞ。大丈夫だ俺も言わねえ!けどその貴志って奴、全く酷いもんだよな。手紙くらいよこせっての」
椅子にはいつの間にか座っていた大河がいた。
大河は風呂からあがったばかりで、湯気が出ていて、上半身は裸、下半身は灰色のスウェットを着こなしている。
「もう大河…服を着なさいよ…」
「あちぃんだから仕方ねえだろ、ああああああ」
大河は傍にあった扇風機のスイッチを押し、強の風を浴びている。
蓮はあきれ顔になっているが、とうとう切り出したように言う。
「とりあえず、明日は行ってみるべきだよ。それで話を聞いて、」
「蓮兄…風呂上がったよ」
「あ、慶!わかったわかった!」
「何話してんの?」
「な、なんでもないってば!じゃあ!」
蓮は焦って行くように出ると、風呂場に直行した。
慶は不思議そうに見つめていたが、やがてまあいいかというように着替え始めた。
絢世は二階に行き、ベッドに入る。
そして眠りに着く。
明日、話しをつける。そう思いながら。
決着の時
「よし」
翌日の昼休み、早く食事を終えた絢世はいつも一緒にいる友達とも適当に誤魔化しておき、一人で校庭にやってきた。
校庭では、花壇前に人影が見える。
あれがきっと、貴志だろう。
絢世はふっと嘆息すると、気合を入れて近寄った。
「…あ、絢世」
「貴志、あのねっ、話がっ」
ギュッ。
「ちょ、ちょっと貴志っ!離してっ、いきなり何!?」
「もうこのまま離さない」
「ちょっと貴志!?皆見てるよ!」
「良い。俺はお前が好きなんだ」
貴志は突然、絢世の頭をぐっとこちらに寄せて、キスをしようとする。
だが、寸前のところで止めて、こちらをじっと見つめる。
「俺が嫌いか?どうしてそんなに嫌そうな顔するんだよ」
「だって、どうして、何でっ…」
ギュッ。
もっと強く抱きしめられる。
校庭を通り過ぎた人達が、「あれ、一年の貴志と、あの監修の神宮寺絢世じゃね?あいつらデキてたの?」などという声が飛び交う。
絢世はこのままじゃまずいと思って、思い切り離した。
「やめて!どうしてこんなことするの!?」
「俺は絢世が好きだからだよ。ずっと好きだった…」
「何で…貴志はエレナが好きだったんでしょ!」
「エレナは…好きだった。だけど今は違う。今の俺は、」
「?あれ、貴志君じゃありませんの。こんなところで…ってええ!」
「…エレナ。何か用?」
「べ、別に何でもありませんのよ!?では失礼いたします!」
エレナはこちらを振り返ることなく消えた。
きっと泣いていたのだろう、アスファルトには涙の跡が残っていた。
「何だよ邪魔すんなよ…。じゃあ続き、しよ…?」
貴志は再び離れていた肩を抱き寄せ、ぎゅっと抱きしめた。
「や、めて!!」
「おい、どうしたんだ…た、貴志!」
奥から偶然歩いてきた慶がいた。
慶は手に持っていたバインダーを離し、全力でこちらに駆けた。
「貴志!お前、絢世に何してんだ!」
「…あーあ。また邪魔者が来ちゃった。俺は只、絢世を抱いてるだけだ。それだけでしょ?」
「絢世は嫌がってる」
「本当は…?どうなの、絢ちゃん」
「…っ」
絢世は思い切り走って逃げた。
答えを出せなかったからだ。
貴志は嫌いじゃない。
なのに、心の中で何かが拒否反応を起こす。
「何でっ、何でっ…」
絢世は答えを出せずにいた。
力になりたい
~絢世size~
私は何でこう、いつも素直になれないんだろうか。
貴志の事だってそうだ。
私は本当に貴志が嫌いなのだろうか。好きなのだろうか。
本当は自分で分かっているはずなのに。
なのに、それを受け止めようとはしない。
どうすればいい。
貴志と慶を放って置いて来てしまったから、きっと今頃二人は口喧嘩をしているだろう。
慶は感情的だし、貴志は挑発をするから、殴り合いになっているかもしれない。
そう思ったらいてもたってもいられないはず、なのに…。
足が動かない。
今行ってしまったら、私は答えを強制的にはかされる。
それが怖くて行けないんだ。
「…絢世?」
「ん…大河」
「こんなとこで何してんだよ。元気ねえぞ」
「ううん、だいじょぅぶ!」
「…そうか」
校庭から校舎に戻っていこうとしていた大河と偶然出くわす。
大河は私の方を心配そうに覗いている。
私は顔を隠す。
こんなところ、大河に、他の人に見られたくない。
「お前、何か隠してるだろ?」
「…な、何で?」
「お兄ちゃんはお見通しだぜ!早く、言ってみろよ」
「大河には関係ないもん」
「絢世。関係なくはないだろ?同じ血の繋がった兄妹なんだから」
「…」
私は少し戸惑ったけど、大河が優しそうな頼れる兄貴の微笑みを見せていたから話すことにした。
「私…さ、ホント正直じゃないんだ」
「どうして?」
「貴志…、覚えてる?昔よく遊んでて、突然引越した友達」
「あぁ、貴志な、覚えてるよ。ここで同じ部活だし、剣道」
「貴志は私の事を好きって言った」
「良かったじゃん?」
「私は答えを出せないんだ。本当に好きなのか、貴志を傷つけてしまわないだろうか。考えると怖いの、怖ろしいの」
「…そうか。恋って言うモンは面倒なモンなんだな」
「恋って言うのかな…」
「とにかく俺は自分の気持ちに正直になることから始めたほうがいいと思うぜ。それと、貴志といっぱい話すんだ。しっかり相談した方がいい」
「…大河」
「ん?」
「ありがと。あ、あとテニス部の先輩が大河の事好きだって。じゃあ」
「…なんだって!?おい、聞けよ!」
「ふふ」
私は騒ぐ大河を放っておいて、さっきの場所に戻ることにした。
もう、もうすぐで答えが出そうなんだ。
正直で、飾らない、私の本当の想いが、今分かりそうなんだ。
私は勇気を出して、言わなくちゃならない。
そう決意して、校庭に戻った。
真実の答え
「で、話って何?」
絢世は校庭の花壇前から、慶だけを置いて、貴志だけを昇降口前に呼び出した。
「…答えが、今、答えが出た」
「…ふーん、聞かせてよ」
絢世は息を吸い込む。
顔は苦しそうで、何かを背負っているような重そうな背中。
元気のない表情。
貴志は薄ら笑いを浮かべながら、耳を澄ます。
「私、私ね…」
「貴志様!」
「えっ?」
大声で駆けてきた女の方を見ると、それは全力で走ってきて、はあはあ息を乱しているエレナの姿だった。
陽灯中学の制服の、白いセーラーに、赤いリボンのシンプルな服装に、髪の毛は金髪という派手な姿だ。
母親はギリシャ、父親はオーストリアのハーフである。
「どうしたんだよ、エレナ」
「貴志様!今だから言いますわ!私は貴方の事が好きなんですの!」
「…」
気まずい沈黙が流れる。
エレナは勇気を振り絞った後で、安堵している。
やっと言えた、というように満足げに微笑んでいる。
貴志はそっと答える。
「絢世、どうする?」
「ごめんなさい。私は貴志の事、好きなのかもしれない、嫌いなのかもいしれない。…だけどさ」
「やっぱ無理…だな。それだけ」
絢世はそのまま立ち去った。
貴志は俯いてそのまま立ちすくむ。
エレナはどうしたものか、と目を見張るばかりだ。
貴志は笑う。
「…やっぱ、な」
これからも、ずっと―。
「この一年間有難う!!」
パンパカパーン。
クラッカーと共に、礼の叫び声。
先生も混じって言う。
「じゃあ挨拶をお願いします!」
「はっ、はい…」
「ええと、一年間有難うございました。皆さんと作ったこの思い出はずっと未来へ繋がっていき、良い思い出になります」
「私も、ずっとお世話になり、皆さんの親切な心遣いにいつも助けられました。今度の学校公開の時は、我等の学校、『麗楽学園中等部』に来て下さい!」
「はい!」
慶と絢世は順に挨拶をする。
皆も返事をする。
教室中、清々しいような笑顔と、笑い声で包まれた。
絢世と慶も、にこやかに微笑み、皆にメッセージを送った。
最後に寄せ書きと、思い出を乗せた栞をもらい、こちらからも、メッセージカードとメモ帳を渡した。
そうして、楽しいお別れ会を終えた。
終始、和やかで、笑顔溢れたお別れ会も、もう結末を迎えた。
「本当に有難う!!」
皆は、大声で言って、最後にクラッカーを放して終了をした。
この一年間は、とても良い経験になり、楽しい思い出になったと、二人は心の底から感じるのだった。
終わり。
俺等の青春貫き通すっ!
最後まで見ていただき有難うございました。
私の作品はいつも、どうしても、魔法とか能力とかファンタジー系が出てきてしまいます。
だから、そればっかりもつまらないと思って「青春系」を作ってみました。
長編を書く勇気が無かったので短編です!(^^)!
最後の『』記された文字の、「麗楽学園中等部」が何故重要化されていたのかというと、今度は麗楽学園中等部の様子を描いた作品を作ろうと思います。
続編ということで、慶達は二年生になって登場します!
その作品も是非ご覧になってくれると嬉しいです。
完成するのは気まぐれで行っておりますので、拝見する方も気まぐれで見てくれると嬉しいです。
ツイッターやってみゃしゅ! 十五夜兎のユーザーで探してみてください((ニヤ