冷蔵庫

夜。ぱっと目が覚める。反射的に頭に手をやる。良かった、髪の毛はまだあるみたい。私は、よいしょ、と寝返りをうち、ベッドの柵の隙間から手を伸ばす。冷蔵庫の扉を開けるのである。冷蔵庫の白色の光を浴び、一瞬自分がしかめっ面をしたのが分かった。
冷蔵庫の中には、たくさんのものが入っている。ミネラルウォーターが三本。カルピスウォーター。三ツ矢サイダーが二本。プラスチックのパックに入ったスイカ。和君のお母さんが持ってきてくれた、山梨のぶどう。うちのお母さんが持ってきてくれた、故郷のリンゴジュース。そして、和君が買ってくれた、フルーツが宝石みたいにきらきらしている大きなゼリー。私はそのゼリーに手を伸ばす。
そのゼリーの蓋はもう剥がされていて、代わりにサランラップで蓋がされ、その中には小さなプラスチックの匙が入っている。大きなゼリーなので、今の私は一回で食べられないのだ。冷蔵庫の光に照らし出され、私の右腕には、黒や緑に変色している部分が浮かび上がる。点滴や注射の跡である。私は目を背ける。小さなころから自慢だった白い肌。結婚式の時、和君のお母さんも褒めてくれた。それが、こんな色になるなんて。考えると涙が出そうになる。私はゼリーを二口食べて、冷蔵庫を閉めた。目が覚めれば水曜日。和君が来てくれる日。そんなことを考えながら目を閉じた。
朝。看護師の方が食事を運んできてくれる。ごはんに焼き魚、お味噌汁に小鉢までついている。昔の私なら喜んだだろうな、とふと考える。今の私は、飲んでいる薬の影響ですぐに気持ち悪くなってしまうため、全然食欲が出ない。食欲が出ないどころか、見ているだけで吐きそうである。看護師に頼んで、全部片付けてもらった。朝ごはんを食べられない代わりに、また冷蔵庫に手を伸ばす。またゼリーを二口。とてもおいしいと思う。
「さくらさ~ん。どんな感じですか~?」
和君の声で目が覚めた。眠ってしまっていたらしい。私は和君に、今日も来てくれてありがとう、と言った。
「どう、食べれてる?」
「ダメ、全然。買ってもらったゼリーだけ食べてるよ。」
「そっか、まぁゼリーだけでも食べられれば幸いです。すごいじゃないですか。」
「和君、変なしゃべり方。」
「あぁごめん、仕事っぽかったかな。腐った仕事ですよ全く。」
和君は仕事の愚痴をこぼし始めた。だいたい電話で百万もするのを売るのが土台無理な話だ、といういつもの愚痴。私は目を閉じて、和君の声に聞き入る。これも分からなくなっちゃう日が来るのかな、と思うが、すぐに思い直す。それはもう私じゃない何かだ。
ふっと目を覚ます。もう夕方の五時だ。和君はニンテンドーDSをやっていたが、私が目を覚ましたことに気付いて、ゲームを置いて、私に「起きた?」と聞く。和君が来るのが楽しみなのに、和君が来るとすぐに寝てしまう私。三年前に死んだ、家のマリーを思い出す。家族が好きで、家族が居なくなると鳴いて騒ぐくせに、家族がいると誰かにくっついて寝てばかりいたマリー。
「寝てる間にゼリー補充しといたよ。同じやつ。」
和君の言葉に、反射的に冷蔵庫を開ける。きらきら光るゼリーが、今食べかけのやつも合わせて三つになっている。それは嬉しいんだけれど、という事はそろそろ和君が帰る時間である。次に会えるのは土曜日。
「じゃあ、また来るでな。」
私は和君に、待って、と声を掛けかけ、その言葉を飲み込んだ。聞いても仕方のないことだ、とは分かっている。
夕方六時。食事が運ばれてくるが、やはり食欲はない。私はまた冷蔵庫を開き、ゼリーを取り出す。そして二口だけ口に含むと、また冷蔵庫に戻し、扉を閉めた。

冷蔵庫

冷蔵庫

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2013-05-14

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