家族 〜癇癪と憂鬱と〜 その4
父がいなくて寂しいと思ったことは一度もない。父がいなくても、僕はよかった。
僕の前の父(本当の父)は、僕の小さい頃に交通事故で死んだらしい。だから僕は、父とはどういうものなのか全く知らない。でも、母と二人で頑張ってきたつもりだった。父がいなくて寂しいと思ったことは一度もない。父がいなくても、僕はよかった。それでも、母が結婚すると嬉しそうに言った時は僕もそれなりに嬉しかった。
その日、母は仕事から帰ってくると、困った様な真剣な顔をして僕に座るように言った。
僕は夕飯に買ってきたコロッケを温めて皿に移している最中だった。
「お父さん、欲しい?」
妙に真面目腐った顔で僕を見る母さん。僕の頭には今の父さんの顔が浮かんでた。
「何それ?あの人と結婚するの?」
僕が言うと、母さんはもう堪えきれない、というようにぷふっと笑って
「結婚しても、いいかなぁ?」
と言った。ニヤニヤが止まらないといった顔だった。僕はつられて笑った。
「あんたにもね、やっぱり父親の存在って大切だと思うの。」
「これから、大きくなるにつれて、男同士相談したいっていう時がくる。」
その後は、僕にとって父親ができるということがどんなに素晴らしいかを力説していた。父さんは母さんにとって必要な人だ。僕は少し嫉妬した。
そのときの僕には、うちにも父さんができるんだな、としか考えられていなかった。実感がなかったんだ。胸がぎゅっとなる。苦しいよ、母さん。
そんなことを考えながらも僕は眠りにつくことができた。意識が朦朧とする中で、亜由美さんは?亜由美さんはどんな気持ちでいるんだろう、という考えが浮かんできた。その答えを考える間もなく、僕は深い眠りについた。
家族 〜癇癪と憂鬱と〜 その4