月は呼吸する

恋に生きられはしない夜中。孤独もつめたい夜もひとりきりで乗り越えてそれでも生きていく。


 真夜中、ふと目が覚めると、言いようのない孤独と虚しさに襲われる。そして絶望。この世に生きているものはすべて死んでしまっていて、わたしひとりが、ただ息をしているだけではないかという錯覚。それは決して街灯の光や車のエンジン音なんかでかたづけられるものではなくて、わたしは途方にくれてしまう。
 こんなとき、恋人がいれば、と思う。恋人が居さえすればきっとその人は隣でやすらかな顔して眠っているに違いない。あるいは起きた私に気付いてなだめてくれるかもしれない。きっとその人がいるからベッドは二人分あたたかくて、寝やすいものになっていると思う。でもわたしには恋人がいない。一緒に暮らすペットすらいない。このアパートの私の部屋にあるのは観賞植物だけで、ちっとも合理的じゃない。さいきんいそがしくて構えなかったその観賞植物は水を与えすぎて枯れてきている。おととい買ってきた栄養剤も、どうやら効果はないらしい。観賞植物の世話すらまともにできないわたしが、恋人やペットの世話をするのは馬鹿馬鹿しい。結果が目に見えている。
 ちっとも温まらないベッドをあとにして、つめたい足で冷蔵庫に向かう。ライムジュースとコーラとラムで、キューバリブレを作ってしまう。味が濃いけど気にはしない。そのまま冷蔵庫にもたれ掛って、つくったそばから飲んでしまう。お酒を飲んだらきっと眠くなるだろう。きっと知らない間に明日が来ているだろう。そう思うしかない。
 真夜中、カーテンを開ける。バイクの音がする。乗っている人が本当に生きているのか疑わしい。夜中はすべてが夢の中のようで、現実があいまいになる。今わたしという人間がここに存在していることすら不安になってきてしまう。そうやって自分の過去を必死に思い出そうとすると、今ここに居るわたしの存在がこんどはもっとあいまいになっていく気がする。正気じゃない。
 あんまりにも月光がつよすぎるので目をやると、そこには大きすぎるくらいの白銀の月があった。青白い、つめたい月。きっと触ったら宝石みたいにひんやりしているのだろう。月はいつでもずっとそこにあるのだから働き者だと思う。日光なんかよりずっと。夜中までずっと働いて明け方に帰っていく勤勉な月。孤独な月。
「だれかいい人いないかなあ」
 なるべくなら、こんな寂しい夜中までずっといてくれる、そんな人がいいなあ。誰にも聞こえない程度の声で呟く。
 ほんのり酔った指先でつめたいお月様をはさんでみる。焦点がよく合わない目で見ているので、二重のお月様をなんど掴もうとしてもするり、するり、と手からこぼれ落ちてしまう。しまいになんだか悲しくなってきて、目からぼろぼろ大きな粒がこぼれ落ちてしまう。そのまましゃくりあげて泣いてしまう。
 好きなひとが結婚してしまった。思いを告げる暇もなかった。なんだかその人との将来を勝手に想像してしまっていた自分がみじめで、しかたなかった。
「どうすれば自分のすきなひとに好きになってもらえますか」
 精一杯声がふるえないようにそう聞いたのに、お月様は何も言わず、濃紺の夜空で呼吸を繰り返すだけだった。

月は呼吸する

月は呼吸する

  • 小説
  • 掌編
  • ファンタジー
  • 恋愛
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2013-05-14

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