雨雲

初投稿です。
題名は友人のオリジナル曲から許可を得てつけました。


1 ? 三月三十一日

「いつも通りビールかい?」
??目の前の親父さんに「よろしく」と言うはずだったが、隣に座っている泉は素早く「枝豆だけでいいです」と言った。
「和技、悪い」
??泉は手を合わせ、拝むようなポーズをとった。親父さんは、首を傾げたが、黙って枝豆を茹で始めた。
??親父さん、と言っても、本当の親父ではない。この居酒屋の経営者のことだ。親父さんは、俺よりも二十歳以上の歳で、最近白髪が目立ってきた。奥さんは若い頃に亡くしたらしいが、詳しいことは何も教えてくれなかった。店はこじんまりしていて、来ると大抵、他に人はいない。ここを何度も訪れているが、これで本当に商売が成り立っているのか、とよく思う。
「おい、俺はビールを飲んで、愚痴を言って、小腹を落ち着かせるためにここに来たんだぞ」
??居酒屋とは本来、そういう場所だ。俺は親父さんに聞こえないように、小さな声で泉に言う。
??泉は「本当に悪かった」と言い、続ける。
「今日、僕の会社で自殺をする奴がいるんだ」
??泉の真面目そうな顔は、定年間際の仏頂面したオヤジのようではなく、青々しい青年のようなきれいな顔だ。すでに結婚もして、三歳くらいの子供がいるはずだ。
「へえ、そうか。じゃあ止めたんだろ」
??続けて俺は「冗談はやめてくれ」と言った。
??俺にとって、今大事なことは、酒を飲み、楽しむことだ。誰がどこで自殺しようが、知ったことではない。
「冗談じゃないんだ」
「どういうことだ?」
?? 泉の口調がひどく真剣なものだったので、一体どうしたのだろうか、と相槌を打ってしまう。
「青野さんって女性が僕の部署にはいるんだ。彼女は真面目で几帳面な性格なんだよ」
「へえ」
??青々しい青年のようなおじさんが青野さんについて語り始めたよ。
「待ち合わせには五分前。頼まれたことは責任を持ってしっかりやる。何かを確実に実行したいときには、最低でも一日前には誰かに言っておくんだ」
「それはなんでだ?」
??泉の顔が少し緩み、すぐに真顔に戻った。俺がこの話に興味を持ったことに気づいたのだろう。他人が自分の話に興味を持ってくれると、誰だって嬉しいものだ。
??しかし、俺はその笑みを不快に感じた。
「自分を縛っておくため、らしい。言っておけば、やらなかったときに、あれ? ?やってないの? ?なんて皮肉を言われるからだそうだ。実際に僕も言われたことが何度かある」
「なんか、小難しい話だな」
?? 親父さんが枝豆を差し出して言う。俺は枝豆を取り、二粒を口に入れる。塩がききすぎて、お世話にもうまいとは言えない味だった。
「何度もある、で今回は自殺をする、って宣言したのか」
??自殺したら、皮肉なんて言われないんじゃないか? ? 俺は思わず苦笑する。
「宣言したんだ」
??泉は頭を抱えて下を向く。
「本当に? って聞いても、宣言しましたから、しか言ってくれないんだ。だから、彼女は今日の十二時半にウチのビルから飛び降りる」
??俺は半信半疑で泉の顔を見た。
「本当だ」
??泉は念を押す。
「本当に面倒な話だ」
??俺はわざとうんざりしたように、肩を大げさに落とし言った。
??まず、この話を信じてもよいのかが分からない。
「お前も災難だな」
??俺は深い同情を泉にする。自殺を宣言されるなんて、本当に自殺をされたら気分が悪くなるし、自殺をしなかったらそれこそ飲む気分でいた俺が激怒しそうだ。何のために泉が悩んでいたのだ、と。
??沈黙が訪れる。それが嫌で、親父さんに声をかけた。
「親父さん、どう思うよ?」
「どう思うよ、って言われてもなあ。分からないし、興味が無い、俺が興味あるのは歌だけだよ」
「また、その話?」
??俺は少し呆れる。
??親父さんは、ちっ、と小さく舌打ちをする。分かってねえな、と無言で意思を伝える。
「俺はなあ、昔はかなり売れていたんだよ。それが、急に引退してください、だぞ! ? あいつらはどうかしてる」
「その話は何度も聞いたよ。15年くらい前の話でしょ。もう諦めなって」
「『悲しみの人』ってドラマの主題歌だったんだ。知ってるか? ? ミリオンセラーだったんだぞ」
??それはそのドラマの人気が高かっただけではないか? ? 言いたいが、今、熱のこもった親父さんに言ったものなら、拳が飛んできそうで怖い。
「あー、もういいよ。なんで居酒屋で愚痴られなきゃいけないんだよ?」
「うるせえ。たまには俺の話を聞いてみろ!」
??もう、無茶苦茶だ。
「ちょっと待ってろ。今、聴かせてやるからな」
??親父さんはカウンターの奥に引っ込んだ。
??俺は泉の話が途中だったことを思い出し、再び聞いてみる。
「そういや、女はなんで自殺するんだ? ? 心当たりくらいあるだろう?」
??泉は、急に話題を振られて、戸惑ったが、口を開く。
「それが、あー」
「あー、を伸ばさなくても分かった、全く分からないんだろう」
「悪い」
??泉は、困ると母音を伸ばす癖があった。
「誰かに知らせたのか? ?その女が何かを確実に実行したいときに宣言するなんて、皆知っているはずだろう」
「残念ながら、言われたのはちょうど四十分前くらいでフロアに残ってたのは、仲の良くない先輩と目を真っ赤にした残業後輩。相談なんて出来るはずもないだろ」
??泉は心配からの憤りで、早口になっている。よくもまあ、こんな早口で噛まないものだ、と感心してしまう。
「その本人はどうしたんだ?」
「最後の晩餐に行ってくる、ってどっかに行っちゃった」
「最後の晩餐、か。青野さんはキリスト教なのか?」
「え?」
「最後の晩餐くらい知ってるだろう? ? イエス・キリストが処刑される一日前の食事のことだ」
「そうなんだ。って、それより今日、一緒に屋上に来てくれないか。頼むよ」
「やっぱ、そういう話か」
「ご察しの通りです」
?? 泉が、また手を合わせて拝むようにして言った。
??断れません。知るまでは。
??ここまで友人に話を聞かされて、いいえ、などと断れる奴はいるのだろうか。いや、きっとたくさんいるだろう。それでも俺は断らない。断れない。興味を持ったら行動をするべきだ。
「後でおごってくれるなら」
??俺は言う。
「後でおごってやるから」
??泉が返す。
??おや? ? と俺は思う。
??泉の声が震えたのは気のせいだろうか?
「さあ、聴け」
??親父さんがカウンターの奥にから出てきて、ドシャン、と大きめのラジカセがカウンターに置いた。手際よく再生の準備を始める。
「親父さん、CDなんて当時あったの?」
??泉が枝豆を口に入れながら言う。今度は声が震えていなかった。さっきのは勘違いだったのかもしれない。
「馬鹿野郎、最近ネットでダウンロードしたんだよ。レコードのやつしか持ってなかったからな。これで聴かせてやれるぞ」
「パソコンなんて使えるんだ?」
??茶化すように俺が聞く。
「悪いか?」
??親父さんは睨んできた。と同時にラジカセから音が漏れてきた。



2 ? 三月三十一日?

??俺達は、居酒屋から出て徒歩十分程度の距離にある泉が勤めている会社に向かった。
「まだ、十一時にもなってないぜ。どうするよ?」
??交差点の向こう側には、目的地があり、俺の腕時計の長い針は九と十の間を指していた。
「どうしようか」
??泉がうわごとのように言い返す。彼の顔は固くなっていた。殆ど無表情だ。
??結局、俺達は近くのコンビニで時間を潰すことにした。
「これ、奥さんと娘さんにでも買っていったら」
??新製品、と銘打った『フワフワチョコプリン』なるものを見つけ、それを泉に手渡した。俺はそれをとくに食べたいとは思わなかったが、透明なオレンジと黄色のパッケージが、中の黒色プリンとで独特の雰囲気で、つい手に取ってしまったのだ。
「直感が働いたのか?」
「ああ、絶対に奥さんは喜ぶ。ピーンとくるものがあったからな」
「理屈の理の字もねえな」
??泉の表情は固いままだったが、それを受け取りレジへと持っていった。

??自殺といったら雨の日で、それを主人公が危機一髪で止めるんですよ。子供の頃に憧れたドラマ、見なかったですか?

??泉の会社に入る前に、俺の後輩が言っていたことをふと思い出した。しかしながら、今日は雨も降っていないし、自殺をしようとしているのは顔すら知らない女性だ。もし、自殺を測ったら俺は素直に見届けようと考えている。できる限り説得はしてみるが、きっと自殺をするだろう。直感が働き、絶対だ、と決めつけていた。
??果たして、俺は自殺を見て、どれくらい平静でいられるだろうか?
??心の中で、早くそのときが来い、と歪んだ思いを持つ自分がいた。不思議なことに、それを否定することなく、受け止めている自分がいたが、動揺はしなかった。



3 ? 三月二十九日

??十一時四十五分。青野さんを待つのにはそれなりに適しているだろう。いや、もしかしたら彼女のことだ。すでに先に来て、待っているかもしれない。
??彼女は何故、友人の和技を連れて来いと言ったのだろうか。それだけがわからない。ただ、それを実行しなければ響子と真矢になにが起こるか分からない。いう事を聞くしかない。

「泉さん、奥さんと真矢ちゃん、昨日連絡が取れましたか?」
??響子と真矢が、商店街のくじ引きで当てた、北海道旅行に出かけたはずの次の日だった。残業で遅くなり、時計は十一時を過ぎたところを指していた。電話の主は薄明るく、しかし、頭の中にまとわりつくような不快な喋り方だった。
「私です。青野ですよ」
??どこかで聞いたことがあるな。と思った矢先だった。
「ああ、君か。どうしたんだい。妻と娘がどうかしたか?」
??そのときは何も意識してなかった。青野さんの次の言葉を聞くまでは。
「落ち着いて聞いてください。奥さんと真矢ちゃんは私が管理しています」
??カンリシテル。管理? ? 管理って、豚や牛を育てるときに使う言葉だろう?
「彼女達は、グッスリ寝ています。もちろん、寝息も立てていますからね。安心してください」
??電話の向こう側からは、軽い笑い声が聞こえた。普段、会社で話をする彼女とは、別の人間のような気がしてたまらなかった。頭の中では、彼女ではない、と否定するが、聞こえてくる声は間違いなく青野さんそのものだった。
「き、君は何を考えてる。妻達をどうするつもりだ!」
??思わず、語尾を荒げてしまった。
「頼まれごとをしてくれますか?」
??今度はまとわりつくような甘い声が聞こえた。
「なんなんだ」
「和技さんと今度会わせてください。それだけでいいんです。でないと、二人はどうなるか知りませんよ。警察に知らせても同じです。あと、会社は三十一日まで休みますから」
??僕は絶句して、何も言えなかった。
「ああ、それともちろん泉さんも一緒に来てくださいよ」
「ちょ、ちょっと待て。和技って俺の友人の和技か?」
「ええ、そうですよ。泉さんが前に話してくれた、マイペースで面白いって評判の和技さんですよ」
「なんで和技なんだ!」
??それで、電話は切られた。急いで妻の携帯に電話をしたが、でない。メールをしても、返事は未だにこない。そして、青野さんは、本当に会社に来なかった。

??そして、今、僕はエレベーターに和技といる。
??和技は、自殺、という状況をどう捉えているのだろうか。もっとも、彼女は自殺をのことなどは、少しも口にしていない。和技をおびき寄せる口実だ。
「なあ、和技」
「んー」
「自殺現場だぞ。怖いと思わないのか?」
「怖いっつーよりも、何となく楽しみじゃねえか。自殺現場なんて、一生の内に見られるほうが少ないだろ」
??和技は表情こそ変化がなかったが、遊園地を楽しみにする子供のように嬉しさを隠しきれないような雰囲気が漂っていた。
??楽しみか。
??僕は少しだけ安心した。精神的には、怖がっている人間を連れてくるより、落ち着いた人間を連れてきたほうがずっといい気がした。頼りになりそうだ。たとえ、その人が自殺を見ることを楽しみにしていても、だ。
「そういや、警察には知らせなかったのか?」
「僕は警察が嫌いなんだよ。あいつらには頼りたくない」
「どういうことだ?」
?? いつからだろうか、あの青い制服をまとった人達が嫌いになったのは。
??駐禁で罰金を払わせられたときだ。そうか、と一人納得する。なんとも、単純で下らない理由なのだろうか。笑ってみたかったが、顔は強張って動かない。?
「なんでもいいだろ」
??僕はそれを説明する気にもなれなくて、言い捨てた。和技もそれ以上は何も言わなかった。
??エレベーターが屋上に着き、ゆっくりとドアが開いた。そして、僕は屋上へのドアを捻る。
??薄暗い屋上に人影が見えた。



5 ??三月二十八日

??私は、普段よく来るブティックで買い物をしていた。小さいながらも、質が良く、値段も手頃なところが気に入っていた。
「あ、泉さんの……」
?? 気づいたら、声に出していた。
「あら……確か、主人の」
「青木です。こんにちは」
?? 私は泉さんの奥さんと会ったことがあった。結婚式のときだ。招待状が届いて、出席したことを覚えている。正直、泉さんほどであればもう少し美人とでも結婚できるのではないだろうか、と思っていたのだが、なるほど、美人とは言いがたいが品がある。知的そうでもあった。
「お姉ちゃんこんにちは!」
??誰だ?
??泉さんの子供だ。と分かった。
奥さんの後ろから出てくる。
「こんにちは、お名前は?」
?? 私はなるべく笑顔で、声を明るくして言う。
「真矢!」
「そうなの。名前を言えるなんてしっかりしているわね」
「うん! ? 真矢はしっかりしてるんだよ!」
「奥さんも買い物に?」
「ええ、この子の服を」
??その顔には笑顔があったが、どこか無理をしているようであった。
「青木さん、話を聞いてもらっていいですか?」
?? 殆ど初対面と言っていいほどの私に話? ?なんだろうか。
「主人は最近帰りが遅いんです。いつもどのくらいに会社を出ているんですか?」
??ああ、そういうことか。
??奥さんは浮気か何かを心配しているようだ。
「泉さんは、最近は残業で遅くまで残っているんですよ。結構頼りにされがちな人ですから」
??本当の話だった。私は、仕事と私生活は割り切るべきだ、と言う泉さんを少し尊敬していた。それを言うだけあって、仕事は丁寧であり、期限もしっかり守っていた。仕事を真面目にこなし、空いた時間には本を読む泉さんは、真面目な人、と配属されたばかりの頃の私は思っていたのだが、職場の皆で飲みにいったときは、誰よりも酒を飲み、仕事中とはかけ離れたような奇声も発していたのには驚いた。
「そうですか」
??奥さんの顔はまだ暗い。
「お父さんの誕生日どうするの? ?お母さん?」
??真矢が奥さんの服を握って言う。
「お父さんいるよね?」
「誕生日?」
「ええ、まあ。三十一日なんですけど」
「三日後ですか」
??この親子は泉さんの誕生日を祝ってやりたいが、泉さんは帰りが遅くて、真矢ちゃんが起きていられない、そんなところだろうか。
「誕生日を祝いたいんですね」
「ええ、まあ、そうです」
??奥さんは曖昧に答える。必死に愛想笑いを浮かべている彼女を見るのはあまり気分がいいものではなかった。
「祝いましょうよ」
「え?」
??え?
??自分の口から出た言葉なのに、面倒なことはやめときなさい、と自分で思う。しかし、目の前で暗い表情をした奥さんを見ると、やれ! ?と言う自分がいた。
「私はサプライズしますよ。覚えておいてください」
??私は宣言した。



6 ? 十一時五十六分
?
??和技さんに事情を話し、奥さんと真矢ちゃんを呼んだ。二人には、トイレに隠れていてもらったのだ。
「和技さん、本当に申し訳ございません。こんな夜遅くに」
??奥さんは和技さんに、先程の私のように頭を下げた。
「いや、いいんですよ。こういうサプライズは好きなんで。青木さん、あんたもよく考えたな」
「青野です」
??予想外に、和技さんは全く怒ることはなかった。きっちりと着こなしたスーツが、いかがわしい職業をしているように見えたからだ。
「人を驚かせたりするのが好きなんですよ」
??私はしれっと嘘をつく。
「真面目で几帳面なのに?」
「真面目で几帳面なのに、ですよ。あと、脅迫電話って生涯の内に一回でもやってみたかったんです」
??和技さんと奥さんが笑う。真矢ちゃんはずいぶん眠そうだ。
「ねえ、お父さんまだ??」
??予定では、和技さんに泉さんを呼んでもらい、事情を話してもらう予定だ。
「今来るわよ。じゃあ、和技さん、お願いします」
??奥さんが言う。
??奥さんには、ブティックで会ったときの愛想笑いはない。自然な笑みがでている。それだけで私は満足だ。
「いや、せっかくだから奥さん達が呼びに行ってくださいよ」
?? 奥さんがきょとんとする。
「でも、主人は怒るかも」
「あいつ、今なら絶対に怒らないけど、下手したら青木さんの言葉には耳を貸さないかもしれないんですよ。それくらい怒って、奥さん達を心配してるんですよ。行って青木さんのことも説明しといてください」
??和技さんはわざと私の名前を間違えているのでしょうか?
??少しの間、沈黙があり、「わかったわ」と小さな声が聞こえた。
「お父さんに会えるの?」
「ええ、そうよ。行きましょう」
??奥さんが、真矢ちゃんの手を握ってドアに歩き始めた。奥さんの右手には、ブティックで買ったスーツが入った、長方形の紙袋がぶら下がっている。
「本当に泉さんは怒らないんですか? ? 私だったら怒りますよ。怒らないって根拠はあるんですか?」
??奥さん達が、話し声が聞こえなくなった距離まで歩いたところで私は言う。心配だった。
「直感だよ。今日はあんたが確実に自殺を実行するだろう、ってピーンときたのに、こんなこの結果だ。だけど、あと今日はもう一つピーンときたことがあったからな」
??和技さんは薄っすら笑みを浮かべている。高校球児が勝利を確信したような笑みだ。
「なんです?」
「プリンだよ」
「え? ? どういうことですか?」
「プリンと、怒らないっつー予想の二つがあれば、どっちかは当たるだろ? ? どっちか片方でも当たれば、泉は怒らない」
??そう言って、和技さんは何かを口ずさみ始めた。私はマイペースな和技さんに、むっ、としたが、ふと思い出した。
??どこかで聞いたことがある曲だ。多分、子供の頃だ。私が熱心にドラマを見ていた頃を思い出した。
「あんた、これ聞いたことあるかい?」
??私は、心の中を読まれた気になって驚き、答え、問う。
「はい、子供の頃だったと思いますけど。なんで知ってるんですか?」
「あんたが27って泉に聞いたからだよ。俺の知り合いに十五年前くらいに有名になったって歌手がいるんだよ。本当に有名だったら、知ってるかなって思ったんだ」
??でも、と考える。
「でも、もしかしたら、たまたま私が知ってただけかも」
??和技さんは、苦虫を噛み潰したような顔になって「そういうパターンもあるのか」と洩らした。



7 ? 十一時五十八分

??和技が青木さんに呼ばれてから、すでに十分は経っただろうか。
??覗いてしまおうか、と考えたが、万が一、ということもある。下手なことはせずにいるのがいいだろう。
??感情とは裏腹に、冷静に考える自分がいる。それがまた腹立たしい。
??よし。
??僕は決心した。ドアを開こう。響子と真矢を助ける。青野さんから居場所を聞き出すんだ。
??どうやってだ?
??知るか、まず行動しろ。
??五秒後だ。
??ドアノブに手を乗せる。
??深呼吸を一度して、頭の中で数え始める。
??一、二、三。
??四、を数える前に、重い鉄のドアノブが勝手に回った。
??ふと、思い出した。
??今日は僕の誕生日だ。
??あとちょっとで三月三十一日は終わる。響子と真矢に誕生日を祝ってもらえないなんて、少し残念だな。

雨雲

ここまでお読みいただきありがとうございました。
話の流れと、どんでん返しを考えてみました。

雨雲

  • 小説
  • 短編
  • サスペンス
  • ミステリー
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2010-08-20

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