耳切り坊主

1.
その昔、日本のあらゆる地域で戦が行われている時代の事。
東北地方では大神久平と言う名の商人が、様々な手段を用いて急速に勢力を広めていた。
大神は青年期まで札付きのならず者で、家業であった質屋の商売を引き継いでからは、様々な悪巧みで財産を急速に蓄えるとともに、悪い仲間を集めて大胆な悪巧みを働いては、その権力を強めていき、遂には東北地方で中央政府から統治を任ぜられていた仙田実治と肩を並べるほどの財力を持つようになった。
仙田氏は、中央の有力貴族の親族であり、文芸ごとには長けている一方で、その気弱さや戦事の不得手故に中央の貴族からは馬鹿にされている面があった。
任命当初は東北地方は争い事が少なく、比較的平和な地方であったため、皮肉も込めて仙田氏は東北での任務が適役であると周囲から言われていた。
しかし大神が力をつけてくるにつれ、状況は変わっていった。
大神は商人ならではのずる賢さと、ならず者ならではの大胆さをもって、仙田氏の癪に触れないよう、しかし着実に略奪に近い強引な取引やあくどい商売を繰り返し、東北内での地位を確固たるものとした。
やがて仙田氏が大神の行動に明確な危機感を持った頃には、時既に遅し、仙田氏だけの力ではどうする事も出来ない程に大神の力は膨れ上がっていた。
仙田氏の焦りを感じとり、大神は遂に仙田氏と直接交渉に取り掛かった。
既に大きな権力と財力を持っていたとはいえ、それに飽き足らず、幕府公認の権力者となる事を最終目標としていた大神は、東北内の商業の統治を自分に委任するよう求めた。それによって得られたあがりの幾らかを仙田氏や政府に献上する事を条件として提示したものの、その内容は明らかに大神の利点が先立つ条件であり、交渉と言うよりは脅迫に近いものであった。
仙田氏は拒もうとしたが、大神の威勢を恐れ、はっきりと断る事も出来ないまま、最初の接見時は何とかその結論を保留として押し留めた。
これに焦った仙田氏は慌てて中央幕府に上申し、戦力を貸して欲しいと打診した。
中央幕府の要人の中でも、一部の者は既に大神の勢力に危機感を感じていたため、対応は実に迅速であった。
直ちに中央から十分な援軍と、優秀な軍指揮官が派遣された。
これを聞きつけた大神は慌てて自警の軍隊を招集・結成した。驚くべきことに、大神がかき集めた軍兵は数だけで言えば中央からの援軍も合わせても、仙田軍とほぼ同じ規模であった。
とは言え、勿論の事ながら兵法については百戦錬磨の中央援軍を擁する仙田軍が圧倒的有利の状況であった。
そこで、仙田氏は奇策を講じた。
自軍の全兵士に結果至上主義・完全歩合制で戦果の褒美を取らせる事に決めたのだ。
一切の身分も手段も問わず、敵軍の右耳を切り落として持ってこさせ、その数に比例した褒美を取らせた。
但し、公正な競争を規する為に、自軍の別兵の妨害、敵軍以外の耳を切り取る等の行為は即お家まるごと打ち首という、違反行為に対しては非常に重く厳しい罰則を課した。
結果として、この制度は非常に大きな成果をもたらした。
ある者は小軍隊を作り、仙田軍に奇襲を仕掛け、その報酬を小軍隊の中で山分けした。
中には、敵軍の通り道に罠を仕掛け、一人で敵の小隊を一網打尽にした者もあった。
そしてまたある者は暗殺者となり、少しずつ敵軍兵を消耗させた。実はこれまでの戦ではあまり見られなかったこの暗殺という手段が機能し、この戦において最も大きな成果を出した。
何せ、もともと頭のまわる元商人の兵達が、いかに効率よく安全に敵の命を奪うか策を講じるのだから、それまでの武士道を全く無視している反面、手に負えなかった。
仙田軍は大きな合戦を起こすことも出来ぬまま、少しずつ大神軍に消耗させられ、押されていた。合戦を仕掛けようにも、相手の軍はひとまとまりの場所にいない。それでいて大将であるはずの大神は、兵それぞれに作戦を委ねる方針であった為、戦法の指示を出す必要もない事から、うまく雲隠れし続けていた。
ここで、少し話を急ぐが、結果としては仙田群の劣勢と思われたこの戦も、最終的には大神軍の敗戦となった。
戦の結末は、隠れ砦を移動中の大神久平大将一行が、仙田軍の捜索隊に偶然発見され、即座に殲滅させられてしまった事に因る。それにより前述の歩合による報酬制度が崩壊し、大神軍の影の勢力が一斉に弱まった事にあった。
結局、絶対的指揮官を失った大神勢は、仙田軍の中で勇猛に指揮を執り、大神一行殲滅でも先陣を切った風間幸成の統治下に取り込まれた。

2.
その後暫く東北地方では戦が起きなかった為、比較的短期間で終焉したにも拘らず、この戦は多くの民たちの間で長く語り草となった。
その中でも怪談話に近い形で専ら噂になったのが、「耳切り坊主」の話である。
大神の出した奇策により、この戦では右耳の無い死体が多く打ち捨てられたが、前述のとおり、自軍の死体の右耳を取る事は、殺人以上の重罪となる為、当然大神軍の死体には戦によるもの以外に不自然な負傷は無かった。
しかし、大神領地のとある寺で供養された大神軍の死体には、全て右耳が付いていないと言う。
噂ではこの寺に只一人で住む、通称「耳切り坊主」が、供養の為に寺に運ばれた身元不明の自軍の死体から右耳を削ぎ取り、こっそり埋葬していたとの事だった。
この何処から起こったとも知れぬ噂話は、様々な仔細を欠いたままに風間領地内最大の噂話となり、仕舞いには領主である風間幸成にまで届いた。
この噂が風紀を著しく乱すものと判断した風間幸成は、この事件の真相を探るべく、元は大神の側近であり、その明晰な頭脳を買われて現在は風間氏に仕える北見時家に調査を命じた。
時家は優れた思考力を駆使し、時に重要な執務を任される事もあったが、元大神側であった故に実力に適った出世が出来ずにいた。時家は悪しき大神時代の尻拭いと言えるこの調査で成果を上げれば、その出世の阻害要因打開に繋がると意気込み、鼻息を荒くさせた。
早速時家は家来に命じてその噂の情報収集をさせた他、風間領内の全ての寺を徹底的に調べさせた。
所詮は噂話である事から、情報収集の方は殆ど収穫が無かったが、寺の総当たり調査では十日後に有力な情報が届いた。
道吉という家来によると、風間領家の中心部から、それ程遠くない小さな漁村に、たった一人の坊主が住まう寺があると言う。村人に尋ねたところ、その坊主の信心浅さは有名で、坊主のくせに酒や魚を恥ずかしげもなく嗜んでいるとの事だった。
この漁村では「耳切り坊主」の噂は浸透していなかったが、戦が激しい時分には、大神軍の戦死者を寺に運び埋葬まで手伝った村民もいたという。
その噂を聞きつけ、道吉は実際に寺へ赴き、件の「耳切り坊主」らしき人物の様子を探ってきた。道吉曰く、坊主にしてはややだらしのない身なりではあるが、特に変わったところは無く、大人しそうな老坊主であったと言う。声はかけていないが、見た印象では、とても耳を切り取る様には見えない、柔和な老いぼれであるとの事だった。
それ故、道吉はその坊主が「耳切り坊主」であるという自信は無いと報告したが、結果が出ずに焦燥していた時家は、これまでで最も有力な情報を得たとあって、いてもたってもいられなかった。
早速身支度を整えると、道吉ともう一人、壱丸と言う恵まれた体躯を持つ家来の武士を引き連れて、時家は自ら漁村へ馬を走らせた。

3.
途中山村で宿をとったが、それ以外は殆ど休憩もせずに時家はずんずんと先を急いで、翌日夕方にはその漁村へ到着した。
家は十数軒、村民も五十に満たないであろう、こじんまりとした村であった。
既に日が暮れかけていたので、偶然出会った村民に案内され、村唯一の料理屋兼宿場で宿をとる事にした。その宿場は、さびれた村に似つかわしくない立派な建物であり、内装やところどころの家具にも上質な高級品が使われていた。
ところで、時家達は今回の視察で変に事を荒げないようにする為、わざと低級武家の様な恰好を装っていた。しかし、それにしては立派な馬と、二人の家来を携えていた上に、豪華な料理と宿泊の代金として、煌びやかな小判を差し出されたので、宿場の主人はその客人が只者では無い事はすぐに勘付いた。しかし、時家達の前で特にそれについて追及する事はなかった。
時家一行は海鮮を用いた贅沢な料理と、昨夜とは打って変わっての柔らかで高級な布団に大層満足し、旅の疲れを深い眠りの中で癒した。
翌朝、ぐっすり眠ったおかげで体調も整った時家らは、早々に宿場を出発し、道吉の案内で件の寺へと向かった。
天気の良い、清々しい朝だった。
時家らと宿場の主人が山の麓の寺に到着すると、壱丸が寺の正面から大きな声で坊主を呼びつけた。ところが一向に坊主の返事は無く、村の外れにある寺の付近は、しんと静まり返ったままだった。
不審に思った時家らは、宿場の主人を宿へ帰した後、寺の中へ無断で立ち入り、手分けして各部屋を調べていた。すると、坊主の寝室に入った壱丸が、その図体に似合わず、ぎゃあっと情けない叫び声を上げた。
時家と道吉が急いで駆けつけると、そこには坊主の悲惨な姿があった。
部屋の中央に敷かれた布団は、真っ赤に染まっていた。
坊主はその布団の上で項垂れており顔は見えなかったが、しっかりと正座の形を保っていた。
自ら両手でしっかり握られた小刀は、襦袢がはだけて露わになった下腹部を綺麗に切り開いており、ギトギトとした赤い臓物がそこから流れ出ていた。
それらが、小窓からさす朝の陽光によってキラキラと照らされており、思わず時家が、無惨なその光景に美しさを感じてしまう程、色鮮やかであった。
暫くは直視出来ず、吐き気を抑えていた道吉が徐々に落ち着きを取り戻すと、やがて妙な事に気付いた。その坊主の右耳が綺麗に切り取られていたのだ。
本来耳がある場所にはただ血だけがべったりとへばり付いていて、それらはまだ凝固しきっておらず、生々しさを保っていた。
最初から殆ど物怖じをしていなかった時家が坊主の顔を覗き込むと、驚くべき事に、坊主のものであろう耳が自身の口の中に咥えられている事を発見した。
戦慄しながらも、時家らはその後も寺の中を捜索したが、坊主の死体以上に重要と思われるものは何一つ発見されなかった。
疲弊した時家らは宿場へ引き返し、主人に事のあらましを話すと、宿場の主人は坊主の最近の奇行について時家に語り始めた。
主人曰く、坊主は大神から発せられた耳切りの達しを聞いてから徐々に気を違えていき、時折、村民達が理解出来ない話をしていたと言う。例えば、坊主は口癖の様に「祟りが来る、天罰が下る、皆も耳を切られる」等と言い触らしていたらしい。
時家らはこれを以て、噂の真相はこの狂った坊主のうわごとに端を発するものである。そして、肝心の坊主本人は狂気のまま自ら耳を切り取り、腹を切って、その祟りを自らの自害を以て再現したものと判断した。
時家らは坊主の死体の後片付けを主人に依頼すると、また小判を一枚渡して礼を言い、神妙な表情のまま村を発った。

4.
ところが実は、坊主の死体を発見する前夜、時家一行が宿場でぐっすりと寝入っていた時に、宿場からソロソロと抜け出すひとつの影があった。
その影の持ち主と言うのは、宿場の主人であった。
宿場の主人は雲間からさす僅かな月明かりを頼りに、ある場所を目指していた。やがて小さな山の麓にある寺にたどり着くと、寝室の窓から坊主を呼び起こした。
「おい、坊っさん、坊っさんや、大変だよ。起きてくれよ。」
すると、その部屋の中から坊主の寝起きの呻き声と、衣擦れの音が聴こえた後、すうっと襖が開いて、目を細めた坊主がのっそりと顔を出した。
「何事じゃえ。誰か死にでもしたのかえ?」
「違うよ、坊っさん。今日、久方振りにうちの宿に客があるんだがね…。」
落ち着かない口調で話す宿場の主人の様子を見て、ここまで聞いた時点で坊主は何かを察し、彼を部屋へ招き入れた。
坊主が小汚い湯呑に甕の水を入れて差し出すと、宿場の主人はあっという間にそれをゴクリゴクリと飲み干した。
「で、何事だえ?その様子じゃあ、ただ事ではなかろう。」
「そうだよ。そう、その、うちに今泊まっている客人がだよ。どう見てもこれが、風間様のところからの使いに違えねえんだ。身なりこそわざと崩しているが、立派な馬に乗っててよ。なにより、その家来の一人が、こないだ村中で例の噂について聞き回っていた奴じゃねえかと思うんだ。」
焦りきっている宿場の主人とは対照的に、坊主は少しも驚いた様子を見せなかった。
「そうかえ。で、それが何でそんなに大変なんだ。」
その言葉に宿場の主人は苛立ち、唾を飛ばし飛ばし、早口で捲し立てた。
「お前さん、気は確かか。わざわざこんな田舎の村に風間様のところから使いが来るって言ったら、例の耳切の事がばれたにちげえねよ。きっと街の方で噂になっちまった耳切り坊の話が幸成様のお耳まで入っちまったんだろうさ。どうしたらええんだ…。」
坊主は尚も落ち着き払って言った。
「なあに、そうなったら独り身である私が只一人打ち首になりゃあ済む話だろうて。あんたらの事は話さんで、心配せんでもええ。私は仏道に背いたあの仕事のお蔭で、十分現世で贅沢をした。あの頃は乱世にあって私も堕落しきっておったが、今こうして落ち着いた生活を送っておると、改めて仏門の有難みが身に染み入る。私は無間地獄に堕ちるじゃろうが、それも今となっては厭わぬ。それどころか、望むところじゃ。」
皮肉な事に、坊主は自軍の耳切と言った業を重ねた挙句、漸く一種の悟りの境地に至っていたのだ。道吉が坊主の様子を見た時には、この悟った坊主の様子を見たが為、無害な印象を受け、とても彼を「耳切り坊主」だとは信じられなかったのだろう。
しかし実際は、数年前までこの坊主は間違いなく噂通りの「耳切り坊主」であった。それどころか更に恐ろしい事には、大神軍の戦死体から耳を切り取るという罪業は、この村の村民が一丸となって行われていた。
つまり、言うなればこの漁村は「耳切り村」なのであった。

5.
どの戦場からもさほど遠くないこの村は、大神軍の下級兵の重傷者が多く運ばれ看護が為されたが、その殆どは身元の分からぬまま死に、寺の裏山に作られた急ごしらえの塚に葬られていた。
この村にも大神の徴兵対象となった適齢の男兄弟が二人おり、徴兵はされたものの、長男の太郎は病弱、次男の次郎はひどい臆病者であった為、全く戦果はあげられなかった。
そこでこの二人の父親である村長が、村の寄り合いにおいて、掟破りである自軍の死体からの耳切りを提言したのであった。
反対する者も少なくなかったが、元々貧しい漁村であった事に加え、無償で自軍兵の看護をさせられていた為、村民達には鬱憤が溜まっていた。
結局、多数決と、村で当時最も発言力のあった坊主の賛成により、自軍の死体から切り取られた耳を太郎と次郎の戦果とする事で、得られた褒美を村で均等に分け合おうと言う事になった。いざそれが取り決められ、褒美の算用が始まると、最初は反対していた者たちもいつの間にか進んで話に加わっていた。
最初の内は運ばれてきた自軍の重傷人で、看病の甲斐なく死亡してしまった者だけを対象に行っていた耳切りであった。しかし、次第に欲深さを増した村民達は重傷人をろくに看病せず、それどころか寧ろわざと死なせるようになった。
戦地に近い村だったため、その供養と称して死体がこの村の寺に集まる事については容易に誤魔化す事が出来た。その状況を利用して、耳切りはこの寺の裏手で行われ、村外の誰にもばれる事無く、そのまま塚へ埋葬されていたのだった。
見るからに弱々しい兄弟二人が膨大な量の耳を集めた事に、耳切り勘定役の中央役人は疑わなくもなかったが、二人は次の様に言い訳し、役人達を説得していた。
「お役人さん、確かにおら達兄弟は力では他の者には全くもって及びませぬ。だけれども、おら達の村は戦地に近く、あの辺の地形はよく熟知しております。そんで、色んな罠を張って仙田のもん達を少しずつですが着実にひっかけておるんです。それを村のもん皆で手分けしてやってるもんですから、これだけの耳が集まるんですよ。」
村では飽くまでもその論理で不自然にならない限りの数を狙って、耳切りを続けていた。
概ね計画は順調であり、一部の役人に疑われながらも、兄弟は村一丸の協力を得て戦果を挙げている果報者として扱われた。
この耳切りによって、貧しかった村は少しずつ潤っていった。特に計画の先導者であった村長と坊主と宿場の主人の三人は皆より少し多めの取り分を許されていたので、贅沢に暮らす事が出来るようにまでなった。
戦が終わるとこの営みは終わったが、この耳切りで得られた蓄えのお蔭で、村民達は以前より少し楽に暮らせる様になった。
耳切りの事実は村全体の秘事として、全員に固く口止めがされた。実行者達の後ろめたさもあり、この事を口にする者はいなかった。
ところがある日、戦が終わってからますます持病が重くなった太郎が、ある日の寄り合いで妙な事を口走ったのを、抜け目ない坊主が聞き逃さなかった。
「おらぁもう長くないだろう。おらの墓はどうかあの例の塚とは出来るだけ離してくれ。なんだか自軍の耳切りまでして贅沢して、罰が当たったみたいだでなぁ。何か、生きている内に罪滅ぼしが出来ないだろうか…。」
その場にいた他の者は、太郎はただ病身で気弱になっているのだろうと同情したばかりだったが、坊主は「罪滅ぼし」という言葉が出た事を心配した。
その後暫く坊主は太郎の動向をそれとなく警戒していたところ、村で唯一の馬を持つ商人に、太郎が馬を三日程貸して欲しいと頼んでいるというのを聞きつけた。
坊主はこれが彼の「裏切り」であると確信した。
早速宿場の主人と相談した上で、太郎に話をしに行った。
村長の屋敷に赴き、小間使いの案内で太郎の部屋へ入ると、太郎は夕方にも拘らず、既に自分で布団を敷いて寝支度を始めていた。驚く太郎に構わず、どかどかと部屋に入ると、坊主は急に威圧的な声を上げた。
「おい太郎、馬など借りてどうする積りだえ。」
明らかに動揺した太郎は、目線を地に落とし、どもりつつ答えた。
「…な、何でもねえんだ。ただちょっと街に用があってな。」
「何でもねえで、わざわざ街に行くこたなかろう。何か考えがあっての事だえ。」
「いや、何も…何も…。」
そう言って黙り込んでしまった太郎を見て、坊主も宿場の主人も確信を強めた。今度は宿場の主人が強い声を発した。
「よもや、耳切りの事をお役人様にばらそうとでも思ってなかろうか。」
と言った時、あからさまに太郎は怯え、尚も黙り込んだ。
それを見た坊主は、宿場の主人をその場に残し、廊下を出た。かと思うと、すぐに太郎の父親である村長を引き連れて戻ってきた。父親の顔は怒りに満ち満ちており、太郎の部屋に入るなり怒鳴り声をあげた。
「太郎、お前は…お前と言う奴は、耳切りをばらそうと言うのは本当か。父に誓って、偽らず、申せ。」
父親に怒鳴られると、太郎ははらはらと涙を流しながらあっという間に白状した。
「父上、確かでございます。死を前にし、現世での罪を少しでも償おうと考えての事であります。しかしながら、父上や村の者達にはご迷惑が掛からぬ様、自分一人の罪として自白しようと考えておりました。大神亡き今、一家まるごと打ち首という事もなくなったでしょうし…。」
村長は尚も怒りを増し、
「馬鹿な事を言うな、お前一人の手立てとして、どうして役人様たちが信じようか。間違いなく村のもん皆が疑われる。そうなれば、この村は終わりではないか。よしんば打ち首にならないとしても、この村全体が一生の不名誉じゃ。」
「そんだけれども…。」
「ええい、わからぬ奴め!」
父親にそう一喝されると、太郎は今度は顔を地面にこすり付けんばかりに平伏してをんをんと泣きはじめた。
情けない息子の姿を見て、却って余計に怒りが込み上げてきた村長は大声で次郎をその場へ呼びつけた。
臆病者の次郎はその修羅場を耳をそばだてて聞いていながらも、部屋に閉じ籠っていたが、父親に呼びつけられると慌ててその場へ駆けつけた。
「よいから、ええい、次郎はそちらを持て。」
と言いながら、村長は太郎の右腕を掴み、次郎に目線で太郎の左腕を持つよう合図した。
次郎は怯えたまま父の指示に従い、太郎の左腕を掴んだ。
太郎はなされるがままおり、尚もをんをんと泣き続けていたが、それに構わず、村長は太郎を部屋から引きずり出し、次郎もそれに従った。
そのまま家の裏口から出ると、その先にある漁具が詰まった古い物置小屋に太郎は押し込まれた。
太郎は少しも抗う素振りは見せず、只々諦めの表情で泣きじゃくっていた。
太郎を引きずってきた運動と興奮とで、息を激しくさせながら、無言で佇む村長を次郎は心配そうな顔で窺うばかりであった。そこへ少し遅れて来た坊主は太郎に対して、ゆっくりと威圧的な声をかけた。
「太郎、わかっておるな。これも親の優しさだえ。お主がお役人様に告げ口をしたところで何になる。村の者皆にいらぬ嫌疑がかかる。この家の者は全員さらし首になるじゃろう。そもそも、考えてみい、死人の耳を削いだ事が何の罪業になり得るか。それによって村はただ潤うたのだ、死人に恨まれる由は無かろう。そもそも知らぬ死人に気を遣って何になる。」
村長は坊主の話に息を荒くさせながらも、この全く坊主らしからぬ説教を聞いてうんうんと頷いていた。
太郎は依然諦めきった表情で項垂れていたが、やがて次郎が何か言おうとするのを遮って村長が低く落ち着いた声を出した。
「太郎、坊主の言う通りじゃ。お前のしようとした事は、皆を不幸にするだけじゃ。よもや二度とそのような馬鹿げた事は考えまいが、少なくとも三晩はそこで反省せい。次郎、突っ立っておらんで、錠をかけろ。明日から昼に一度だけ、飯を持って来てやれ。」
次郎は躊躇い、もう一度村長の顔を見たが、村長がきっと睨みつけると、そそくさと物置の扉を閉め、外から錠をかけた。


6.
翌日、言いつけ通りに次郎は昼飯を持って物置小屋に向かった。
昨夜、その場にいた村長・次郎・坊主で口裏を合わせ、その三者以外の者には、太郎は街へ使いに出かけている事にしようと決めていた。
しかし、その口裏合わせは早くも変更を迫られる事となった。
次郎が物置小屋の錠を外し、戸を開けると、太郎の身体は梁にぶらぶらとぶら下がっており、汚物を垂れ流していた。
次郎は大きな悲鳴をあげた後、わあわあと叫びながら村長を呼びつけ、村長はこれを確認しに物置小屋へ行き、次郎には坊主を呼びに行かせた。
村長が駆けつけてみると、太郎はもう救いようのない状態であった。
村長は我が息子の死に面しても比較的冷静であった。と言うのも、太郎が既に病で先が長くない事もあっただろうが、そもそもこの男には父親としての愛情がやや欠けている部分があった様だ。
それはさておき、村長はその汚物から発せられる悪臭に鼻をふさぎつつも、遺書などが無いか、物置の中を確認する必要があった。もしかしたらそこに耳切りの事が書かれてはいないか、もし太郎が自白する積りであった事が村民に知られれば、村長としての面目が立たない。
太郎は物置の中にあった古い漁網を鎌で切って、それでこさえた縄で首を括ったらしい。古い網が錆びた鎌と共に足元に散らかっていた。
しかし、ここで村長は妙な事に気が付いた。薄暗い物置の中ではあったが、鎌には確かに血がべったりとついており、そこに散らかった古い網にも幾らか血が飛び散っていたのだ。
元々勘の良かった村長は、すぐに太郎の右耳を確認した。
すると村長の予感は的中し、吊るされた太郎には右耳が無く、更によく見れば固く握られた右手からは血が滴っており、その掌中に切り取られた耳が握られている事は明らかだった。
何者かが物置小屋に近づいてくる気配があった。
さては坊主が駆けつけたかと思い、どこかほっとして振り返った村長は、今度こそ冷静さを欠き、声を上げそうになった。
そこに現れたのは坊主でも次郎でもなく、次郎の悲鳴を聞いて駆けつけた隣家の住人と、それについて来た複数の野次馬達だった。
村長は物置小屋の中の事実を隠そうとしたが、時すでに遅し、我先にと野次馬の先頭に立っていた三軒先の家の娘が太郎の姿を見つけ、大きな悲鳴をあげた。
すると、他の野次馬達も更におしかけ、その場は騒然となった。すぐに誰とも知れず耳が切り落とされている事にも気付き、更に場は騒がしくなってきた。
口のうまい村長もさすがに言葉を失い、何も言い訳出来ずに佇んでしまった。
もしこの事件が村民にばれては、末代までの恥であるし、村長としての立場が、非常にまずくなる事は間違いない。
そこへ、漸く坊主と次郎が駆けつけた。
ずる賢い坊主はすぐに状況を察すると、皆の騒ぎを制止し、まるで説法するかの様にに皆に話を始めた。
「皆の者、よいかえ。この事はこの村の者以外に決して話してはいかんぞ。太郎が病に臥せっていた事は、皆も既知の事だろう。太郎は病ゆえに、耳切りの呪いにかかってしまった。弱い心のせいで、呪いに憑かれてこのざまじゃ。だが、よいか。皆の者は意識をしっかり持つんだえ。この耳切りの事実を、誰にも口外せず隠匿し、耳塚を正しく供養してさえおれば決してこの様な事にはならぬ。よいか。肝要なのはこの事を村外に漏らさず、皆の中に留める事じゃ。さすれば、なんの、呪いなど。今まで通り穏やかに暮らせるのじゃ。」
素直な村民の多くは、坊主のこのつくり話をそのまま信じた。少し知恵のある者の中にはこの事件の矛盾に気付いたものもおったが、それを明らかにする事が誰の得にもならないと悟っていた。
こうしてこの事件は村におけるもう一つの秘事となり、この件について騒ぎ立てる者はいなかった。

7.
さて、話は時家一行が村の宿場に泊まっていた夜まで戻る。
焦りに焦った宿場の主人が、開き直ってしまった坊主に、必死に事の重大さを説いているところであった。
宿場の主人は坊主が暫くの間、雲隠れする事を提案したが、坊主は尚も真剣に取りあおうとしなかった。
「なあに、わしが雲隠れなどしたら、却って怪しまれるかもしれぬ。やはりわしはここでその風間様のお使いとやらに会って、わし一人の罪を背負って、成行きに任せようと思うよ。」
坊主の能天気な発言に、いよいよ宿場の主人は苛立って立ち上がると、坊主の部屋を勢いよく出て行った。坊主は笑いながらそれを見送った。
宿場の主人はそれで諦めた訳では無かった。やはりどう考えても坊主に自供されれば、村全体に疑いがかかる。
そこで、宿場の主人は急いで村長に相談しに行くことにした。
実は太郎が首を括った事件の際に、その事件の裏を勘付いていた数少ない村民の一人とはこの宿場の主人だったのである。
真夜中にも拘らず、耳切りの件で用があると聞くと、村長はすぐに身支度を整え家を出てきた。
「すまねえ、村長、あんたなら話が分かると思ってな。」
「いやなに、わしもお主の話ならばと思って、こうして慌てて出てきとるのだ。お主がこんな夜中に話があるというのだから、余程の話だろう。」
既に何事かを察していたのか、宿場の主人がまだ事情も話す前に目的地へ向かって歩き出していたにもかかわらず、村長もそれに従って歩きはじめた。
「まず大変なのがな、風間様の使いと思われる者たちが、今、おらの家の宿に泊まっとるんだ。その中には、ほれ、こないだ耳切り坊主の噂を村中で聞き回っていた怪しい者もいるのだ。」
村長は表情こそ変えなかったが、その挙動に僅かな動揺を見せた。
「それはまずいこった。どうしたものか…。」
「いや、もっとまずいのは、その者達はすっかり耳切り坊主の噂を真に受けて、明朝にでも坊主に事情を聴きに行くらしいんだが、今はこれが一番にまずい。早速先ほど坊主にこの事を伝えに行ったんだが、あの坊主が、全部自分がやった事として、耳切りの事を話すと来た。」
「そりゃ…。」
村長が何か言いかけたのを、慌てて止めたが、宿場の主人はそれを見て確信を得た。
「太郎の事だべ?」
村長はさすがに驚いて、一旦足を止めたが、すぐにまた冷静を取り戻して足を前に進めながら言った。
「やはりお前は全く、頭が回りおるわ。ええい、この際もうすべて話すしかあるまい。そう、太郎と同じじゃ。太郎も急に耳切りの事を反省し始めて、自分一人で背負って自供すると言い出したのじゃ。それを止めようと、物置に閉じ込めて置いたところ、あのように愚かな格好で自ら命を絶ったのだ。全く、あそこまで馬鹿に育てた積りは無かったのだがな…。しかし、まさかあの狡猾な坊主が同じ事を考えるとは…。」
「やはりな。そんなところだろうと思っとったよ。それで、あんたを呼んだのは言うまでもないが、この坊主をうまく説得して欲しいんだ。太郎の事件には、坊主も絡んでおるんだろう。」
「その通りじゃ。だが…。」
そう言うと、村長はぴたりと足を止め、暫く黙って考え込んでいた。
「どうしたんだい、村長さん…?」
その声も聞こえないかのように、暫く黙っていたが、やがて、「すぐに戻るで、ちょっとここで待っておれ」とだけ言い残し、小走りで元来た道を戻っていった。
不安に思いながらも言われた通り、宿場の主人が呆然と待っていると、やがて村長が息をぜいぜい言わせながら戻ってきた。
「すまぬな、これを持ってきたんじゃ。」
そう言うと、村長は懐から立派な小刀を取り出した。
宿場の主人が目を丸くさせていると、しばらく息を整えてから村長はまた寺へと歩き出しながら、話を続けた。
「よいか、こうなったらな、もうだめなんじゃ。太郎もそうだったが…。」
まだ息が整いきっていない村長は切れ切れに話した。
「わしらの様な、頭のまわるもんが、耳切りの秘事を守らんと、ただちにこの村は一巻の終わりじゃ。お前さんならわかるな?」
宿場の主人は、未だ目を丸くしながらも、その言葉の意味を理解した上でしっかりと頷いた。
「そうだ、おら達がやらなきゃいかん。」
彼らは決意に満ちた足取りで、寺へとずんずんと歩いて行った。
やがて境内へ到着した二人は、坊主の寝床のある部屋の直前で立ち止まった。二人はさも事前に打ち合わせたかのように、お互いの顔を見合わせてただ頷くと、一息ついてから厳かに村長が口を開いた。
「明朝、その風間様の使いの者が坊主に会いに来た時には、坊主は既に死んでおらねばならん。それも、飽くまで耳切りの真実を隠し、坊主の自殺に見せかけねばならん。」
小さい声ながらも、はっきりとした口調で村長は話を続けた。
「よいか、坊主は仙田様の耳切りのお触れを聞いて、気を違わせていた事にするのだ。そうして、遂に自殺に至ったのだと。さすれば、耳切り坊主の噂も、狂った坊主の戯言が広まったという事で落ち着くだろうし、なあに、気狂いの自殺なんてものは、そう珍しいものじゃあないらしいではないか。」
宿場の主人はただ頷いて話を聞いていたが、最後に小さく震える声で「あぁ。」とだけ答えた。
村長はそんな彼の背中をポンポンと叩くと、もう一度お互いの顔を見合わせて頷いた。
そして二人は足取りを揃えて、躊躇なく坊主の部屋へ押し入った。坊主は六畳ほどの部屋の真ん中で音も無く静かに眠っていて、二人の突然の侵入にうっすらと意識を取り戻した。
「なんだ、またお主か。今度は村長まで、そんなに風間様のお使いが怖いかえ。」
坊主がそう言いながら半身を起こし、薄ら笑いを浮かべたのを見て、村長は本来の目的以上に、太郎の事件が鮮明に記憶に蘇り、怒りが自らの身体を動かすのを最早止める事が出来なかった。
宿場の主人が驚く程の早業で、村長は短刀を鞘から抜き、坊主の下腹部深く突き刺した。
坊主の着ていた白い襦袢は見る見るうちに赤く染まった。
どこにその様な気力が残っていたのか不思議ではあるが、尚も坊主は薄ら笑いを浮かべ、呻き声を漏らしつつも不気味に囁いた。
「お主の…お主らの業を見るにつけ…そして自らの業を改めて認め、地獄へ堕ちようぞ…そうしてお主らも…同じ場所へ堕ちるのだ。皆、同じ地獄へ堕ちるのみじゃ…。」
それだけ言い終えると、徐々に掠れた呼吸が細くなっていき、やがて息絶えた。
その間中、村長は小刀を握ったまま、至近距離で坊主と見つめ合い、坊主の最後の言葉をを聞いていたが、その不気味な内容を村長はゆっくり受け止めている余裕は無かった。
坊主が息絶えた事を確認して、ようやく小刀から手を離すと、すぐに次の仕事に取り掛かった。
「お主はこの坊主の普段着ている襦袢をどこぞからか一着持ってきてくれ、坊主が自ら腹切りした様に見せたいのだが、今わしが服の上から刺してしまった。これでは不自然じゃからな。襦袢を取り換えて、坊主が自ら切ったように形をとるのじゃ。さあ、早う探してきとくれ。わしはこの今着ているものを脱がすでな。」
「あ、あぁ、わかった。」
宿場の主人は村長に言われるがまま、全く同じ襦袢を探し当ててきた。その間に村長は手早く坊主の元着ていた襦袢を引っぺがしており、更に傷口の出血が不自然に周りについてしまわぬよう、小刀は刺したままで、その傷口の周囲を布で覆ってあった。
続けて、二人で手分けして新しい襦袢を着せると、坊主を正座の形に整えた。
坊主の手に小刀を握らせると、村長が坊主の後ろに回り、突き刺さったままの小刀を坊主の手と共に一気に右へ走らせた。
すると、びりっと皮膚の裂ける音がし、そこからヌメヌメしたものが傾れ出てきた。
死後硬直もあっての事か、不思議な程に坊主の死骸はきれいに正座を保ち、下腹部からは内臓を垂れ流していた。
そのあまりに異様な光景に、宿場の主人はただ呆然とするばかりであったが、村長は尚も冷静であった。
「これでわしらの仕事は終わりじゃ。後は井戸で血を洗い流して、何事も無かったかの様に床についていればよい。そうして、恐らく宿場の主人であるお主か村長であるわしのところへは、その風間様の使いの者がきっと事情を聞きに来るじゃろう。その時に、この坊主の気が狂っていた事を言えばよい。いつも坊主は不安定な心持じゃったから自殺してもおかしくなかった…とでも言っておけば間違いはなかろう。」
そう言いながら、村長は早速井戸へ向かおうとしたが、それまでただ村長の指示に従うばかりであった宿場の主人が、憑かれた急に饒舌になって、意見をした。
「…どうだか、村長。坊主の耳を切っておいた方が良いのではないか。さすれば坊主が狂っていたという事の強調にもなろうし、それに、太郎の時と同じだと言って、他の村のもん達に対しての脅しにもなろうて。」
太郎の話を持ち出されて、一層険しい顔立ちを見せた村長であったが、その意見に対しては反論しなかった。
「よかろう。確かに、効果的かも知れん。この小刀はもう使えぬから、何か耳を切るに適切な道具を何か探さなきゃならん。」
すぐに宿場の主人が倉庫から草取り用の鎌を見つけてきた。その泥を大方ふき取ると、もはや慣れた手つきで、宿場の主人は坊主の右耳を切り落とした。何を隠そう、「耳切り坊主」の一人として戦時には彼も耳切りの仕事を手伝っていたのだった。
すっかり耳が切りとられてしまうと、村長はその耳を坊主の死骸の口の中へねじ込んだ。
「太郎の時の様に、手に握らせる事は出来ぬからな。」
すっかり事が済むと、坊主が元着ていた襦袢や、鎌などを寺の床下に隠した。
更に井戸で自分の身体についた血を大方洗い流すと、二人はそれぞれの家へ戻り、着物に少し残った血にも用心して着替え、ようやく床に就いた。

8.
村長と宿場の主人による坊主殺しは成功に終わった。
時家らを狙い通りに騙して帰す事も出来たし、やがて噂が村の人々に伝わると、村民たちはこの耳切りの秘事をより一層恐れる様になり、村民同士ですら絶対に口外しなくなった。
しかしながら、宿場の主人はその後徐々に神経を衰弱させ、何も喋らなくなった。神経衰弱が悪化すると、遂には食事をとれなくなり栄養失調で死亡した。
また、奇妙な事にそのすぐ後に、村長は何故か右耳だけが難聴になり、後ろめたさや祟りへの恐怖からか気を違えてしまった。そして「祟りが来る、天罰が下る、皆も耳を切られる」等と言い触らすようになったので、これを村外の者に聞かれぬよう、次郎の手によってかつて太郎が自害したあの物置小屋に閉じ込められてしまった。
暫くは次郎がそのまま世話をしていたが、元々臆病者な上に、精神的に疲弊していた次郎は、その当時次郎以外でただ一人その屋敷に住んでいた小間使いに暇を出すと、こっそりと自室で首を括った。
漸く四日後に、姿を見せない事を不審に思った隣人が、次郎の亡骸を発見した。そのすぐ後、四日間食事を与えられていなかった村長が小屋で餓死しているのも発見された。
こうして、「耳切り坊主」の真実に関わった者は、数か月の内に誰もいなくなった。

耳切り坊主

見苦しい言い訳です。.
本作は時代考証や地方性など、本来確認すべき事を全く一切本当に全然確認していないフィクションです。
「耳切り」は肉刑の一種として様々な国で行われてきたほか、実際に戦国時代の戦(特に元禄・文禄の役での耳そぎは有名で、二万以上の耳鼻が某所の耳塚で供養されている)でも行われていた様ですが、辻褄合わせるのが面倒なのでそれは無かった事にしてください。
また、「耳切り坊主」という発想は、元々「耳なし芳一」という怪談話から着想を得たのですが、沖縄にまさに「耳切坊主」という民謡か歌があるとか。ちゃんと調べてませんが内容は全く異なるものです。
とにかく、本作は思いつきで、日本の怪談話をでっち上げてみようとした作品です。
文章の下手さは言わずもがな。特に今回はオチが強引過ぎたのが一番の反省です。
因みに、最近観たデイヴィット・リンチ監督の「ブルーベルベット」の影響もあるかもしれませんが、あったとしても無意識下でのことです。

耳切り坊主

人間の疑心と怪談

  • 小説
  • 短編
  • ホラー
  • 青年向け
更新日
登録日
2013-05-17

Copyrighted
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