神様の遺したヒカリ
世界がまだ小国に分かれ、電気はもちろんようやく鉄が一部の国で生産され始めた頃のお話です。人々は日が昇ると田畑を耕し、日が暮れると家に帰るという慎ましい生活を営んでいました。
あるところに好奇心旺盛な男の子と神様が住まうといわれる洞窟を代々守っている一族の女の子がいました。人口は五百人にも満たない村でしたが村人たちは女の子の一族をとても尊敬していました。
母親と父親はとても厳しく一人娘である女の子にもそれは厳格な躾をしていました。尊敬されるが故に村の中でも友達はほとんどいません。それでも普通の年端もいかぬ女の子です。とても窮屈な思いをしていました。そんな中で唯一友達といえる存在がいました。村の中ではどちらの親も亡くしてしまっていた同世代の男の子がいました。村人たちが女の子をまるで神様の代弁者として扱っているのに対して、男の子だけは女の子を普通の人間として平等に接していました。
女の子は男の子に恋愛感情とまではいかないものの、好意を寄せるようになりました。
男の子は女の子を時々他の人の目を盗んで村のいろいろな場所に手を引いてつれていってくれます。山のふもとの小川が流れ込む大きな池、村はずれの森。女の子の家にいてはどれも見たことのない生き物ばかりが外の世界には広がっていることを男の子は教えてくれました。
ときには、男の子は無茶をしすぎて擦り傷を作ってしまうこともありました。そんなときは女の子は両親にどうやって良いわけをしたらいいか、男の子の方がもっと痛いはずのケガをしていてもそんな顔一つせず、二人で考えました。
言い訳もつきたとき、男の子は閃きました。
「そうだ、ケガをしたら僕にいじめられたことにすればいいんだ」
女の子は必死で首を横に振りましたが、最後には男の子の押し切られてしまいました。
数回もそんな言い訳をしていると、男の子は他の村人たちから白い目で見られるようになりました。男の子は一向に気にする様子はうありません。あるとき女の子は男の子が他の子供たちから一方的に暴力を受けているのを見てしまいました。
それを村人の大人たちは興味がなさそうに、それどころか当然だという視線で見下ろすばかりで何もしません。
数日後女の子がようやく家を抜け出して、こんな事を止めようと言っても、これで女の子といろんな場所に行けると、男の子は傷の残る顔で笑い飛ばしました。
所詮子供の浅知恵。女の子の親は男の子と会うことを禁止にして家から一歩も出さないようになってしまいました。
毎日が暇になってしまった男の子は近づいてはいけないと言われている森のそばに探検にいきます。そこで、奇妙な石を見つけます。それはなにやら奇っ怪な図と文字のようなものが羅列してありました。男の子にはもちろん読めません。
何度も見ているとやがてその線が洞窟や人間のことを記しているのだと気づきました。さらに次の記号が目を奪いました。
洞窟の奥のことが書いてあったのです。詳しくは風雨に晒されていてわかりません。
男の子は確信しました。
「これはきっと洞窟の奥にある、宝の地図だ」
村には洞窟の奥に住まう神様が脈々と語り継がれていました。でも、村人や先生、もちろん女の子に聞いても洞窟の奥には何があるか、誰も教えてくれません。ただ神様がいるんだよと同じ答えばかりが返ってきていました。
「きっと、誰も何も本当の事は知らないんだ」
密かに石版を家に持ち帰り、夜になっては隙を見て他の石版を探します。
星の光で探すのはなかなか難しかったのですが、やがて少しずつ同じような石を発見できました。これはなんだろうと他の村人に聞いてみようかと思いましたがまたどうせ相手にされないだろうと、一人で解決してやると心に決めました。
一方で、村はちょっとした事件が起きていました。男の子の生活は森に忍び込んで石を捜し、昼間には寝ている生活を送っていたため知りませんでしたが、この一帯を治める王様の兵士調査団がやってきました。
「この洞窟を捜査する」
王様は洞窟の奥に住む神様という存在がどうしても気にくわないのです。より強い国へと情熱を傾けている王様は各地の土着信仰を壊し、暴くことでより自分への忠誠心を得ようとしていたのでした。
必死で止める女の子の一族ですが、村人たちにもし協力しなければさらなる重税を課すと脅されて、村人たちは嫌々ながらも自らの手で入り口の岩を壊し始めました。女の子の親はあまりの光景に倒れてしまいます。
それは自然の岩とは違い、とても強固でした。王様は他国から有効の印と貰い受けた鉄の道具を使うことで威信を掛けて入り口を壊すことにしました。
ようやく村の異変に気づいた男の子は、暗闇の中、兵士調査団のテントの裏で洞窟を暴こうとしていることを盗み聞きしました。
宝物を横取りされてたまるものか。男の子はいてもたってもいられずテントの中に入り込み、団長の前に石版の一つを置きます。僕は洞窟の中について少しは知っている。だから連れて行かないか。
団長はつまみだそうとしている兵士を宥めて大声で笑い出しました。
「よくわかった。それじゃあ洞窟の中を案内してくれるか。お宝があったら山分けだ」
調査を始めると洞窟は意外に深く行き止まりかと思うと落盤だけのようで少し土砂を取り除けばすぐに道が続いているのが分かりました。誰ともなく声が聞こえました。
「洞窟と聞いていたから、すぐに終わるかと思ったら、こりゃ当分かかりそうだ」
兵士調査団の数はいよいよ増してきました。これほど大きな洞窟は自然には作られないし、人間の手でなんかでは作るのに途方もない年月がかかるのは誰が見ても明らかです。でもそんな記録や伝承なんて誰も知りません。本当に神様が作ったんじゃないのか。そんなことを言い合う人がいて、皆いつ神様が出てくるのじゃないか本気です。
男の子は今まで隠していた石を少しずつ調査団に渡して、学者や兵士たちと毎日話し合いを持ちました。
この記号はなんだろうか。この図は何を意味しているのだろうか。記号らしきモノは文字のように規則性がありますが、そんな文字は学者の誰も知りません。隣国の国の学者に聞いても誰も知らなかったそうです。
最初村人たちは白い目を向けて非協力的だったのが今では、兵士調査団の前線基地となり、何もなかった場所に兵士に向けて宿場ができ商店が建ちはじめることで都の物資やお金が入ることで生活が安定し、裕福になってくるといつしか反対を唱えるものは少なくなってしまいました。
男の子は女の子に久々に会いました。男の子が兵士調査団の案内役をかってでたことを知って悲しそうでした。母親の様子を聞くと、倒れてから体の調子が良くなく床に伏せているそうでした。父親は都の王様に調査の即時中止を求めて長いこと留守にしているとのことでした。
男の子は居たたまれない気持ちになりましたが、どんな言葉を掛けていいのかわかりません。だって、兵士を率先して引き入れたのは男の子なんですから。
言葉少なくどうにも居づらくなって帰ろうとしたときに女の子の独り言が耳に残りました。
「神様なんて、本当にいるの……」
調査団はついに最深部までたどり着きました。しかし、何もありません。そこで男の子はここぞとばかりに秘蔵していた石版を取り出します。そこから放射状に延びるように何かが埋まっていることがわかりました。
掘り返してすぐに何かがあることがわかりました。円柱状のそれは何かを大事に閉じこめているようにも見えました。
学者たちが調べてみるとそれは見たこともない金属でできていて、破壊してその金属の筒を開けてみるとそこには石のようなものぎっしりと詰まっていました。この石はなんだと、団長が拾い上げると、熱いと声を発して石を落としてしまいました。
不思議なことに石は熱を放出しているようでした。試しに水に沈めてみると水は沸騰しました。
金属はまだようやく一部の国が独占的に作り出せるようになったばかりでした。加えて熱を出す石というのは誰も見たことが無く、これで火に代わる持ち運べる火の石として王様へ早馬を走らせました。貴重な金属がとれてしかも火のように熱い石はこれを持てばこんな小国ではなく世界すら我が物にできると王様はその報告に小躍りして、国挙げて採掘を命じます。
熱を出す石は様々なところで使えることが分かってきました。最近の冬はとても厳しく、暖をとることはなによりも重要でした。粉末にして量を調整すれば水を温水にすることだってできることもわかりました。他の国でも躍起になって同じような洞窟を血眼になって探しましたが、どうやらこの洞窟だけが特別なようでした。
村に作られた工場で村人たちが総出で加工、出荷されて村のみんなはいよいよ裕福になっていきます。
これこそ神様だったんだ。村人たちは口々にそういいました。
男の子は王からの報奨金で土地と家や使用人を与えられ、今までからは信じられない裕福な生活をするようになりました。
対して女の子の家は、村の人間からは手のひらを返すように慕われなくなり、父親は宝物を王様に隠したということで投獄され死んでしまいました。最後には病弱になってしまった母親だけが残りました。男の子は母親の支援を申し出ますが、村を売った男の子だけには力を借りたくないと拒絶します。
熱のでる石は他の国からも引く手あまたで、国が裕福になることで軍門に下る国も出てきて国は小国ではなくいつしか大陸の中でも大国と言われるようになりました。そんな頃、村の加工現場から不思議な声が出るようになりました。熱のでる石を触るから手には火傷のような症状がでるのはわかっていましたが、石に触れていない胸や体までやけどのような症状がでると声がではじめました。最初はカゼの類であると誰もが軽く考えていました。しかし、その数は落ち着くどころかどんどんと増えていきました。村だけにとどまりません。さらには体全身が低温火傷したような真っ赤になってしまう人まで出始めました。王様は原因追究を命じましたが誰も結局その原因はわかりませんでした。走行している間にも病人は増え続け、病人は決まって全身の皮膚がはがれたり、血便や嘔吐を繰り返して真っ赤になって死んでいくことから赤死病とも言われました。
最初に洞窟に入った調査団の兵士や団長を筆頭に研究者たちは次々と死んでいきます。
男の子もその例外ではありませんでした。
最初は手が石をよく触ることからの火傷だと思われました。しかし、水に冷やしても一向に直りません。高名な祈祷師に頼んでも全く効果がありません。最近はどれだけおいしい物を食べても味覚があまり感じられなくなり、下痢ばかりで体重は明らかに落ちていました。
加工工場は一時中断して他から作業者を連れてこようと王様は躍起になっているそうです。いまや村人のほとんどは家にこもってしまいました。もちろん赤死病のため大人や子供誰も問わず罹っていきます。特に子供の進行は早くどんどんと子供たちは死んでいきました。男の子をいじめていた子供ももう何人も死んでしまったそうです。
体全体がきしむのを気力だけでなんとか男の子が村を歩いても、動物すら見あたりません。飼われていた犬も生きているのか死んでいるのか横たわったままです。村全体が死んでしまったかのように、つい最近の繁栄がまるで夢だったかのように静かでした。
石を使っていた人は誰でも同じ赤死病にかかっていました。使用人も床に伏せてしまい静かになってやることがなくなった男の子が体に鞭を打って向かった先は粗末になってしまった女の子の家でした。風の噂では母親は死んでしまったそうです。それは赤死病のせいかはわかりません。とにかく男の子は自分の足で女の子に会いたいと思ったのでした。
息も絶え絶えになりながら女の子の家にたどり着き、驚きました。女の子は昔と変わりません。赤死病にかかった人間ばかり見ていたせいか、白い肌を見るのはしばらくありませんでした。
「良かった」
その一言を言ったところで男の子の意識消えてしまいます。次に目が醒めたときはベッドの上でした。
「あなたも赤死病にかかっていたのね。そんな体でよくこんなところまでこれたわね」
女の子は知らない間にだいぶ大人びいて見えました。
「君が大丈夫か、どうか。それだけでも自分の足で見たかった」
一眠りしてから男の子は自分の屋敷に戻りました。
次の日から女の子は男の子の屋敷に毎日通うようになりました。
男の子の体はどんどんと体全体が赤くなっていきます。女の子は今まで会わなかったのが嘘のように毎日のように男の子の屋敷に通います。
体を拭こうと、優しく体を拭いてもボロッと皮膚ごと剥がれてしまいます。男の子は歯を食いしばって悲鳴をあげないようにしています。それでも口から漏れるうめき声はどれだけ聞いていないふりをしていても、耳に残ります。
女の子をいつもひっぱていった手は見るも無惨に皮膚が剥がれ落ち
赤いカブのように腫れ上がってしまっています。背中を拭いても昨日までは大丈夫だったところがぼろっと皮膚が剥がれることもありました。肉汁のように赤い血が滲んでいます。拭いても拭いても赤い血は止めどもありません。男の子は女の子に悟られたくないのか歯を食いしばって必死に声を殺しています。それでも、血はとめどもなく、どこから出てくるのかと不思議になるぐらい次から次へと止まりません。
ある時、ふと男の子はベッドのそばで佇んでいる女の子に聞いてみました。
「どうして、僕に優しくするんだ? 僕は村を売り一家をバラバラにしてしまった張本人だよ」
女の子はしばらく考えた後、静かに口を開きました。
「私を特別扱いし無いどころか、わざわざ私一人のために村人から差別される道を選んでも私を外の世界に連れ出したのは……あなたよ」
そうか。と一言残して、男の子はまた眠りにつきました。
すぐによくなるよ。また前のように一緒に遊ぼう。でも、そんな言葉を言う度に女の子のに胸が締め付けられるように苦しくなります。
だって男の子は日に日にひどく、よわくなり、死んでいった親が発していた死の匂いをさせ始めていたからでした。
何日経ったか。ある日の朝、女の子は男の子のベッドのそばで目をさましました。
今日も強い雨が降っていました。もう何日降り続いているかわからないぐらです。女の子は内心ほっとしました。男の子の顔を見なくてもすんだからです。男の子の顔のほとんどの皮膚は剥がれてしまい、顔は布をあてて目だし帽をかぶったようになっています。女の子が起きたのに気づいたのか、口を弱々しく開きました。
「洞窟で一番深いところで金属の筒を見たとき、世界で一番美しい光を見た。青い白い光だった。あんなにも美しい光があるんだと思い知った」
「私の一族の伝承で洞窟の神様は青白い光を出すそうよ。その光を見た物は目がつぶれ、肌が赤くなり……」
言い掛けたところで、女の子は次の言葉が出てきませんでした。まさしく男の子の状況がその伝承通りだったからです。
「やっぱり、あれは神様だったんだ」
「神様って一体、なんだろう」
女の子の最後の一言が届いたかどうかはわかりませんでした。そのまま男の子は息を引き取ってしまいました。
ざあざあと降り続ける雨の中、女の子は屋敷を飛び出して、洞窟へと走り出しました。私たち一族が護ってきた神様は本当になんだったのか。その疑問が女の子を突き動かします。
そのとき山から地響きが響いたと思ったら池の対岸に鉄砲水が飛び込んできました。女の子は立ち止まってその状況を見るしかありません。あふれた池の水は洞窟や加工工場を襲います。
そのとき女の子は確かに見ました。今までに見たことがないような青白い光でした。まさに神が放っているような光で、とてもこの世のものとは思えません。自然と膝は折れてひざまづき、女の子は祈りを捧げてしまいました。そのヒカリの中で。
神様の遺したヒカリ
この短編小説は映画「100,000年後の安全」(監督:マイケル・マドセン 2010年)とサウンドホライズンの「美しきもの」(アルバム:Romanにて収録 ボーカル:YUUKI)をオマージュして作りました。
映画「100,000年後の安全」をまだ未視聴の方のために説明いたしますと、原子力発電所から出される放射性廃棄物をどこに捨てるか。といういわゆる"トイレのないマンション問題"を正面から捉えたドキュメンタリーです。フィンランドは最終処分場を建設を決断し、それが現在建設中の"オンカロ"です。フィンランド語で隠し場所という意味だそうです。
地上では何があるのか分からないため、十数億年前の地層に廃棄物を入れて一杯になったら封印してしまおう。という発想でフィンランド以外にも日本を含めたいくつかの国が強固な地層に埋めてしまう計画を持っています。
放射性廃棄物が安全なレベルになるのは十万年後。イエス・キリストが生まれたのが約二千年前で、十万年前ですと原人や旧人がいた頃。はたしてそんな"昔"のことを、私たちは彼らの言葉や常識、文化がを理解できるだろうかと問いかけます。
では、翻ってそんな遙か"未来"のことも誰が予想できるでしょうか。
"ピラミッドでさえ二度と開けられないようにと願って封印されたのに数千年と経たぬまま開けられた。十万年後人類が"もし"いたとして開けないという保証はできないのでは"と映画は劇中で語っていました。
確かにその通りです。人間というのは好奇心の塊です。もし数万年後に新たな人類がいたとして、彼らは好奇心を持っていないでしょうか。もし、持っていたとして、そこによくわからない図や文字のようなものがあれば? さらに、開けるなと数万後まで例え言い伝えが残ったとしても本当にそれを守れるのでしょうか。
Sound Horizon「美しきもの」は毎回最後の語りの部分で"私は世界で一番美しい光を見た……"のくだりを聞いて「それチェレンコフ光だから!」と一人ツッコミをしていた結果です。
この小説は上記からもうお分かりかとは思いますが、昔の話ではありません。これから先の何万年か、そんな先の未来の話です。今の人類はとっくに滅びていることでしょう。おそらく新たな人類が誕生していることでしょう。
東日本大震災により福島原子力発電所の事故があってからも、日本以外の新たな原子力発電所の設立の話はあとをたちません。
夢の核燃料サイクルといわれたもんじゅは再開の目処すらたっていませんし、原子力大国として知られるフランスではとっくにスーパーフェニックス計画を放棄しております。核のサイクルは今のところ進んでいないといえるでしょう。核のゴミについても"核のゴミ焼却炉"といわれる加速器駆動未臨界炉もまだ先の話でしょう。
我々が核のゴミを"今"処分しなければ、遙か彼方の人類にまで影響を及ばせてしまうことでしょう。
追記:画像を追加致しました。ISOにてより正式なマークとなっておりますが、使用についてはあまり記述がなく問題があればすぐに対応させていただきます。画像のマークは私の著作権外にあります。
20130612追記
No201305 02