天使とあった日
作者の自己満足な小説です。
(1-1)
木曜日だった。
その日は前日の夜遅くまでゲームをしていて、というより朝までやっていた。典型的なダメ人間である。
僕は目覚ましもかけていないスマホを手に取り時間を確認する。
16:00。気持ちの良い朝だ。
個人的に目が覚めてから眠るまでが一日だと思う。太陰暦とか太陽暦とか太陽とか月とか関係なく、僕は僕の生活を送る。
大学も四年になって急に暇になった。本来就活をすべきなのだろうけど、どうにも気乗りしない。
単位もほとんど取り切って、もう週に一回だけ学校に顔を出していれば卒業できる。
「なーに食べよっかなぁ」
一人暮らしを始めて独り言は多くなるというが、僕は元からこんな感じだったと思う。
確実に日々は過ぎていながらも、僕個人の時間は止まってしまっている。
社会から取り残された感覚。じんわり胸が痛くて、その痛みすら生きてる証のように感じる。
「今日の予定は―――」
スマホでメールやらSNSで友達の動向を把握する。
こんな僕でも親友と呼べる人が4人ほどいた。全員男だけど、別にさみしくはない。ついでにホモでもない。
「まぁ暇なのは僕位か。」
類は友を呼ぶだなんてことわざは嘘だ。僕の友達は極めて優秀だ。例えるなら僕がシジミなら彼らはハマグリだ。
(個人的にシジミが大きくなるとアサリ、ハマグリになると思ってる。)
一粒だけのシジミなんて料理の主役にもなれない。僕が主婦だったとしたら一粒シジミが混じっていたら三角コーナーにでも放り込むだろう。
風薫る五月。僕は時間を持て余す。高尚な趣味でもあればいいんだけど………
モネの絵とか河喜多半泥子の茶器とか薩摩切子とか好きなものはあるけど流石に書けないし、作れない。
テレビラックの下のゲームを入れた箱を漁る。遊び飽きたタイトルが並んでいる。新しいゲームも特に最近興味を持ったものはなかった。
昨日はたまたまノベルゲームを親友から借りてやり終えたのだが、個人的にアレにはやりこみ要素は無いと思う。
「暇だなぁ」
カーテンの向こう側はまだ日が落ちるには少し早かった。
「晩ごはんでも買いにいこうかなぁ」
僕ルールその2。19時以降の食事は晩御飯。つまり今日は起きて3時間もせずに晩御飯を食べる。
バイバイ朝と昼の概念。
シャワーだけ浴びて、適当にそこらへんの服を着て財布と鍵とスマホだけ持って家をでた。
僕はそのまま家出をした。
しいて理由をあげるなら風のにおいが良かったから。
前に読んだ小説で主人公が似たようなことを言って人を殺していた気がするがきっと気のせいだろう。
そもそも家出といっても僕は一人暮らしだし、別に家から逃げる理由なんてなかった。
晩御飯を買いに行く気楽さで、国道沿いを都心の方へ歩く。
―意味も無く歩くなんて小学生の時以来だ。と思ったけど歩くの自体は割と良くある。
ダイエットが必要な体でもないし、交通費に困るほど爪に灯をともすような生活もおくっていない。
それでも意味も無く歩くのは久しぶりかもしれない。大学に入った年に東京タワーまで夜通しで歩いたけど、あれは田舎者らしく東京タワーが見たかったからだ。なんで歩いたのかは忘れたが、確か当時のバイト先の先輩がツーリングの自慢をしてきたせいだと思う。
別に機械なんてなくったて僕はどこにだって行けると思う。
都心の方に歩いた理由は帰る時に駅が近くに無いとめんどくさいから位の理由しかなかった。今日中に帰るのであれ、公園に泊まって明日、明後日帰るのであれ、帰り道は歩きたくない。
登山は好きだけど下山は嫌いな僕である。
ふと歩きながら耳になじんだ歌詞が頭を流れる
「道なんてない、前に進んでたって、歩いたんじゃない、倒れてないだけ」
なかなかに僕の今の状況を的確に示した歌詞だと思う。この曲だけに限らず、僕はこのアーティストの曲が大好きだった。
高校入学はエスカレーター大学は推薦。授業もほとんど行かずにレポートで単位を買っていた。
僕は下手に頭が良いのだろう。頭が良くないにしろ立ち振る舞いにそつがないのかもしれない。
育ててくれた両親と、幼少の頃適度に苛めてくれたクラスメイト、少数の友人たちには感謝してもしたりない。
―僕は倒れてない。
4時間ほど歩くと不思議な所についた。きっと高級な住宅街なのだろうけど緑が豊かで、驕ってない心安らぐ所だった。
おなかもすいてた頃合いだったので近くのコンビニでお茶とお握りを買って公園を探す。
「~~~~~♪」
歌声が聞こえた。
高校生位の女の子が公園の花壇を前に練習していた。
僕はその場を離れつつも歌声が聞こえる位の所でベンチに座り食事をとりはじめた。
正直こんな自分を誰かに見られたくなかったし、それに驚かせてその歌声が止まるのもいやだった。
僕はロックが好きなんだけどな……
おかかのおにぎりをほおばりつつも殆どかまずにお茶で流し込む。下品極まるおいしい食べ方だった。
いつの間にか歌は終わっていて僕は木のせせらぎの中、次の梅おにぎりへと手を伸ばした。
「こんばんわっ!」
突然話しかけれてびっくりする。びくっとなった。
「こんばんは?」照明もまばらで相手の顔が良く見えなかったが、恐らく歌っていた彼女だろう。
「道に迷われたんですか?」上品そうな声で聞いてくる。
「いえ、少し散歩の途中で…」言ってから、しまったと思った。普通こんな時間に散歩する人はいない。
「歌…聞かれちゃいましたかね?」照れの入った声で彼女は尋ねる。
「ええ、まあ、はい。」中学生じゃあるまいに…我ながら免疫が無さすぎる。
「どうでしたか?」
「すごくいいと思いましたよ」すごくお世辞っぽかったが案外素直な感想だったりする。
「ありがとうございます」
社交辞令な会話だった。
社交辞令な会話が僕は好きじゃない。
少なくともどうでもいい人間に対しては社交辞令でも構わないけど、僕の本心が社交辞令ととられるのは少し不快だった。
「すごくいい歌だったので邪魔にならないように聞ければと思いこのベンチにすわったんです。」
「ありがとうございます」
さっきと同じセリフだったけど今度は社交辞令じゃない気がした。
「好きな歌ってありますか?」
僕は彼女が帰ったものだと思っていたからまた少しびっくりした。彼女との距離は5m。
夜に初対面の男女が話す距離として僕には丁度良く「離れた」距離だった。そこに人がいないような。いるような。
「僕は………」そう言いかけて僕にはメジャーなタイトルを思い浮かべることはできなかった。
テレビで流れるような曲、紅白で流れるような曲。頑張って探そうとしたけど僕はテレビを見るのを止めて久しい。
「××××ってアーティストの曲なら大抵好きです。」結局嘘偽りなくしゃべることにした。
「?」
彼女は首をかしげるだけだった。
「そういうロックバンドがあるんですよ。」
「そうなんですか」
「ええ、そうなんです。」会話が終わる。頃合いだと思う。もし僕が警察でこの場面を見たらきっと職務質問するだろう。
僕はどうでもいいが彼女に迷惑をかけたくなかった。
「それじゃあ、僕はこの辺で、そろそろ遅い時間ですし帰った方がいいと思いますよ。」
僕は立ち上がってゴミを持って出口の方に歩き始めた。
「明日も・・・」
彼女が話しかけてくる。立ち止まって振り返る。ここで初めて僕は彼女に向き合った。
「明日もこの時間ここで歌っています。」
「もし散歩するようなら立ち寄りますね。」僕は緊張を隠しながらそういうのが精一杯だった。
結局その日は帰ることにした。終電の2本前。400円程で帰ることのできる区間だった。
家に帰るとパソコンをつけた。SNSで日記を簡単に作成する。
親友4人に大学に入ったころからのネットの知り合いが20人程。そのSNSで交流を持っていた。
毎日呟いていたし気が向けば日記も書く程度には利用していた。
友人だけが見えるような設定にして今日あったことを適当に書きならべる。
個人的に良くまとまった日記だと思う。結局その日記にはイイネが3つついた。
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彼女は家に帰るとお風呂に入った。防水型のスマホを持ち込んで音楽を流しながらのんびりぬるめのお湯につかるのが彼女のルールだった。
普通の家なら家族から「こんな時間に…」と言われるかもしれないが、幸運なことに彼女の両親は仕事から帰ってきていなかったし、何より自室にお風呂があった。恵まれた環境だと思う。
今日は歌の練習をしていた。少人数なクラスのためにソロパートが一人一回は回ってくる。人見知りの彼女にとってそれは気が重い話だった。
庭で練習していると彼が入ってきた。昼間は一般に開放して公園のような形にしていはいるが、そこは彼女の母親がすべてをデザインした庭であり、夕方を過ぎると鍵がしまって一般の人は入れないようになっている。
看板も立っているしこの辺に住む人なら周知の事実であったから、今日彼が庭に入ってきたのには少なからず驚いた。勇気を出して聞いてみたが本当に彼は散歩をしていて、きっとたまたま鍵が開いていて、ここを公園だと思って入ってきたのだろう。遠くから来た人なのだろうか。
男の人というだけで少し苦手意識をもつ彼女にとって彼は不思議と接しやすい人物だった。会話自体は多くなかったが彼の持つ雰囲気といったものに惹かれる物があった。落ち着いた大人。年上に恋する同級生の気持ちもわからなくもないなと思った。
だからだろうか、最後にあんなことをいってしまったのは。お湯に口までつかってプクプクしてみた。
お風呂に浮んだアヒルが笑ったように見えた。
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(1-2)
金曜日。僕は早起きをした。昨日疲れていたからそのまま日記を書いてすぐにお風呂も入らずに眠った。
09:00。うん、間違いなく大学生にしては早起きである。
「んー今日はどうしょうかなぁ」
お風呂のお湯をためつつ歯を磨く。
僕の初恋は中学の時だった。エスカレーターで高校に上がった時に告白してみた。ふられた。
どうやら彼女にとって僕は良き友人でありそれ以上でもそれ以下でもなかったらしい。
ふられたときに僕のことを好きだと言ってくれた子がいた。純粋にうれしかった。
嬉しかったから付き合ったけど、結局は手をつないだだけで一か月たった位で別れた。
単純な友人関係の方が気楽で良い。別れた後に付き合っていた女の子がバッサリと髪の毛を切っていたのには少なからず罪悪感をいだいたけど、友達とバカやっていた方が楽しかったし、後悔もない。
大学に入れば出会いがあると僕は適当にそう思っていた。
出会いはあったのかもしれない。語学のクラス、ゼミでは固定のメンバーだった。
可愛い子はいたかもしれない。大学四年になって女子の名前は一人も覚えていなかった。
初恋の相手と何が違うんだろう。
それはきっと思い出や記憶がないせいだろうと自分で分析する。
中学の時の研修でキャンプファイアーの中蛍が集まってきたこと。運動会でタスキをつないだこと。文化祭で劇をやったこと。修学旅行では一緒に回ったこと。
僕はきっともう恋することはないんだとそう思っていた。
そんな僕に親友の一人は決まって「出会いはな、作るもんなんだよ」といって白い歯をのぞかせるが、僕は彼が特定の相手と付き合っているのを見たことがない。
そういう意味では類は友を呼んだのかもしれない。
昨日の彼女の顔を一晩たってまだ思い出せる。それは僕にとって珍しいことだった。
でも、きっとこれは恋ではなく。
結局僕はその日友達と遊ぶことにした。4人のうち2人が麻雀をするらしいので、適当に道中お酒を買って夕方に友達の家についた。4人目は親友の高校の同級生が来た。何度かあっている人で名前は覚えていないがお互いに顔くらいは知っているような関係だった。
スマホで機械相手に麻雀をするのは嫌いではなかったが、やっぱり手積みで顔を合わせてやるのは面白い。
バイトの愚痴や行くならどこに旅行に行きたいか最近あった面白い話。色々と喋りながらやって、朝になる前に布団をひいた。
家主の親友は自室のベットに、4人目の同級生の彼は家が近くらしいので歩いて帰って行った。
親友と二人で布団をひいて寝る準備をする。いままでに何度も繰り返した良くある光景だった。
「まだ起きてる?」少したってから話しかけてみる。
「おきてるよー」親友のつぶれた声が聞こえる。うつぶせになって寝るのは彼のスタイルだった。
「昨日さー…ん?いや、一昨日になるのかな」
「んー」
「散歩してたんだよ。4時間ほど。」
「4時間!?」
計画通り目を覚まさせることができたらしい。
「なんでまた4時間も散歩してたのさ、自分探し?相談のろっか?」
良い親友を持ったのかもしれない。
「いや、別に自分探しをするほど…って今考えると自分探しみたいなもんだったのかなぁ。」
無言で続きを促す親友。
「悩んでることがあるわけじゃないよ。ただ単にいい季節だからさ、なんか歩きたくなって。」
「のぅ…じいさんや………ワシらも長く生きたのぉ。。」
「いや、別にぼけたわけでもないから、ただ、なんて言うんだろ。やることなかったから散歩してただけだよ」
「んで、んで」
「別に面白い話ってわけでもないんだけどさぁ」僕は考える。昨日の出来事をどうまとめるべきなんだろう。
きっとこのまま話してもオチのつかない話になってしまうだろう。
「天使にあったんだ。」
「宗教勧誘は、かえってください。」
「可愛い女の子いるよー」
「あ、キャバクラは間にあってますんで。」
「好きってなんなんだろうね」
「一緒にいたいって思えることなんじゃない?」
真面目に返ってきた。
だから僕は昨日の話を特に面白くもなく細かに伝える。
「……でもこれは恋じゃないと思うんだ。」
「なんで?」
「恋って思い出だと思うから。」
「………。」
親友は少しの間黙っていた。これで通じるっていうのは彼と僕が親友でいられる理由なんだろう。
「じゃあさ」親友はあおむけになっていう
「じゃあ今からその思い出って作れないのかな?」
それは疑問文の形を成してはいたけど。僕にも親友にもこたえはわかっていた。
「「過去にまさる思い出は作り得ない。」」
その後は借りていたゲームの話をしてから眠った。
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彼女は金曜日学校に行ってから放課後にお茶の部活に出て家に帰って、歌の練習を済ませ、お風呂に入っていた。
「結局彼来なかったなぁ」
それは彼が来なかったことに対し少しの不満があったが、多くは安堵の色が占めていた。
防水のスマホでネットの巡回をする。SNSで友人の書いた日記を斜め読む。
ネットを始めてすぐの頃に趣味の茶器の話で盛り上がって友人になったYさんの投稿がある。
このSNSの中の友人で最も変わった人。少なくとも彼女の周りには茶器の話で盛り上がることのできる友人はいなかった。
その後も何かと助言をしてくれる人だ。プロフィール欄が適当に登録されていて彼の詳しい情報はわからなかったが、つぶやきなどで彼の性格を知ることはできていた。
その日記のタイトルは「天使とあった日」
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[新着]一件の日記にコメントがありました。
天使とあった日
まだ終わってもいませんが、僕は芸術は少し好きです。
その人の生きたあかしみたいに思えるから。
そういった点では文章なんてそれの最たるものかもしれません。
少しでも多くの人に読まれる作品であることと自分を表現すること。難しいと思います。