失われた世界へ 3

失われた世界への続きです。


 果たして、田中雄二と名乗る未来人からの連絡は夕方頃に届いた。以下がそのメールの文面になる。

 やあ、返信ありがとう。連絡が遅れて申し訳ない。メールが来ているのに気が付かなかったんだ。
 僕としては気分を害してなんか全然ないよ。むしろ、いきなり僕は未来からやってきた人間ですなんて言われて信じろという方が無理があるものね。きみが慎重になるのは当然のことだと思う。こいつは頭が可笑しいんじゃないか、何かの悪戯なんじゃないかってね。僕がもしきみの立場だったらやはり同じように思っただろう。友達が忙しいのも了解した。
 で、きみの申し出についてなんだけど、とりあえず僕ときみのふたりで会おうという提案だね、僕としては全然構わないよ。なんなら今からでもいいけど、どうする?


 僕は田中雄二からのメールを読んで正直ちょっと焦った。というのはまさか彼がすんなり僕と会うことを承諾するとは思っていなかったからだ。もしかしたらほんとうに未来人なんじゃないかと期待しつつ、その実、やはり全ては悪戯で、田中雄二は僕と直接会うことをなんだかんだと理由をつけて拒み続けるんじゃないかと予測していたからだ。ところが、その推測は大きく外れた。田中雄二は僕と直接会っても構わないと言う。なんなら今からでも構わないと言うのだからこちらとしてはいささか調子が狂ってしまう。おいおい、まさか田中雄二は本当に未来人なのか?そんなことがあり得るのか。そういうのは映画とか何かのテレビの特番だけの話じゃないのか?僕は自分の手のひらが興奮と緊張で湿ってくるのを感じた。僕はもう一度田中雄二のメールの文章に目を通した。そして返信を送った。


 返信ありがとう。じゃあ、早速だけど、今日会わないか?場所はどこでも構わない。田中さんに会わせるよ。正直、これから未来人と会えるとわかってかなり緊張している。


 僕が送ったメールに対してすぐに返信が帰ってきた。



 今日だね。了解した。じゃあ、今から二時間後に新宿のアルタ前で待ち合わせはどうだろう?きみがわかりやすいように僕は赤い帽子を被っていくよ。それから黒い鞄を持っている。アルタ前にそんな恰好をした人間がいたらそれが僕だということになる。あるいは新宿はきみの家から遠すぎるだろうか?そうであればきみに合わせることも可能だよ。
 ところできみは未来人に会うことになってすごく緊張していると書いていたけれど、安心してもらいたい。僕が未来人であるとは言っても、きみのいる世界からたかだか八十年ちょっと先の人間なだけだ。きみたちとの何ら変わらない、ごく平凡な人間だよ。きみが僕に会ってがっかりすることになっても困るから先に言っておくけどね(笑)
待ち合わせ場所についてだけど、移動の時間もあるので、なるべく早く返事がもらえたらと思う。では。

 僕も田中雄二のメールに対してすぐ返信した。

 迅速な対応ありがとう。オッケー。新宿のアルタ前だね。僕の家からすぐ近くだよ。問題ない。僕もきみがわかりやすいように青色の帽子を被っていくよ。それにしても、赤と青の帽子の二人組か。これじゃまるで漫才師だね(笑)
ところできみは自分にあまり期待するなというようなことを書いていたけれど、でも、こちらとしてはどうしたって期待してしまうことになる。なんと言っても生まれてはじめて本物のタイムトラベラーと会うわけだからね。
 いすれにしても、早く本物のきみにお会いしたい。それでは20時に新宿のアルタ前で。
 

 僕はメールの返信を終えるとすぐにパソコンをシャットダウンし、浴室に行って髭を剃って歯を磨き、服に着替えた。もちろん、青色の帽子も忘れずに被る。これだけのことをするのに三十分近くかかった。部屋の時計に目をやると、既に時刻は十九時になろうとしていた。僕の最寄り駅は西武新宿線の東伏見という駅で、そこから新宿までは電車だけの移動であれば二十分くらいでいける。でも、実際には駅まで徒歩で向かう時間や、電車を待つ時間、さらには待ち合わせ場所まで向かう時間も考慮しなければならず、僕はちょっと焦った。

 普段は駅まで徒歩で向かっているのだけれど、この際自転車で向かうことにする。乗ってきた自転車は駅前にあるスーパーの前あたりに放置して駅までダッシュした。そんなことをしようとすれば、普段は放置自転車を監視しているおじさんがいて注意されるのだけれど、さすがにこの時間帯は勤務時間外なのか、誰にも咎められることはなかった。駅のホームに降りるとちょうど上手い具合に準急電車がやってきた。文字通り、僕はやってきた電車に飛び乗った。

 かなり急いだので息が荒い。僕が電車のなかで荒い息をついていると、乗客の何人かが奇異な面持ちでこちらをちらちらと見てくるのがわかった。無理もない。僕だってもし逆の立場だったら何事かと気になっただろうと思う。恥ずかしいのと居心地が悪いのとで、僕は顔を伏せるようにして電車のなかを歩き、前の車両に移動した。そして目につた席に腰を下ろす。この時間帯から新宿方面に向かう人間は少ないようで、電車はがらがらに空いていた。

 反対側の席には誰も座っておらず、電車の窓に自分の顔が淡く浮かびあがっているのが見えた。果たして未来人、田中雄二は僕のことを見てどう思うだろうか?あまりパッとしない冴えない男が来たなとがっかりするだろうか。僕は窓ガラスに映る自分の顔を検分してみた。オーケー。彼はがっかりするだろうなと思った。だって僕は友人の近藤とは違ってあまりハンサムとは言えないから。不細工とまではいかないにせよ、そんなに自慢できる種類ものじゃない。人間は外見じゃなくて中身だというけど、中身についてもあまり自信がないのが正直なところだ。怠け者だし、出不精だし、何かを率先してできる方じゃないし。まあ、悪人ではないと思うけれど。でも、僕の長所ってなんだろうと考えてすぐには浮かばず、なんだか物悲しい気持ちになった。

 と、そんなことをぼんやりと考えているうちに電車は新宿駅に到着した。電車から降りると早足で改札を出る。新宿なのでかなりひとが多く、なかなか思うようなスピードで歩くことができない。それでも可能な限り僕は急ぎ、なんとか待ち合わせ時間の五分以上前には目的地に到着することができた。


 少し緊張しながら待つこと十分以上が経過した。周囲を見回してみるが、赤い帽子を被った人間、つまり田中雄二らしき人物が現れる様子はなかった。やはり悪戯だったか、と、がっかりするのと同時に、ちょっと安心している自分もいた。というのも、本物の未来人がやってきたらどうしようと僕はびくついていたのだ。近藤の話ではないけれど、未来に連れ去られてしまうようなことがあったらどうしようと、そんなことはあり得ないとわかっていながらも、若干恐れている自分がいた。それでもなくても、よく知らない見ず知らずの人間と会うというのはそれなりに緊張するものである。と、そんなふうに僕が緊張を解きかけた瞬間、

「すいません」
 と、ふいに女の人の声が聞こえた。思わずドキリとして周囲を見回してみると、僕のすぐ目の前に比較的小柄な女の人が立っていた。そしてその女のひとは赤い帽子を被っていた。うん?目の前に立っているこの女の人が田中雄二なのだろうか?でも、女の人だし・・・僕が混乱して黙っていると、

「もしかして、原田さんですか?原田慎吾さん?」
 赤い帽子を被った女の人は不安そうな面持ちで僕の顔を見ると僕の名前を呼んだ。
「えーと、いや、あの、そうだけど」
 僕は女性の質問にいくらかしどろもどろになりながら答えた。いかにも恰好悪い。でも、僕の名前を知っているということは、やはり彼女がメールでやりとりをしていた田中雄二ということになるのだろうか?でも、女だし。女で雄二という名前のひとがいるのだろうか。それとも田中雄二は急に都合が悪くなって、彼女が代理できたのだろうか?僕が戸惑っていると、

「びっくりさせちゃってごめんなさい」
 と、彼女は頭を下げて言った。それから彼女はそれまで被っていた帽子を取った。すると、それまで判然としていなかった彼女の顔が新宿の明るい街の光のなかに明らかになった。明るい光の下に現れたのは、どこからどう見ても女の子の顔だった。年齢は二十五歳くらいだろうか。もしかするともっと若いかもしれない。目が大きくて、鼻は何か対して反抗するようにつんと小さく上を向いている。少し厚みのある小さな唇は健康そうな明るい林檎色をしていた。髪の毛の長さは肩のあたりくらいまでで、それを淡い茶色に染めていた。

 結構可愛いひとだなと僕は思った。いや、結構じゃない。僕が過去に出会ってきた女の子なかでもたぶん一番目か二番目くらいに可愛い女の子だった。もしかしたらニューハーフである可能性もあったけれど、でも、その可能性は低そうだった。何しろ声が完全に女性のものなのだ。もしかたしたら、最近は声だって女性的に矯正できるのかもしれなかったけれど。とにかく、僕は目の前の女性に一目で好意を持った。恥ずかしい話、彼女が未来人であるかどうなんて途端にどうでも良くなって、そのあたりにどこにでもいるような可愛い女の子に目がないバカな男のひとりに僕は成り下がってしまっていた。頭が一瞬、真っ白になった。

「実はわたしが田中雄二なんです。その、未来人って書いた」
 僕が彼女の可愛さに目を奪われていると、田中雄二と名乗った女性はいくらか俯き加減に申し訳なさそうな声で言った。
「失礼?」
 僕はぼんやりとしていたので彼女の言ったことが上手く理解できなかった。すると、彼女はそれまで伏せていた顔をあげて僕の顔を見ると、

「だから、わたしがメールでやりとりをしていた人間なんです」
 と、彼女は少し声を大きくして言った。

「つまり、きみは男なの?」
 僕はたぶん見当違いな質問をした。すると、彼女は違うというようにぶんぶんと大きく首を左右に振った。それから彼女が僕に説明してくれたところによるとだいたいこういうことになった。田中雄二というのは彼女のお兄さんの名前で、彼女はインターネット上で偽名を使っていたらしかった。どうしてそんなことをしていたのかというと、半分は女性と出会うことを目的に近づいて来ようとする男から身を守るためと、あとの半分は普段とは違う自分になってみたいという遊び心かららしかった。ちなみに、彼女の本名は田中唯というらしかった。とりあえず、ニューハーフであるという可能性は消えたわけである。

「うーん。ということは、あれも嘘なの?きみが未来から来たっていう」
 僕は周囲の人間の反応が気になったので、心持小さな声で訊ねてみた。すると、田中唯は首を振った。
「ネットに書いたことは本当です」
 田中唯は短く言った。
「わたしが未来から来たっていうのも、それから過去に時間旅行をして、色々あってこの世界にタイムトラベルしてきっていうのも」

 僕は田中唯の言葉に上手くリアクショクを取ることができなかった。時間旅行とかタイムトラベルという言葉が実際の人間からさらりと出で来るとなんともいえない迫力があった。どう考えても田中唯が僕のことをからかおうとして適当なことを言っているようには見えなかった。ただ、田中唯が真剣であったとしても、やはりタイムトラベルというのはあまりにも現実離れしているので、彼女がありもしない空想に取りつかれてしまっていると考えた方が理屈にかなっているのかもしれなかった。

 でも、彼女の目に宿る光は至ってごくまともだったし、変な妄想に取りつかれているようには見えなかった。まあ、最も、僕の方に彼女が本物のタイムトラベラーだと思いたがっている要素があったことは否定できないけれど。

「とにかく、立ち話っていうのもなんだし、どこか適当に喫茶店でも入ろうか」
 と、僕は言った。言ってから彼女を安心させようとして僕はできる限り穏やかな笑顔(もしかしたら他人から見るとかなり気持ち悪い表情になっていたかもしれない)を浮かべた。
「そうですね」
 と、彼女は僕の提案に、やっと少し緊張を解いたような、安堵したような小さな微笑を口元に浮かべた。

失われた世界へ 3

失われた世界へ 3

物語の主人公である僕はネットサーフィンをしているうちに偶然、とあるブログにたどり着く。それは未来からやってきた人間が書いているというブログだった。 いくぶん、胡散臭く思いながらも僕はその人物にメールを送ってみる。 すると、思いがけない展開が待ち受けていた。 失われた古代文明。火星文明との繋がり。タイムマシーン。

  • 小説
  • 短編
  • ファンタジー
  • 冒険
  • SF
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2013-05-14

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