僕は一般人です!!!!

零.寝物語開幕

そこは、ひどく落ち着かない場所で。

暗く、陰鬱で、何かこう、不安を掻き立てられるような場所で。

そんな部屋の中を僕は見ていた。

小さな女の子が遊ぶドールハウスを覗く格好で、僕は見ていた。

部屋には晃々と燃える暖炉と、肘掛椅子が一脚。

影が二つ。

顔は見えないが、小さい影は女の子、大きな影はその父親だろうか...?


「明日、行って来ます。」
凛とした、それでいて可愛らしい声で少女が告げる。

「そうか、明日か…」
男は寂しげに、しかし威厳漂う声で呟いた。

「ご心配には及びません。お父様の言い付けは必ず守ります。それに――」

「未覚醒だからと言って、甘く見てはならん」
男は強い口調で娘の言葉を遮る。

「お前はまだ半人前なのだ。」



「…………えぇ、承知しております。」


二人の間に沈黙が流れた。


パチンッと乾いた薪が弾ぜる。


「お母様には内緒に...?」
不安げに少女が問う。

「あぁ、そうだ。何があっても知られてはならない。これは私達‥‥‥の‥‥だ。お前には‥‥‥‥‥‥‥‥が‥‥‥‥。失敗は許されんぞ。」
はっきりとした厳格な男の声。

しかし、不自然に言葉が切れ切れになる。



(何の何だって…?)


「…はい。」


「―――もうこんな時間か…早く寝なさい。」
優しさの漂う言葉に、少女は小さく頷く。


「…おやすみなさい、お父様。」
素直にその場を離れていく姿が少しずつ朧げになる。



遠くで扉の閉まる音がした……

一.御令嬢

夏休み初日の早朝。

爽やかな空気と朝靄に包まれる街並みが、ベッド横の窓から見える。

やっと顔を出した太陽の光が目に染みて少し痛い。


もう何時間こうしているだろう...
あの変な夢から覚めた後、何度寝返りを打っても眠れなかった。

(ま、休みだからいいけど)



あれは誰なんだろう。

僕の乏しい想像力から産まれたとは思えない。

最近観た映画にもあんなシーンは無かったはずだ。

そもそも僕が洋画ホラーを観ることは無い。


それに、あのノイズ……


恐らく話の流れからすると、かなり重要なセリフのはず。

なのに、全く思い出せない。


というよりは、聞こえなかった。
あの部分だけ意図的に切り取って、わざと僕に観せたような感覚。


夢の中で見たことは時間が経てば忘れる、とかなんとかテレビで言っていたことを思い出した。

それは不自然なことではなく、むしろごく自然なことだ。

僕だって今までの夢なんかほとんど覚えていない。

だけど、今日の夢は何かが違う。

これだけ時間が経っても、絵に描けるほど鮮明に覚えている。
だからこそ、ぽっかり空いた穴が気になって仕方ない。


(薄気味悪いなぁ…)


そんな気持ちもあって、寝付けないでいた。


僕は正真正銘の『ビビリ君』なのだ。



(考えても仕方ないんだけどね…)


朝日が昇って安心したのか、今更のように睡魔が襲ってきた。

そのまま身を任すように布団に潜り込む







…はずだった。

「ゆきー、朝よー!!」

騒々しく階段を上る足音と、僕を呼ぶ声。

「早く起きなきゃ…て、起きてるじゃない」

「うん、おはよう。」
身体を起こしながら騒々しい人−−−−姉さんに声を掛ける。

「何よー、起きてるなら返事くらいしなさいよ。」

そう言ってふてくされながら、優しく微笑んだ。

「ごめんなさい。でも、…朝早すぎない?」

まだ朝方の5時である。
普通は寝てる。休みなら絶対寝てる。

「あら、忘れたの?今日は特別な日でしょ」



「…あぁ、そっか。そうだったね。」

「さ、早く準備しなさい。」



そうだ…今日は母さんの命日だった。


* * *

普通、母親の命日って忘れないものなんだろうと思う。

でも僕はあまり思い入れが無いせいか、よく忘れてしまう。


母さんは僕がまだ自分の名前も言えないくらい、ほんと小さい時に亡くなった。
交通事故らしい。


覚えている思い出は無い。

写真嫌いだったのか、処分してしまったのか、形としての思い出も残っていない。

母さんが亡くなった後、年の離れた姉さんが家事をしてくれるから、僕は何不自由無く暮らしていたし、僕にとっては姉さんが母さんみたいなものだ。

だからと言ってしまえば母さんに申し訳ないのだが、やっぱり忘れてしまう。

それに今朝は個人的アクシデントで頭がいっぱいで、それどころではなかった。



ちなみに、父さんはサラリーマンだけど、あまり家にはいない。
単身赴任ではなく、会社に住込み状態なんだとか。

たまに着替えを取りに帰ってきているらしい。

「安月給なんだから、それ以上に働かないと仕方ないわよ」
と姉さんはよく言っているが、父さんがどんな仕事をしているのかは知らない。


そんな父さんも、今日ばかりは帰ってきている。



リビングに下りると、ちょうど父さんも起きてきたところだった。


「おはよう。」

「ん…おはよ。」


「ゆき、背伸びたな」

「あー、うん、そうかも。成長期だしね」

他愛ない会話も、久しぶりすぎて何だか妙に恥ずかしい。

さりげなく目をそらしながらテーブルにつく。


「はいはい、朝は忙しいんだから、家族団欒はまた後で!」

そんな様子を感じ取ったのか、姉さんが明るく朝ご飯を運んできた。

「さ、ちゃちゃっと食べちゃって。」

「うん、いただきます。」


黙々と食べ始める僕と父さん。


姉さんはそれを見て満足気に座ると、何時にお坊さんが来るからとか、お供え物は途中で××に寄って買いたいとか、今日の予定を引っきりなしに喋ってる。


父さんは聞いてるのか聞いてないのか曖昧な返事をしながら、側にあった新聞を広げる。



僕はやっぱり今朝の夢が気になって、上の空。



「ーーーごちそうさま。僕、着替えてくるよ。」

そう言って立ち上がる。

「うん、そうね。6時までには下りてきて」


「はーい。」


食べ終わった食器を下げながら時計を見ると、5時半より少し前だった。


(二度寝しないように気を付けなきゃなぁ...)


あんな気味悪い夢を見てもう一度寝たいとは思わないが、眠気は消えてくれないようだった。


(先に顔洗ったほうが良かったかな)
なんてことを部屋の前に来てから思ったが、ここまで来たのでとりあえず着替えることにした。


そしてドアノブを‥‥‥‥



「‥‥‥‥?」


回してるのにドアが開かない。


(建て付け悪い、ってわけじゃないよね…)

リビングに下りる前はいつも通りだったのに。

なんだか、ちょっと、気味悪い。。。

(ま、まさかね。朝だし、そんな恐怖体験なんてあるわけ…ないよね⁉い、嫌だよ⁉ただでさえ夢見最悪なのに、こんなこと…こんなこと…‼)

と、ひとしきり心の中で叫んでから、一度ドアノブから手を離す。


(きっと建て付けが悪くなってるんだ。そうだ。そもそも新築じゃなかったらしいし、そういうガタが来る部分があってもおかしくないんだ。うん、そうなんだ…!)

「‥‥‥よし!」

小さく自分に気合いを入れて

「えい!」

体当たりよろしく勢いよくドアにぶつかる

すると、案外簡単に勢いよくドアが開いて

「わわわわわわっ!」


というか勢いよすぎて、ずざぁぁぁぁとかずしゃぁぁぁぁとか、そんな音と一緒に僕は部屋に転がり入った。


「‥‥ってぇ〜、何だこ―――」

「動くな」

まだ床に転がってる僕の目の前に、それこそ夢の中でしか見ることができないであろう、鈍く光る短剣が刺さる。

僕はその声に、目の前の剣に、動けなくなる。


(う、うそだぁぁぁぁぁぁあ!こ、怖すぎるだろこの展開ぃぃぃぃぃい!)


変な汗が出るってこの事だ。

目が飛び出るってこの事だ。

こんな朝っぱらから空き巣がいるなんて…

いや、もしかしたら強盗?

この短剣、もうすでに銃刀法違反だよね?

ああでも犯罪者が丸腰なんてことのほうが−−−−

「貴様が『世界の理の鍵(クレィゾンラモンド)』の持ち主か?」

「………へ?」

僕の葛藤を完全に無視する犯人の意味不明な発言に、素っ頓狂な声と一緒に少し頭を上げる。

「動くなと言っている!」

「ひぃっ⁉」

さっきよりも顔に近い位置に再び剣が刺さる。
前髪が数ミリ犠牲になってしまった。



(あぁ神様仏様、僕は夢から覚めたいです。今日は寝坊してはいけないのです。まじ頼むから、とりあえず目ぇ覚めてくれぇぇぇぇ怖いぃぃぃぃぃぃ!)


そう、これはきっと夢で。

いつの間にか寝てたんだ。

目を覚ませば姉さんが起こして―――

「貴様、聞いているのか?」

犯人はさっきより少し苛立ったように言い放つ。

夢だと思い込むことにした僕はそいつに

「あー、えーと……」

ガツンと言ってやろうして


「……はい、聞いてます」


やめた。

夢だとしても、怖いものは怖い。



大人しく従う姿勢が見えたからか、そいつは少し声音を戻して

「なら、答えろ。貴様は『世界の理の鍵(クレィゾンラモンド)』を持つ者だな?」


と、さっきと同じことを聞いてくる。



(あぁ、どうしよう。


質問の内容が理解できない。


でも、僕、このままじゃ……


まじで死んじゃう……?)


黙ってても殺されそうな雰囲気がビシビシ伝わってくる。

夢だからって死にたくない。


ましてや現実だったらと思うと………



「あのー……」

僕は勇気一万倍で声を絞りだす。

「何だ?」

もはや苛立ちを通り越して微かに殺意すら感じる声。


でも何だろう。知ってる気がする声。


(この声どこかで...?)


「えーっと………」

「時間稼ぎでもしようと?馬鹿馬鹿しい、早く答えろ。」


(やっぱりそうだ。この声―――)

とそこで、もう一つ声がする。

「お嬢様、そう脅されてしまっては声も出ないのではないでしょうか?」

優しい、諭すような男の声。


「ん…そうか。脅すつもりは無いのだがな。おい、貴様。そこへ座れ。」


僕は言われた通り素早く身体を起こし、床に座り込む。


目の前には女の子と、初老の男が立っていて。

初老の男は真っ白な白髪頭を綺麗に短く整え、燕尾服に蝶ネクタイという、まさに『執事です』と言わんばかりの出で立ち。


かたや女の子は、まだ十歳に満たないように見えるが、間違いなく絶世の美少女だ。
ウェーブのかかったブロンドヘアを高い位置で二つに結び、可愛らしいリボンが飾ってある。非常に整った目鼻立ちがまるでフランス人形のようで、フリルたっぷりのワンピースがよく似合っている。
だけど、その可愛らしさとは対称的に、鋭く細められた目は碧眼と真紅のオッドアイ。恐いような、でも何故か魅入ってしまう不思議な瞳。



...と、突然女の子が顔を赤らめて目を逸らした。


「ぶ、無礼者!何をジロジロと見ているっ!」

「え?あ、ご、ごめんなさいっ!」

機嫌を損ねてまた剣を取り出されたら困るので、とりあえず謝る僕。
我ながら情けないにもほどがある。

少女は小さくコホンと咳払いして


「さぁ、早く質問に答えてもらいたいのだが?」


さっきまでよりも優しい物腰で聞く。

しかし僕は、少女の容姿と声を改めて聞いて確信した。



「君、家に暖炉ある?」


「……?あぁ、それが何か?」


「立派な肘掛け椅子もあるよね?お父様が座ってる。」


『な……!?』


少女と執事は驚く。

それはもう有り得ないと言いたげな顔で、後ろに一歩引く勢いで驚く。


「――――シュ、シュバルツ!これはどういうことだ…?」

彼女は気が動転し引きつった口を無理矢理動かしているようだ。

シュバルツと呼ばれた男は、平静を装って落ち着いた様子で答える。

「は、はい…。|私≪わたくし≫の個人的な見解ではありますが、恐らくこの方はお屋敷にいらっしゃったことを覚えておいでなのでは…?」


「有り得ん!我が屋敷は、たかが人間が侵入できるような場所では無いだろう!?」


「しかし―――」


「あぁ、こやつはきっと、あの『鍵』を持っている。。。でも変だな。使い方を誤れば大変なことになるのを知らぬというのか…」


二人は何やらヒソヒソと相談を始めてしまった。

ほとんど聞こえないうえに、僕の存在を無視して背中を向けられている。

でもたぶん僕のことなんだろう。

余計なことなんて聞かなきゃよかった。


「夢なんだけどなぁ...」呟いた瞬間、すんごい勢いで僕の方へ振り向く少女。


やっぱり顔は驚いたまま。


というか、さっきよりも驚いているように見える。


僕は堪えかねて

「えっと…さっきから何をそんなに驚いてるの、ですか…?僕、そんなに変なこと言った……?」

と聞いてみた。


すると彼女は表情を和らげ、フッと笑う。


「期待以上、だな。」


「え?」


「いや、何でもない。」


(答えになってないし、余計に気になるし、もう何なんだ…!?)


僕は疑問を張り付けたような顔をしながら、無い頭を一生懸命使う。


考えたって答えなんか出るわけないんだけど。


でも、たぶん僕は今、何かに巻き込まれる一歩手前なんだと思う。
いや、もうすでに巻き込まれているのかもしれない。

それは僕の常識とか、少ないけど人生経験とか、そういうものの範囲外で。

たとえこれが過ぎたイタズラだとしても、犯罪染みているのは気のせいではないし、ましてやイタズラでも何でもなく、本当に何か訳の分からないモノだとしたら、僕には予想することもできないわけだ。


ということで、僕は開き直ることにした。


もう何を聞いても驚かないと心に決める。


「あの、ちょっといい…かな?」

「何だ?」

「君達は、誰?」

おぉ!と呟きながら少女は手を打った。

「あぁ、そうだったな!私としたことが失念していた。私は、キール・メルディローサ。隣にいるのが―――」

「シュバルツ・ド・クレールでございます。お嬢様専属の執事をしております。」

あっさりと教えてくれた。

どうやら本当に敵意は無いらしい。


少女も先程よりは機嫌が良さそうだ。

そのほうが好都合なので、そのままの勢いで質問してみる。

「君達はどうして僕の部屋にいるの?」

「貴様に用があるからに決まっているだろう。」

「うん、まぁ、そうだよね。その、用って何?」

「貴様が18歳になるその日まで、我が屋敷で監禁する為に誘拐に来たのだ。」

「へぇ〜そっかぁ、誘拐…………ぇえっ⁉」

前言撤回。驚かないなんて無理だ。

どう見ても小学生のような金髪少女から、誘拐や監禁なんていう物騒な言葉が出てくることは、ギリギリ耐えれた。作り笑いでスルーできるはずだった。
けど、それが僕のことを指してるとなると話は別だ。
僕の誕生日は12月。この言葉を信用するなら、僕はこれから4ヶ月以上も監禁されることになる。しかも、たぶんあの暗いお屋敷に、だ。

(い、嫌だ…あんな怖いとこ行きたくない……でも…)


「――お嬢様。」

「何だ?」

「そうあからさまに【誘拐】などと仰られては、優樹弥様が逃げてしまいます。」

「な!?それはダメだ!貴様!逃げるなどという浅はかな考えは、今すぐ捨てろ!」


キールは慌てて僕に詰め寄る。

それをまるで微笑ましい事のように、穏やかに見つめる老執事。


(て、えぇぇぇぇぇえ?近いし、笑ってるし、何なんだよぉぉぉぉぉぉぉぉ……)


「貴様!聞いているのか!?」

必死の剣幕で詰め寄るキール。

「え?あ…うん。に、逃げません…です。」

詰め寄りすぎで、今にも顔が触れそうなまま、僕は答えた。

キールは、はっと我に返ったのか、突然顔を真っ赤にして元の位置に戻る。


「と、とにかく!貴様には私達と一緒に———」


「ゆきー?大丈夫?」

言葉が終わる前に姉さんの声がした。

階段を上る足音もする。

(やばっ!えっ!?ど、どうしよう!?)

二人が姉さんに害があるかどうかは考えなかった。
それよりも、こんな幼気な少女が部屋にいるなんて、おかしすぎる。それを姉さんに弁解できるほど頭が良いわけでもない。


「ちょっと…!隠れて!早くっ!!」

「何故隠れる?」

「いいから!早く!」

二人の背中を無理矢理押してクローゼットへ押し込む。

「こ、こんなとこへ入れと言うのか⁉」

キールの不服そうな声がするが、この際かまっている暇はない。
姉さんに見つかることだけは避けなければ…!

階段を上る足音が徐々に大きくなる。

やめろ!とか、押すな!とか、そんなことを言われながら、必死でクローゼットの扉を閉める。

「あら、まだ着替えてなかったの?」

ギリギリセーフ…
クローゼットを隠しながら(いや、隠れるほど小さくないけど)、姉さんの方へ振り向く。

「え、あ、うん。服、選んでたんだ!」

「…?選ばなくても、今日は制服でいいのよ?法事なんだから。」

(しまった…!)

咄嗟の言い訳にしては上手く言えたと思ったのに、墓穴を掘ってしまった。

「あ、ああ!そっか!そうだね!うっかりしてたよ、あは、あははは…」

「?ゆき、大丈夫?さっきも部屋から話し声がしてたし…どこか調子悪いの?」

「え⁉そ、そ、そ、そんな、だーいじょうぶだよっ!さっきちょこっと携帯ゲームしてたから、それの音じゃないかなぁ…⁉」

「そう…?それならいいんだけど。もうすぐ出るから早めに下りてきてね。」

「う、うん!すぐ行くよ!」

姉さんはまだ怪訝な顔をしてたけど、なんとか下りてくれた。

(はぁ…なんかまた嫌な汗かいちゃったよ…)

ため息まじりにクローゼットを開けると、ぶすーっとしたキールと目があった。

「あ…えーっと、ごめんね。その、突然閉じ込めたりして。」

「全くだ。こんなぞんざいな扱いを受けたのは初めてだ。」

フンッと鼻を鳴らしながら、僕を押しのけて部屋の中へ戻る。
せっかく直った彼女の機嫌は、また振り出しへ戻ってしまった。

キールはそのまま不機嫌そうにベッドへ腰掛け、僕を睨んだまま言う。

「それで?貴様、今から出掛けるのか?」

「あ、うん。」

「我々が何をしに来たのか、忘れたわけではあるまいな?」

「えーっと…誘拐、だよね?それ、帰ってきてからじゃダメかな?」

誘拐されるのは嫌だけど、今日は外せない。

「帰ってきてからでは困るから、朝早くに来たのだが?」

「そっか…そうだよね。うん、でも、帰ってくるまで待っててほしい。」

「貴様が帰ってくる保証も無いのに、か?」

「必ず帰ってくる。ここしか家は無いから。」

本当はこのままどこか遠くへ逃げ出したかった。

でも、それは出来ない。

僕が逃げれば姉さんや父さんに迷惑が掛かってしまう。

それに、どうして僕が誘拐されなければならないのか、その理由もまだ聞いていない。

それを聞けば納得できる部分もあるかもしれない。

「…そこまでして行かねばならん用とは、何なのだ?」

キールが試すような目で僕を見据える。

僕も真っ直ぐに彼女の目を見る。

「今日は、母さんの命日なんだ。」


* * *

二.異界の王様

帰り道。

容赦無く照りつける日差しの中、僕は車に揺られながら外の風景を眺めていた。

なんてことない街並み。高層ビルや派手な看板、川沿いの並木道。

こんな風景、いつでも見られると思ってた。

突然、生まれ育った場所から離れることになるなんて、考えたこともなかった。


あの時キールは僕の言葉を聞いて、目を見開いて驚き、とても哀しい顔をした。

僕の母親が他界していることが、彼女にとってもショックなことなのだろうか。

面識などないと思うのだけど。



何にせよ僕は、これから此処じゃない何処かへ連れて行かれるのは間違いない。

家族に相談することも考えたけど、相談すると巻き込んでしまう気がして言えなかった。

(せめて置き手紙だけ書いていこう。)

「…ゆき、起きてる?」

「うん、起きてるよ。」

姉さんは今日ずっと僕の心配をしてる。
よっぽど朝の様子が変だったんだろう。

「お昼ご飯、帰ってからでいい?」

ちょうど赤信号で車が止まった。
僕らが先頭で、横並びにバイクが止まっているのが見える。

「うん。まだお腹空いてないし、家で食べる。」

そう答えた矢先だった。
ぼんやり見ていたバイクに靄がかかって、霞んでいく。

(あれ…?)

目をこすって、まばたきしてから、もう一度よく見る。
不自然にかかった靄が増して、突然バイクが発進した。

「えっ…⁉」

叫んだ時にはもう遅かった。
交差点に突っ込んだバイクが、車の波に衝突するのをギリギリで避けて、派手に路肩に横転した。

不自然だった靄は一瞬、ほんの一瞬だけ人型をかたどって、消えた。

倒れたバイクの運転手はゆっくりと身体を起こしている。
幸い、大事には至っていないようだ。

(厄日だ…)

これだけ連続して非日常的なことが起これば、誰だってそう思うだろう。

ましてや、ビビりの僕にすれば今の出来事だけで一発K.O.である。

「あのさ…」

「どうかしたの?」

僕は恐る恐る聞いてみる。

「今の事故、変じゃないかな…?」

「うーん…?事故現場なんて初めて見たから、よく分からないわ。」

「あー、うん、僕も初めてだけど…なんか変な靄みたいなの、見えなかった?」

姉さんは振り返りきょとんとした顔をしていたが、すぐに心配そうな顔に変わる。

僕の額に手を当てながら「熱は無いわね…」とか「病院に連れて行こうかしら」とか、一人でつぶやき続けている。

バックミラー越しに父さんと目が合ったが、姉さん同様、心配そうな顔をしていた。


(僕だけ…見えた、の?)

考えた瞬間、背筋が凍る。霊感なんて持ってた覚えはないし、視力も落ちていないはず。今だって路肩に倒れているバイクのナンバープレートがはっきりと読める。

僕は一般人です!!!!

10/7

どうも、鮎原です。
書き始めました!処女作です!
こんなにも至らない点がいっぱいの作品に目を止め、読んで頂き、本当にありがとうございます。


亀よりも遅い進捗度なのに、読んでくださる方がいるなんて、もう感激です!ありがとう×∞!!!
さて、時代がこんなにも進歩してる中、鮎原は未だにアナログ人間です。紙とペンで書かないと落ち着かないというか、なんというか。なので、よくあれを経験します。肘立てて居眠りしたら、机から落ちてガクってなるあれです。あと、字がミミズみたいになったり、よだれの跡がついてたりですね……て、寝てばっかりですな^^;

今日は寝ないように頑張るぞー!
では、また今度!あでゅー

僕は一般人です!!!!

  • 小説
  • 短編
  • ファンタジー
  • コメディ
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2013-05-15

Copyrighted
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  1. 零.寝物語開幕
  2. 一.御令嬢
  3. 二.異界の王様