安定志向(4)

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第三章「幼馴染の義務」

 覚醒剤――それが、美雪が手を出したドラックだった。
 別に彼女はずっと昔から乱用していたわけではない。
 ただあるひとつの出来事が、彼女を大きく変えてしまったのだ。
 そして彼女が乱用を始めてから一年と少し、蒼樹美雪は遂に逮捕された。

 工場内に大きな音が響く。それは――俺が澤木の胸ぐらをつかんで壁に押し付けたことにより発生していた。
「どういうことだよッ!?」
「どういう、って?」
「だから――美雪がドラッグに手を出したのは、お前のせいかって聞いてんだよ!!」
「そうだなあ……。確かに俺のルートから美雪がドラッグを手に入れたのは確かだよ」
「やっぱりお前が――」我慢しきれず拳を振り上げる。
「おいおい待った待った」だが、俺の拳はたやすく掴まれる。
「何だよ……」
「けれど、彼女がドラッグに手を出した原因は俺じゃない」
「じゃあ――」
「手を出した原因は何かって?そんなこと、本当は俺に聞くまでもなくわかってるんじゃないか?わかってるはずさ、わかってなきゃおかしい、わかってなきゃ許せない」澤木が俺を睨む。一年ぶりに澤木に会って、これが初めてコイツが本当に感情を表した瞬間だった。
「ッ――」
それに俺は何も答えられない。だってわかっていたから。すべての責任は俺にあるだなんていうことは。とっくにわかっていたから。
「おま――」
「うわああああああああああああ!!」怒りに任せ、膝を澤木の鳩尾にぶち込む。
「ぐ、ふっ……。て、てめえ……!!」澤木が先ほどとは毛色の違う怒りをあらわにする。
 そこから先には理屈なんてものは一切役に立たないし、そもそも存在を許されない。暴力の独壇場となった。

 工場には、二人の少年が息を荒げながら、全身を傷だらけにしながら横たわっていた。両者が倒れ伏してからすでに一時間余りが経過していた。
「なあ、澤木」その沈黙を、俺は打ち破った。
「……」澤木は何も答えないが、俺は構わず続ける。
「美雪が今どこにいるか、わかるか?」
 今俺のしなければならないことは決まっている。俺がまだ美雪のことを好きなのか――それはわからない。けれど、それでも美雪は俺の幼馴染だ。一時は本当に愛していて、そうでなくてもとても大切な相手には違いなくて。そんな相手がドラッグを使って捕まった。そんなの、放って置けるはずがないじゃないか。
「それを聞いて、どうするつもりだ?」
「決まってる、会いに行くんだよ」
 会いに行ったからってどうにかなるわけもないだろうけど、それでも俺は会いに行くんだ。そうしなければならないんだ。それが幼馴染の義務、なんだから。
「そっか。ならもうしばらく待ってろ。たぶんまだ取調べ中だと思う。もう少しで留置場に連れてかれるはずだから、その時になったら面会してこい」
「さすがドラッグ常習者。詳しいな」
「うっせ」
 なら、それまでに俺のやることは――

 翌日の放課後、クラスメイトA――藍沢佳苗を屋上に呼び出した。ボッチ野郎からの突然の呼び出しに、当然ながら困惑していたようだが、しっかりと屋上には来てくれていた。
「悪いね、突然呼び出して」
「別に……。で、何のよう?」警戒心をむき出しにしながら佳苗は尋ねてくる。
「ああ。その、少し頼みたいことがあって」余計な話は不要かと思い、いきなり本題を突く。
「頼み事?何であたしがあんたの頼みなんか聞かなきゃなんないわけ?マジイミフ」そう言って佳苗は屋上から出て行ってしまいそうになる。
「――それが、蒼樹美雪絡みでも?」
「……で、何?」美雪の名を聞いて、佳苗は渋々足を止める。彼女は間違いなく美雪の友達――親友、だった。そんな彼女に何もなく美雪は消えていってしまったのである。佳苗がそれを気にしていないはずもない。
「実は――」そうして俺はまず真実を語った。佳苗が誰かに喋るかもしれない、と思わなかったわけではないが、そこは彼女らの友情を信じることにした。一人たりとも友達なんていない俺なのに、そんなことを思った。

 それから数日して美雪は留置場に移送され、面会できるようになった。
「……じゃあ、行こうか」そして俺は迷わず向かう。
「……ええ」藍沢佳苗を連れて。

「久しぶり、美雪」
「……ゆう、すけ」面会室に現れた彼女は酷く憔悴していた。
「今日は美雪に知らせたいことがあるんだ」その様子が気にはなるが、時間は限られている。だからすぐさま本題に移ることにした。
「……なに?」
「俺にも、ようやく彼女ができたんだ。美雪も知ってるよな?藍沢佳苗さん。僕から告白して、OKしてもらったんだ」
「……そう、なんだ」
「だから俺はもう大丈夫だよ。美雪は一年前のことをずっと気にしてたんだろ?でも、大丈夫だから。俺はまた、新しい恋を始められたから、だから、美雪が気にする必要はどこにもないんだよ。今まで、ごめんな。気使ってもらってて。俺は幸せものだよ、こんな幼馴染がいるなんて」美雪に口を挟ませないようにとにかくしゃべり続ける。本来なら別に口を挟まれたって何の問題もない。けれど、なぜだか挟まれたくなかった。軽く流して欲しかった。
「……佳苗、ほんとうなの?」美雪が俺の隣に座っている藍沢佳苗に尋ねる。
「うん、マジだよ」それに彼女は打ち合わせ通りに答えてくれた。
「そっか、そう、なんだ。私が気にする必要なんて何処にもなかったんだね。けど、ね。別に私は――」美雪が何かを言いかける。
 だが――
「時間です」
 時はそれを許してはくれなかった。

「で、説明してくれんだよね?」留置場から出ると、すぐさま藍沢佳苗は尋ねてきた。
「何を?」
「決まってんじゃん。どうしてあたしをあんたのカノジョだって美雪に言ったわけ?ってことっしょ」
「――ああ。何というか、一年前にいろいろあってね。その時のことを未雪はずっと気にしてた。だから彼女ができたって言えば、安心させられるかなって」
「ふうん、ぶっちゃけよく分かんないけど、それでもひとつだけわかるよ」そう言って彼女は僕の顔をじっと見た。
「何?」
「あんたは間違ってる」
「え……?」
「んだけ。じゃあね」そう言って彼女は去っていく。
「ちょっ、待って――」最後に意味の分からない謎を残して。

 そして、すべてが終わってから。そうなってからようやく俺は、彼女――藍沢佳苗がどれだけの観察眼を持っているのかを、身を持って実感することになるのであった。

安定志向(4)

1週間程度で更新する、と言っておきながら前回の更新から2ヶ月近くたってしまいました。誠に申し訳ありません……。その、言い訳をさせてもらうと、すごく忙しかったんです。それでなかなか執筆してる余裕がなく……。
次回の更新もいつになるかわかりませんが、辛抱強く待っていただけると幸いです。

安定志向(4)

蒼樹美雪の薬物乱用を知った雄介。彼は、幼馴染の義務として、美雪に対して精一杯の努力をするが……

  • 小説
  • 掌編
  • 青春
  • 恋愛
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2013-05-20

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