愛と哀しみのバナナマン(5)
第ゴッホ話 見えないものは見えるのか
「バナッチ」
番組が開始するやいなや、バナナマンが登場した。バナナマンは、自分の周りにパンチやキックをする。バナナチップを四方八方に飛ばす。だが、周囲には、怪物はいない。客観的に見れば、バナナマンが、朝のラジオ体操をしているのか、精神に錯乱を侵しているのか、どちらかに見える。だが、これはテレビだ。ババナマン体操の時間でも、バナナマンのドキュメンタリーでもない。バナナマンが、何ならかの敵と戦っているのだ。だが、敵は見えない。そうか、バナナマンは見えない敵と戦っているのだ。それなら話しはわかる。
見えない敵、それは何だ。そして、見えない敵に勝つことができるのか。
場面が転換する。町は賑わいを取り戻しつつある。これまで何度となく、怪獣や自分たち同士の争いで、破壊や惨劇が繰り返されてきたが、町の人々の復興意思は強かった。「何で、うちの町だけ、不幸が続くんや」という人々の不満があったが、これはテレビドラマだから仕方がない。文句を言うのなら、ナレーション担当の私に言うのではなく、脚本家や監督に言って欲しい。とにかく、町は元気を取り戻しつつあった。それなのに、再び、事件が起こった。神は、万人に平等に幸福と不幸を与えるのではなく、不均一な扱いをすることにより、町の人々の信仰の深さを試そうとしているのか。
事件とはこうである。町の人々が、急に、「ごっほ、ごっほ」と咳き込み始めた。最初は、風邪だと思って、二、三日寝ていたが、いっこうに咳は止まらない。うがいをしたり、喉あめを口に含んだりしてみたが、症状は変わらない。病院で診察を受けるが、医者も首をひねるだけで、原因がわからない。最初は一人だったが、二人、三人、と増え続けた。この病気は感染するのか。そこで、これ以上感染地域を広げないために、集落閉鎖や学校閉鎖、会社閉鎖が行われたものの、とうとう町閉鎖までの状況に陥った。
外部から全く遮断された町。町自体がどうなっているのかもわからない状況だ。人々はただ病に倒れていくだけだ。どうにか外部と連絡がとれた。町の周辺の町や大都市から応援の救急車が派遣される。だが、救急隊員もこの町に足を一歩踏み入れた瞬間に、気分が悪くなり、倒れてしまうのだ。
何とか、救急車が一台、派遣先の街に戻り、状況を説明した。助けに行かなければならないのに、助けに行けば自分たちも助けを受けなければならない。どうするべきなのか。このままでは、この町の住民たち全員が死亡してしまう。あらゆる医者が集められたが、病気の原因はわからない。周辺の町は、自分の町に感染が広がるのを恐れて、この町との境界を大きな塀で取り囲んだ。そして、監視塔に大きなベルと鈴を取りつけ、監視員を置き、隣町の人々がこの壁を乗り越えようとすると、ベルと鈴を打ち鳴らし、自分の町に避難してくるのを防御した。人々は、これをベルと鈴の壁、略して、ベルリンの壁と呼んだ。完全に孤立した町。この町の人々は大丈夫なのか。
宇宙防衛隊(これまでは、太陽系防衛隊であったが、バナナ王国から救援物資を送ってもらったことから、太陽系だけでなく、宇宙全体にまで防衛の目を向けようと、組織が強化されていた)ように、の隊員たちも、ヘタにこの町に入れないため、ジェット機で空から救援物資を支給するだけである。
「バナッチ」
空に閃光がきらめいた。バナナマンの登場である。だが、今度の相手は人間の眼には見えない。ひょっとしたら、バナナマンの視覚能力は、人間の数十倍もあり、見えない敵が見えたりするのかもすれない。そうなれば、この事件は簡単に解決できるはずだ。視聴者のみんな、バナナマンの活躍を大いに期待しよう。
あれ?可笑しいぞ。バナナマンが右往左往している。手をパチンパチンと叩いている。敵は蚊なのか。いや、違う。今度は、指をぐるぐる回し始めた。相手の目をかく乱させ、気を失わさせる戦法だ。すると、敵はトンボか。いや、違う。今度は、巨大な虫とり網を持ってきて、振り回している。敵はセミか、チョウチョなのか。いや、違う。ババナマンは、今度は、巨大な顕微鏡を持ってきた。周辺の土を取って来ては観察している。何か分かるのか。首を振っている。ダメなのか。バナナマンが、様々な手法で、人々の病気の原因を突き止めようとするが、やはり、答えはでない。あきらめるわけではないけれど、あきらめざるをえない。
途方に暮れたバナナマン。一軒の家を訪れる。そこでは、町が封鎖されたために、食糧が行き渡らず、お腹をすかした子どもたちがいた。病気の原因は直せないけれど、空腹を満たすことぐらいなら、できるはずだ。そこで思い付いたのが、ババナ缶詰め。前回の戦いで、バナナの皮を大量に消費したが、バナナの中身は残っているはずだ。
早速、バナナ星に気力電話を掛ける。ババナマン同士、念ずれば、携帯電話を掛けなくても、意思が通じるのだ。もちろん、携帯電話会社と契約する必要はない。バナナマンが、バナナの缶詰を送るよう念ずる。バナッチ。
リリリリリン。バナナ星のコールセンターに、地球にいるバナナマンから気力電話がかかってきた。だが、バナナ星と地球は距離が離れていることと、宇宙砂嵐が発生していることから、バナナマンの意思がはっきりわからない。バ・ナ・ナとまでは聞き取れるが、それ以降の意思がわからない。
「きっと、また、バナナの皮がいるんだろう」
コールセンターの職員は、早速、地球に、再び、バナナの皮を送った。無事、バナナの皮はバナナマンの手元に届いた。箱を開けてびっくり。中身は、中身がなくて皮ばかりだったからだ。
「そんなバナナ。違うぞ、違うぞ」
バナナマンは、再び、気力電話を使う。今度は、意思が確実に伝わるよう、正坐して、両手を合わせ、思念を集中する。
リリリン、リン。リリリン、リン。再び、バナナ星のコールセンターの気力電話が鳴る。
「はい、もしもし、こちらバナナコールセンターですが、あっ、地球のバナナマンさんですか。バナナの皮、届きましたか。いえいえ、お礼なんておよびません。でも、大変だったんですよ。至急、送れと言うから、コールセンターの全職員が徹夜でバナナの皮を剥いたんですよ。今も、少し、眠たいですけどね。いえいえ、そんなことはいいんです。地球の人が困っているんでしょう。私たちの徹夜なんて、大したことはありません。人助けのためなら、人肌でも、バナナの皮でも脱ぎます、剥きますよ。えっ、皮じゃない。中身が欲しいんですか。そりゃあ、しまった。中身は、皮を剥く時に、ゴミで処分するのはもったいないので、みんなのお腹の中にしまいましたよ。夜中まで起きているときなんか、何もしなくても、お腹がすくでしょう。今回は、まして、バナナの皮を剥く作業がありましたので、余計にお腹が空いたので、パワーを得るために、中身は食べてしまったんです。いやいや、いいんです。聞き間違えたのは、こちらのミスです。早速、ババナの中身を缶詰にして送りますよ。困っている人を助けるためんでしょう。喜んで協力しますよ」
コールセンター嬢は、電話を置くと、電話でのさわやかな応対とは裏腹に「困った。困った。誰か助けてくれませんか」と同僚や上司に相談した。だが、さすがバナナ王国。こんな時のために、バナナの缶詰を貯蔵していたのだ。特急便で、缶詰めを地球に送る。
今、バナナマンの前には、バナナの缶詰が数千個、数万個積み重ねられていた。「やはり、持つべきものは仲間だ」と感慨に耽っていたが、町の住民のグーグーというお腹が鳴る声で、我に返った。
仲間の好意を無にしないためにも、町の全戸にバナナの缶詰めを配り始めた。トントン。ブー。ピンポン。こんにちは。あらゆる手段と方法で、家を訪問した。動けない老人や障害者の人の所にも運んだ。もちろん、バナナマン一人では無理だ。バナナマンが右手で一掴みすると、バナナの缶詰は百個以上。左手で掴むと、同じく百個以上。町の集落の公民館等にそれぞれ置いていく。
「いつまでも家の中に閉じこもっていられない」
集落の代表の人々が各家に配っていった。おかげで、人々は、何とか飢えからはしのげた。また、バナナの缶詰を食べると、体力だけでなく気力も沸いてきた。家の中に閉じ籠って孤立していた人々は、外に出るようになった。
「おはようございます」「今日はいい天気ですね」「お疲れさまでした」様々な言葉が掛けられるようになった。外に出られるようになると、不思議な事に咳が止まった。バナナの缶詰のパワーのおかげか、それとも、挨拶やこれまであった事を話し合うための井戸端会議のおかげで、しゃべることが先で、咳が出る暇がないのか、それ以外の何かなのか。それは誰にもわからない。
バナナマンは戦っていた。自分の周辺に向かって、パンチを繰り出し、キックをかましたり、腹筋を動かしたり、髪(バナナマンに髪の毛があったのか?)を振り回したり、膝を突きだしたり。ひじ打ちをくわしたり、全身全霊を傾けて、見えない敵と戦っていた。
家に引きこもっていた人々は、ババナの缶詰のおかげで、外に出ることが出来た。久しぶりの太陽だった。風が頬を撫でた。もう、咳は出なかった。風とともに、風邪が去ったのか。
バナナマンは汗みどろだった。額にも、顎にも、腋の下にも、背中の腰の辺りにも、足の付け根にも、肘の内側にも、膝の内側にも、汗びっしょりであった。バナナマンが動くたびに、周辺に汗が毀れ落ちた。人は、これを恵みの雨とも、汗くさい産業廃棄物とも呼んだ。
子どもが叫んだ。「僕も一緒にやるよ」
子どもは見よう見まねで、バナナマンの動きを真似、真似た。ラジオ体操のような、ジャズダンスのような、太極拳のような、ベリーダンスのような、盆踊りのような、ヨガのような動きだった。町の人々は、最初は、バナナマンや子どもが踊っているのを見て?こんな非常時に何をしているんだ、もっと他の事をしろと、自分が何もしないことをいいことに非難ばかりしていたが、次第に、動きが面白いのか、リズムに乗せられたのか、笛や太鼓の鳴り物が登場したせいなのか、拍手を始めた。そのうちに、見ているだけではつまらなくなったのか、踊らにゃそんそん、と、バナナマンを櫓に見立てて、その周囲をぐるりと踊り始めた。
町に活気が戻った。人々に笑いが、元気が戻った。
バナナマンは、ふと、我に返った。自分が一生懸命、見えない敵と戦っているのに、自分の周囲で、町の人々が盆踊りをおどっていたからだ。それも、手を上げたり、足をキックさせたり、地団太踏んだりと、これまでバナナマンが見てきた踊りと異なっていた。いや、踊りと言うよりも、何かと格闘しているような動きだった。
だが、その動きにはユーモアが感じられた。人間の関節を最大限に活用した動きだった。きっと、素晴らしい、体操のお兄さんがいて、そのお兄さんの動きに合わせて、みんな踊っているんだろう。是非、自分も真似してみたい。いや、今は、町の人々のために戦っているんだ。遊んでいる場合じゃないぞ。いや、待て。なんで、町の人々は、さっきまで家に引きこもっていたのに、今、こうして踊っているんだ。もう、見えない敵はいないのか。
もう町の人々は大丈夫だ。バナナマンは、自分の役割が終わったことを悟った。バナッチの掛け声とともに、バナナマン星へと旅だった。バナナマンがいなくなっても、町の人々は、何かに願いをたくして、一晩中、踊り明かした。
なんか、踊りたくなったぞ。僕は、頭の中の記憶の残像を追いかけ、バナナマン音頭?を踊り始めた。それ、キック。それ、パンチ。それ、地団太踏み。
「何、それ。変な踊りね」
お母さんが、キッチンから首を突き出して笑った。
「バナナマン音頭だよ。きっと、そのうちに、日本中ではやるに違いないよ。だから、僕が一番乗りになるんだ」
「一番になるのはいいけれど、明日、体が動かなくなっても知りませんよ」
翌朝、お母さんの言うとおり、体が動かなかった。いや、動くけれど、動けば体が痛いから、動けないんだ。そのまま、寝転がっていたら、今度はお腹が鳴り出した。どんな状態でも、人はお腹が空くんだ。僕は、昨晩とは反対に、できるだけ体を動かさないように起きあがり、食卓へ向かった。早速、朝ご飯に、パワーアップのため、バナナを食べたけれど、バナナマン音頭のことは忘れた。
愛と哀しみのバナナマン(5)