冷たい氷

氷がグラスの中で私を睨むように、刺すような冷たさが自分を支配していた。ただそれだけだった。
私は分岐点に立っていた。「僕」というにはもう相応しくない年齢がそこに君臨してしまっている。
今までの、それは20代前半の記憶は意外に鮮明に思い出せるのが悲しく感じられ、それ以降の記憶は、爪でガラスを引っ掻くような嫌な思いがこみ上げて来るように感じられる。
溜息をついて一呼吸置いてから我に返った。カウンターの椅子に腰掛け、琥珀色の液体が氷に薄められていく。自分の生き方は何なのかを自分に問いかけた。
しかし問いかけ虚しく手から伝わる温もりが、透明な氷を見方にして意味の無いことだと言わんばかりにグラスを通して味を薄くしていた。
寂しいのか悲しいのか嬉しくはない嗜好を繰り返すたびに自分の生き方に筋は感じられない。薄暗いトンネルの中で歩みを進めているような不毛な期待を自身に委ねている卑怯な自分がそこにいるだけだった。また溜息がでた。昔からの癖だった。二十歳を過ぎた頃2歳年上の彼女に言われたのが気付いたきっかけだ。
「いつも溜息ばっかり、どうしたの？　私といても楽しくないの？」
その人の名はＹとしておこう。このＹに言われたのが初めてではないのだが、友人よりも更に身近な人物に言われたのはショックの度合いが大きくやり場のない切なさだった。
　「そーかな？」
　「うん　いつもだよ。ふたりでビデオみてるときも、美味しいって私のお料理を食べてる時も、、、」
そうかそういわれれば俺は必要以上に溜息をついているのかもしれない、、、、
　「癖かも。けどこれは深呼吸してるだけだし」
何を隠すわけでもない、だけどその場にはそういう言い訳が一番等しく思い、視線を逸らした。
　「まー　別に良いんだけどさ」
何か物足りなさを含んだ彼女の声に何も言えないままに風の音がカーテンを揺らした。
フフッ　カウンターで一人の男が吹き出す様は不自然にみえたのだろうかバーテンダーが残り少しのグラスを少し見つめ「何か別のものでもお作りしましょうか？」
「どうして？」「イヤ　失礼かもしれませんがあまりその手の味はお嫌いなのかと」
「わかる？　今日は大人のふりをしてみたんだけどやっぱりだめだね。お子ちゃまだよ。」　「ほかのお客様は、、、、アッ　いえ」
言いかけてやめたバーテンダーは　あの時の自分だった。そう二十歳の無垢で新鮮な感覚を、いつも感にしていたあの頃の自分。今となっては永遠の憧れ。
ふと時計を見ると「あー　もうこんな時間、、、、」グラスをコースターに置くと氷がグラスを軽くたたいた。「ふーっぅ」　また溜息がでた。深呼吸かもしれない。そして椅子から立ち上がり勘定を済ませドアを開けた。梅雨の生温い風が全身を包む。私は分岐点に立っていた。「僕」というにはもう相応しくない年齢がそこに君臨してしまっている。
ドアの閉まる音。その音は私の背中を無理に押した「さっさと歩き出せ」と言わんばかりに。