職人根性

 油で汚れた作業着の袖で汗を拭う、もう一歩だ、もう一歩で夢が叶う。
 真夏の鉄工所はまさに灼熱地獄、しかし本当の地獄はそんなものではない。この大田区で職人として生きてきた誇り、烈士 暮年壮心已まず、歳は中年をも越えていようとも気概はむしろ盛んだ。しかし心意気だけで生きていける世の中でもない、そんなことは分かっている、ああ、分かっているさ。
 仲間の職人達、後継者も仕事も無く指をくわえて廃業への道をとぼとぼ歩く彼ら、確かに彼らの技術は最高だ、技術だけならだが。
 私は銅玉逸隆、この町の商工会長であり、五つの鉄工所を持つ社長でもある。今まさに職人根性のなんたるかを世間に見せつけるための秘策を完成させようとしているのだ。これさえ世に打ち出せば、衰退した職人根性が復活するはずだ。ついに最後の部品も組み上がり、始動のスイッチを押すのを待つのみとなった。
 本社である鉄工所の事務所の椅子に座り、デスクのスイッチを押しながら叫ぶ。
「変形合体、鐵鋼キング始動!」
 轟音とともに鉄工所が姿を変え始める。地中に隠されていた鋼鉄(S四五C)の装甲板が鉄工所を覆い、人間の胴体と頭部のような形状に変形していき、鉄工所内の装置類も有機的に合体していく。それとともにデスクも変形して操縦桿やディスプレイが姿をあらわしてコックピットとなり、多数の計器類が視界を埋めていく。
 いいぞ、設計通りだ。
 さらに周辺にある私の四つの鉄工所も変形を開始した。それぞれが、腕や脚のような形状に変形していく。そして一斉に飛びあがり、空中で合体した。その姿は鉄の巨人。圧倒的な重量感の鋼鉄の職人、名付けて鐵鋼キング完成だ!
 黒染め塗装によって高級感を醸し出した巨体には各種の工作機械が内蔵されていて、あらゆるニーズに迅速にこたえられるのだ。まさに職人の鑑だ。この鐵鋼キングが衰退した職人魂を復活させるはずだ、BGMにピンクレディーを流しながら今、第一歩を歩き出す!
 軽く操縦桿を前に倒すと鐵鋼キングは重厚な脚で歩き出す、上から見下ろすとなんとこの町の小さいことか。
 ふと、銀行が見えた。その時、抑えてきた感情が膨れ上がって私の口から迸り出た。
「今こそ! 今こそ貸し渋りをした銀行に正義の鉄拳を振り下ろす! 今こそ国民の年金を浪費する社会保険庁に正義の鉄拳を撃ち込む! 今こそ搾取して私腹を肥す役人どもに正義の鉄拳を捻り込む! 覚悟しろ国会議事堂!」
 真面目にコツコツと働く職人の気概を踏み躙るこいつらにはもはや我慢ならん! 適者生存が世の理だと言うのなら、誰が適者であるか私が決めてやる! この鐵鋼キングでだ!
 鋼鉄の足で銀行を踏み潰す。破壊音と振動が心地よい。ああ、なんて気持ちいいんだろう……、初めてシャセイした時のような、初めて万引した時のような、罪悪感が入り混じった陶酔感に身をふるわせながら。
 足元はまさにパニック、いきなりの破壊劇に右往左往する銀行員達。綺麗な格好して働いて、俺より年収多い奴は許さん! 断じて許さん!
 一人悦に入っていると後方から衝撃を受けた。操縦桿を捻って振り返ると、なんと戦車部隊がいるではないか。東京都知事の迅速な対応あっぱれだが、こいつはいい機会だ、この鐵鋼キングの性能を満天下に示してやろうぞ。戦車砲にも怯む事なく踏み込んで行き、特殊武器のスイッチを押してマイクを握る。特殊武器とはすなわち工作機械の事だ、音声入力によって発動するのだ。
「百万トンプレスパンチ!」
 右腕に装着された強力な油圧シリンダーによって押し出された鋼鉄の拳がゆっくりと戦車を押し潰す。
「フライスチョップ!」
 左前腕部に装着された高速で回転する鋭利な金属が戦車を綺麗に削っていく。
「エアプラズマ切断!」
 右手の指から放出された非鉄金属ですら容易に切断するプラズマアークが戦車を情容赦なく切り裂く。
「タングステンイナートガス溶接!」
 左手の指からシールドガスとしてアルゴンガスを放出しつつ指中央部のタングステンの電極からアークを放出。右手に握った溶接棒を溶かし込みつつ戦車の駆動部分を軒並み溶接固定。
 一両十億円の九○式戦車であろうとも、我が鉄鋼キングの前ではおもちゃみたいなものだ。見たか、工作機械の強さを。
 その時、携帯のメール着信音が聞こえた。
 あの女性からか? 待ち焦がれた返事か? 携帯に飛び付いてメールを見る。
『ゴメンナサイ! やっぱりあなたはちょっとね』
 ちょっとなんだよ! まったくもって訳がわからん。
 鍛冶屋一筋で生きてきて、ふと立ち止まれば老境にもリーチがかかっている。乏しいつてを必死にたぐりよせて数少ない貴重な縁を繋ごうとするこの私の努力、またしても無駄に。
 働く男はかっこいいはずだ、惚れるはずだ、黙ってついて来そうなものだが、何が気に入らないんだか理解できん。ああいいさ、鍛冶屋一筋で生きてやる。私は、胸を叩いて叫んだ「方寸の重心は、我が胸にあり」
 ごほっごほっ、ついむせてしまう私。
 本当にそれでいいのか? いいはずないさ、強がってみただけさ。
 なんだか憂鬱になってきた。
 BGMのピンクレディーが途切れた、先刻の戦車の一撃で壊れたのか?
 彼女達の引退の時、辛かったな。
 何が辛いってさ、誰もわかってくれないんだもんな。その辛さを。
 猛烈な孤独感が襲ってきた。
 鉄はいい、鉄は分かってくれる、私の言う通りになってくれる、私の期待に応えてくれる。
 客の顔色をうかがうのも無理難題にも笑顔で応対するのも、銀行に頭を下げるのも、文句ばっかり言う従業員におべっか使うのも、もううんざりだ。
 その時、突然警告音が鳴り響いた。
 いったい何をやっていたんだ。ふと我に帰ると、目の前のディスプレイには戦車の残骸が映り、燃料が残り少ない事を示す警告表示が光っていた。
 冷静沈着にして思慮深いこの私が、まさかこんな短慮な事をするはずがない……。なんかの間違いだろう。そうだ、そうに決まっている、でもこのままだと私の責任にされてしまいそうだ。悩んだ私は、おもむろに合体解除ボタンを押した。
 すると鐵鋼キングは空中に飛び上がって分解し、それぞれのパーツが元あった場所に飛んで行く。そして鉄工所へと変形し、何食わぬ顔で収まった。私は銅玉逸隆(どうだまいったか)、この程度の事ではひるまないハガネの心の持ち主だ。鉄面皮でごまかそう。

職人根性

職人根性

SFギャグです。 自己評価☆☆

  • 小説
  • 掌編
  • SF
  • コメディ
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2013-05-15

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