愛と哀しみのバナナマン(4)
第詩人話 アル中な、乱暴たち
怪物ゴミモンとの戦いが終わり、町は復興に向かう。ゴミが全て流され、よかった反面、ゴミでないものも、ゴミモンに吸収されたので、全ての財産を失ってしまった人もいる。何かを得ることは、何かを失うことなのだ。それでも、町の人々は、生きるため、生きて行くため、行動し始めた。だが、全ての人がそう言う訳ではない。家を失い、家族を失い、財産を失い、工場を失い、仕事を失った者の中には、生きる気力も失った者もいた。これからの先が見えないからだ。
見えない以上、今、生きている意味がない。もちろん、生きることに意味は必要ない。意味がなくても生きていける。だが、前を向くためには、ちょっとしたスパイスも必要なのだ。
茫然自失した者は、働くことをせず、家の中に引きこもり、アルコールに溺れる者もいた。近所の人が、いくら声を掛けても出てこなかった。例え、玄関口に出てきても、ろれつが回らず、会話ができず、怒鳴り散らすしかしなかった。もちろん、彼らは彼らなりの言葉で、世界を表現していたのだ。ある意味で詩人であり、正常な者から見れば、死んだも同様な人、つまり死人でもあった。だから、近所の人は、助けることをあきらめ、無視するようになった。
そういう詩人も、夜になると、人眼を忍んでか、家の外に出た。ふらふらとコケコッコッコ歩きか、亀のようにのろのろか、果てまた、近所に自分のゴミを蒔いて歩いた。寂しさの裏返しであり、生きていること証明する行動であった、当然、近所の人からはクレームが来た。町の役場の職員や警察官、保健師などが、家を訪問するが、そうした人々の行動は変わらなかった。
ある男は、瓶ビールをラッパ呑みしながら、空になった瓶を両手で回し、時には、げっぷが出る瞬間をねらって、ライターを口元で点火し、火炎放射ごっこをして楽しんだ。ちょっとした、サーカスだ。もちろん、同じ物事でも、よいと思う人もいれば、悪いと思う人もいる。詩人であり、アル中な、乱暴者たちには、好評であったたが、平和を守る、正義な人たちにとっては、眉を潜め、この狼藉は許しがたいものであった。
普通の人々とアル中の人々は、同じ町の人々であったにも関わらず、二つのグループの間で小競り合いが始まった。当初は、圧倒的に、普通の人が多かったが、アル中で、乱暴者たちでも、生きていけることを知ると、少しずつだが、アル中の仲間が増えていった。
アルコールは、水のように、低い所に流れるからだ。家の雨どいから、小さな用水路から、小川に、そして、海に流れるように、アル中の、乱暴者たちが増えて行った。このままでは、町が崩壊してしまう。
これまでは、怪物が人間の敵であったが、今回は違う。人間同士が、敵となり、争いを始めたのだ。もちろん、敵同士だから、相手のことを、自分と同じ人間とは思っていない。怪物や異星人、化け物などと認識している。怪物ならば、1匹、一頭、一羽、一物を倒せば解決したが、人間は、数が多い。また、血縁や地縁関係などがあるため、敵への憎しみが、DNAとして、先祖から、現代へ、そして、後裔へと、無限に続くのである。憎悪が憎悪を呼び、憎しみの連鎖が、人々の体を縛り上げ、敵を倒すこと以外に、道はない、幸せは来ないと考えを固定してしまうのだ。
これまでにない、人類の、そう、一人の人間を越えて、人間と言う種類の危機が、今、まさに、この町で起きようとしている。この町で起こっていることは、必ずや、隣町にも飛び火し、この国全体、いや全世界に広がるであろう。これは、作者の予言である。予言はできるだけ、荒唐無稽がよく、かつ、悲劇の方がよい。
人間は、今、自分が幸せであることを忘れているが、不幸になることには敏感であるため、未来に悲劇が待っているとすれば、悲劇の予言に惑わされて、一直線に、奈落の底の海へと沈む行進を始めるだろう。
この予言に、真っ向から立ち向かうのが、我らがヒーロー、バナナマンだ。だが、今回の事件は、さすがのバナナマンも思案しかねていた。なぜなら、どちらの味方についても、一方から非難され、根本的な解決にならないからだ。
当然、アル中な、乱暴者たちを許すことはできないが、いくら倒したところで、いくらでも、アル中者は増えて行くだけだ。最終的には、アル中者全員を、消す、つまり殺戮することだ。健全な者たちは、それを推奨したものの、誰がやるかについては、口を閉ざした。みんな、誰かがやってくれるのを期待し、誰かがやれば、非人道的行為だと非難することを待ちかねている。
こうした中、アル中な、乱暴者たちが増えていき、健全な者たちは、住処を追われていく。最初は、健全な者たちとアル中な、乱暴者たちの、二つの勢力の争いであったが、アル中な、乱暴者が多勢になると、今度は、アル中者同士での諍いが始まった。元々、自分勝手な、アル中どもである。まとまって、一緒に、「アル中な、乱暴者の町にしていこう」なんて、キャッチフレーズで、ひとつにまとまる訳がない。たまたま、自分たちが迫害を受けていたから、互いの傷を舐め合っていただけにすぎないのだ。
こうなるともう大変。町は、二分どころか、三分、四分、五分と、再現なく、派閥が発生し、互いに憎しみ合い、ののしり合い、つかみあい、夜打ち、朝駆けする始末だ。これは、アル中な、乱暴者たちの間だけではなく、健全な者たちにおいても、発生した。町は騒乱状態だ。
バナナマンは、じっと座り込んでいた。人間同士が敵のように、罵倒し合い、掴み合い、果ては、殺戮になる状態を黙って見ていた。時には、人間に変身し、健全者のグループに入り込み、彼らの真意を図ろうとした、時には、アル中軍団に忍び込み、彼らの本音を探ろうとした。だが、調査すればするほど、これまでのように、単に、怪物を倒せば物事が解決する、という単純な内容ではないことがわかった。
バナナマンは、あらゆる書物を読み、あらゆる人に尋ね、あらゆることを考えてみた。だが、答えはでなかった。頬に右手を添え、答えを求めて、町を逍遥した。その間にも、健全軍団とアル中軍団、隣人同士の争い、家族の中で争いは絶えなかった。互いに、互いの消滅しか、平和はこないと信じていた。
バナナマンは途方に暮れ、空を見上げた。見上げながら歩いているうちに、石につまずき、転んだ。「バナッチ」思わず大声を上げるバナナマン。その声に、今、まさに、殴り合いを始めようとしていた二人組が、バナナマンを見て、笑った。
「バナッチ」照れて、頭を掻くバナナマン。その時だ。バナナマンの頭にある考えが浮かんだ。頭を掻いたことで、脳に刺激が与えられたからだ。
バナナマンは、自分の故郷であるバナナ王国に連絡をとり、至急、ババナの皮を送ってもらうよう依頼した。
「バナナの皮だって?中身じゃないのか」
「いえ、皮だけでいいんです」
「そんなものどうするんだ」
「人類の平和のために使うんです」
「人類の平和?人類は、バナナの皮を神として敬う気なのか」
「まあ、それに似たようなものです」
「皮はいいとして、中身はどうしたらいいんだ」
「バナナの缶詰にして、保存食として販売してください」
「そりゃ、いい考えだ」
こうしてバナナ王国では、早速、国中の人を総動員して、バナナ農園からバナナを採取し、バナナの皮を地球にいるバナナマンの元に送るとともに、バナナの中身を缶詰にして、宇宙各国に販売した。
宇宙に住む人々は、これまで生のバナナを食べたことがなかった。バナナは美味しいのだけれど、一度に食べきれずに、黒く変色してしまい、腐らすことも多かった。バナナに缶詰があればなあ、と口には出て来ない期待が、星雲のように渦巻いていた。
その矢先に、バナナの缶詰の販売である。宇宙の人々は、我先に、バナナの缶詰を購入した。おかげで、バナナ王国は豊かになり、地球に派遣しているバナナマン以外にも、全宇宙に、愛と哀しみのバナナマン兄弟を派遣できるようになった。めでたし、めでたし。いや、話しは終わっていない。
バナナマンの元に、故郷のバナナ王国から、ババナ宅急便が届いた。中身は、バナナの皮ばかりだ。バナナマンは、考え過ぎたので、お腹が空いていた。一本ぐらい、バナナの中身があってもいいように思えたが、それはなかった。バナナマンは、しまったと思った。何でも厳格に定義すると、後で困ることになる。だが、バナナの皮を送ってもらったことには感謝していた。やはり、持つべきものは故郷だ。
バナナマンは、早速、道路にバナナの皮を蒔きはじめた。それを知らない人が、足を置くと、すべって転んだ。わっと、歓声が上がり、笑い声に包まれた。今、まさに右の拳を振り上げようとした人々も、左の拳も振り上げ、両手をグーからパーに開き、拍手に変えた。最初は、転んだ人を笑っていたが、中には、わざとバナナの皮に足を乗せ、転ぶ人々も出てきた。意識的に、笑いをとろうとしたのだ。何と、サービス精神の旺盛なことだ。子どもたちは、バナナの皮スーツに体を乗せ、道路を滑った。バナナサーフィンだ。歓声が上がる。
こうして、健全軍団とアル中軍団は、まずは、笑うことから始め、笑うと喧嘩することが馬鹿馬鹿しくなるので、争いは次第に少なくなった。バナナマンは、今日も、町中で、笑いの皮を蒔き続けている。バナナの皮が、町をすべったのではなく、町を救ったのである。
「フーン。今日は戦いがなかったんだ」
僕は、テレビを消した。
「ママ。バナナ買っている?」
「バナナ?バナナならテーブルの上にあるわよ。急にどうしたの。パパは毎朝、食べているけど、あなたは、食べないじゃない」
「中身じゃなくて、皮が欲しいんだ」
「皮?」
「皮が地球を救うんだ」
「何か、バナナの皮から特効薬でも発見されたの?」
「ママは、現実的だなあ。薬は薬でも、笑いの薬なんだ」
「あっ、そう。ちょっと、洗濯物片付けに行ってくる」
ママは、二階に上がっていった。僕は、テーブルの上のバナナを手に取ると、皮を一枚剥いた。その一枚を床の上に置いて、足を乗せた。そのままで滑ることはなかった。前方に力を入れてみた。 おっと。僕の体はバランスを崩した。こけるほどではなかったけれど、世界平和のために、わざと転んだ。お尻を強く打った。お尻の痛みと同時に顔から笑いが出た。世界平和は、難しいと思った。
愛と哀しみのバナナマン(4)