ねえ、「日本」って知ってる?

第1話

「ねえ、『日本』って知ってる?」
彼女はふいにきいてきた。
「知ってるよ。先週授業で習ったもん。」
「なーんだ、知ってたのか。あたし昨日習ったばっかだから。」
「春日居なんかさ、小学校の頃から知ってたらしいよ。ほら、あいつ歴史好きだから。」
「へえーさすが春日居くん! やっぱ違うねー。」
高校からの帰り道、ぼくは時折彼女と一緒になった。
「あたしネットで歴史のことなんか見ないからなー。三谷くんは?」
「うーん、おれもあまり見てないな。でも、音楽が好きだから、好きなアーティストのインタビュー見てたら、その人が『日本』について語っててさ。それで少し知ってたよ。」
「えーどう語ってたの?」
「だいたい授業と同じだよ。2011年に大震災があって経済が停滞して、そのあとの天皇崩御をきっかけとして、大和(やまと)と蝦夷(えみし)と熊襲(くまそ)が電力をめぐって対立して、震災20年目の2031年に三国が分離独立したって。分離する前の国名なんて、今じゃだれも口にしないし、口にする必要もないんだけど、三国を合わせて『日本』って呼ばれていたらしい。ていうか、当時の大和人や蝦夷人、熊襲人にとっては、大和・蝦夷・熊襲なんていう国そのものがまったく念頭になかったらしくて、みんな自分のことを、大和人とかじゃなくて『日本人』って思っていたらしいよ。」
「えーそうなの!? 大和人も? うそー。授業ではまだそのあたりは習ってないよー。」
「かなり微妙な話だから、少しずつ教えてるんだよ、きっと。おれも授業ではまだ、そのあたりは習ってないしさ。」
「うーん、そのアーティストが間違ってるのかもよ。もしかしてその人、外国人?」
「うん、熊襲人。」
「熊襲人のひがみじゃない?『大和なんてなかった』って言って、ひがんでるのかもよ。」
「まあね。そうかも。でもまあ、おれは彼の話しかまだ聴いてないから、何が正しいか分からないんだ。」
「まあ、そうだよね。で、その人はあとなんて言ってたの?」
「うーん、話が複雑でよくわかんないんだけど、彼は祖国の統一を夢みているって言ってたよ。」
「え? 祖国って熊襲?」
「いや、統一だから、たぶん、『日本』。」
「えー経済が停滞してる熊襲と合併したら、大和はもっと貧乏になっちゃうじゃん。」
「まあねえ。でも、熊襲にはけっこう海底に天然資源があるらしいよ。採掘技術が大和ほどにないから、なかなか採掘できていないらしいけど。」
「ほんとにー?」
「うん、ウィキペディアで調べても、書いてあった。大和と熊襲が合併したら、大和にとっては資源が増えるし、熊襲にとっては技術が高まるしで、両者にとってメリットがあるんだって。」
「へえー。たしかにそうかもね。」
「ちなみに彼のいう『祖国統一』は、蝦夷も入っていて、蝦夷の海底にも、天然資源が豊富にあるらしい。」
「そっかー。いろいろあるんだね。」
「らしいね。良くわかんないけど。」
「でも、『日本』なんて名前、全然親しみないから、なんだかなー。やっぱ大和でしょ。あたし大和人だし。」
「おれの親父は蝦夷出身なんだよね。分裂時には大和に住んでたから、大和人になってるけど。」
「そうなんだー。あたしの両親は二人とも大和出身だよ。」
「そっかー。じゃあ生粋の大和人だね。」
「でしょ? まあ、蝦夷人とか熊襲人は、大和の男よりは力強そうで好きだけどね。」
「ふーん。」
「三谷くんも、蝦夷の血を引いてるなら、男らしいのかもね!」
「どうかな。あんまり関係ない気がするけどな…。」
「そうかなあ。」
ぼくはなんか、彼女の前で、すこし居心地の悪い気がした。
あとは春日居とかの話をして、彼女と別れた。

先週の授業のあとから、クラスでは、「日本」の話題が広まっていた。
歴史の先生は、「統一」についての話題を避けていたけど、ぼくら高校生にとって、「統一と日本再生」という話題は、容易に想像できることだった。
ぼくのように親戚が蝦夷や熊襲に居る人にとっては、統一したら、パスポートなしで簡単に、親戚に会いにいけるので、それは一つのメリットだった。
でも、親たちの多くは、統一を語ろうとしなかった。分離独立前の電力をめぐる対立は、それほどひどいものだったらしい。ネットで調べればそのあたりもウィキペディアに詳しく書いてあるけど、詳しすぎて、読む気になれない。

昔はテレビという一方向的なメディアがあって、そこではそういう歴史の話とかニュースとかが、万人向けに分かりやすく解説されていたらしいけど、今じゃ考えられない。その解説が正しいとは限らないから、多くの人がテレビを見るというのがありえないし、それだから、テレビが商売になるとも考えられない。昔の人は、一つの解釈を簡単に信じることができるほど、単純だったのだろうか。

ぼくは、分離独立前の大和人の、いや「日本人」のことが、少しずつ気になっていった。
彼らは、いったい何を考えていたんだろう。
2011年の大震災までは、「日本人」はとても平和だったと、ぼくの好きなアーティストは言っていた。
じゃあなぜ、大震災のあとには、とりわけ天皇崩御のあとには、たかが電力のことで、対立してしまったのだろうか。
ぼくは、大学に進学したら、大和以前の「日本」の歴史を学びたい、と思うようになっていった。

第2話

(つづきのアイデアを募集中)

ねえ、「日本」って知ってる?

ねえ、「日本」って知ってる?

震災から20年経った2031年、日本は三つの国に分裂した。それから十数年、ぼくの高校では「日本」の話題が広まっていた。「ねえ、『日本』って知ってる?」

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更新日
登録日
2011-07-20

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  1. 第1話
  2. 第2話