私という者 

私という者 

A prologue

私が生まれてきた意味って何なんだろう。

何十年という人生。

神様はきっとそれぞれの生き物に何かを託してこの世界を旅させる。


喜び、悲しみ、愛しさ、切なさ、、、。

すべての感情を持たせて。

One

「あー学校だっる」
満員電車の中でそうつぶやいた。
それに続いて友達もつぶやく。
「だっる、降りたくないー」
きっと学生の誰もが思っているだろうな。
私ははなんとなく笑った。
学校ってなんてだるいんだ!
楽しいといったら、部活後のジュースと帰り電車のゆったり感だけではないか!
電車から降りて携帯片手に人ごみのなかをちょびちょび歩く。

柴咲美夢莉、高校2年生。
岡山ののどかな田んぼに包まれている田舎住み。

昨日、ぱぱと車の中で話した内容をふと思い出す。
「私な、今年の1月にすごいことをしたんよ」
私はタイミングがつかめず突然そう切り出した。
ふっと笑ったぱぱは
「なに」
と聞き返してくる。
「ネットで知り合った人とな、実際に会ったんよ!」
いかにも自分でもびっくりしたように言った。
内心、ぱぱがどういう言葉を返してくるか怖かった。
「お~すっごいことするなー」
ぱぱは笑いながら言った。
「でもなんか普通に最初カラオケ一緒に行ってご飯食べて、普通に遊んだだけ」
いかにも何も変なこととかしてないよアピール(笑)
うん、でも本当に最初あったとき何もしなかったし。
「ふーん」
興味なさげにぱぱが頷くから言ってやった。
「その人36歳の人なんよ」
「へ!?36!?ぱぱと同じじゃがん!どしたんそれ」
あ、ちょっと興味持たせ過ぎたな
ぱぱは続けて
「男?女?」
こう聞いてきた。
すごく答えたくない質問だった。
けど、私は今日これを話すつもりだったのだから、いい。
「男。」
何か言われそうで怖くて
「んでも、変なこととかしてないよ、普通に返してくれたし。」
と間をあけずに言った。
「まあまあそりゃそうじゃけど。」
「今までに3回くらいカラオケ行ったよその人と。」
これは嘘。会った回数はもっと多い。そして行った場所は偽り。
「すっげーな」
ぱぱは驚いてた。
車で外を眺める。
景色がどんどん過ぎていく。
少したって、私はこう切り出した。
「んー私なー、自分でも変だと思うんじゃけど、その人のこと好きになっとるかもしれんっていうか・・・」
最後をにごらせた。
「ええ、そりゃおえんじゃろー」
とまたぱぱは笑った。
「でもな、なんていうかその人は信頼できるっていうか、もう知り合って2年以上経つし。」
「うん。でも36じゃろ」
「うん。」
また外の景色を目に映す。
駄目だ、もっと本当のこと話さないと、と焦る。
「やっぱ好きになっちゃいけんのかなー」
「うーん。」
ぱぱは相づちしかしないのか、全く。
そして私はこう言う。
「てか言うけど、もう付き合っとんよ。」
「え付き合っとん」
とぱぱは苦笑いした。
「うん、この前、付き合ってって言われた。で、私いいよって言ったんよ。」
ぱぱ今度は大きく笑った。
耳を澄まして言葉を待つ。
「まじで」
「うん、まじ」
また時間、景色だけが流れる。
車にかかっている音楽を聴きながら、私は頭を整理する。
その日は、ぱぱとご飯を食べにドライブがてらに遠くへ行っていた。
早く話さないと、もたついてちゃ全部話せない。
何かぱぱの意見を聞きたい。
話が長引くことに、ぱぱは疲れるかなと思いながらまた、こう言う。
「最近さ、ネットの人と会うって危ないイメージしかないがん。こうなんていうか体目的とか援交とか・・・。けどなんか、その人はそんな体目的とかじゃないって信じれるんよ。もう2年も話してるし。てか、まあ2年前から知り合いじゃけど、一年前までそんな話とかしてなかったんよ。ただチャット友達になっただけで、たまにあいさつするくらい。でもある日、私ふとその人のブログを見たんよ、あがってきてたから。」
ぱぱはふんふんと頷いている。
「それがすごい衝撃的な内容だったんよ私にとって。なんか、その人、仕事とかうまくいかんで、まあそういうの含めてもろもろ追い詰められとったんじゃろうな。その人自殺しようとしとったんよ。なんか車の中で練炭炊いて、寝たんだって。でも、最終的に息苦しくなって、死ぬのが怖くなって、死ぬ直前くらいで車からはい出て、んでも本当にこんな弱い自分を悔やむし本当に情けないと思う、みたいな内容だったんよ。で、私それにめっちゃびっくりしたんよ。ほんまに衝撃的で。でその記事はアメンバー限定記事っていって、特定の人しか見れん記事なんよ。その人のアメンバー私含めて3人だったんよ。なんか私そういうの見ると、ほっとけんっていうか、やっぱとめんといけんがん。じゃけん、すごい長文をコメントしたんよ。そういう自殺とか絶対やっちゃいけんし、今どんなに辛くても頑張って生きんといけん、みたいなこと本当に真剣にコメントしたんよ。まあそこから、メアド交換することになって、いろいろお互い悩み相談したり、だから勿論私も相談したりしたよ。」
ぱぱは真剣に私の話を聞いてくれてるようだった。
「こんだけ相談しあったり、話したりしてて、悪い人って思えんのよなー」
そしてぱぱは口を開いた。
「うん、そのぱぱは決してその人が悪い人とは思ってないよ。美夢莉の話を聞いてな。」
その言葉は嬉しかった。
でも次にぱぱはこう続けた。
「でも、ぱぱは、ぱぱの意見はよ、まあその人ぱぱと同い年なわけじゃがん。その人とぱぱの価値観とかは多少違うかもしれんけど、ぱぱは17、18そこらの女の子を恋愛対象としての目では見れんな。んーなんていうか、正直その人は美夢莉には本気じゃないんじゃないかなって思う。」
「遊びかもってこと?」
「うーん、まあそうじゃな」
少しこの言葉は悲しかった。
でも、今日このことを話して、ぱぱからこういう意見が欲しかった。
悲しいけど、ぱぱの意見を聞けて嬉しかった。
なんとなくスッキリもした。

私のぱぱは本当の父親ではない。
本当の父親は私が3歳の時に出て行ったらしい。
ぱぱはいつからだろう、あまり記憶にないけど幼稚園くらいのころから一緒にいたらしい。
でも、ぱぱは父親だ。
血のつながりなんて、別にどうでもいい。
ままは本当のままだけど、今本当はままも血のつながりない、とか打ち明けられても私はそれほど悲しくない。
そしてまた通り過ぎる景色を眺める。
ぱぱの意見を聞けたことが嬉しくて、目に映る景色が気持ちよくなった。
それと、美夢莉の、父親と母親は数年前に離婚している。
美夢莉は、母親と祖父母と共に実家暮らしだ。
ぱぱとは、よく食事に行ったり、遊びに連れて行ってくれたりする。
ぱぱに話したその日はなんとなく心が軽くなった気がした。

人ごみの中前の人にぶつからないようメールを打ちながら歩く。
その36歳の人はもう仲良いともだちにも先輩にも話している。
毎朝、毎晩、メールはかかさずしている彼氏。
栗田俊也(くりだとしや)36歳。隣の兵庫に住んでいる。
月に2回の程度で会う。
俊也は高校を中退しているとんでもない馬鹿な奴だ。
だから仕事も限られて、給料も高くはない。
そして、あやつは精神的に実は弱い。それは私が一番よく分かっている。
ぱぱも高校中退しているけど、給料は高い。月給80万くらい。嘘だと思うでしょ。ままに聞いた。トラック関係の仕事で自営業というか、まあそれなりに大変だし、苦労してる。
同じ条件でも給料は違う。
精神的なものもあるんだろうね、と勝手に思っているのと、一緒に過ごしたりして今まで付き合ったなかで分かる、彼氏は精神的に弱い。

昨日の、ぱぱとの会話。
スッキリしたけど、まだまだ隠してること、偽ってること、たくさんある。
これは、さすがにぱぱでも話せない。
友達には話してるけど・・・。

Two

彼氏とは今年の一月に実際に会った。
2年もの付き合いがあるとは言えども、少しは恐れもあった。
その日は楽しくカラオケでフリータイムで二人で歌った。
帰りは、川沿いに車を留めて、話をした。
帰りの駅までちゃんと戻ってくれた。
電車で10分くらい時間があり、早くきすぎたな、とお互い言った。
その言葉のあとはずっと沈黙の時間だった。
私はずっと外の景色を見た。
今日は良い日だったなと思った。
そして、私はその日、車を出る前に、俊也とキスをかわした。
いや、唇を重ねられた。
でも、私は拒まなかった。
会ったには、少しは好意があったから。
電車に乗ってすぐ、私は俊也にメールをした。
今日はカラオケに連れて行って、ご飯も全部お金払ってくれてありがとう、と。
そうしたら、すぐこう帰ってきた。
驚いた、もうメールは出来ないと思っていた、と。
多分キスのことを言ってるんだろうなと思った。
それから、また会う約束をして、会った。
何回目だっただろう。
あるとき、メールでちょっとした冗談を言い合った。
ラブホテルでも行く?みたいなことだった。
私は本当に冗談で「行くー」と言った。
でも、後々行くことになった。
行った私もおかしい。
私はそりゃ高校2年生でホテルなんて言ったことがなくて、少し興味があったのもあった。
私は、初めての経験をした。
でも、その日は経験という経験ではなく、まだ私は処女という名のまま帰った。
そういう日が3回くらいあった。
でも、今はもう本当に経験をしたというか、処女ではなくなっている。
ただ単に体目当てとかじゃない、と信じれるから、初めてをあげた。
現に私はすごく好きで、一生付き合っていたいって夢みたいなことだったら、結婚までもしたいって思った。
本当に幸せだった。
初めて身も心も捧げられた相手が俊也で良かったと心の底から思った。
授業中に俊也のことを考えるだけでも、幸せに包まれるくらい。

Three

今年の3月だったろうか。
私は初めて家出というものをした。
いや、一日だけ家で眠らなかったというべきか。
勉強のこと成績のこと、いろいろなことで精神的に参っていた私はその日にはもう限界を超えていた。
ままとばあばに本当にイラついた。
「帰りが遅い」、「部活やめろ」、「順位が下がってる」、「勉強しろ」、「朝起きれないならもっと早く寝ろ」。
どれも私には改善できないことばっかり。私だってそこそこ努力はしてるつもりだった。
とにかく私は、自分の部屋というものがないのだ。勉強だって読書だってリビングでしかやったことがない。高校生に自分だけの空間というものは必要不可欠だと思うのだが。だから、何をするにも親の目に縛られている、そんな生活がもう苦しかった。
その日はじいじの誕生日だった。
そんな日に大袈裟なことを起こして申し訳ないと思う。
普通に部活をして帰ったら、もう8時半だ。いつものようにままはリビングでくつろいでいた。疲れて帰ってきた私には何よりその光景がすべての力を奪った。その瞬間から、私の視界は黒ずみ、不快なオーラに包まれる。本当に本当にその日は何か特別なことはなかったのだが、限界を超えた。
でも、ままとはごく普通に、いつも通りに会話をし、一緒にご飯を食べていた。
苦痛だったが、私の視界は黒ずんでるし、あと1時間もしないうちに、楽になれる、その気持ちが苦痛を溶かした。
私は、家に帰って、ママの姿を見たとき、決めていた。今日は家を出ようと。
こういう風にさっぱりと言い切ったが、その時から家を出るまでの私は、すごく鼓動が速くなり、平常心でいられるか不安だった。
私がもう家を出ようとしたとき、ままはリビングで雑誌を読んでいた。私はブレザーを着てそっとスクールバッグを掴み玄関へ行くため廊下を歩いた。自分は本当に家を出られるのか。ままと会話をしているときの不安とはまたすこし違ったものだった。行くあてもない。ただ一人の時間を過ごしたかった。ままとこれ以上同じ空間にいるのは耐えがたかった。本当に。でも行くあてもなく、私はどうしたいのだろう、やはり耐えられない苦痛にしめつけられても家からは出ないでおいたほうがいいのか、そんな言葉が頭を行き交う。5、6メートルの廊下を歩くのに、一体どれだけのことを考えたのだろう。でももう玄関で靴を履いていた。もう後戻りはできない。ドラマのように私は勇気づけに目を閉じた。そして、開けると同時に玄関のドアを開け放った。毎日見る景色なのに映る景色はまるで何も見えない暗闇だった。ふと自分は何をしているんだろうと思った。やっぱり家に入りたい、その時はそう思った。自転車を入れている車庫を思い切りがしゃーんと開け、ままが何をしてるんだろうと家から出てこないか心配で急いで自転車をだし、もう車庫を閉めずにそのままにして自転車をこぎはじめた。なんとなく最寄駅へと向かった。そして気が付くと、俊也に電話を掛けていた。その時にはすでに私は声が震え、しゃくりあげながら話していたと後から聞いた。無我夢中で助けを求め、ただ泣きながら「どうしよう」と言っていたのが記憶にある。俊也は仕事をちょうど終えたところで、私をすごく心配してくれた。そのこともまた胸を熱くして涙となる。行くあてもなく出た私は、こう言っていた。
「俊也、今からそっち行っていい?」
隣の県で、お互いの県寄りのところへ住んでいたから、1時間あれば会える距離だった。
「お父さんとお母さん、心配するんじゃない。美夢莉がそれでも来たいっていうなら、全然ええで。何しろ普通じゃないしな。おいで、○○駅で待っとく。」
俊也はそう言ってくれた。その言葉は何よりの救いだった。

そして、もうすぐままは私が出て行ったことに気が付いて、探しに来るんだろうかという恐怖が私を襲った。出て行った身だが何か連絡だけでもしようという気になった。一回通話を中断し、ままに「友達の家行ってくる、本当にごめん、心配しないで」とメールを入れて、再び俊也に電話を掛ける。ツーツーという切断された音が聞こえた。携帯画面を見ると、ぱぱからの着信だった。ままが私が家を出て行ったことを知って、ぱぱに知らせたんだろうか、だからぱぱは私に何があったか聞こうと電話してきたのか、着信を確認して電話に出るまでのほんの数秒で、そういうことを考えた。
「お疲れちゃーん」
ぱぱのいつも通りの明るい声が聞こえた。もしかしたら、私が出て行ったことを知らないんだろうか。偶然に電話してきてくれただけなんだろうか。いや、こんな偶然ないし。
「ああ、もしかして、ままから何か聞いた?よな」
震える声を何とかしておさえたが、ぱぱを相手にしてはもう我慢するのはもう無理だった。涙がとまらなくなった。
私は自転車をこいで、夜の道を掛けながら、思い切り泣いた。
「どしたんな美夢莉」
「・・・私今家出た」
風の音、早くなっている呼吸の音、つまる喉の音、鼻水をすする音でほぼ何を言っているのか分からないような声でも、ぱぱは聞き取れたようだった。
「は?何があったんな」
「もうな、ままと一緒におることが苦痛になって、耐えれんくなって、出てしもうた。」
この時、きっと私はもっと無我夢中で話したのだろう、が今はこれしか思い出せない。
「何があったんかしらんけど、どこ行くんなこれから。行く宛てあるんか。」
「いや、ない。もう何も考えずに出てきた。とにかくままと一緒の空間におるのが嫌になったから。」
「今どこな」
「え・・・駅に向けてなんとなく行っとる。」
「じゃあ駅におれ、すぐ行くから」
「え・・・でも、ああ・・分かった」
「とりあえず、美夢莉、すごいさっきからキャッチ入りょうる、ままじゃろうな。」
「うん、じゃあ一回ちょっと切るな」
「うん、駅おれよ、迎え行っちゃるけん」
「ありがとう。」
切った後にも、何か込み上げるものがあって、大粒の涙がまた頬をつたう。
そして、また着信音が響く。
ままだ。でも、もう出るつもりはなかった。着信を拒否するように切断し、俊也に電話をかける。
「大丈夫なん。」
「大丈夫じゃない。」
と私は泣きながら笑った。
ぱぱから電話があって、ぱぱが迎えに来てくれることになった、ということを伝えた。
自分勝手に俊也を巻き込んで悪いと思う。
「ごめんな、本当に俊也に会いたい。けど、ぱぱがもう駅におれって言うから、おるわ。」
「うん、とにかく無理したらあかんで。」
「本当にごめんな、本当に本当にありがとう。まあまた落ち着いたら連絡するな。」
「いやいや、俺は全然ええんや。うん、わかった。」
「じゃあ、また。」
「うん。」
俊也と電話を切った後でさえも、ままからの着信は途絶えずに鳴っていた。着信音に耳をやられそうで、マナーモードに設定した。液晶画面は光り続けていたが音が響かないだけ少し楽になった気がした。

ままに見つからないように、中道を抜け、車では通りにくい道を出来るだけ通ってきた。かなりのスピードだったのだろう、いつもより大分早く駅に着けた。
駐輪場の人に、こんな泣き崩れた顔を見せるのはどうかと思ったが、光り続けていた画面が少し落ち着いた携帯を持ちながら、いつものように堂々と入っていった。

Four

震える手をおさえながら、駐輪場の奥へ入っていく。また液晶画面が光る。きっとままからだろうと思ったけど、ぱぱだった。急いで自転車を止めて、スタンドをおろし電話に出た。
「もしもし。」
大分、声の震えもおさまり、楽に話せた。
「今行きょうるけん。」
「うん、ありがとう。」
「ままから電話来たで。うっそ、どこ行ったんなあいつはって言っといたけど。まま、車でその辺探し行ってくるって言うたで。」
「あー、まじか。うん、じゃろうな。」
「じゃけん、見つからんように隠れとけよ。」
「分かった。あー怖い。」
と私はほんのすこし笑った。
ぱぱも微妙に笑って
「まあ、待っとけ。」
と言って、
「まだものすんごいキャッチ入りょうるわ」
と教えてくれた。
「じゃろうな、まあ私は出るつもりないけど。」
「そうか、ほんならまあ急いでそっち向かうわ。」
「うん、ほんまありがとう。じゃあ後で。」
ままはもう動き出していたようだった。今にも駐輪場へ入ってくるんじゃないかと心配で入口を何度も見なければならないくらい気が気でなかった。早くぱぱに迎えに来てほしいという思いと、今すぐ俊也に会いたいという思いで気持ちがいっぱいだった。今、俊也が隣にいたら、どんなに力強いことだろうと思った。ままからの電話がまた入っている。携帯を開くと不在着信が7件もある。それだけで恐怖で体が凍りそうだった。
携帯とにらめっこで、ままからくる着信はスルーして、俊也やぱぱからの連絡のみを待った。
30分くらいでぱぱは来てくれた。車の助手席に乗り込み「ありがとう」と小さく言った。
「大丈夫か。」
ぱぱは優しくそう言ってくれた。
私は頷いて、泣いた顔をぱぱ見られないように、外に目を向けた。暗くなっている外の景色を目で追う。なんとなくまた涙が溢れてくる。ぱぱが隣にいるからかもしれない。車内にかかっている音楽と鼻水をすする音だけが響く。ぱぱは口を開かない。私が落ち着くのを待っていてくれてるのだろうか。その優しさにも胸が熱くなり、大粒の涙が次から次へと流れて止まらなくなる。だんだんと乱れる呼吸に、ぱぱは「まあ落ち着かれ」と言う。
私が静かになったところでぱぱは聞いてきた。
「一体何があったん。」
その言葉に、また大泣きしそうだったけど、私は落ち着けた。
呼吸を整えて話し出す。
「なんか・・・今日は帰って、リビングにおるまま見ると、無性に腹が立って、耐えれんくなって・・・」
呼吸を整えたつもりだったが、また私は涙を流す。ぱぱにこんなに泣きじゃくった姿を見せるのは、物心ついてから初めてだと思った。

この日のことは私の中でものすごく鮮明な出来事として、胸に刻まれた。

私という者 

「私という者 Part Ⅱ」へ続く

私という者 

柴咲美夢莉16歳、高校1年生。親、友達、愛する人。この世界で出会わなければならない人。なにげない幸せを描いたストーリー。

  • 小説
  • 短編
  • 恋愛
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2013-05-19

CC BY-NC-ND
原著作者の表示・非営利・改変禁止の条件で、作品の利用を許可します。

CC BY-NC-ND
  1. A prologue
  2. One
  3. Two
  4. Three
  5. Four