ミミの旅
一
右を見ても左を見ても、気の遠くなりそうな広い砂浜が拡がっていました。大きな石ころや岩もなく、ただ、寄せる波に洗われている砂浜です。ミミは、寄せる波音と、引いて行く波音の違いを聞こうとしていました。静かに聞いていると、確かに違って聞こえました。それは、砂の流れるような音にも聞こえ、水が砂に吸収されてしまうような音にも聞こえました。
ミミは女の子の名前です。漢字で書くと、【美美】と書きます。ミミは暫くの間波音を聞いていたのですが、まだ、右に行こうか左に行こうか迷っていました。人生には、こう言うことが時々あるものです。誰に頼ることもなく、どっちに行くか自分で決めるのです。直ぐ決められない時はどうすれば良いのでしょう・・・手掛かりになるものがあれば良いのですが、行く方向によって、随分違う人生を歩むことになります。でも、仕合わせとか不仕合わせとかは、その人の考え方によって違ったものになります。
波打ち際に、背面は灰青色、尾は長く暗色の白斑が並び、腹面は横縞模様の一羽の鳥がいました。さっきからミミの方を眺めていたのですが、ミミの様子が変なので心配していました。鳥は、ミミの所にやって来て言いました。
「どうしたの?」
「うん、迷っているの」
「何を迷っているの?」
「どっちに行こうかって・・・どっちの砂浜を歩いて行けば、私の考えていたことが分かるかって」
「何を考えていたの?」
「悲しみって、何故来るのか、何処から来て何処に行くのか、そして、乗り越えて行けるのかって」
「悲しみ?」
「そう、生きているって悲しくなる時がある」
「ふふん、人間って不便だね」
「不便って?」
「だって、そんなこと考えたって仕方がないよ」
「白い鳥さんは、悲しくなるときがないの?」
「悲しいときはあるさ、でも、悲しくたって辛くたって生きて行かなくてはならない」
「矢張り悲しいときがあるんだね」
ミミはホッとしました。鳥さんが鳴いている声は、何時だって悲しいように聞こえていたからです。
「どっちに行くのか決めた?」
「まだ分からない。ねえ鳥さん、まだお名前訊いていなかったわ」
「名前?」
「そう、あなたの名前」
「ツツドリのケイ、渡り鳥さ」
「ケイちゃんか、可愛いね」
「君はなんて言うの?」
「ミミ」
「ねえミミ、決まった?」
「いいえ、あなたとお話しをしていたんですもの、決まらないわ」
「黙っているね」
そう言ってケイは暫く喋りませんでした。寂しくなると、喋りたくなるときと静かにしていたいときがあるものです。ケイは、ミミがどの様に考えたのか知りたくて仕方がありませんでした。
「ミミ、決まった?」
「私、北に行ってみようかしら」
「北に?」
ケイは吃驚したように聞き返しました。これから寒くなるのに、北に行くと言ったからです。だって、鳥たちは寒くなると自然と南に行きたくなるからです。
「そう、北風に向かって歩いて行こうって決めたわ」
「北に向かう人は心が豊かで南に向かう人は貧しい。そう聞いたことがある」
でも、そんな難しいことを誰が言ったのか、ケイは覚えていませんでした。
「そうかしら?でも、もっと寒ければ南に行くのかも知れない。だって、強い北風に吹かれると立っているのさえ辛くなる。私、小さいので風に吹き飛ばされるとも限らない」
「僕はこれから南の島に行く」
「遠いの?」
「そうだね、何日も何日もかかる」
「そんな遠くに行くのに、何故、お弁当を持っていないの?」
「飛んで行くだけの体は鍛えてあるから大丈夫さ」
「ふうん、でも、遠くの島に行って何をするの?」
「ここだと寒くて死んでしまうから」
ケイの声は幾分沈みがちでした。
「寒いと生きて行くことが出来ない・・・」
ミミは独り言のように呟きました。
「ねえ、矢張り北に行くの?南に行くなら一緒に旅が出来るのに」
「そう、決めた」
「お別れだね」
「お元気で、ケイ」
ケイはミミの側をサーッと飛び立ちました。ミミの頭上を何度か旋回すると、そのまま南に向かって飛んで行きました。ミミは、砂浜を北に向かって歩いて行きました。冬になる前の季節だったので、まだ北風はさほど吹いていませんでした。
二
夕暮れが近かったので、ミミは一生懸命歩いて行きました。少し疲れたけれど、休むような所はなく、防波堤まで行き休むことにしました。防波堤は、台風の大波や、地震の津波などを防ぐ、コンクリートで出来た大きくて長いものです。その上を自動車が走るようになっていたり、散歩が出来るようになっています。でも防波堤が出来ると、海辺の環境が変わってしまうことを、理解している人は多くいません。
「こちらにいらっしゃい」
ミミの休んでいる所には、一本だけ黄色い花が咲いていました。ミミに話しかけていたのですが良く聞こえませんでした。
「私の側にきて!」
「だれ?」
「私よ」
「あなたなの、私を呼んだのは?」
「そう、やっと聞こえたのね」
防波堤から、海岸に下りる階段の隅に、一輪だけひっそりと咲いていたのは西洋タンポポでした。
「タンポポさん、お仲間いないの?」
「私だけ」
「寂しくない?」
「寂しくても、寂しくなくても関係がない。始めから独りぼっちで芽が出て咲き出したんだもの」
「そうかしら」
「自分で選んでここに来た訳ではないわ。風に飛ばされて来たけれど、私の仲間は海の藻屑になってしまった」
「海の藻屑って?」
「海の中に沈んでしまい、芽を出すことも、花を咲かせることも出来なかったこと」
「生きていないのかしら?」
「もう、生きていないでしょうね」
「悲しい?」
「ええ、私の周りには何もなければ友達もいない。時々小さな虫が遊びに来るけれど直ぐ行ってしまう。仕方がないから毎日毎日海を眺めている。夏の間は、子供たちや大人が海水浴に来るから寂しくないけれど、秋も終わりになると、訪れる人などいない。波音だけ聞いていると寂しくなるわ」
「あなた、何処から来たの?」
「日本には関東タンポポ、関西タンポポ、シロバナタンポポなどあるけれど、でも、私の生まれはヨーロッパ、遠い、遠い国」
「地図で見たわ、フランスやイタリアのある国から来たの?」
西洋タンポポは少しだけ困った顔をしました。だって、本当はヨーロッパのことなど知らなかったからです。
「ええ、私も知らない遠い国、帰りたくても帰ることなど出来ない」
「悲しくならない?」
「少しはね」
と、タンポポは何時も思っていたことを言いました。でも、ミミには、心の内まで分からないだろうと思いました。
「私、悲しみが何処から来て何処に行くのか知りたい。そして、乗り越えられるかしらって」
「悲しいことなんて忘れるに限るわ」
と、些か突っ慳貪に言いました。だって、ミミの言ったことが意外な気がしたし、小さい子供なのに、悲しくて辛い自分のことが言われたような気がしたからです。
「だって、忘れられない悲しみだってあると思う」
「耐えるしかないわ」
「耐えられないときはどうするの?」
「私たちは自分の足で動くことなど出来ない。人間のように、自由に好きな所にだって行けない。風任せの旅を続けているだけよ。ミミは人間だから私のことなんて分からないわ」
「私はあなたのことが分からないの?」
「そうよ」
「悲しいわ」
「分かって欲しくない。悲しいことなんて考えていられない。生きることで精一杯」
「一生懸命生きていれば、悲しいなんて考えられないってこと?」
「海の水がここまで来ないかな、台風の風は吹かないかな、冷たい霜は降りて来ないかな、子供が来て摘み取られないかな、踏み潰されないかなって、毎日毎日考えることばかり。でも、今日はミミが来て私と話をしてくれた。だから少しも悲しいことなんてない。でも、明日になれば分からない。だって、明日のことなんて誰にも分からない」
言いたいことがあるのに、独りぼっちで生きてきたことが走馬燈のように思い出されました。でも、言いたいことを言ってしまえば涙が出てくるし、その後、どう繕えば良いのか分からなくなってしまいます。
「一日無事に過ごすことが出来ました。お休みなさい、ミミ」
と、タンポポは独り言のように呟きました。ミミは、タンポポさんともっと話がしたいような、これ以上話をしてはいけないような気持ちになりました。辺りはすっかりと暗くなっていました。
三
その夜は星が綺麗に輝いていました。ミミは少しだけ寒かったので体を丸めて星を眺めていました。始め少しだった星も、辺りが暗くなるに従って増えてきました。でも、本当は増えてきたのではなく、ミミの目にもよく見えるようになってきたのです。
夏の宵、日本海の浜辺では、宝石箱をひっくり返したように満点の星々が輝き地平に零れ落ちます。その美しいことと言えば、見た人にとって生涯忘れられない思い出となります。地平線の彼方に、真っ赤に燃えた大きな、大きな夕陽が沈み、暗くなり始めた空に、煌めくような星が拡がるのですから、自然というものは格別のことかも知れません。人間は美しいものを見なくてはなりません。特に子供の頃は、美しいものに出会うことによって、大人になってからも、美しいものを美しいと感じることが出来るようになるのです。
お話を戻さなくてはなりません。タンポポさんは疲れていたのか、いつの間にか眠ってしまいました。南の中天には、くじら座が光っています。その中心に光を変えて行く星、ミラが輝いていました。
「ねえ、あなたの名前を教えて!」
と、ミミは語り掛けました。
「ミラ、ステラ」
「素敵な名前・・・」
「みんなから、不思議な星って言われているのよ」
「何故なの?」
「私は十一ヶ月の周期で明るくなったり暗くなったり、光り方が変わる星」
「星の光って変わらないと思っていたのに、ミラは変わってしまうの?」
「そうよ、脈動変光星って言うの。周期的に赤色が変わり、明るくなったり暗くなったりすることよ」
「不思議だね。所でミラにはお友達が沢山いる?」
「ええ、夜になると空一杯に拡がって出てくるわ」
「どんなお話をするの?」
「お別れしてもまた会いましょうねとか、もっともっと遠いところを旅行してみたいとか、色々するわ」
「では、寂しく感じることって無いの?」
「そうね、あるかも知れないし無いかも知れない」
「どっちなの?」
「寂しいと思えば寂しい、寂しくないと思えば寂しくない。きっと気の持ちようではないかしら?」
「分からない」
「つまりね、本当は寂しいのかも知れない。でも、その寂しさを心の中に隠してしまう。そうすれば寂しいことを忘れられる」
「でも、矢張り寂しいことに変わりがない」
「寂しいことを、何時も顔に出している訳にもいかないでしょ・・・怒っている顔も、可笑しくて笑っている顔も、悲しくて涙を流しそうな顔も、辛くて仕方のない顔も、嬉しいときの顔も、詰まらないと思う顔も色々あるけれど、そのまま顔に出す訳にはいかないの」
「演技をしているの?」
「そうね、仕方なく演技をしているのかも知れない。星たちの間でも、人間たちの間でも、自分の気持ちをそのまま顔に出せばトラブルが始まるでしょ?大人は大変不便で遣り切れなくなるときがある。でも、自分の思いのまま行動する訳にはいかない。周囲に気を使って行動しているの」
「何故なの?」
「長く付き合って行くためには、そうしなければならないの」
「私、自分の思ったことは何でも言える」
「ミミは子供でしょ、自分の好きなようにしても、他に影響しないから誰も何も言わない」
「それって、寂しいこと?」
「そうかも知れない。でも、何時かは大人になっていく。そうなったとき、私の言っていることが分かると思う。でも、それは分かるだけで良いのよ」
「私は一生懸命生きている。他の子たちだって同じと思う。それなのに大人たちが本当のことを言わないのは嘘つきよ。ねえミラ、ミラって本当は寂しいんでしょ?」
「でも、大丈夫」
「素直になるって大切なことでしょ?嘘をつかないって大切なことでしょ?」
「ええ、きっとミミの言う通りよ」
「私、寂しくて仕方がないときがある」
「何故なの?」
「だって・・・」
ミミは、お母さんのことを思っていました。
「辛いことがあっても、寂しくても、悲しくても一生懸命生きることが出来る、そんな大人になって欲しいと思う」
と、ミラが言ったとき空が陰ってきました。ミミが思案下にしていると、少しずつミラを隠して行きました。消えて行くミラに、ミミは慌てて、さようならと言いました。
四
翌朝目覚めると近くでコソコソと音がしていました。始め、寄せる波音だろうと思っていたのですが違いました。小さな虫たちが、せっせせっせと働いていたのです。
小さな虫は、海岸が整備される毎に数を減らしていました。小さな虫のなかには、その場所でしか生きられない、その場所を離れてしまうと死んでしまうものもあります。きっと、その場所にはその生き物にとって、生きるためのなくてはならない栄養素や、小さな虫に適応する環境が整っているのかも知れません。でも人間は、自分たちの都合の良いように、環境や自然を変え、小さな虫のことまで考えません。防波堤や、干潟の埋め立てなど護岸工事をして、自然災害から自分たちの家や道路を守ります。
「あなた達、こんなに早くから何故働いているの?」
「一日は直ぐ終わってしまうよ。お日様が東の海から顔を覗かせれば、せっせせっせと食事して、日が沈んだ後は土の中で眠る。それが僕たちの日課さ」
「だって、始まったばかりじゃないの?急いでも仕方がないわ」
「忙しくしていないと直ぐ終わってしまうよ」
「私、ミミって言うの。あなた達の名前は?」
「失礼だな、君は僕に話し掛けているのか、みんなに話し掛けているのか混同していない?」
「ご免なさい。勿論あなたによ」
「僕たちはコメツキガニ」
「小さいのね」
「余計なお世話だ。小さくなりたくて小さいのではない。大きくなりたくて大きいのではない」
「ご免なさい。そんな積もりで言った訳ではないわ。ねえ、直ぐに怒らないで!」
「怒った訳ではないよ」
「何故、そんなに忙しくはさみを動かしているの?」
「ごはんを食べているのさ」
「砂を食べているみたい」
「砂の中にある有機物を食べている」
「難しいんだね」
「僕たちはここでしか生きられない。砂が無くなると生きることが出来ない。ミミ、許容量って言葉知っている?」
「知らない」
「例えばコップに水を入れる。でも、いっぱい容れ過ぎると溢れてしまう。水はそのコップの許せる範囲までしか入らない。それを許容量って言う」
「分かったわ、形のある入れ物は許容量があるってことね。でも、形のないものは?」
「ここは砂浜、僕たちの生きる場所で、この砂浜以外生きる場所はない。そして生きられる数も決まっている。それを生き物の許容量って言う。自然には自然の許容量がある。それを無視することも変えることもできない。しかし人間は、自分たちの許容量のみ考えて、僕たちのような小さい生き物のことまで考えない」
「そうかも知れない」
「僕たちにとって、この砂浜は生きるための絶対条件である。しかし僕たちがこの砂浜から消滅しても自然は変わらない。僕たちが生きていても、他の生命に影響を与えることはない。自然サイクルの中で、何ら役目を持っていない。そう言う空しさが分かる?」
「そこに生きているだけで価値があるのに、その事を誰も考えていないこと?」
「そう言うこと。しかし必要なことには価値がある。必要とするときに価値が生まれる。人間って、そんな風にしか考えない。僕たちは同じように生きているのに、人間には必要とされない。意味のない生き物としか見られていない」
「私も同じ人間」
と、ミミは小さな声で言いました。
「僕たちにも生きるための許容量がある。だって、食べなくては生きられない。縄張りの中で食べ物を探している。でも、集団で生きなくてはならない」
「集団で?」
「単一でも生きられるのが個、単一では生きられないから、仲間と一緒に生きるしかないこと」
「仲間がいるって楽しいことだと思う」
「そうだね」
「まだ、名前を聞いていなかったわ」
「ただのコメツキガニで良いよ」
「何時もはさみを動かしているコメツキガニさん。少しは休んだ方が良いと思います」
「僕たちは、ただ単にはさみを上下に動かしているのではない。君から見ればそう言う風に見えるかも知れない。でも、生きるために動かしている。仲間たちと、仲間であることを確認しあっている。人間たちには分からないと思う」
「でも、私は好きよ」
「ミミ有り難う。もうすぐ潮が満ちてくる。僕たちは巣穴の中に入ってしまうから、さようならを言わなくてはならないね。それからね、心の持ちようや、考え方一つで許容量は幾らでも拡がることを忘れないようにね」
「許容量のこと大切に憶えておきます」
そう言ってミミは海の方を眺めました。確かに海面が高くなり、ミミの足許まで海水が押し寄せていました。
五
ミミは北に向かって歩いて行きました。ミミの決断は北に向かうことを決めたのです。途中海に流れ込む大きな川があり、深そうだったので渡れそうにありません。ミミは川を越えるために上流に向かって歩いて行きました。暫く行くと橋があって、橋の袂に公園がありました。ブランコが目に付き、乗りたくなって公園の中に入って行きました。
ミミはブランコに乗って風と遊んでいました。側で小さな囁くような声が聞こえました。ミミは、何かな?って思い、近くを見回しました。生け垣の下にビー玉がひとつ転がっていました。
「ミミ、こっちに来て!」
ミミはブランコから降り、生け垣の側に寄って行きました。
「何故、私の名前を知っていたの?」
「風さんと話していたのを聞いていたよ」
「なあんだ、そう言うことか」
「ミミ、何処に行くの?」
「分からないわ、あなたは何故そんなところに転がっているの?」
一瞬、ビー玉の顔は曇ってしまいました。
「私、訊いてはいけないことを訊いたのかしら?」
「ううん、捨てられたのさ」
「捨てられた?」
ビー玉は話そうか話すまいか迷っているようでした。これまで誰にも話したことのない話でした。
【・・・昔、昔のことです。太平洋を望む房総の海の近くに一軒の家がありました。お父さんは漁師で、お母さんは近くのスーパーに勤めていました。その家には、男の子が二人いました。お兄さんの名前は健太、弟は裕太と言いました。港町には、秋になると神社のお祭りがありました。健太と裕太はお祭りに行き、玩具屋さんの前で話をしていました。
『裕太は何を買う?』
『健太兄ちゃんは?』
二人はポケットに手を入れ、持っているお金を確かめました。玩具の他に綿菓子が欲しかったからです。綿菓子は食べてしまうと無くなりますが、それだと寂しくなることを知っていました。
『どれにしようか・・・』
『どれにしようか・・・』
二人とも同じように悩んでいました。悩んでいたけれど、欲しい物はどうしたって欲しくなってしまいます。
『豆自動車』
『ビー玉』
綿菓子は二人で半分ずつお金を出しあって買いました。そして急いで家に帰りました。
『良かったね』
『綿菓子、美味しいね』
と、二人は嬉しそうに言いました。健太と裕太は、豆自動車で遊びビー玉で遊びました。でも二、三日経つと他の遊びに夢中になってしまい、当然のことのように、豆自動車もビー玉のことも忘れてしまいました。たまたま兄の健太が、僕をポケットのなかに入れ遊びに出掛けた日がありました。公園でブランコに乗っているとき、僕はポケットの中からポロリと飛び出してしまいました。健太君はそんなことに気付くこともなく帰って行きました。それから一回も探しに来てくれませんでした・・・】
と、ピー玉はポツリポツリと語り終えました。
「そうだったんだね」
と、ミミは少し複雑な顔をして言いました。
「必要な時間子供たちは玩具で遊ぶ。でも、時間が経つに連れ忘れられていく。仕方のないことなんて無いと思っていたけれど・・・でも、ミミが拾ってくれた。ねえミミ、捨てないで!今度捨てられるようなことになれば、僕は何を信じて良いのか分からない」
「でも、別れは何時かやってくるのかも知れない」
「そうだね」
「そのときって、矢張り悲しいのかしら?」
「別れではなく、忘れられていくことが悲しいことだと思う。別れはまた会えること。でも、忘れられると二度と思い出されない」
「悲しいことね」
「僕たちみたいな玩具なんて、お金があれば何時でも手に入る。そして忘れられる」
「そうかしら?」
「ひとつのことを大切に出来る人は、他のことに対しても愛情が持てる。何時までも心の奥にしまっておくことが出来る」
「私もそんな風になりたい」
「ミミ、僕のこと忘れないで・・・」
ひとつのことや物を大切にするって、なかなか出来ないことです。でも、それは固執することではありません。子供の頃大切にしていたことも、大きくなるに連れ忘れられていきます。仕方のないことかも知れませんが、そんな風にはなりたくないと思います。
ミミは、そっとビー玉を拾ってポケットに入れました。そして、大切にしようと思いました。
六
ビー玉と話をしていたので、辺りはすっかり暗くなり少し寂しくなりました。ミミはベンチに戻り、リュックサックの中からパンを出して食べ始めました。
まだ、皆さんにはミミのことを話していませんでした。
ミミは海辺の小さな町に住んでいました。お父さんと二人だけの生活です。そのお父さんも、漁に出掛けると二日は帰って来ないときがありました。そう、お母さんは、ミミが今よりも小さかった頃に亡くなっていました。そんな訳で、ミミは、何時も何時でも家で独りぼっちでした。今回もお父さんが漁に出掛け、寂しくなってしまい、旅行をしようと思って出掛けたのでした。旅行に行くには、目的地や泊まるところを考えなくてはなりません。でも、ミミはまだ子供だったので、サンドウィッチや、お菓子や、ジュースをリュックサックに詰め出掛けてきたのです。
夜の公園は街灯が赤々と燃え、光に誘われ、寄ってきた虫たちが話をしていました
「俺たちの一生も夏と共に終わるな」
と、一匹の蛾が言いました。
「光の周りをぐるぐると回っているだけで、何故回っているのか知らない俺たちは何だろう?」
と、他の蛾が答えました。
「俺たちは六千種類も仲間がいて、蝶とも同じ種類らしい」
「そんなにいても仕方がないだろう」
「鱗翅類(りんしるい)と言うことだが、学者たちが名前を付けた」
「何れ研究材料だろう」
「生まれた時から人間たちとって害虫に過ぎない。成長すればまた殺虫剤を散布され駆除される」
「何のために生きているのか分からないな、蝶と同じ仲間なのに随分と待遇が違う」
「山には木々が青々と茂り、幼虫の時はその葉を食べる。でも、全ての葉を食べ尽くしてしまう訳ではない。葉を食べることで、こんもりとした茂みにも日が射す。それは、小さな木々や花の芽にも光を与えることになる。でも、人間たちはそのことを知らない。木の葉が茂り過ぎれば林の中は風通しが悪くなり、太陽の光が届かず、木々が病気になり森林を滅ぼす。枝が密生すれば自然発火による山火事も発生する。俺たちの幼虫が木の葉を食べることは、自然界のバランスを保つための重要な仕事だと知らない」
「人間たちは自分の都合の良いようにしか考えない。それが間違っていたとしても反省しない」
ミミは蛾たちの話を聞いていました。
「それぞれ生き物には大切な役目がある。それを人間たちは知らない。植物も動物も、俺たちのような昆虫も生まれては死んでいく。しかし人間たちによって殺され、二度と甦ることのない動物や植物も沢山いる」
「自然環境が破壊され、乱獲され、家畜や移入された動植物など、人為的なことによって死滅した仲間たちの冥福を祈る」
「そして、何時の日か俺たちも、人間の行為によって死んでいく」
「何もない地球になってしまうな」
ミミにはとっても難しい話でした。でも、難しいからと言って聞かない振りをする訳にもいきませんでした。そして、思い切って蛾たちに話し掛けました。
「ねえ、自然って何?害虫って何?死滅って何?学者って何?地球って何?家畜って何?冥福って何?」
側に小さな子が居ることにも気付かなかった蛾は吃驚しました。
「君は?」
「ミミ」
「人間の子供だね」
「あなた達の話を聞いていたけれど難しくて分からない」
「俺たちは一生懸命生きている。でも、生きているって何だろうと考えることがある。小さな虫や動物は無視され、人間たちは自分の都合の良いように自然を変えていく。俺たちだって、頑張って生きていることを分かって欲しいときがある」
「誰も分かってくれないの?」
「何時だって、生きる場所なんて有りはしないよ」
「だって、まだ自然があるでしょ?」
「有りはしない。海も森も高い山の中にも人が住み生活している。山を崩し、道が出来車が走る。既に自然なんて無い」
「人間たちが悪いことをしているのね」
一匹の蛾がミミの質問に答えました。
「ミミの生きている現在は、ずっと昔、昔から続いていた。そう、何億年も何十億年も昔から続いていた。誰が創ったのか知らないけれど、今、ミミが住んでいるところが地球、その地球には沢山の動物や、昆虫や、植物が毎日毎日一生懸命生きている。みんな必要があって生まれてきた。不必要な物など、この地球には何一つない。それどれが何らかの繋がりがあり、生きていくために助け合い、闘い、進化してきた。その一番高いところにいるのが人間たちである。人間に勝てる生物など地球には住んでいない。人間は、その知恵と力で地球を支配している。蛾も、蛙も、ライオンも、熊も猪だって太刀打ち出来ない。ミミ、空気は誰が作っているの?車のガソリンは何処から出てきたの?綺麗な川や海はどうして出来たの?蒼い空は何故、何時までも蒼くいられるの?ミミ、これからいろいろ知らなくてはいけない」
そう言って蛾はミミの方を見ました。ミミはまだ小さかったので何と答えて良いか分かりませんでした。時間が過ぎ、静かな夜が更けていきました。蛾たちは相変わらず街灯の周りをクルクルと回っていました。
七
朝になりました。昨日の夜、街灯の周りを回っていた蛾たちは、すっかりいなくなりました。でも、ミミの心の中には蛾たちの言った言葉が残っていました。
ミミは橋を渡り、川に沿って海辺に下って行きました。昨日上った数だけ下ったならば、そこは、川を越えた海岸でした。そしてまた、海岸線を北に向かって歩いて行きました。風が吹いてきました。初め西風が、次に東風が、そして最後に正面から北風が吹いてきました。ミミは風の声を聞いていました。そして、何故旅に出たのか考えました。旅の中で、悲しみについて考えようと思っていたのです。
「ねえ風さん、何故そんなに向きばかり変えているの?」
「私は北風、寒くない?」
「寒くはないけれど・・・少しだけ寂しい」
「そうね、人間たちは寒くなると心まで寂しくなる」
「春って喜び、夏って楽しさ、秋って悲しみ、そして冬は寂しさなのかも知れない」
「寂しいときには、お家に帰ると良いわ」
「でも・・・」
「ミミは何のためにここまで来たの?」
「何故悲しくなるのか、そして、悲しみは何処から来るのか考えていた。でも、分からない」
「春は、冷たい冬を耐えた草や花たちが芽を出してくる。夏に木々は大きくなり、青々とした葉が茂り、秋に実を付ける。そしてまた、雪が降り始め北風の吹く冬がやってくる」
「何があるの?」
「毎日同じことを繰り返しているのに過ぎない。でも、その中に仕合わせや悲しみなど生活の全てがある」
「私の仕合わせも?そして、悲しみも?」
「そう思う」
「悲しみは、春にも夏にも秋にも冬にもあるのね」
「ミミって何か素敵ね」
「素敵って?」
「一生懸命考えて、一生懸命生きているミミが好きよ」
「有り難う」
「豊かな心を持たなくてはならない。優しくなければ、寂しさも悲しみも理解することが出来ない。ミミが大きくなるに従って、沢山沢山勉強して、本を読んで、音楽を聴いて、友達を作り、色んなことに挑戦して、毎日毎日生き生きと頑張らなくてはならない。そうすることで、心は段々豊かになり、一つ一つのことが理解出来るような人間になる」
「心の中に色んなお部屋を持つこと?」
「そうよ、悲しみや寂しさを知らなくては人を愛せない。楽しさや喜びを知らなくては人を理解できない」
「悲しみや寂しさを知らなくては人を愛せない。楽しさや喜びを知らなくては人を理解できない」
ミミは、北風の言葉を繰り返しました。
「そうよ、ミミはそのことがきっと分かるようになる」
「そして、南風も東風も西風も北風さんも必要なことね」
と、ミミは言いました。
「ミミ、もう行かなくてはならないわ、さようなら、元気でね」
そう言って北風は去って行きました。ミミは北風の言葉を心の中で何度も何度も繰り返しました。
ミミは少し疲れたので砂浜に座り込みました。そこにカラスがやってきました。
「あなたはカラスね」
「そうだよ、ハシボソガラスのコタロウ」
「コタロウって、可愛い名前、でも本当に黒いのね」
「黒いのは仕方がないね。でもミミ、何で悲しそうな顔をしているの?」
「悲しみについて考えていたの」
「僕は一年中悲しいよ。何処に行っても石を投げつけられ、棒きれを投げられる」
「虐められるの?」
「僕は何もしていないのに、色が黒いだけで忌み嫌われる」
「ミミはあなたのお友達だもの、虐めないわ」
「うん、でも、ミミの悲しみってなに?」
「悲しみって、お母さんのことかも知れない。何時もお父さんと一緒に居るけれど・・・私にはお母さんが居ない。私のお母さんは何処に行ってしまったの?」
「ミミのお母さんは・・・」
と、カラスは言葉に詰まってしまいました。
「僕にはお母さんが居たけれど、僕が空を飛ぶことが出来るようになってからは会うことはない」
「会いたくないの?」
「会いたいよ。でも、それが自然の掟さ。だから僕は僕なりに一生懸命生きている」
「一人でも生きることが出来るの?」
「大丈夫、何とかなるさ。元気を出して頑張るんだよ」
そう言って、カラスは山の方に飛び去っていきました。途中振り返ると、『ミミのこと大好きだよ』と言っているように聞こえました。ミミは、何だか心がとっても暖かくなってきたように感じました。
八
風と、カラスと話をして、ミミは少しだけ勇気と元気が湧いてきました。そしてまた北風を受けながら歩いて行きました。砂浜も所々小さな石粒に変わっていました。石と石との隙間に何匹かの小魚が泳いでいました。
「こんにちは」
と、ミミは声を掛けました。
「こんにちは」
と、魚が答えました。
「こんなに北風が吹いていて、ねえ、寒くない?」
「何時も水の中にいるから、風が冷たいのか分からない」
「水の中って暖かいの?」
「冷たいよ」
「冷たいのに平気なの?」
「水が暖まると僕たちは死んでしまうよ」
「私は温かいお風呂が好き」
「僕たちは風呂に入っている訳ではない」
と言って、魚は少し厭な顔をしました。
「ご免なさい、私の都合だけ言って」
と、ミミは謝りました。
「海の上を風が渡り、海水を冷やしてくれる。太陽だけ照っていたのでは、海の水だって暖まってしまうよ」
「海って広いね」
「お母さんが言っていた。広すぎて危険が一杯あるって!」
「でも、あなた達は何故そんなところにいるの?」
「お母さんが静かで安全な場所に産んでくれたのさ。僕たちはまだ小さいし、大きな海では上手に泳ぐことが出来ない。冬が終わるまでここにいて、春になれば大きな海に出て行く。その為には、もっともっと泳ぐことが上手にならないといけない」
「練習をしているのね」
「そう、それも一生懸命やらないと大きな波に飲まれてしまう」
「台風だってくるかも知れない」
「負けないように頑張るよ。そして、世界中の海を泳ぐんだ!でも・・・」
と言って、小さな魚は黙ってしまいました。きっと不安だったのかも知れません。大きな海は危険が一杯で、大きな魚が泳いでいるのですから。
「頑張ってね」
そう言ってミミは別れました。暫く海岸を歩いているとヤドカリに会いました。
「あなたはヤドカリさん?」
「そうだよ」
「私ミミ、ねえヤドカリさん、何をしているの?」
ヤドカリは巻貝の空き殻に入って生活をしています。成長するに従って、大きな貝殻を見つけては引っ越すことを繰り返している甲殻類の仲間です。
「自分に合いそうな貝殻を探している。今の貝殻では体に合わなくなってきた」
「私が大きくなり、今までの服が合わなくなって、新しい洋服を買うことと同じね」
「そうだね」
「ねえヤドカリさん、あなたは一人で寂しくない?」
「寂しくないよ」
「お友達はいるの?」
「居ないよ」
「独りぼっちなの?それでも寂しくないの?」
「平気さ」
「何時も一人で居るなんて私には出来ない」
「ねえミミ、成長って分かる?」
「良く分からない」
「僕たちヤドカリは、人間や他の動物のように姿、形を変えて成長することはなかった。長い年月同じままでいて、腹部の外骨格が退化して柔軟になり、他の足も退化してきた。それに、入った貝殻の巻きに応じて左右が違ってきた。つまり、進化して成長することはなく、入った貝殻に順応するしかなかった。それは、寂しいことかも知れないね」
「私が新しい洋服を買うこととは違うこと?」
「ミミはこれから大きく、大きく成長して、一生懸命勉強して、高校や大学に行かなくてはならない。順応することは少しも進歩しないことだよ」
「私は、今の私でなくなるの?」
「大きくなっても、心の中が変わらなければ一番良いことさ。ミミはそんな大人になると思う。そうなれば、何時までも素敵なミミのままでいられる」
「有り難う」
と言って、カドカリさんと別れました。少し疲れた足取りだったけれど、ミミはまた北風を受けながら歩き出しました。
九
リュックサックの中身も少なくなってきました。でも、その分歩くのも楽になりました。暫く歩いていると、石ころだった海岸も変わり大きな岩が幾つも幾つも重なってきました。小さなミミにとって、歩くのは難儀でした。自分の背丈より高い岩をよじ登って行くと、目の前に灯台が見えてきました。灯台というのは、夜になると光を発して船が安全に航海できるようにする大事な役目を持っています。懐中電灯と同じようなものです。
その日、ミミは灯台の真下で休みました。北風が少しだけ冷たくなってきました。ミミは灯台に話し掛けました。もうすぐ夜になり、朝まで忙しくなることを知っていたからです。
「ねえ、何時も独りぼっちで寂しくない?」
「もう慣れたよ」
「独りぼっちって、慣れることが出来るの?」
「同じ場所に、幾つも灯台があっては役をなさない。次の灯台がある場所は、ここから三十キロ以上も離れている。話をしたくたって声は届かないよ」
「そんなに遠いの?」
「それに、そこまで行く道だって有りはしない」
「そうね」
「所で、ミミは何故ここまで来たの?それも、一人で歩いてきた訳を聞きたいな」
「分からない」
「寂しくなってしまったから?」
「そうかも知れないけど、違うような気もする。私にはお友達がいない。それに、お父さんはお仕事に行き何日も帰らない。でも、一人で居ても寂しくなんか無かった」
「ミミは強い子だね」
「あなただって、毎日毎日独りぼっちで頑張っている」
「僕を頼りにしている人たちがいる。進路を間違わないように、距離を間違わないように、位置を間違わないようにと、僕が見えただけで安堵するって」
「ミラと話しをしました。昔の船は、星の光で自分の航路を決め、目的地に向かって航海していたと!」
「現在は、針路計や海図を見て目的地に向かっている」
「難しくて良く分からないけれど、船の事故がなければ良いね」
「灯台も、その目的は船同士の事故が起きないように、座礁しないようにしている」
「私も灯台さんのようになりたい」
「なれるさ」
「頑張るね」
「灯台には、色や形、灯火の明るさや点滅周期など違いがある。それに、レンズの大きさで役割が決まっている。光の届く距離を光達距離と言って、日本の海図の上に載っている」
「難しい」
「船が安全に航海できるようになっている」
「嵐の時はどうするの?」
「嵐の時も光は出しているよ。灯色は白色、紅色、緑色などに光っていて、遠くからも見えるようになっている」
「色んな灯台があるんだね」
「もうすぐ僕も光を出すよ」
「私はあなたの側で眠ることにします。ごめんね」
「ミミを守って上げる」
「うん」
と、言ったとき灯台は光を放ちクルクルと回り始めました。ミミはもう話し掛けてはいけないと思いました。その日は、下弦の月が南西の空に出ていました。ミミは月を見ながら明日はお家に帰ろうと思いました。一人の旅は矢張り寂しかったのかも知れません。
ミミは長い夢を見ました。それはお母さんが未だ生きていた頃の夢でした。お母さんは夢の中でミミに語り掛けました。
『ミミ、寂しくなかった?』
『だれ?お母さんなの?私のお母さんなの?』
『そうよ』
『お母さん、私は寂しくても我慢していられる。でも、もう会えないの?』
『ミミに会うことは出来ないけれど、何時も、何時でもミミのことを見守っている。少しだけお掃除や片付けが出来るようになり、少しだけ料理も作れるようになった、そんなミミのことが大好きよ』
『でも、会いたい』
『ミミはこれまで一生懸命頑張ってきた。辛くても、寂しくても負けない子だった』
『私、優しくなれる?』
『ミミ・・・ミミは自分の全てで見ようとする。それがミミの一番良いところ』
『私、これから一生懸命頑張る』
夢の中でそう言ったとき目が覚めました。南の空に見たこともないような明るい光を放つ星が見えました。その星に向かって、ミミは小さな声でお母さんと呟きました
十
ミミは灯台にお別れを言って、北に向かうか、南にある自分の町に帰ろうか迷っていました。
リュックサックの中身は空っぽになり、お腹はとっても空いていました。でも、もう一度リュックサックの中を探してみました。リュックサックには、幾つものポケットが付いていて、そのポケットのひとつにチョコレートの欠片が入っていました。ミミはとっても嬉しくなりました。思いがけず一等賞が当たったような、そんな喜びと同じです。ミミは大きな岩に腰掛けて、ゆっくりとチョコレートを食べました。そして、もう少しだけ旅を続けようと思いました。自分が何を探そうとしていたのか、はっきりと分からなかったからです。
ミミは一生懸命歩いて行きました。左側の、遠くの方に木が茂っていることに気付きました。少しだけ、おかしいなと思いました。でも良く分からなかったので辺りを見渡しました。すると、その向こうに大きな橋が見えてきました。海に橋が架かっていると思ったのですが、海に架かった橋ではなく、ミミは自分の家の方に自然と向かって歩いていたのです。確かに見覚えのある景色で、いつの間にか、自分の家の近くまで来ていたのです。ミミは何となくホッとしました。動物や鳥が、仲間や自分の家に自然と帰るような帰巣(きそう)本能が働いていたのかも知れません。そして、ホッとしたのは、歩き疲れて寂しくなっていたのかも知れません。
家まで後少しでした。ミミは今日までのことを思い出しました。寒いと生きることが出来ないと言っていたツツドリのケイは、無事南の島に着いたのか・・・。寂しい海岸で、独りぼっちだけど精一杯生きている西洋タンポポさんは元気にしているのか・・・。本当のことを求めて生きなくてはならないと言っていたミラ・・・。自然の許容量と、私自身の許容量を大きくするようにと教えてくれたコメツキガニ・・・。今もポケットの中に入っているビー玉の悲しみ・・・。みんな必要があって生まれ、不必要な物などこの地球には何一つ無いと言った蛾の話・・・。優しくなければ、寂しさも悲しみも理解できない、そして、寂しさや悲しみを知るから人を愛し、楽しさや喜びを知るから人を理解できると言っていた北風さんの言葉・・・。カラスさんには辛くても頑張るようにと言われた・・・。色んな不安があっても、心の中が変わらないように生きるんだと、ヤドカリさんと魚さんが言っていた・・・。
ミミは旅の途中で知ったことや学んだことを、心の中深くしまい大切に思いました。そして、悲しみや寂しさについて、これからも考え一生懸命生きようと思いました。
ミミが家に着いて、暫くするとお父さんが帰ってきました。そしてミミに聞きました。
「寂しくなかった?」
「大丈夫だよ」
「何時も独りぼっちにさせて済まないと思っている」
「だって、お父さんには仕事があるよ」
「もう良いんだよ、ミミが大きくなるまでお父さんは仕事を変わろうと思っている」
「私、もう寂しくない。一人でもお留守番が出来るようになる」
「海の上にいても、ミミのことを考えるとお父さんは辛くなる」
「ねえお父さん、私、お父さんが大好き」
「お父さんもミミのことが大好きだよ」
「私、旅をしてきたの」
と、ミミは打ち明けました。
「どんな旅だった?」
「北風さん、お星様のミラ、カドカリさんやカラスさん、海岸でひっそりと咲いている西洋タンポポさんとも話をしたの」
「そして」
「色んなことを教えて貰った。でも、少し難しかった」
「お父さんにも教えてくれる?」
「ミミがもう少し大きくなってからね」
「楽しみにしているよ」
「ただね、一生懸命生きて、一つ一つのことを真剣に考えて、何故だろうって思わなくてはいけないんだよね」
「動物やお星様とお話出来たことがとっても嬉しいよ。何時までもそんなミミであって欲しいな」
「うん」
「ミミ、星が綺麗だね」
「ミラとお話ししているのかな?」
「そうだね」
二人は暫くの間星を眺めていました。
「私、もう眠い」
「疲れたんだね。お休み、ミミ」
ミミは暖かい布団の中に潜り込みました。静かな時間が過ぎ、ミミはお母さんの胸の中で眠っている夢を見ていました。童謡を歌い、絵本を読んでくれた優しいお母さんでした。胸のなかで眠り、お母さんと一緒に遊んでいた。何故泣くのと慰めてくれた。優しく側で笑っていた。何時も何時でも一緒にいたお母さん。私のお母さんは何処に行ってしまったの?会いたくても会えないの?でも、お母さんのことを大好きだと思いました。ミミは、お母さんとお話をしながら朝までぐっすりと眠りました。
きっと、感じることが出来なければ優しさは芽生えないかも知れません。そして、一つ一つのことを一生懸命考えなければ答は見つからないかも知れません。ミミが、そんな大人になってくれることを願っています。
了
追記
ミミは素敵な子供に、そして、優しい大人になってくれることを願っています。私のように歳を取ってしまうと、小さな子はとってもとっても可愛いものです。目の中に入れても痛くはないと言う言葉がありますが、その通りです。
次の歌を、雛祭りのメロディーで歌ってみて下さい。小さな子は直ぐ眠ってしまいます。
1
ミーコと一緒のお散歩は
とってもとっても楽しいよ
今日も一緒に歩こうね
ミーコと一緒に歩こうね
2
ミーコのあんよは可愛いよ
ミーコのお手ても可愛いよ
ミーコのほっぺも可愛いよ
ミーコはみーんな可愛いよ
3
ミーコは良い子だ可愛い子
ミーコは良い子だ元気な子
ミーコは良い子だ優しい子
ミーコは良い子だねんねしな
※
ミーコの本当の名前は未藍(みらん)と言います。色んな歌を歌って上げるのですが、この歌が一番好きなようでした。何度か歌う内に眠りに就きます。胸に張り付いて眠る子ほど可愛くて愛おしく感じるときはありません。
未藍は丁度一歳になりました。これからも、ミミのように、風や鳥や花や動物たちと話が出来る、そんな優しさを感じられる子に成長してくれることを願っています。そして、元気な子に育って欲しいと思います。
ミミの旅