腐った苺
私にとって、大人はいつも汚い生き物だった。
甘い香りで引き寄せて。
媚薬のように酔わせた後で、腐るまで楽しむのだ。
ぐずぐず、ズブズブ
私は腐った苺。
意思も持たない、ただ甘いだけの苺。
インターネット
私が初めてそれを見たのは、11歳。
小学校6年生になったばかりの頃だったと記憶している。
叔父さんが通信会社に務めていたのをきっかけに、私の家にパソコンが設置されたのだ。
まだ一般的とはされておらず、テレビの横に居心地悪そうに置かれたモニターは何だかテレビのなり損ないのように見えた。
叔父さんはそれを『ウィンドウズ95』だと説明してくれたが、それが何を示すものなのか私には理解できなかった。
「亜紀、インターネットで何が出来るか知っているかい?」
「ホームページ見たり…後は、なんだろう。」
「ホームページは見るだけでなく、作ることも出来るよ。
それだけじゃない。インターネットは何でも出来る。友達を作ったり、メールのやり取りをしたり、ね。」
「ふうん。」
私はさほど興味がなかった。
パソコンなんて大人が会社で使うもので、こどもが使うイメージが湧かなかったからだ。
「ポストペットは知っているだろう?あれをいれておいてあげるから、やってみてごらん。」
『ポストペット』
それは知っていた。パッションピンクのクマやその仲間たちが、メールを運んだりする一種のコミュニケーションサービスだ。
ポップな見た目と愛らしい動きは、キャラクターとして流行っていて私もいくつかグッズを持っていた。
「ありがとう、トシ叔父さん。」
いいよ、亜紀が喜んでくれるなら。ずんぐりとした身体を椅子に沈ませながら、トシ叔父さんは満足そうに微笑んだ。
叔父さんは結婚しておらず、子供がいなかった。見た目には父親と変わらないように見えたから、当時30代後半だったのだろう。
私や、ふたつ年下の弟にとても良くしてくれた。子供がよほど好きなのだろう。そうでなければ危ない人だ。
その日からトシ叔父さんは毎週家に来て、回線やプロバイダの設定、ソフトのインストールをしながら私にインターネットの面白さや使い方を教えてくれた。
「亜紀、きてごらん。」
インターネットが繋がったその日の事は今でも良く覚えている。
テレビのなり損ないに写っていたのは電話の様なアイコンで、ピーガラガラと変な音を出していた。次に映った画面は真っ赤な背景にいくつかボタンのついたサイトだった。
「トシ叔父さん、何ここ。」
「チャットルームだよ。キーボードを打つのになれるためにはチャットが1番だからね。」
私と世界が繋がった。
これが全てのはじまりだった。
チャットルーム
トシ叔父さんが言っていた通り、キーボードはすぐに打てる様になった。
チャットルームで見知らぬ誰かと他愛ない会話をするのが楽しかったからだ。まさに、慣れるより慣れろ。
チャットルームで、私は『もち牛乳』と言う名前で自分を表していた。つまり、ハンドルネームだ。
その時食べていたのが桜餅と牛乳だった…と言う安直すぎる由来だが、私は気に入っていた。
チャットルームには平日は夜の7時から2時間、休みの日は朝から夕方まで。と決まった時間に毎日ログインしていた。
そのおかげか、常連組とも仲良くなり、そのチャットルームに欠かせないメンバーの一員となっていた。
もともと目立つ事が好きな性分だった私には快感だった。
日曜日の昼間には100人も参加するチャットルームで、私がログインするとみんなが一斉に挨拶してくれるのだ。
居心地の良さから、私は今まで以上にチャットにのめり込んだ。
中でも、『カツヤ』と言う14歳の男の子とはよく話をした。
学校のことや流行り、音楽について。今一番好きなサイトを教えあったりと話題は尽きることがなかった。
三ヶ月ほど経った頃だろうか。いつもと同じ時間にログインし、仲間たちに一通り挨拶を交わしカツヤの名前を探した。
カツヤは大体私より早くログインしているのだが、名前が見つからない。
ログを遡ったがカツヤの会話は無く、どうやらまだ参加していないようだった。
仕方なく他の仲間たちの会話に参加していたが、どうもつまらない。
気分が乗らず、キーを打つ手を止めて流れる文字をぼうっと眺めていた。
モモ@真夜中 : で、昨日ネットサーフィンしてたわけ。
トマト : 面白いページはあったの? >モモ
モモ@真夜中 : あったあった!しかもキリ番取れたから掲示板に報告しておいた。
わーい\(^o^)/ >トマト
タケ★暇人 : バンワーヾ(@⌒ー⌒@)ノ>ALL
モモ@真夜中 : こんばんわ!昨日ぶり〜(笑)>タケ
トマト : タケばんわ!いくつ?>タケ
特に面白そうな話題もないし、カツヤもなかなか来ないのでログアウトしようとした時だった。
★☆★☆ 『みぃちゃん♩ネトア』さんがログインしました ☆★☆★
初めて見る名前だった。
腐った苺