俘囚の村

モテない男二人で訪れた温泉街で……。

『当選おめでとう! 温泉旅行ご招待』
 どんな男にも結婚相手を見つけてくれるらしいサイトの懸賞、どうせ当たるはずもないと思って申し込んでおいたらよもや当たるとは。さりとて男一人で行っても寂しいだけだろうと思っていたら、友人の金田君から電話がかかってきた。
「凄いぞ倉内君、温泉旅行が当たったんだ」
 金田君の弾んだ声が聞こえた。
「君もか、実は僕も当たったんだ」
 金田君と僕とは昔からの、いろんな意味での仲間であり同志だ。一緒に彼女を作ろう、そして童貞を卒業しようとずっと頑張っているつもりだ。とはいえ実際一緒にいる時は、ゲームとかマンガの話ばっかりなんだけどね。
「ちょうどいいね、一緒に行こうよ」
 彼の申し出に、僕は惰性で承諾した。
 
 そして出発の日、洗面台の前に立つとふやけたような三十男の顔が見えた。しまりのない口元、てかった額、どう贔屓目に見ても、もてそうには見えない。男は中身で勝負だっていうのは、いい男がいってこそのセリフだと思う。タンスを開けて、特に意識することもなく一番上にある服を出して着る。いつもおばあちゃんが買ってきてくれる服だ。パンツはグンゼのブリーフ、今日は着替えが必要だな。踵がぺっちゃんこの汚れたスニーカーを履いて、よれよれのズボンにシャツの裾を押しこんで、おばあちゃんに買ってもらった愛車「新型マーチ」に乗り、近所に住む金田君を拾ってさあ出発だ。
 都心を離れてアクアラインを渡りどんどん南下する。房総の奥の方に目指す旅館はあるようだ。狭い山道にはダンプカーが多く、彼らと進行方向が同じみたいでどうにも楽しくドライブとはいかない。道路脇に見えていた建造物はいつしか姿を消して、見えるのは樹木ばかりになってきた。見通しが悪い薄暗い山道にうんざりしてきた頃、ようやく視界が開けた。
 谷を下る道路から見下ろす先に目指す温泉旅館がある町が見えた。町というよりも村、寂れた感じが強いその村のはずれには煙突があって、黒煙が上がっているのが見えた。盆地にすっぽり収まった村の周囲を、無残に斬り裂かれて抉られた山の残骸が取り囲んでいて、そこにはひっきりなしにダンプカーが出入りしている。村に入って行くと薄汚れて塗装のはげた看板が多数あり、そこには『産業廃棄物処分場建設反対!』『焼却場建設反対!』『ダイオキシンを持ちこむな!』の文字が読めた。
「トイレに行きたくないかい?」
 唐突に金田君が聞いてきた。いつもそうなんだけど、彼がこの問いを発する時は、自分が尿意を抑えきれない時なんだ。それを指摘するのも野暮だ。
「オーケイ、トイレ休憩としよう」
 コンビニを探すがまったくない。田舎もここまでくれば大したものだ。辛うじて公園を発見して停車すると、金田君は脱兎の如く飛び出して便所に向かった。
 車から出て伸びをする、ふう、この村って退屈そうだな。ふと見ると、公園の隣は小学校のようであり、生徒たちの声が聞こえてきた。どうやら体育の授業か、或いは球技大会か、大勢の小学生が校庭にいた。なんの気なしに見る……近頃の女の子は発育がいいな、ししおきの豊かな胸がゆっさゆっさ揺れてどうにもこうにも卑猥な感じだ。
「どうなってんだよ、まったく」
 金田君は憤懣やるかたなさを露わにして帰ってきた。どうしたんだ?
「女便所しかないんだもん、しょうがないから我慢した」
「我慢してきたって? そこらへんでやっちゃえばいいじゃないか」
「そんな破廉恥なことができるかよ。誰かに見られたらどうするんだよ。俺の神聖な場所だぞ。生涯添い遂げると決めた運命の人以外には絶対見せないんだからな。それよりお前は何を見てたんだ?」
「え、いやその」
 金田君は小学校を見て、そして驚愕して言う。
「うわ、近頃の女の子って発育いいな」
「そうだろ、そう思うだろ」
 金田君は無駄に真面目で律義なところがあって、結婚相手に童貞を捧げるらしい。僕は理想の女性さえいればすぐにでも捨てちゃいたいんだけど、こればっかりはね。
 尿意を我慢した金田君を乗せて、とにかく旅館を目指すことにした。道行く人は女性ばかり、それもグラマーな女性が目立つ。ここってもしかして独身男性にとってのパラダイスなのではないだろうか? もしかしたら素敵な出会いがあるかもと、淡い期待を抑えきれない僕を誰が責められるだろうか?
「ねえ、ここって綺麗な女性が多いね。いい出会いがあるといいな。早く卒業したいし」
 なんの気なしに僕は呟いた。実は、誰にも言えない夢があるんだよね。僕に愛されたい女性の集団に追いかけられてみたいんだ。でもそんなの無理に決まっているから、誰にも言えないよ。
「そんな簡単に生涯の伴侶が見つかるとも思えんがな。そもそも俺はだな、童貞こそ美しく尊いものだと思っているのだぞ。いざ結ばれたら一生添い遂げる、その覚悟こそ男子の本懐だと思うがね。ってか早く行けよ。ちびりそうだ」金田君は偉そうに嘯くが、蹲りながらだから格好悪い。では旅路を急ぐとするか。
 あ! 危ない。僕は咄嗟に急ブレーキをかけた。着飾った老婆の集団が、うっとりとした表情で信号を無視して堂々と横断歩道を渡っている。危くひき殺してしまうところだった。
「危ないな、くそばばども。お前クラクション鳴らせよ」
 金田君は怒りをあらわにした。
「おいおい、ばばあなんて言っちゃだめだよ。お年寄りは大事にいないといけないよ」
 僕はおばあちゃんに大事にされて育ったからか、ちゃんとに敬老精神を持ち合わせているんだ。大事なことだよね。おばあちゃんってのは、とても優しくて思慮深い素晴らしい存在なんだよね。

 村はずれにその旅館はあった。築何年だろう? 耐震基準とか防火とかをまったく度外視して適当に増築を重ねた不格好な建物に二人して面食らう。本当にここだろうか? 疑う僕の目に「旅館 瑠々家」と書かれた看板が見えた。間違いない、ここだ。
 まわれ右をして帰ろうかと金田君に目配せをした瞬間、耳障りな音をたてて扉が開いた。
「いらっしゃい、もしかして金田さんと倉内さん? 私がこの旅館の女将を務めさせていただいております深海です」
 扉を開けて出てきたのは、とびっきりの美人だった。そしてその声はどこまでも澄みきっていて耳に心地よく、小川のせせらぎを思わせた。
いきなりの登場にどぎまぎしている僕は、女将さんの肢体の隆起を見てさらにどぎまぎする事になった。出る所の出具合、くびれる所との対比、モンドセレクション三年連続金賞ものだ。
「は、はい、僕が倉内でこいつが金田です。ちょっと早く来すぎたかな? あ、そうだ、こいつに便所貸してやってください。はは、は」
 無暗に緊張してしまい、しどろもどろになってしまった。こんな女性にはまったく免疫がないのだから致し方あるまい。
「ト、ト、ト、トイレ貸してください。あ、こっちですね、じゃ、行ってきますから」
 金田君はまたもや脱兎の如く飛び出した。しどろもどろ具合が僕と一緒だ、さすがは永遠のライバル。視線を女将さんに戻すと、女将さんは妖艶な笑顔を浮かべて話し始めた。陶器のように滑らかな肌、南国の海を思わせる瞳に吸い込まれそうな感覚を覚えた。
「この町に来てから何かおかしいと思いませんか? そうです、この町には女しかいないのです。十数年前、この町に焼却場ができてからこの町では女の子しか生まれなくなりました。そして男たちは恐れてこの町に来なくなったのです。これでは私達は滅んでしまいます。そこで、定期的に外部の男を招いて種付けしてもらう事にしたのです。私達に余計な病気を運んでくる恐れのない者を選んでの種付けです。あなた達がそうなのですよ。何も難しいことはありません。ただ、リラックスしてくださればいいのですよ。それでは長旅で疲れたでしょう。温泉に入り、御馳走を食べてくださいな」
――種付け? それってもしかしてあるいはいわゆる有体にいえば、あれのことか? その意味を理解した瞬間、僕の心臓はどくんと激しく唸り、血液が全身の血管内を激しく暴れまわるのを感じた。それにしても女の子しか生まれないとは……環境ホルモンによって女性化が進んだということなのだろうか?
 気もそぞろで温泉につかる。金田君は何やらアニメソングを歌っているようだ。僕はつい、種付けのことを言いそびれている。この事実を知ったら金田君はどう思うだろうか? 温泉を出てから切り出してみるとするか。
 あてがわれてある二階にある部屋に戻り、意を決して切り出そうとした時、とんとん、と扉を叩く音がした。返事をする間もなく扉は開き、割烹着を着た若い女性が夥しいまでの御馳走を持って部屋に入ってきた。うなぎ、牡蠣、自然薯、実に精力が付きそうなメニューだ。つい涎が出そうになり、お腹がぐぅと鳴った。
「さあ、たあんと食べてくださいね」
 割烹着を着た女性もまたグラマーであり、その笑顔も声も蠱惑的かつ傾城的、もしやこの女性とも? 淫猥な想像をする僕を誰が責められようか?
「いっただっきまーす! 腹減ってたんだよな。こいつは凄い御馳走だ」
 汚らしい咀嚼音を撒き散らしながら食い散らかし始めた金田君を尻目に、そうっと扉を開いて廊下に出て先刻の割烹着の女性の後ろ姿を見ようとしてみたが、彼女はとっくに階下に行ってしまったようで、残念ながら姿は見えなかった。
「なんだ~。今回はランクEか、それじゃあんなもんだよね。AとかSとかがいいんだけどなー」
 先刻の割烹着を着た女性の声が漏れ聞こえてきた。何を言っているのだろうか? こっそりと声のする方に行き聞き耳をたてると、複数の声が聞こえてきた。
「あの料理を食べると獣みたく本能丸出しになるのよね」
「今回の男はランクE、最低よね。なかなかランクAとか最高のSは来ないよね」
「でもまあいいか、選り好みはできないしね」
「早くやりたいけど、歳の順だからね」
「トップバッターのオババ様なんて喜寿だし、とっくにあがってんだからやるだけ無駄だと思うんだけど」
「オババ様といえば、もう待ちきれなくて部屋に行きそうなんだけど」
――ランクEって僕たちのことか? それよりオババ様って誰だ? 興奮と期待の熱がすっかり恐怖と失望に代わった僕は、来る時以上に物音を立てないようにこっそりと部屋に戻った。部屋には、御馳走を半ば平らげた金田君がいた。もはや躊躇している場合ではない。
「おい、金田、ここにいるとオババ様に襲われちゃうぞ。その料理食べると獣になっちゃうぞ」
 我ながら意味不明な警告であり、突っ込まれることは必至だ。しかし金田君は僕の言葉には反応せず、薄笑いを浮かべているだけだ。その目は充血していて知性を失っていた。
 その時、階段を上がってくる足音が聞こえてきた。こっそり覗くと、煮詰めたブルドックのような老婆が、全身死に物狂いで若づくりした格好で上ってくる。
「ほほほ、冥土の土産とはこのことかのう。またお宝拝めるとはありがたいのう」
――来た! オババ様だ。恐怖に全身を貫かれた僕は、咄嗟に押し入れに逃げ込み布団をかぶった。僕のこの逃げ腰を、臆病者だと誰が責められようか?
 ばたん、扉は開いた。どうか見つかりませんように、必死で祈る僕の耳に、服を脱ぐ音が聞こえてきた。
「ほれほれおぬしもさっさと脱がんかい。ワシが手伝ってやろう。ほほほ、ほう、可愛いのう。ワシの観音様がお待ちかねじゃあ、ほほほほほほほ」
 オババ様の随喜の嬌声が響き渡る。僕はただ恐怖に震えているだけだ。ごめん、金田君。
 金田君の喘ぎ声が聞こえてきた。畳が軋む音もする、金田君とオババ様の喘ぎ声がひときわ大きくなり、そして途切れた時、何かが砕け散ったことを感じた。
「ほほほ、これでまた若返ったわい。さて、ヨネさんに交代するとしようかね。あれ? たしか男は二人いるはずじゃなかったかのう」
――まずい、ばれてしまう。
「まあよいわ、ではヨネさんにバトンタッチじゃ」
 オババ様が階段を下りていく気配が完全に消えたのを確認して僕は安堵の溜息をついた。助かった。さて、これからどうしよう?
 そうだ、高齢者は金田君に任せておいて、若い女性が来た頃を見計らって僕が……だめだよ、そんな酷いことはできない。逃げよう、ちょっともったいないけど逃げよう。
 押し入れから出ると金田君は素っ裸だった。見たくないものトップレベルだといえるものを直視してしまったが、ぼやぼやしている暇はない。
「金田君、逃げようよ」
 声をかけたが金田君は反応しない、うすら笑いを浮かべたままだ。まずい、このままではヨネさんが来てしまうではないか。僕は脱ぎ散らかしてある服を取って金田君に着せ始めた。メタボ丸出しの胴体は重たいし、粘液で湿った下腹部は触りたくない、でも、大事な友達を見捨てて逃げるわけにはいかないんだ。せっせと服を着せようとするけど、あまり協力的ではない金田君のせいでちっともはかどらない。早くしないと、早くしないとヨネさんが来ちゃうじゃないか。焦りながらもなんとか服を着せて金田君を背負って、さあ出発だ。僕は大慌てで扉に向かう、その刹那。

 ばたんっ!

 唐突に扉が開いた。そして、そこには、乾燥器にかけたブルドッグに奇妙なペイントを施したような老婆がうっとりとした表情で立っていた。恐れていたヨネさん登場だ。
「おやおや、このワシを待ちくたびれていたようじゃのう」
 僕は問答無用でヨネさんを突き飛ばして逃走を開始した。敬老精神は持っているけど、今はそれどころじゃない。
「男が、男が逃げるぞー!、追え、捕まえるのじゃー! ワシに随喜の涙を流させてくれ」
 僕の背後から鶏を絞殺したような咆哮が聞こえてきた。ヨネさんの叫びに呼応するように、扉という扉が全て開いて大量の老婆が出現して行く手を阻む。
「おばあちゃん、ごめんなさい」僕は泣きながら老婆を突き飛ばして疾走する。背後から、大量の着飾った老婆が迫ってくる恐怖の中、ひたすら車を目指して泣きながら走る。
――女性に追われたい夢が現実になった! 敬老精神が崩壊だ!
 車に辿り着きなんとか車内に逃げ込んでエンジンをかけてアクセルを踏み込む。隣で寝ている金田君、僕より一歩先に大人になった彼の事を思いながら、満天の星空の下、房総の山中を、暴走して逃走するのだった。

俘囚の村

俘囚の村

ギャグです。 自己評価☆☆☆

  • 小説
  • 短編
  • ホラー
  • コメディ
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2013-05-13

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

Copyrighted