マカロン
彼と私と、3時のマカロン。
色とりどりに並べられたその鮮やかさに、一瞬にして目を奪われた。
先日、お菓子作りが趣味という今流行りの“オトメン”な彼氏に「何が食べたい?」と聞かれ、迷わず私は「マカロン」と答えた。特に理由はなかったのだが、その日の前日の夜に見たバラエティ番組内でマカロンを見たせいで、瞬時に頭に浮かんだお菓子がマカロンだったのだ。
普段、率先して料理なんてやらない私は、マカロンの作り方も知らなければ材料も知らない。第一食べたことすらない。そのため、帰宅後ネットを開いて作り方を調べたところ、案外時間が掛かるものなんだと思った。と同時に、やっかいな注文を彼にしてしまったことに対して僅かな罪悪感が芽生えた。……僅かしか罪悪感が芽生えなかったのは、きっとマカロンを食べてみたいと思っていた自分もいたせいだと思う。
そうして、多大な好奇心と微かな罪悪感を胸に、私は意気揚々と彼の家へ足を運んだ。
『いらっしゃい。もう少しで焼き上がるから、待っててくれるかな?』
エプロン姿で出迎えてくれた彼は、笑顔で言い切りミトン片手にすぐさま調理場へと引っ込んだ。私は慣れた手つきで玄関の鍵をかけ、まるで第二の我が家の如くリビングへとお邪魔する。数えきれないくらい足を運んでしまえば、人間すぐに慣れるというものだ。
「なんか面倒そうなもの注文しちゃって、ごめんね。」
ソファの端に手持ち鞄を置き、上着を脱ぎながら謝罪する。彼の住むアパートは一人暮らし用の為、キッチンとリビングがそんなに離れておらず、いつもより少し声を張り上げれば相手に届く距離にあった。
『別にいいよ。手間がかかるほどやりがいがあるし。』
きっと、将来立派な主夫になるだろうな。彼の言葉を聞き、とっさに心の中でそう思ってしまった私は悪くないはずだ。
マカロンが出来上がるまで暇になった私は、鞄の中からレポート用紙と筆記用具を取り出す。そうして、目の前にある机の上で来週提出のレポート課題に励んだ。
それから何十分経っただろうか。耳の端で、チンと小気味いい電子音が鳴り、必死に動かしていた手を止める。握りっぱなしだったシャーペンを置き、大きく息を吸い込みながら伸びをしたところで、エプロンを解きながら彼がやってきた。
『待たせてごめんね。出来たよ、マカロン。』
エプロンを外し、再度調理場に戻った彼が今度は少し大きめの皿を持ちながら歩いてくる。私は慌てて机に上に広げていたものを片づけ始めた。
「ゴメン、今スペース作るから!」
『そんなに慌てなくてもいいのに。』
あまりにも慌てたように片づける私を見て、クスッと彼が笑う。しかし私は片づけているスピードを止めない。だって、早くマカロンを食べたいんだもの。
すべて鞄の中に詰め終えて、ようやく机の上に顔を上げる。すると、白いさらに並べられた色鮮やかな一口サイズの焼き菓子が目に映った。
「すごい…よくこんなに作ったね……。」
『作り始めたら力入っちゃってね。色も付けてみたんだ。』
ピンクに黄色に青色…数え始めたらキリがないんじゃないかというほどの種類に、柄にもなく目を輝かせる。そうして、彼が私の隣に座ったのを確認して、目についたピンク色を手に取った。
『……お味の感想は?』
「美味しいに決まってるじゃない! 将来パティシエにでもなるつもり?」
『そういって貰えるなら、光栄です。』
私が笑顔で感想を述べた後、彼も一つ手にして口に入れる。少しだけ破顔したのを見ると、どうやら納得のいく出来上がりだったようだ。それを見て、私もまた一つ、新たな色を口に含んだ。
マカロン
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